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 サントの率いるラングネ軍は破竹の快進撃をみせた。

 アリストス軍がレーザー砲をともなって侵略をはじめたときとそん色ない勢いで次々と戦略の要所を陥落させていく。国境の砦を落とした気勢は弱まるところを知らず、ほとんど損害もなくアリストスの各地を攻略した。

 大軍の先陣を切るのはいつでも石上の役割で、猛然と突進する背中を見ながら兵士たちの士気は何倍にも高まり、アリストス軍に襲いかかった。

 アリストス国内には何か所もの砦や、城があったが、軍事用として整備されているものは少なく、ほとんどが政治用に使われていたため軍事拠点としての意味をなしていなかった。

 先のラングネ侵略のときも状況は似たようなもので、電光石火に首都を制圧することを目的としていたアリストスは反撃されることなど露ほども思案に入れていなかったようだった。

 攻撃が圧倒的い有利な戦略を展開していくなか、ラングネはアリストス国土の半分ほどを手中に収めていた。住民による抵抗はほとんどなく、先の戦いから続く長い太平の世に降ってわいたような戦争をうけて、茫然としているばかりだった。

「おっさん、ここも大体片付いたぜ」

 サントが今しがた攻撃の終わったばかりの街を護衛をともなって歩いていると、道ばたから声がかかった。見ると石上が傷ひとつない姿で、地べたに腰をおろし民家の壁に寄りかかっている。サントは片手を上げて、

「今日もご苦労でしたな」

 とねぎらった。

「怖い顔して突っこんで行けば勝手に敵が逃げてくんだ、たいした仕事もしてねえよ」

「石上様でなかったらアリストスもあれほど簡単に敗走したりはしないでしょう」

「どうかな」石上はけだるそうに立ち上がった。「もう大勢はついてんじゃねえのか。さっさとザリアでもなんでも攻め入って、この下らねえ戦を終わらせようぜ。おれだって久しぶりにかぐや様のお顔を拝見したいってもんだ」

「そのことだが、朗報がある。近いうちにルア様自らがこの地へ足を運ばれるそうだ。おそらく期日は最後の総攻撃の日になるだろうがな」

「兵士たちを激励しに来るってか、働き者だな」

「なんだ、嬉しくないのか?」

「気分が浮かねえんだよ」石上は苛立たしげな口調で吐き捨てた。「大納言はちっとも見つかる気配すらねえし、敵の勇者ってやつも一向に姿をあらわさねえ。それに加えて捕虜の収容所すら目処が立ってないありさまじゃねえか。いいことなんて一つもありゃしねえ」

「兵たちを鼓舞するべき立場のあなたが、そんなつれない姿勢でどうするのですか。あなたのやる気次第で戦況が大きく傾きかねないのですよ」

「んなことは、わかってんだよ」

「クレアのことならば、大体の見当は付いております」

 サントがちらと石上の反応をうかがうように言葉をちらつかせると、大柄な勇者はすこしだけ視線を向けた。

 かぐやの侍女であるクレアはアリストス軍に捕らわれたきり行方不明になっていた。その他にもラングネ国民の捕虜が大勢いるのは確かだったが、その収容所はどこにも痕跡を認めることができないでいた。

「首都ザリアを除けば、最終防衛線であるリントに捕虜が集められているという情報を得ました。クレアがいるとすれば、おそらくそこかと」

「へえ――たしか、そこが次の攻略目標だったっけか」

「ルア様がいらっしゃるのもリントへの総攻撃がある前日でございますから、きっと激しい戦いになるでしょう。レーザー砲も間違いなく投入されるはずです。石上様は、どうされますか」

「どうって、なにが」

「リントへの攻撃と時を同じくしてザリアへもレンリル率いる部隊が攻撃をかける手筈となっております。戦力はこちらの方が大きくなる予定ですが、どちらへ赴くかは石上様の自由です」

「また陽動作戦か」

「そうではありません」サントは言った。「今度は圧倒的にこちらが有利な状況。軍を二手に分けるというのは、少数の側にとって致命的な作戦になりかねません。これは立派な戦略、どちらが本命でどちらが囮でもない」

「理屈はどうでもいいんだよ。要は、おれがどっちに行くかってことだろ」

 石上はもたれかかっていた民家の壁をまじまじと見つめると、手のひらでその感触を確かめた。切り出した岩石を上手く組み合わせてつくられている家々は、都の貴族のものよりは貧層だったが、三山村のような田舎にある家よりはずっとしっかりしている。

