復讐
「――もったいねえなあ、お前本当はもっと強いんだろ。想いは剣を強くするなんて抜かす野郎をときどき見かけるが、ありゃあ見当違いにもほどがある。命のやり取りってのはそんな適当な理由で勝敗が決まるんじゃねえ。結局、強いやつが勝つってだけの話だ」
ジアードが興醒めしたような冷たい表情でレンリルの剣をあしらう。
左右の手にある二本の刀のうち一本は、すでに使われていなかった。それが、さらにレンリルを激昂させていた。
「自分のことを強いと勘違いしているやつを、徹底的になぶり殺してやる。これはとても愉快だ。兵わそうな顔してその辺を歩いているやつをいきなり殺す。唖然とした表情がたまらねえ。――そんで、親の仇討に燃える息子を叩きのめす。こいつほど極上の娯楽もねえはずなんだが、どうにも面白くねえ。なあ、どうしてだ?」
質問には答えず、かわりにレンリルの鋭い突きがジアードの眉間をつらぬこうとしたが、それをひょいとかわすと、胴体に素早く蹴りをたたきこんだ。
むせ込みながらレンリルが地面に突っ伏す。
「親殺しなんてのは計算外だった。おれはたいてい一家皆殺しにするからな。赤ん坊であれ、か弱そうな女であれ、みんな平等に殺す。お前、なんで生き残ってるんだ」
「…………」
「ちょっとは返事をしろってんだよ、このアマちゃんが。どうせお前の親父がめそめそと命乞いしているのを、震えながら隠れて聞いてたんだろ。なあ、そうだろ」
「……ふざけるな」
「じゃあ教えてみな。お前の怒りのほどを知れば、ちっとは楽しくなるってもんだ」
ジアードがざらついた高笑いをたてる。
レンリルの口調は、生まれてから一度も太陽の光を浴びたことがない星のように、冷え切っていた。
「あんたが家へ来たのは、ちょうどオレの誕生日だった。その日は友達とお祝いをして、夜には家族と一緒にいつもより贅沢な食事を囲んで笑っているはずだったんだ。父さんも母さんもオレにプレゼントを用意してくれていた。それを開けるのを楽しみにして帰ってみると、あんたがいた。オレの両親を殺して、その血でプレゼントは赤く染まっていた。その時、あんたはたいして面白くもなさそうに唾を吐き捨てていた。頭と胴体の離れたオレの父さんと母さんに向かって。オレはなにが起こってるのか理解できなかった。まだほんの子どもだった。いきなり両親が殺されているのを目の前にさし出されても、受け入れられるはずがなかったんだ」
「いいじゃねえの、その調子だぜ」
ジアードがニタニタ笑いを崩さずにおだてた。レンリルは表情一つ変えることなく続けた。
「あんたがいなくなるまで、オレは一歩も動くことができなかった。父さんも母さんも人じゃないみたいだった。そんなものに近づくのは嫌だった。あんたが去ってから、ようやくふたりの死んだのがわかった。わかっただけで、どうしたらいいのか、さっぱり見当がつかなかった。心が空っぽになったみたいだった。オレはふたりと食べるはずだった食事を一人で口にした。すぐに吐いた。吐いていると、とめどなく涙が出てきた。それ以上家のなかにいたくなくて、外に出て、気が狂ったみたいに嗚咽していると、近所の人がどうしたと訊いてきた。オレはただ泣き叫んだ。事件のことが明るみになるまでそう時間はかからなかった。すぐ自警団の人がやってきて、オレをほかの場所に保護した。どこに行ったのかは覚えていない。『怖かっただろうね、でも、もう大丈夫だよ』そんなことを何百回も何千回も諭された。が、オレには関係なかった。目をつぶれば、すぐそこにあんたがいた」
ジアードは野次を入れなかった。素晴らしい音楽に聞き入っているかのように、うっとりと目をつぶっていた。
「両親を殺したのはジアードという男だということだけ聞かされた。それ以外は何も教えてくれなかった。あんたが何者で、どこにいるのか、それさえも。でも、あんたの名前は有名だったから連続殺人犯だということはすぐに知った。両親を失ったオレは家を売り払い、その金で孤児院に入れられた。院長はオレに同情してくれた。優しくもしてもらった。けど、院長はある日金を持ってどこかを蒸発してしまった。身寄りのなくなったオレたちは路地裏で生きるしかなかった。ゴミをあさるにも順序があった。強い人に従わなければ殴られるのは当たり前だった。死にそうになったこともたくさんあった。そこでは目立たないで生きるか、誰にも指図されないくらい強くなるしか生きる方法はなかった。オレは最初、誰にでも愛想よくできるようになった。そのほうが簡単だった。けど、それだけじゃあんたを殺せない。オレは路地裏で生き延びながらも、あんたに関する情報収集は怠らなかった。あんたがアリストス人で、頭のイカレタ殺人狂だと知った。オレの両親は大勢の犠牲者のうちのふたりであることも知った。あんたが強いことも耳に入ってきた。あの当時のオレが立ち向かったところで瞬殺されるのはわかっていた。だから強くなった。はじめは素手で。酔っ払った兵士から剣を奪ってからは、そいつの腕を磨いた。武器は圧倒的だった。どんなに強い奴でも、剣を持っていれば簡単に倒せた。あの界隈の実力者はみんな剣を持っていた。それがステータスだった。オレはそいつらを全員斬った。一度に五人を相手にしたこともあった。あんたを殺すまでは死ぬわけにいかなかったから、オレは這いつくばってでも生きる覚悟だった。オレよりも強いやつがいなくなったら、軍に入ればいいと思った。あんたが牢に入れられたとも聞いていたから、どうにかアリストスの牢獄に近づく必要があった。そのためには一介の浮浪者という身分は不都合だった。だが、兵士たちも大したことはなかった。オレのほうが何倍も強かった」
