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三人の勇者

 ラングネ軍の兵士たちはザリアの街で、破壊の限りを尽くしていた。美しいビルは無残に破壊され、砕けたがれきが道のあちこちに散乱している。ガラスの破片が粉雪のようにきらきらと光を反射していた。かぐやと石上はザリアの中心へ部と通じる大通りを駆けながら、かつてガイザーがラングネの住民にした仕打ちと変わりない悲惨な光景を目の当たりにしていた。

 どこからか女性の悲鳴が聞こえてくる。

 その上にかぶさるように、男たちのものと思われる怒鳴り声がした。かぐやは唇を固く結んで、声のした方へ行こうとしたがその肘を石上が掴んだ。

「気持ちは分かる――が、いまは助けに行くべきじゃねえ」

「目の前の人間を捨てていけというのかっ」

「そこにいる一人の人間よりも、未来にいる大勢を救うほうが大切だ。あんたは月の姫様なんだろ、だったら全部を助けなきゃいけねえ。一人よりも、百人を選ばなくちゃならねえんだよ」

「――くそ」

 悔しそうに拳を打ちつけ、かぐやは再びザリアの中心部――アリストス国王がいるはずの場所へと走りはじめた。強く噛みしめ過ぎた唇から血が流れて、鉄の生臭い味がした。

「レンリルが統率しなければいけないはずなのに――」

「あいつは信用ならねえっていっただろう。なにを考えているか、わかりやしねえ」

 石上が悪意を込めていった。

 かぐやと石上の姿が見えても、いまのラングネ兵士たちには些細な問題でもないようだった。理性のタガが外れたように攻撃的になり、本能よりもさらに凶暴な精神に身をさらしていた。目を覆いたくなるような凄惨な痛みが、そこら中に氾濫している。

 火事だ、と誰かが叫んだ。

 この街を守るはずのアリストス兵たちはどこかへ雲隠れしてしまったのか姿もなく、ときおり目にしたかと思えばラングネ兵の靴の下で、ほとんど死にかけのような有様だった。瀕死の敵兵を踏みつける彼らの目には醜悪な狂気の色が浮かんでいるように、かぐやは思った。

「ガイザーと同じだ」

 一人つぶやく。

 いつの間にか、涙がこぼれ出ていた。目の前で悪逆非道の限りを尽くしている人々が、自分を救ってくれた兵士たちなのだと信じることができない。白かったものがすべて赤で染められてしまったように、頭がぐらぐらした。

「どうして、こんなことに……」

「おれが地球で貴族やってる間に聞いた話なんだが」と石上は走りながら語った。「兵士ってのは集団になるとひとつの生き物みたいに振るまうらしい。一人ひとりの意思なんて関係ねえ、どんなに恐ろしい敵に立ち向かっていても仲間がいるだけで勇気づけられ、立ち向かうことができるが、その反面でどんな心優しいやつだって雰囲気に呑まれちまう。こいつは指揮官の問題だ。最初からそいつがきっちり指示を出して、住民にまで被害が及ばないようにしておけば、こんな事態にはならなかった。兵士を責めるのは筋違いだぜ――責任があるとすれば、それはレンリルの野郎だ」

「レンリルの……」

「あいつがどこへ消えたのか知らねえが、戦いが終わったら会う必要があるだろうよ。それがどんな結果につながるとしても」

 石上が感情をこめず、事実だけを告げた。

 暴徒と化した兵士たちの一部は街のなかで略奪や暴行を繰り返していたが、大部分はそのまま中心部にある城へとなだれ込んでいるようだった。背中を向け、逃げ出そうとした体勢のまま殺されているアリストスの兵士が、冷たい亡骸となって地面に倒れていた。

 城の入口に近づくにつれて数を増していく死体を乗り越える。光の剣で切られたとき特有の、肉の焦げる臭いが充満していた。吐き気がこみあげてくる。こればかりは何度経験しても慣れることはなさそうだった。