 古代人の建造物とは似ても似つかぬほど、技術の差があった。

「そういや、あんたの軍隊は破壊も略奪もしねえんだよな。アリストスはやっていたのに」

「罪のない民間人にまで被害を与えるのは我々の役割ではないからな。それに同じ月の民だ、どちらか一方が偉いなどということもなかろう」

「おれもそいつには賛成だ」石の壁面をコツコツと叩きながら石上が同意する。「三山村の連中と同じだ、上の人間同士の戦いに関係ない奴らを巻きこむべきじゃない。その代り、上の連中は全部の責任を負わなくちゃいけねえ。陛下やかぐや様みたいに」

「――この戦いが終わったら、すべて清算しなければならないな」

「……とりあえず、おれはかぐや様がくるまでここにいる。レンリルのやつがどうするかは、おれの知ったこっちゃない」

「わかりました」サントは石上を一瞥すると、足早にその場を去っていった。「じきにすべてが終わります、それからです」

 石上はサントとその護衛を立ったまま見送りながら、深々とため息をついた。なにか得体のしれないものが心の表面を覆っているようだと思った。さながら、水晶の表面に吐息を拭きかけたように。




 かぐやが積もり積もった公務をほとんど終わらせたのは真夜中になってからのことだった。以前ならば真夜中まで働くのは仕事が終わらないからであり不快感しか抱かなかったものだが、いまは奇妙な達成感がある。

 手元を照らすライト。黄色い光のなかで見る書類の束はどこか愛おしく思える。

「ルア様、失礼いたします」

 侍女のひとりが部屋に入って、机に山積みになっている書類を重たそうに運んでいった。かぐやは公務室にひとつだけおかれた椅子の背もたれにぐったりともたれかかると、はらりと垂れさがった髪の毛に手をやった。

 ラングネを占領していたガイザーによって切り取られた髪は、わずかだが伸びている。この髪が長くなるまえに、戦争が終わればいいと願った。その祈りはどうにか叶いそうだった。

「――そろそろお時間です」

「わかっている」

 従者のひとりが呼びに来る。

 かぐやは眠たげな体を持ち上げると、ゆっくりと城の玄関口に向かった。夜の冷え込んだ入口の前には何台ものジープが並んでおり、そのなかの一つはとりわけ厳重にコーティングされている。かぐやを含めたVIP用の車であるため内装も豪華で、かぐやは乗り込むとすぐにクッションのやわらかな感触に身を預けた。

 窓から見上げる夜空には満天の星が、人の数よりも多く輝いている。そのなかでひときわ大きい存在感を放っているのが地球だ。青い海と、緑色の大地によって彩られた地球はとても鮮やかで、月の大地と比べるまでもなく綺麗だった。

「翁と嫗は平穏に暮らしておるのだろうか……」

 そんなことをつぶやいていると、地球にまた足を運んでみたくなった。古代人の技術を応用できれば地球にだって簡単にいけるようになるのではないだろうか。

 しかし、こちらの時間とあちらの時間とでは流れ方が違うのだ。翁も嫗もけっこうな年齢だったのでひょっとすると天寿を全うしているのかもしれない。ともすればあの天皇だって変わっている可能性もあるのだ。

「時間の流れは残酷なものだな……」

 どこに未来があって、どこに過去が落ちているのか。

 その答えはこれからおもむく先にあるような気がした。かぐやはアリストス国内に向かって出発した。護衛のジープに守られながら、かぐやはすぐに眠りについた。

 朝、目が覚めてもまだ走り続けていた。

 途中何度か燃料の補給のためにとまりはしたが、ほとんどノンストップで運転している。かぐやの車を操っているのは白髪の老人で、城を出発したときと違っているのを見ると、どうやら途中で交代したらしい。

 朝日の高さからして時刻は夜明けを少しすぎたくらいだろう。まだ眠っていたい気もしたが、かぐやは運転手の老人にうしろから声をかけた。

「あとどれくらいで到着の予定だ?」

「ルア様、ご機嫌麗しゅうございます。目的地へはまだもう少しばかりお時間がありますので、どうかお休みになっていてください」

「いや、いい。あまり寝ぼけた顔を見せるわけにもいかぬからな」

 軽く笑って、

「ここはもうアリストスなのか」

「はい。つい先ほど国境をまたぎました」

「道理でものものしい警備になったと思った」

 かぐやの車を取り囲むように並走するジープの台数は出発したときよりも増えていて、その上通る道のあちこちに警備の兵士が標識のように直立していた。アリストス国内は制圧しているとはいえ、あくまで敵国なのだ。

