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終局

 レンリルの居場所はラングネ国内ではなく、サントたちが激戦を繰り広げている国境付近でもなく、アリストスのさらに奥深く、首都ザリアからジープで一時間ほどかかる距離の小高い丘にいた。

 ざらついた砂地の丘陵からはザリアの街並みを一望することができる。

 古代人の残した超技術が色濃く残っている都市こそがザリアだった。ラングネ城と同じように巨大な城を中心として同心円状に建物が広がっている。

 ガラス張りを基調とした目にも鮮やかなビル群が町の中心近くに乱立し、遠ざかるほど住宅のような小さいものへと変わっていく。太陽の光を反射して眩しいほどにきらめいている街並みはまるでひとつの芸術作品のような美しさを有しているように思えた。

 規模はラングネのものよりも一回りほど小さいが、街をめぐるだけでも一週間はかかりそうなほどだった。喧騒からかけ離れた静寂のなかにたたずむ建物の森のなかに人影は見えなかったが、おそらく直轄の兵士がまだ十分に残っているはずだ。

「ここにアリストス国王がいる――間違いないな?」

 レンリルが質問する先には、手足を縄で拘束されたひとりの少女が涙目になりながら地面に崩れ落ちていた。長い髪は埃にまみれ、縄でつながれた手首と足首には痛々しい擦過傷が赤くにじんでいる。

 健康な状態であれば美しいであろう顔は土気色になり生気は感じられない。黒い瞳に浮かんでいるのは恐怖と苦痛ばかりだった。

「まさかあのもうろく爺が代替わりしているとは思っていなかったが――そのおかげで好都合になったってもんだ。正々堂々こうしてアリストスに攻め込むことができるんだからな」

 レンリルは少女の黒髪をぐいと根元からつかむと、痛みにゆがんだ顔を思いきり引き寄せた。軽い悲鳴が漏れる。口元をいびつにゆがめながらレンリルが訊いた。

「おい、あそこに勇者の家族が囚われているって話は本当なんだろうな」

 さるぐつわをされているために喋ることのできない少女は懸命に頭を上下させた。そのたびに髪が引き抜かれる感触がレンリルの手に伝わった。

 レンリルは乱暴に少女を突き離すと、満足げな笑みを浮かべて首都ザリアに光の剣の先端を向けた。彼の周りには数十人の部下がつき従っていたが、誰も少女の様子に疑問を抱いている風ではなかった。

 平穏なザリアの街をしばらく睨むように凝視した後、レンリルは身をひるがえして、アリストスの首都に背を向けた。

「あんたに個人的な恨みがあるわけじゃないんだ。生まれた国が悪かった、そう思ってくれよ」

 少女の耳にそっとささやくと、レンリルは悪魔のような高笑いをあげた。

 彼の周りにいた男たちも笑い声を発し、その音は矢のように広大な大地をかけ下って行った。



「――あなたを倒すとはどういう意味でしょうか」

 田村はいぶかしむように質問を投げかけた。

 彼らの周りにアリストスから派遣された監視役はおらず、城壁にはりついていた兵士たちも城門の戦場へと向かってしまったせいか、一人の姿もない。

 どうやら石上の作戦がうまく功を奏したらしいと、大伴御行は内心胸をなでおろしていた。

「また騙されるのは御免ですから、教えていただけると嬉しいのですが」

「そんなに難しい話ではありません。私はやられたふりをしますから、あなたは一度アリストス首都へと戻ってもらいたいのです。いずれ私たちが総攻撃を仕掛けるときに内応していただきたい、それだけで十分です」

「この場で倒されたような偽装をする、ということですか」と、田村は確認するようにつぶやいた。「しかし大伴様がここに留まったままではラングネに戻ることはできますまい。アリストス兵に発見され、投獄されるのがいいところです」