 アリストス城の構造はラングネのそれとさほど差がないようだった。かぐやはかつてここを訪れたときの記憶を蘇らせながら、広い玄関ホールに足を踏み入れた。

 本来は赤いじゅうたんが敷き詰められているのだろうが、そこにあったのは力なく倒れた無数の兵士の死骸だった。上から踏みつけられたのか、無残にも四肢があらぬ方向に捻じ曲げられているものもある。ラングネ兵のものはほとんどなく、そのほとんどがアリストス兵のものだった。

 おそらく城壁をめぐる攻防で敗走した兵士たちが、この城に殺到したのだろう。敵にまともな指揮系統は残っていないようだった。

「玉座の間は最上階か?」

「つくりはラングネ城とほとんど変わりなかったと記憶している。アリストス国王がいるとすれば、そこだ」

 アリストス城はラングネ城よりも一回りは大きく、戦場となっても十分に動き回れるスペースが残っている。かぐやと石上が最上階へ向かうために階段を上ると、すぐにアリストス兵とラングネ兵が交戦しているのに遭遇した。

 おそらく千名を超えるだろう兵士の群れが、赤と黒のパズルのように入り混じっている。それでもなおアリストス城の二階部分にはすり抜けられるだけの隙間があった。ふたりは間隙をぬって戦いの場の横を通り抜けると、すぐさま三階へと続く階段にさしかかった。

「広い城だな、まったく。これじゃ屋外で戦ってるのと大差ないぜ」

「上にも兵士が待ちかまえているだろうな――なるべくなら無視して進みたいところだが、背後を取られては元も子もない。おまえと一緒では身を隠しながら隠密行動をすることは不可能だろうからな」

「正面突破で蹴散らしていけばいいんだよ。それに」

 レンリルと大伴御行の姿もなかったしな、と石上はいった。

「きっと、もう上で戦ってるんだ」

「そうであると願いたいものだな」

 階段を踏み外しそうになりながら、のぼっていく。最近の運動不足がたたってか、すぐに息切れが起こった。両足が氷漬けになったように動かなくなっていく。かぐやが遅れているのを見ると、石上は躊躇なく小さな体を背負った。

「袋はねえが、構わねえよな」

「丁寧に扱うのだぞ」

 かぐやの言葉もむなしく石上は全速力で、飛ぶように三階を目指す。脳震とうが起こりそうなくらいかぐやの体は揺さぶられたが、ものの五分としないうちに喧騒が大きくなり、石上は足をとめた。

 そこにいたのは少数のラングネ兵と、広間をぎっしりと埋め尽くすほどのアリストスの大軍だった。

 今度は先ほどと違ってこっそり通り抜けられそうな隙はない。広大な平野を思わせる空間に、俵に詰まった米粒のように兵士が集まっていた。

「……これは」

「ここにいるのが、最後の戦えるやつらってことだろうな。ほかの兵士は最初から戦う気さえもないみてえだった。やる気にあるやつらは初っ端からここに集結していたんだろうよ」

「無視するわけには、いかぬようだな」

 かぐやの視線の先には、ほかの者とは圧倒的に違う動きで剣をふるっている男の姿があった。ラングネ軍の参謀レンリルは最前線で自ら剣を手に、命のやり取りをしていた。石上は目つきを鋭くしながら、彼の後姿を見つめた。

「ここにいやがったか。けど――好都合だ」

「共闘するぞ」

「ああ、けど、姫様はあんまり前に出てくるんじゃねえぞ」

 かぐやを背中からおろし石上はいつものように雄たけびを上げて敵の大軍の渦中へ飛び込んでいった。海の波が割れるように人が弾かれていく。いとも簡単に人が通れる道が出来上がり、そこにレンリルが斬り込む。

