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レンリルの帰還

「レンリルが見つかった、いまさらか」

 サントが嘆きながら報告を受けたのは、さきほどまでアリストス軍がひしめき合っていた城門のコントロールルームで、いまやそこはラングネの兵士たちによって完全に占領されていた。

 城門付近を突破したラングネ軍は決壊した堤防を乗り越えていく鉄砲水のように敵軍を駆逐し、アリストスは甚大な被害を受けて撤退した。

 地平線の彼方まで続くかと思われる城壁も、ラングネ軍が一気に兵力を投入したため持ちこたえることができず、ほどなくもぬけの殻となった。サントは楽々とコントロールルームに入ると、そこで戦後処理を行っていた。

「どこへ行っていたのだ」

「それが、極秘事項らしく、隊長に直接連絡がしたいと……」

「無線をよこせ」

 サントが耳をあてると、発信器から聞きなれた男の声が鼓膜を揺らした。

「どうも、ご無沙汰してます副隊長」

「いままでどこをほっつき歩いていたのだ、この馬鹿ものが。おまえの作戦がうまくいかなかったせいでこちらもかなりの損害を受けたのだぞ」

「敵軍にも勇者がいたって話ですからね、そりゃ計算がいですよ。オレだって神さまじゃないんだ、副隊長が指揮をとってくれたっていいじゃないですか――なんでも、また勇者様たちに助けられたとか。すこしは自分でもはたかなきゃだめですおy、いつまでも副隊長の地位に甘んじているようじゃ」

「口を慎め、レンリル。おまえこそ職務を投げうってどこかで油を売っていたのだろう、それこそ大問題というものだ」

「人聞きが悪いなあ。オレほど仕事熱心な男はラングネ中を探しても見つかりませんよ」

「よくもまあ、そんな冗談がいえるものだ」

「ホントですって」レンリルの口調がいきなり真面目なものに変わった。「アリストス攻略の糸口を見つけました――といっても、今回の作戦の予備として考えていたものなんですけどね」

「なんだ、それは」

 サントが表情を硬くして尋ねる。

 あたりに聞き耳を立てている人間がいないかと確かめた様な間があって、レンリルは口を開いた。

「首都ザリアの警備は手薄です。あそこを急襲すれば首都陥落はほぼ間違いない、戦力の大半を国境付近に投入しているみたいだった。それに忌々しいレーザー砲も見あたらなかった」

「ザリアへ行ったのか、どうやって」

 サントが驚愕の声を上げる。レンリルの落着きはらった声が返ってきた。

「ネタばらしは後にしときましょう。とにかく、今度は二方向から攻め立てる必要があります。首都にこもられると厄介だ。あそこの防御は副隊長のいる国境沿いに負けず劣らず堅い。そこに大軍とレーザー砲が加わった日には手がつけられなくなる」

「敵軍を分断するということか」

「幸いなことに今現在がちょうど都合のいい状況だ。敵は二手に分かれている。レーザー砲はおそらくそっちに向かったことでしょう。城壁を乗り越えて発射することができなかったから使わなかっただけで、野戦になればすぐさま投入してくるはずです。そいつを、どうにかしなくちゃいけない」

「また仕事が増えるな」とサントはため息をつきながらいった。「あのモンスターにはいつも手こずらされる」

「ザリアの方はオレに任してください。あっという間に陥落させてみせますよ」

 早口でまくしたてる、自信にみなぎった口調。サントはその声の裏に、レンリルにしては珍しくむき出しの感情が隠れているのを感じとった。いますぐにでも剣を片手に襲いかかってきそうな殺気さえ醸し出している。

 部屋の大部分を占めるいくつものモニターに目をやりながら、サントは無線に向かって話しかけた。

「焦り過ぎるなよ。急いては事をし損じる」

「オレを信用して下さいってば。副隊長の期待を裏切るようなことはしませんから――しかし、ちょっと不吉な噂を耳にしたんですけどね」

「大伴様のことか」

「行方不明なんですって?」

「レンリルといい、勇者様といい、書きおきもなく消えてしまうから困りものだ。石上様はきっと大丈夫だと言っていたがそれもどこまであてになるやら……もしも敵方の勇者に敗北したのなら、わが軍にとって大きな損害になる。それだけでない。ラングネ国の存亡に関わる危機だ」

「だったら大伴様失踪の事実は隠ぺいしておきましょう」こともなげにレンリルがいった。「公表するのはアリストスを滅ぼしてからでいい。名誉の戦死ならば士気が下がることもない。同じ人が死ぬのにも、タイミングってもんがあります」

「冷たいもの言いだな」

「勇者様はラングネを救うためにいるんです。そのために利用されるならば、本望ってもんでしょう」

「ルア様はそう思わないだろうな」

「姫様はもう戦場にはいないんです。ここはオレたちの仕事場、裁量はこっちで決められます」

「レンリル、おまえすこし性格が変わったのではないか」

「オレはオレですよ」

 レンリルは静かに笑った。無線の向こうでは騒がしく人の声が聞こえていた。どうやら役所仕事ではなく、もっと物騒な準備をしているらしかった。

「石上様もふくめて大伴様の捜索隊を出している。大伴様に従っていた兵士たちによると、アリストスの背後を奇襲するように指示された後、轟音がしたらしい。その場を見聞してみたが、巨大な穴と地割れが見つかった。――敵の勇者は、ひょっとすると」

「こっちよりも強いってわけですか。勝負なんて地の利、時の利で簡単に変わるもんですよ。あまり気にしなさんな」

 レンリルが電話を切りそうな口調だったので、サントはあわててラングネの軍師を呼びとめた。

「ザリアへはどうやって行ったのだ」

「副隊長はご存知ないかもしれませんが、ラングネには簡単に穴を掘っていける機械があるんですよ。例の砂漠で発見された古代人の落し物なんですけどね、こいつを使うとザリアでもなんでも車でいけるようなトンネルを掘削できる」

「あの砂漠は閉鎖されているのではなかったのか」

 アリストス軍がモンスターと呼ばれているレーザー砲を発掘したのもその砂漠だった。古代人の技術が圧縮された機械の墓場からは今でも大量の兵器や道具が掘り出される。

 ラングネ、アリストス両軍が装備している光の剣の大半はここに埋まっていたものだし、そのほかにも使い方はわからないが便利そうなものが数多く掘り起こされ、保管されている。

 レーザー砲の登場によってその危険性が見直された広大な砂漠は両国の厳重な警備下におかれ、現在は封鎖されている。レンリルが使った掘削機もそのうちのひとつだった。

「昔に見つかって、使い方が分からずに放置されていたものをちょっといじってみたら動いたもんで、試しに穴を掘らせてみたら思いのほかうまくいったんですよ。オレが今回の作戦を思いついたのもこいつのことを思い出したからですし」

「――こちらを囮に使ったというわけか、おまえの得意技だな」

「できれば気付いてほしくなかったんですけどね。知らない方が幸せなこともたくさんあるんですよ」

「知ったことか。陽動作戦をするならそうと伝えてくれればよかったものを」

「どこにアリストスのスパイがいるかわかりませんからね」レンリルは声を低くした。「副隊長も気をつけて」

「ここへ来てまだ身内を疑うのか」

「さあ? あくまでも可能性の話ですから」

「作戦の期日はどうする」

「それは――」

 サントとレンリルは綿密に作戦日程を話し合った。数時間にも及ぶ通話の間にも大伴御行の捜索は続けられていたが新たに見つかったのは無線機を背負った黒焦げの死体だけで、どこにも勇者の姿はなかった。

 強く冷え込んだその日の地球は、黒い空のなかによく映えた。


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