「この計略が失敗すればあなたの家族が危ない、それはもちろん承知しています」

 大伴御行は足元を指さし、それから田村の腰にさしている長刀を見やった。月の兵士たちと違って柄に収まった日本刀はその凶悪な刃をうまく隠していた。

「ですから、私をこっぱみじんにしてください」

 軽い口調で語りかける。

「バラバラに切り刻んでよろしいということでしょうか」

 田村が抜刀しかけるのを大伴御行があわてて止める。命の危機を真剣に感じた額にはいやな汗が浮かんでいた。

「冗談です、冗談」

「こちらは真剣のつもりですが」

「真剣を持ちながら真剣になる、なんちゃって」

 今度は本当に細切れにされかねない殺気を田村が出していたので大伴御行は急いで咳払いを一つして、空気を和やかにしようと努めた。

「私の足元を狙って盛大に攻撃を仕掛けてください。私は衝撃波で視界の遮られた間に素早く身を隠しますから、あなたはザリアへと悠々帰還していただきたい。ここにいる兵士たちは見逃してもらいたいものですが」

「僕の狙いは大伴様ですから彼らの命まではとらなくとも罪に問われはしないでしょう――そのあとは?」

「少将厳しいかもしれませんが、兵たちには今から敵軍の背後を突いてもらいます。あなたと私は目にも鮮やかな激戦を演じたあと、私の敗北で幕を閉じるというとりとめのない寸劇を演じましょう」

「彼らは大丈夫でしょうか」

「その点は心配ありません」大伴御行は自信を持って答えた。「いまや城壁は手薄の状態です。そこへ攻撃を仕掛け、城門をふたたび開けさせることができれば敵軍は混乱しわが軍は活気づくことでしょう。貨幣を持って大軍を破るのは私たちの得意技でしてね」

 大伴御行が片目をつぶってみせる。なにか親しげな合図を示すものだと月へ来てから知ったので、一度使ってみたいと思っていたのである。田村はあまり気にとめた様子もなく、軽く笑いながら、

「よく存じておりますよ」

 といった。

 つられたように口元をゆがめながら大伴御行は後ろにいる兵士たちへ細かい指示を出しはじめた。田村の見張りはいなくなったとはいえ、どこでだれが見ているかわからない。あくまで前を向いて対峙しているふりをしながら、後ろを向かず精鋭の兵士たちに命令を下す。

 アリストス中の舞台から選りすぐられた選抜隊の五十名は、すぐさま命令を理解すると、全員で敬礼をしてから駆け足で城門のほうへ走り去っていった。

 いままで逃げてばかりの行軍だったがようやく攻勢に転じれるとあって、士気は高いようだと大伴御行は感じた。

「都にいたころからあなたのことは聞き及んでおりましたが――噂通りのしたたかさですね」

「はて? どんな噂だったやら」と大伴御行はとぼけた。「私はまっとうに生きてきたつもりですが」

「のらりくらりと貴族の世を風靡し、大納言にまで上りつめたお方がどうしてひとりの女性にそこまで惹きつけられたのか、不思議に思っておりました。あなた様ならいくらでも高貴なお相手がいらっしゃったでしょうに」

「それだけ我らが姫は魅力的だということですよ――和歌がすこしばかり苦手なのを除けば、平安のどんな女よりも素晴らしい人ですからね」

「なにがそんなにあなた様をとらえて離さないのですか、僕にはよく理解ができません。地球を捨て、わざわざ月にまで来るだけの価値が?」

「聞くは見るに及ばずといいます。田村、あなたもこの戦争が終わったらかぐや様にお会いするといい。きっとあの人の美しさに胸をうたれることでしょうから」

「でも、あなたは盲目になった」と田村は申し訳なさそうにいった。「もうその姿を見ることはかなわないのでは」

「たしかに私はかぐや様の優雅で気品あふれる容姿に心酔し、この瞳を視力の代償として得ることにも迷いなく決断ができるほどに惚れこみました。その美しさたるや、仲秋の名月にも劣らぬほどであった。しかし今はかぐや様のお心こそが本当に綺麗なのだと、そう確信しています。かぐや様は姫と呼ぶにふさわしい、澄んだ心の持ち主です。目など見えなくとも、その心遣いに触れることさえできれば、私は満足なのです」

