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対面

「ディノスールとやらは、これであらかた片付いたか――」

 かぐやが荒い息を吐きながらあたりを見回した。兵士全体の数はそれほど変化していないが、ひときわ目立つ特徴を兼ね備えていたディノスールのメンバーはほぼ倒していた。

 戦場では数が戦局を支配することもあれば、一介の強力な兵士が戦況を覆すこともある。

 ディノスールと名付けられた男たちの集団が生き残っていれば、このアリストス城での形成もひっくり返されていたかもしれなかった。

「まだ、いけますね」

 大伴御行が訊く。

 怪我をしているか、とは尋ねない。すぐそばに立って戦っていたのだから負傷の有無くらいはわかる――それになにより、かぐやには微傷さえも付けさせるつもりはなかった。

「あたり前だ。田村と石上も、問題ないな」

 前線で戦っているふたりの勇者を顧みるが、どこにも怪我などはないようだった。田村と石上の接近戦はほとんど無敵と呼んでもいいほどのものだった。圧倒的な力でもって叩きのめすだけでなく、技においても優れている。とくに田村は天皇の護衛をしていたというだけあって剣の腕は誰よりもまさっていた。

「おうよ。さっさと玉座の間とやらに行こうぜ。そこに国王がいるんだろ」

 石上が息せき切って答えた。

「ああ――」

 浮かない声でかぐやが応じる。視線の先には、いまだ戦い続けているレンリルの姿があった。

「レンリルのことは心配でしょうが、急ぎましょう。この一瞬にもザリアの人々が一方的に虐げられています。それを防がなければ」

「――そうだな」

 意を決してレンリルから視線をはずすと、かぐやは無意識のうちに自分の髪に触れていた。ラングネ城の玉座で、ガイザーに切り取られた髪。あの時ほど死が身近に迫っていたことはなかった。

「けど、いまはひとりじゃない。お前たちがいてくれるからな」

 深呼吸をひとつ。

 かぐやはぽっかりと空いた戦場の空白をぬけて、新国王の待つ玉座の間へと足を速めた。彼女の周りには、三人の勇者がいる。それがなによりも心強く感じられた。



 その男は孤独に、玉座に座って片ひじをついていた。

 国王らしからぬ黒一色の洋服をまとっている以外に装飾品は何ひとつない。無造作に伸びている髪はすこし縮れていて、どこか無骨な感じがした。座ってはいるが、身長の高いことはすぐにわかった。おそらく石上と同じくらいはあるだろう。体格は勇者ほどでないが無駄のない筋肉をつけているのがうかがえた。

 黒い手袋をしているので、肌を露出しているのは顔だけだった。その頬は必要のないものをそぎ落とし痩せこけていた。角ばった骨からは人間らしい感情は読みとれず、なにを考えているのかさっぱりわからない。

 武器は、右手に持った銃が一丁だけ。

 いやに広々とした玉座の間に響く足音を聞きながら、かぐやたちはその男の前に立った。

「――国王が変わったという話は本当のようだな」

「…………」

 男は視線だけを動かした。

 かぐやはその瞳を、逃げることなく見つめ返した。

「貴様には色々と聞きたいことがある。本当なら捕えてラングネの牢に送りこんでやりたいぐらいだが――おそらく、そうもいかぬのであろう?」

「…………」

「沈黙か。貴様には責任を取ってもらわなくてはならない。その前に話がしたいといっているだけだ」

「月はゴミ捨て場のようなものだと思わないか」男は一方的にいった。「古代人の残した負の遺産を受け継いだままの、どうしようもなく汚れた場所だ。彼らが緑あふれる地球でのうのうと暮らしている間にも、我々は汚染された土地と放置された機械に頼って生きていかなければならない。そんなのは理不尽だとは思わないか」

「わたしたちの先祖は過ちを犯した。だから過去の技術を封印し、月を旅立った。それはつらい決断だったはずだ。だから一部の人々は月に残り、その子孫がわたしたちとなった。それは貴様も知っていよう」

「一度しくじったからといって子孫の代にまで負担をかける。それが正しいはずはない。我々は彼らと同じ水準の生活を送るべきだ」

「貴様が戦争を起こした理由はそれか」かぐやは口調を強めた。「月を統一すればまた昔のような生活に戻れるとでも考えたのか」

「いまの世の中の仕組みは、技術の発展を阻害しようとしていた。だから排除しようと思ったまでのことだ」

「それまでに幾多の人が殺され、踏みにじられるのを知っていてかっ」

「そんなことはどうでもいい。何人かの人間が死んだところで月の民全体が困るわけではない。それで将来の大勢が助かるのなら問題はない」

「――とことん性根の腐ったやつだな、貴様は」

「それは古代人に向ける言葉だ。彼らが失敗した未来をやり直す権利を与えてくれなかったから、取り戻そうとしたまでのこと。月の世界を統一し、砂漠地帯の技術発掘を進めればおのずと発展していく」