 かぐやも敵の隙をうかがいながら軽やかな剣技で戦っていたが、敵の数は多く、なかなか崩しきれないでいた。

 敵のひとりが胴を狙ってきた剣をさばき、返す太刀で腕の先を切り落とす。肉の焼ける臭いが鼻をついた。久しぶりの感覚がもどってくる。血がたぎるように熱くなる。兵士はひとつの生き物だ、と石上が話していたのを思い出した。たしかにそうかもしれない。戦場の空気は、どんなに強じんな覚悟も簡単にくじいてしまいそうだ。

 戦うのは生きるために必要だった。

 いまは、誰かを救うために誰かを傷つけている。

「レンリル……」

 いつの間にかレンリルはどこか遠いところへ行ってしまったかのようだった。ラングネの救世主として行動を共にしていた頃がはるか昔に感じられる。実際はそれほど過去のことでもないにも関わらず、いまはレンリルの考えがまったく読めなかった。

 作戦もなにもあったものではない。

 流れに身を任せるまま、勢いの転がるままに攻めたてる。レンリルはそんな軍略を決行したりはしないはずだった。

「おい、大丈夫か」

 かぐやのことを心配した石上が戻ってくる。彼の突破した場所からラングネ軍が流れ込み、形勢はだいぶ有利に傾きはじめているようだった。勇者がひとりいるだけで、戦場の展開は大きく変化する。大伴御行さえいればもっと楽ができるのに、とかぐやは思った。

「そう心配するな。わたしも非力な少女ではないのだぞ」

「おれからしてみりゃ、赤ん坊も同然だ。とにかく、あんまりおれのそばを離れるなよ」

「何度も聞いている。無理をするつもりはない――レンリルの様子はどうだった」

「おれのことなんか眼中にないみたいだったな。まるで物の怪にでもとり憑かれているのか、気が狂ったみたいに戦っていた。あれはマトモじゃねえ。なんかがおかしくなっちまってるんだ。ラングネ城に忍び込んだときとは似ても似つかねえ雰囲気だった」

「やはり、そうか」

「いまは昔と同じレンリルだと考えない方がよさそうだな。どうしてあんなになっちまったのかは分からねえが、とにかく近寄るのも避けたほうがいい。いまのあいつからは、味方さえも容赦なく切り捨てるような殺気を感じた」

 石上の言葉に戦慄を覚える。

 レンリルが、ラングネを救ったはずの男が、人でなくなってしまっているような気がした。ガイザーやジアードと同じ、欲望のままに動く獣のように感じた。そしてそれが、人と相容れない存在であることは直感的に知っていた。

 その時、広間にある壁の一角が煙を立てて崩壊した。

 石上が優にくぐり抜けられるほどの大きさの穴から、大勢の人がなだれ込んでくる。――しかし、彼らは一般兵とはまるで様子が違っていた。

 画一的な軍服をまとっているのではなく、各自が好きな服装をしているのだ。それに加えて手にしている武器も二刀流だったり、見たことのない武器であったりと、眼前に広がっている兵士たちの群れとは明らかに格が違っていた。

「なんだ、あれは……」

 かぐやが言葉を失っているそばから、乱入してきたばかりの一団は戦場へ殴りこみ、またたくまにラングネ軍を斬り伏せていく。圧倒的な強さだった。ここにいるラングネ兵たちも精鋭ぞろいのはずだったが、彼らの前では素人も同然だった。あっという間に死屍累々の地獄絵図が形成されていく。

「味方じゃねえことは確かだが――あいつらは、ヤバいぞ」

「……レンリルが危ない」

「助けに行くか?」

「あいつに死んでもらっては困るのだ。たとえ多少性格が豹変していたとしても、戦場から離れれば元に戻る。そうすれば、いつものレンリルが見れる。だから助ける。いまのままのレンリルで終わらせてはいけない」

