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苦しき反撃

 レンリルの行方は依然としてつかめていなかった。

 どこへ行ったのかだれにも見当がつかなかったし、周囲に捜索部隊を派遣しても痕跡ひとつ見つけることは出来なかった。鳥になって飛んでいってしまったかのようにレンリルは忽然と姿を消していた。

 定期的にかぐやの元を訪れてくる兵士たちはみなそろって同じ報告をした。

 すなわちレンリルは発見できていない、と。かぐやは代わり映えのない報告を聞くたびに顔色を陰らせたが、それもじきに慣れてきたようで、十回もすると挨拶をするような気楽さで相槌をうっていた。

 それまでふさぎこんでいたのが嘘のようにかぐやは精力的な活動を再開していた。

 溜まりにたまっていた公務を次々と捌いていくと、軽い休憩をはさんですぐさま書類の整理に取りかかる。山のように積まれていた紙束にうんざりしつつも黙々と判子を押していく機械のような作業を続け、そのかたわらで指示を出していく。

 いままで充電していたエネルギーをすべて発散させようとしているみたいに働くかぐやを見て、何事かと驚いた城のものたちが興味半分でのぞきに来ることもあったが、かぐやはまったく気にしなかった。

 そんなことよりも重要なものがあったのだ。

 レンリルや石上や大伴御行がいまも戦っているのだから、自分がこんなところでくすぶっているわけにはいかないのだ。

「――それにしても、レンリルのやつはどこへ消えたというのだ」

 その日何度目かわからないレンリル失踪の報告を受けて、かぐやがひとりつぶやいた。

 どうも行方のくらまし方が徹底的過ぎる。手掛かりすらつかめない念の入れようだ。なにか意図があって身を隠しているのだろうが、相変わらずレンリルの行動パターンは読むことができない。

 そうでなければ敵を欺くこともできないのだろうが。

「置き手紙のひとつでもしていってくれればすこしは探す手間が省けるというのに」

 愚痴ったところで当の本人がいなければ仕方ないのはわかっていたが、大量にたまった書類を右から左へ流していく作業をしていると、なんだか紙に向かって喋りかけたい気分になる。

 サントの作戦は最後の報告以来、なにも状況が伝わってこない。

 誰かの戦いを後ろから見守っているくらいなら、自分が前線に出て剣をふるっている方がずっと楽だ。しかし、いまはもうその時期でないことも重々承知している。

「わたしは、わたしのやるべきことを黙々とこなしておればいいのだ、なあ」

 白い紙が視界をさえぎるように積み上げられたそばで問いかけてみるが、無機質なそれらが返事をよこすことはついぞなかった。かぐやは肩をすくめると判子を押す右手の動きを速めた。



「よお、おっさん。ちっと不味いことになった」

 開口一番、石上はサントに向かってこう告げた。

 石上の推測通りサントは城門の異変を嗅ぎつけラングネ軍を移動させてきていた。本陣とちょうど半分ほどの距離で、石上とサントは再会した。

「どういうことだ」

「敵にも勇者がいる」

「それは確定事項か」

「ああ、詳しくはこいつらから聞きだしてくれ」石上は両肩に担いでいた捕虜を地面におろすと、ポンポンと軽く頭を叩いた。「若いほうは手荒なまねをしないでやれ。それから偉そうなほうは締めてくれていい」

「大伴様はどうした」

「あいつは戦っている。だから今すぐ助けに行かなきゃならねえ」

 石上はぶっきらぼうな口調で言い捨てると、すぐさま身をひるがえそうとした。

「待て。残りの兵士はどこだ」

「あいつが率いてるよ。おれは約束したんだ、あいつを助けに戻るって。そのために単身で逃げ帰って来たんだよ。もう時間がねえ。わかったらさっさと総攻撃の指示を出してくれ」

「もうひとつだけいいか」サントがいった。「城門はどうやって開けたのだ」

「そこにいるチョビ髭を人質に取ったら、運よく偉い奴だったみたいで道が開けたんだよ。そんだけの話だ」

「わかった」

 手短に返事をよこすとサントはすぐさまジープを走らせ、城門に向かって一斉攻撃の指示を出した。

 アリストス軍も石上が去ってからのわずかな間に陣形を整えようとしているようで、城門を閉めはじめるのと同じタイミングで打って出ていき、 時間を稼ぐ作戦のようだった。

 防御のために隙のない陣を敷こうとはしていたが、それでも圧倒的に時間が足りていなかった。

 一方のラングネ軍も隊列を整える暇なく突撃の命が出たため、すぐさまお互いに乱戦状態に陥った。喧騒と流血のさなかでゆっくりと可動式の城門が口を閉じ出し、錆びついた巨体が身をよじろうとする耳障りな音が聞こえていた。