 大伴御行が静かに、けれども力強い口調で語った。冷え込んだ空気に染められて冷たくなっていた手足に血がもどってくるような熱い感覚があった。頬も火照っている。すこし熱くなりすぎたか、と大伴御行は思った。

 田村はまっすぐに炎の勇者を見つめ返していたが、やがてひときわ表情を引き締めると、腰に収めていた日本刀をゆっくり抜いた。微風が地表をないでいった。

「では、参ります」

「――ええ」

 お互いに慣れ親しんだ構えをとる。

 わかりきった勝負だとはわかっていたが、それでも真剣勝負に似た緊迫感が張りつめているのがよく感じられた。田村が目にもとまらぬ速さで抜刀するのと、大伴御行が体勢を低くするのとはほぼ同時だった。

 巨大な爆発音とともに瀑布が逆流するかのような砂塵が巻き上げられる。

 冷たい風が塵埃を徐々にろ過していく間、田村はじっと円柱状に立ちのぼった砂を見つめていた。しばしの時間が経ち、大きな穴がぽっかりと開いているのが視界に入るようになったとき、大伴御行の姿はどこにもなかった。

 しかし、彼の痕跡が残っているのを田村はしっかりと目にした。

 はるか上空に、大伴御行のはなった炎が煌々と光を放ち、まるで太陽のように輝いている。田村は背中を向けると、アリストスの首都ザリアの方角に足を進めた。城門の付近では、あらたな戦いが起こっているようだった。



「城門が開いている……」

 真っ先に異変を感じとったのは最前線で拳を振るっている石上だった。龍がすべてを飲み込むような威圧感で迫ってきていた二つの壁が、後退をはじめたのである。その動きはゆっくりだったが、たしかに逆の方向へ口を開いていた。

「大納言が上手くやったのか……」

 そうつぶやくそばから、アリストス軍の後方に特大の火球が浮かんでいるのが見えた。間違いなく大伴御行の炎だ、と確信する。それがどんな意味を持っているのか石上にはすぐ判別がついた。

「無事ってことだろ、やってくれるぜ」

 助けに行くまでもなく自力で苦難を乗り越えてしまうあたり、やはりただ者ではないと感じる。

 運や家柄だけだけでなく実力をともなって大納言という地位についた大伴御行は、目下のところ最大のライバルだ。この言葉はかぐやから習ったものだった。かぐやを取り合う敵同士なのだと、ときどき忘れてしまいそうになる。

 だが、いまは恋敵といっている場合ではない。

 戦場にいる兵士たちもようやく異変に気付きはじめたのか、あちこちからざわめきだった声が聞こえてくる。石上は近くにいた敵兵を蹴散らして仁王立ちになると、あらん限りの大声をあげた。

「よく聞きやがれ! アリストスの城門はラングネの勇士が占拠した、これで門が閉じることはない! ラングネの兵士たちよ、今こそ果敢に攻めたてろ! 敵をはるか後ろまで追いもどしてやれ!」

「おおう!」

 雄たけびのような悲鳴のような、意思をもった声がこだまのように帰ってくる。目に見えて戦線が活気づくのが感じられた。明確な指針があるわけではなかったが戦場の空気が変わったのがわかったのだ。

 雰囲気、怒声、剣の向き、どれが要因となっているのかはわからない。

 しかし、石上はここで仕掛けなければ押しきれないと本能的に感じ取っていた。両手の装備をぐっと握りしめる。

「大納言、感謝するぜ」

 ひと言礼を述べてから、勢いづいた味方の軍勢とともに殴りこむ。さきほどまで鉄壁を誇っていた敵の守備は、あっけないほど簡単に崩れた。逃げ出そうとして体勢を崩し、足元に転がっている敵を飛び越えながら大声を上げて追いかける。

 まるで鷹狩りみたいだ、と大伴御行は思った。

「やれ! やれ! どこまでも突っ走れ!」

 いまや旗色は完全にラングネになびいていた。戦闘は、さほど時間をおかずに、終局を迎えた。


あけましておめでとうございます。

今年もよろしくお願いします。

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