レンリルはよろよろと立ち上がると、ジアードの足元を睨みつけたまま、剣を構えた。
「そんなときに戦争が起こった。ラッキーだった。戦争になれば、あんたを殺すことは難しくない。アリストス人を皆殺しにするのも難しくない。いまここに、すべての舞台が整っている。あんたの首をはねれば、あとはアリストス人ごと粛清する。それでようやく、復讐ができる」
「……やっぱ最高だな、おい。予想以上の代物だ」
くつくつと笑いながらジアードは全身がむずがゆいといったように、掻きむしった。切りそろえられず鋭くとがったままの爪が皮膚を裂き、血が出ているのも気に留めていなかった。
「アリストス人を皆殺しにする。マジでそんなことを考えてんのか。お前の両親を殺したのはおれなんだぜ、それがアリストス人全部を殺す理由にはならないだろ」
「あんたがアリストス人であるってだけで十分だ。そんな凶悪な血筋は途絶えさせなくてはいけない。これ以上オレは悲しみたくない」
「――いいねえ。燃えてきたぜ、火に油を注いだみたいに殺し合おうぜ。お前は、オレが殺しまくって来た答えだ」
ふたたび両者が斬り結ぶ。
ひとしきりの感情を吐き出したことで落ち着いたレンリルの剣は、先ほどのように簡単に弾かれることはなくなっていた。上、下、縦、横とどこを狙っているのか錯乱させる剣筋でジアードに迫る。左手から眼前に繰り出されたジアードの剣を上手くいなし、喉元目がけて素早く振り下ろす。
「ようやく本気になったみたいだな――そんなことは、どうでもいいか」
「オレはいま人生で最高に楽しいんだ。命を一方的に刈り取るのもいいが、紙一重の戦いも悪くねえ、こんなに血がたぎるのは久しぶりだぜ」
「笑ってる暇があったらさっさと死ね」
レンリルがニコリともせず追撃をかける。
今度はさらにスピードが速くなる。もはや考えている余裕はない。光の筋が見えた瞬間に反応しなければ、その直後に待っているのは死だ。それはジアードにとっても同じことのようで、歓喜に溺れたような表情をしながらも、目は真剣な色を帯びていた。
わずかな時間のあいだに数十回と剣同士が触れ合う。
ジアードの右と左の連撃をかわし、レンリルは左手をすっと腰の後ろへまわした。続いて襲ってくる両刀の一閃をバックステップでよける――と同時に、死角になっているはずの角度からナイフを放つ。
ジアードの心臓に向かって一直線に飛んでいくナイフはしかし、金属同士がぶつかる乾いた音を立てて防がれた。
胸元に迫ったナイフを蹴り落とした義足の右脚をゆっくりと下ろしながらジアードは舌なめずりをした。
「こいつが切り札だったみたいだが、残念だったな。義足じゃなかったら脚の一本は確実にやられていたところだ」
「……ちっ」
「そんじゃ、オレの奥の手を見せてやるよ。瞬きしてると見逃すから、目玉を大きく開けて、よーく注意しとけよ」
ジアードの右脚から銀色をした刃が何本も突きだされる。大きいもの、小さいもの、トゲのようなもの、鎌のような形をしたもの――数えればきりがなかった。そのなかの一本を愛しそうに撫でると、ジアードの指さきから血が滴り落ちた。
「こいつも古代人の遺品だそうだ。新国王はたいそう発掘に熱心でな、こいつもちょうどいいってことで移植してもらったもんだ。実験台には試したが、実戦で使うのはお前がはじめてだ。いっとくが、こいつにどんなビックリ能力が隠されているのかオレも知らねえんだ。ゆるりと遊ぼうぜ」
「あいにくだが、そのつもりはない」
「最後の手を使っちまったお前に起死回生の策はねえよ」
「あんなものは元からアテにしていない――この剣が一本あればいい」
「そうかい」
レンリルは間合いを計るように慎重な足どりでジアードを中心に円を描く。ほんの一瞬、かぐやの姿が視界の端に映った。今更ラングネの姫がどうなったところで知ったことではない。たとえ祖国が滅びても目の前の男が倒せればそれでよかった。それ以外に目的はなかった。
ジアードはいつでも来いというように仁王立ちでレンリルに向き合っている。静かに足を止めるとレンリルは飛び込みざまに上段に剣をたたきつけた。
片手で防がれる。
次の瞬間に空いた方の手で胴を狙われるのは予測していた。しゃがみ込むと同時に、先ほど弾かれたナイフの柄を踏みつける。宙に浮かんだ一瞬を逃さずにしっかりと逆手に握ると、レンリルはジアードの腹に刃を深々と突き刺した。
「ぐ……」
痛みに気を取られた際にできた隙を見て、即座に右手と左手を切り落とす。
ジアードは右脚を振り上げたが、すでに武器のなくなった敵はレンリルの相手ではなかった。無情に脚のつけ根を切断する。あっけない手ごたえだった。この剣で戦うときはいつだってそうだ。人を切ったという感触さえ残らない。あるのは、ジアードから流れた血の、まとわりつくような鉄の匂いだけだった。
「終わりだ」
「――正直なところ、オレは負けてもそんなに悔しくねえんだ。相手がお前だからな。お前はオレ以上の殺人鬼になれるぜ」
次の瞬間には、ジアードが口をきくことはできなくなっていた。
レンリルは思いだしたように荒くなった呼吸とともに、膝の力が抜けていくのを感じた。体中が悲鳴を上げている。しかし、満ち足りた気分にはどうしてもなれなかった。人をひとり殺すのはとてもあっけないことだった。
「まだ、足りない――」