「発展した未来で、どうするつもりだったのだ。肝心の民が苦しんでいては、なににもならぬぞ」

「地球に行くはずだった」男は叶わなかった夢を語るように、天井を見上げた。「地球でもう一度やり直す。古代人とは違って、すべての技術を継承したままで。それが成功すればもっと多くの民が幸せに暮らせる」

「途中の犠牲は見捨てるということか」

「――あなたにも覚えがあるはずだ。多くを救うために少数を犠牲にしたことが」

 かぐやは喉元まで出てきた言葉を呑みこんで、拳を痛いほどに握りしめた。

 クレアのこと、じいのこと、アリストス城下で見た虐げられている人々のことを思い起こす。すべて未来のために見捨てた。それが正しい決断だと思ったから。

「どこまでが少数だ? 一人か、二人か、百人か。親しい人だったら助けるのか。重要な人間だったら救うのか。どうでもいいようなやつらは見殺しか。その基準はどこにある」

「…………」

「そんな覚悟でやって来たのなら帰ってもらおう。とりあえず戦争を終わらせればいい、甘ったるいな。未来のためになにができるのか、それすら考えられないようなら王を名乗る資格はない」

 男の口調はどこまでも感情を押し殺したものだった。

 半生を山のなかで過ごした修行僧のように悟っている、と大伴御行は思った。とても先代の王を暗殺し、自らの野望のために戦争を起こせるだけの気力を持っているようには感じられなかった。

「我はアリストス国王ベルリンド。ラングネの若き姫よ、ここから立ち去るか、それとも互いの意思をぶつけあうのか、決断しろ」

 ベルリンドと名乗った男は銃を片手に立ち上がると、靴音を響かせながらかぐやの元へ歩み寄った。勇者のことなど眼中にないかのように。

「技術の革新はなにも生みはしない。ただ滅亡を速めるだけだ」

 かぐやは、ずい、と一歩踏み出した。

「わたしたちの先祖はたしかに素晴らしい機械文明を誇っていたが、破滅した。それはあまりに危険なものを作り過ぎてしまったからだ。貴様の掘り当てたレーザー砲も、勇者の力も、戦争のための道具でしかない。そんなものは必要ない。一度に多くの人間を殺せるようになるだけの、手に余る産物だ」

「生活は戦いだけではない。平和的に暮らすこともできる」

「そのための一時的な犠牲か。そこまでして求める未来とはなんだ。――貴様が勘違いしているのなら、ひとつ教えてやろう。わたしが地球に行ったことがあるのは知っているな」

「――ああ」

「そこで三山村の村人たちに世話になった。貧乏で、力も弱く、機械も持っていなかったが、そんなことは関係なく幸せそうだった。戦争が起こる前、ラングネとアリストスの民が自由に行き来していたころのようにな。ベルリンド、貴様の考える幸せはかりそめの未来だ。技術も、機械も、文明も、そんなものは付属品に過ぎない」

「では、なぜ人々はより便利な生活を求めるのだと思う」ベルリンドの目は確固たる意思を持っていた。「それが幸せだからだ」

「違いますよ」

 答えたのはかぐやではなく、日本刀をベルリンドの首筋にあてた田村だった。

「家族を人質にとり、人殺しの集団を創設するようなやり方に、幸福への道しるべはありません。身勝手の将来の夢のために現実を破壊する、そんなものは無意味です」

「おれたちの故郷じゃ、夢は第二の現実ってことになってんだ」石上も同じようにベルリンドの胸に拳を突きつけた。「つまり、優先しなくちゃいけねえのはいま、ってわけだ」

「守りたいもののために他を犠牲にする。それは私どもも同じです」炎の剣が、田村とは反対側の首筋のすぐそばにさし出された。「しかし、必要のない犠牲まで出すことはない。そうでしょう?」

「……四対一か」

 ベルリンドはそういいながら、かぐやの額の中央に銃口を押しあてた。

 それがなにを意味するのかはもちろんわかっていた。銃は、古代人がもっとも危険だと判断した武器だった。それは見つけられても必ず廃棄される約束になっていた。ベルリンドは発掘した銃を修理し、使えるようにしたのだろう。