「わかった」

 石上が身をひるがえそうとすると、二階に続く階段からひとりの男が姿を現した。

 その手に持っているのは光の剣ではなく、見覚えのある日本刀だった。地球以外でそれを目にしたのは初めてだったが、石上は刀の所有者が何者なのかすぐさま悟っていた。

「――アリストスの勇者か、間の悪い時に出てきやがるぜ」

「あなたが石上様ですね。――ということは、そちらがかぐや姫ですか」

「こいつには指一本たりとも触れさせねえ」

 石上がかばうように一歩前に踏み出す。かぐやの小さな体躯がすっかり影になっているのを見ながら、田村は後ろを振り返った。

「おい、どこ見てんだよ」

「僕が事情を説明するよりも、彼に話してもらったほうがずっと簡単に済みそうですからね」

「いったいどういう――」

 石上が戦闘態勢をとると、田村の後ろから大伴御行がこなれた様子で登場した。着物はあちこち裂け、まるで乞食のような有り体だったが、特に目立った外傷もなく、服装以外はまったく無事のようだった。

 大伴御行は紅の瞳を閉じたまま、かぐやの気配を感じとると優雅にほほ笑んだ。

「お久しぶりです、かぐや様。ただ今戻りました」

「遅い。が、生きていると信じていた。どこで油を売っていたのだ、呑気なやつめ」

「時間がないので簡単にいわせてもらいますと、ここにいるアリストスの勇者を味方に引き入れるために、人質に取られている彼の家族を保護していたんですよ。彼らを安全なところに逃がすのに少し手間取りまして、合流するのが遅れてしまいました。申し訳ありません」

 大伴御行が頭を下げる。

 黒焦げになった烏帽子が揺れた。

「すごい恰好をしているな、それにしても」

「潜伏も楽ではありませんでしたもので。どうにかザリアの街に侵入したはいいものの、いつ攻撃が始まるのかも分かりませんし、相当きつい生活でした。――それに、私にとっては容姿などあまり重要ではありませんので」

 盲目の勇者は、そういって笑った。

「かぐや様こそご無事でなりよりです」

「石上が守ってくれたからな。――これからは、お前とふたりで護衛してくれるのであろう?」

「もちろんでございます」

 大伴御行はゆっくりとかぐや姫のそばへ歩み寄ると、優しく手をとった。彼の手は乾燥して、荒れていたが、温かかった。

「こちらはアリストスの勇者、田村です。私どもとも馴染みの深い職をしておりまして――京から月へやってきたのでございます。いまは、ともに戦ってくれると」

「力の限り、あなたのために」

 田村との簡単なやり取りをすませるとかぐやは、先ほど乱入したばかりの参戦者たちに視線をやった。すでに被害は甚大で、レンリルも取り囲まれている。やはり一般兵とは別格の実力だった。

「あいつらはいったいなんなのだ」

 田村に質問する。

 新たに仲間に加わった第三の勇者は、目つきを険しくしながら答えた。

「王が直接選抜した腕利きの者たちです――が、まともな人間のほうが少ないと聞いています。僕が出会ったのはジアードくらいのものですが……」

「あの野郎、生きていやがったのか」

 石上が驚きの声を上げる。

 一度、アリストス軍のジープを奪い取ったときにジアードとは戦ったことがある。勝負は石上に軍配が上がったが、クレアを失うことになったのもその時だった。

「彼をはじめとして、殺すための剣をみがいてきたという人たちがたくさん集められています。普通の兵士ではとても太刀打ちできないでしょう」

「勇者なら、いけるな」

「ったりめえだ」石上は今にも殴りかかりそうな勢いだった。「あの野郎を仕留めきれなかったのはおれの責任だ。今度こそ完全に息の根を止めてやる」

「個人的な怨恨はともかく、私どももあの一団をとめないことには劣勢に間違いありません。取り返しのつかないことになる前に、参りましょう」

「僕もやります――もう人質の心配はしなくていいのですから」

「わたしも行く。……守りはお前たちに任せたぞ」

 かぐや姫と三人の勇者たちは、各々の武器を構えて、アリストス軍と対峙した。


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