 油断して事故に巻き込まれたり、襲撃されたなどということには万が一にもなってはいけない。

 ここはすでに戦場なのだ。

「おまえは以前にもアリストスに行ったことがあるか」

「車の運転ができるということで、長距離の移動を仕事にしておりましたから。ラングネもアリストスも私にとっては庭のようなものでございます」

「わたしがアリストスに行ったのは小さい時だった、父に連れられて、ザリアまで足を運んだものだ。そのときはまだ平和だった」

「ザリアはとても美しい都市でございました」と老人は言った。「古代人の造った街はいくつもありますが、そのなかでもひときわ優雅で、壮麗だったと記憶しております。ラングネに負けず劣らず綺麗な建物が多く、住民も良い方々ばかりで」

「とても戦争をするような人々には見えなかった、と?」

「いえ……」

 気まずそうに老人が口をつぐむ。かぐやは心地よいクッションに背をあずけながら、そっと自分の髪をなでた。

「気にするな。わたしとて疑問に思っていたのだ。なぜ彼らのように良い人たちがいきなり戦争を仕掛けてきたのか、その理由はどこにあるのかと」

「たしかに、それは不思議でございます」

 運転手はほっとしたような口調で応対した。

「アリストスの国王が代わっていたという情報を手に入れた。――正当な王位継承ではなく、おそらく秘密裏に行われた不穏な方法で、前代の国王は表舞台から姿を消したのだろうな」

「それは、大変でございますね……」

 驚いたように瞳を大きくしながらも、老人は行く手から目を離さずに、ハンドルを握ったまま喋った。かぐやは短くなった髪に触れる手をはなすと、前のめりになって老人の耳元にささやくように話しかけた。

「ラングネとアリストス、このふたつの国は王の歴史によって成り立ってきたといってもいい。絶対権力者である王が間違った気を起こせば、その国民たちも悪行へ引きずり込まれてしまう。アリストスの人々を恨んでくれるな、彼らに罪はこれっぽっちもないのだからな」

「わかっております」

「月の国には予言があるのは知っているな」

 かぐやが当たり前のことをたしかめるように訊いた。

 古くからの予言が伝わっているのは、月の国においては常識であり、小さな子どもでさえも知っていた。地球が青くて丸いのを誰もが知っているように。

「それにはわたしが勇者を連れてくることが記されてあった。あいつらは救世主だそうだ。それはたしかに間違いない。だが、これには続きがあってな、わたしもまた救世主になるといっている。可笑しなものだろう、勇者も救世主、王も救世主、みんな救世主だ。いったい誰が本当に国を救うのだろうな」

 運転手の老人は困ったようにバックミラーに映るかぐやに視線をやったが、ラングネの姫は独りごとをつぶやくように続けた。

「都人の残した予言がすべてあたっているはずはない。彼らに未来予知の能力があったなら、月を捨てて行くような悲惨な未来に直面しなかったろうからな。けれども先人の言葉には説得力があるものだ。予言に縛り付けられるみたいに物事は進んでいってる」

「――歳をとっても、わからないことはたくさんございます」

「予言によれば月はふたたび平和になり、長く安定した世が続くということだ」

「……ルア様は、どうするおつもりですか」

「さあな」かぐやは欠伸をしながら座席に身をゆだねた。「まだ決めていない。決まらないからな」

「はあ……」

「さっきの言葉に甘えて、もう少し眠ることにする。到着のすこし前に起こしてくれ」

「承知いたしました」

 かぐやは一方的に言い放つと、しばらくして可愛らしい寝息を立てはじめた。老人はちらりとかぐやの眠ったのを確認すると、自分の孫のことを思い浮かべた。かぐやはまだ、彼の孫とさほど変わらぬ年齢だった。

「歳をとってもわからないことはたくさんある――が、若ければ知らないことはほとんど無限にある」

 小さな声でつぶやく。

 老人は、目的地に到着するまでかぐやの様子をうかがおうとはしなかった。見れば涙が浮かんでくるような気がしていた。


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