「数ではない。貴様にも貴様の言い分があるだろう。それが間違っていただけの話だ」

「結局、勝ったほうが正義になる」

「――訊きたいことがある。いかにして前国王の地位を奪ったのだ。一国の長をそう簡単に殺せるとは思えないがな」

「我があの爺の隠し子だった、それだけのことだ。接触するのはそう難しくなかったし、その気になれば権力だって簡単に掌握できる。そんな境遇のなかでレーザー砲や銃を目の当たりにしたら、この不可解な世界に疑問を持たざるを得なかった」

「隠し子……」

 口には出さなかったが、隠し子である以上ふつうの人間とはまったく違った生き方をしなければいけなかったはずだ。世間から疎まれた子ども。ある程度の自由は与えられていたかもしれないが、それは仮初めの解放でしかない。

 いつもどこかで監視されているのだ。人質を取られていた田村のように。

「そうだ。古代人のおこぼれによって細々と暮らしていかなければならないこの世界は、変えなければならなかった。地球に逃げのびてのうのうと暮らしているやつらが憎かった。どうして我々だけがこのような不毛な大地に取り残されなければいけなかったのか――これといった技術も文明もなしに、どうやって幸福になれというのだ」

「……貴様が幸せにしたかったのは、アリストスの民でも、月の住民でもなく、貴様自身だったのではないか?」かぐやが震える声でいう。「不遇な生まれに絶望し、貴様自身が変わりたいと思った。だから技術や文明や、都人

みやこびと

のせいにして、戦争を起こしたのではないか。ほかの誰でもなく、自分を救うために」

「……そんなことは、ない」

 ベルリンドは銃の引き金に指をかけた。

 わずかでも力を加えれば、弾丸がかぐやの頭蓋を貫通するだろう。

「わたしも同じだ。わたしも無力な自分が嫌いだった。わたしを守ってくれた人は皆いなくなってしまった。けれど、いまは仲間がいる。それが、わたしと貴様の違いだ」

「その違いは、どこで生まれた」ベルリンドはゆっくりと銃をおろし、地面に膝をついた。その瞳にはもう抗う意思は残っていなかった。「我のなにがいけなかったというのだ」

「貴様は変える必要のないものを奪ってしまった。たくさんの人の命、それだけのことだ。方法が間違っていなければ、きっとこの月はもっと住みよい場所になっていただろうな――貴様の母が違うだけで、運命は大きく動いていたはずだ」

「――そろそろ、終わりにしようぜ」

 神妙な顔をして石上がいった。拳にまとっていた武器と防具を解除すると、まばゆい光とともに子安貝の首飾りへと戻る。ベルリンドにはもう使うことのない力だった。魂の抜け落ちた空っぽの身体をした彼を殴ることは出来そうもない。

「わたしとて、人を殺していないわけではない。だが貴様のかぶった罪は重たすぎる。責任は、とってもらうぞ」

 田村と大伴御行に目配せすると、ふたりの勇者もそれぞれの刀をおさめた。悲痛なまでの沈黙が玉座の間を支配する。階下の喧騒も、そこにいる人間の呼吸さえも、なりを潜めたように無音だった。

 ベルリンドは右手に持った銃口を、こめかみにあてた。

「知っていた――この戦争が間違いだったことは。あまりに簡単にラングネを制圧してしまってから、ずっと気付いていたことだ。我は過ちを犯した。その代償が怖くなって、ずっとここにとどまっていた。――死ぬのは、怖ろしいな」

「――貴様の分まで、わたしが引き継ごう。もう誰も、孤独な想いなどしなくていいように」

「そう願っている」

 ベルリンドは力なく立ち上がると、両脚の折れた病人のような足取りでよろよろと玉座に座った。一度、思い出したように天井を見上げる。うっすらと陽の光が射しこみ、広間の床を明るく染めている。さきほどまではまったく読みとれなかった感情が、今度はあまりに多すぎて、彼の来ている黒装束と同じように、かぐやたちを遮断しているように思えた。

「行こう。まだ終わってはいない」

 かぐやが三人を促す。

 田村は最後まで心残りがあるようにベルリンドを見つめていたが、やがて目を伏せると月の姫の背中を追った。

 背後で乾いた銃声が響いた。そして、ゆっくりと眠るようにベルリンドの身体が傾いた。かぐやはもう振り返りはしなかった。彼を見ると、また泣いてしまいそうな気がした。いまはまだ、涙を流すときじゃない。


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