 石上は幾度となくかいくぐってきた戦場のど真ん中を突き抜けると、さきほど大伴御行と別れた場所に向かおうとしたが、その先には分厚い人の壁が形成されていた。

 城壁から、泉がわき出すように滲みでてくる敵兵は次々と防衛線の後衛に補充されていくため、倒しても倒してもきりがない。川の水を飲み干そうとするかのような無力感。石上が足をとめている間にもアリストス軍の防壁はますます幅を広げていく。

 減らす数よりも、増える数が多すぎる。

 頼みの綱のラングネ軍も突撃の勢いが次第に殺がれはじめ、膠着した戦線はしばらく動きそうになかった。

「くそ……」

 大伴御行の救出に行かなければならないという焦燥感が砂時計のようにつのっていく。石上はがむしゃらに前へ進もうとしたが、またたく間にアリストス兵士に包囲されてしまい、その圧倒的な手数のまえに防戦一方となった。

 ありとあらゆる方向から腕がのび、わずかでも身体に触れれば致命傷になりかねない光の剣を刺し込んでくる。両腕にまとった防具のおかげでその部分だけは安全だが、アリストス軍は石上のつま先から頭頂部まであらゆるところを狙って来るため、そのすべてをしのぐには莫大な集中力を要した。

 石上は強引な突破が不可能だと悟ると、いったん後方へ退いた。

 背後から敵兵が追いかけて来ようとするのをラングネ兵が割って入り、そこでまた戦闘が勃発する。幾人もの悲鳴が聞こえてきたが石上は振り返らなかった。

「おっさん、もっと攻め込まねえといつまでたってもここで足止めくらったまんまだぞ。城門が閉じ切る前にここを押し切らなきゃ、せっかくの好機を逃すどころか大納言だって助けられねえ」

「わかっている。しかし、ここが敵にとっての最重要拠点であることも確かなのだ。そうやすやすと打ち破れるものではない」

「だったらなんか作戦を立ててくれよ。このままじゃ時間切れでおれたちの負けだ」

「勘違いはしないでくれ」とサントは厳しい口調でいった。「本来、戦いというのは奇策を用いて敵の裏をかくというものではない。どれだけ開戦前に兵力を集中させ、自分に有利なタイミングで攻撃を仕掛けることができるかが重要なのだ。レンリルのように奇抜なプランを立てられるのは一種の天性だと思ってほしい」

「つまり、あんたにはどうしようもないってことかよ」石上が吐き捨てる。「能なしが」

「いまは仲間内で争っている場合ではない」

 サントは石上の辛辣な言葉を避けるように顔をそむけると、すたすたと後方へ歩いていってしまった。盛大に舌打ちをしてから石上は再び前線へと赴いた。

 途中、左右で負傷した兵士が引きずられるようにして後方に運搬されていくのを目にした。

 次々と負傷者が退場していく。アリストス、ラングネ両軍ともに甚大な被害が出ているようだった。お互いの総力戦になっているためか、部隊は軍の体をなしておらず、秩序なく戦闘が行われている。

「ちくしょう、やっぱりサントのおっさんじゃ大軍の長は務まんねえんだよ、レンリルじゃなきゃ――」

 そのレンリルが裏切っているのかもしれない。

 つまらない考えだが、いまこの場にレンリルがいればと思ってしまう。

 彼がいてくれるだけでどんな苦しい戦況でもひっくりかえせるような、根拠のない確信を抱くことができる。有能な武将につかえる兵士たちの気持ちと同じ――本能的な感情だった。

「大納言もいない、レンリルもいない、かぐや姫もいない、サントのおっさんも役に立たねえ」

 気付けば、まるで味方がいなくなっていた。

 石上はその事実を唇が切れるほどに噛みしめながら、人の海に穴を穿とうと、再度無謀な攻撃を開始したのだった。



 城門が閉まりきるまではあと三十分も残されてはいないだろう。サントは苦渋の表情を浮かべながら、本国との連絡用の無線を抱えた兵士のほうをしきりに気にしていた。

 レンリルが発見されたという報告はまだきていない。

 それどころか以前として行方不明だという代わり映えのしない情報ばかりが耳に入ってきて、サントの気分をしずませた。

 もとはといえばレンリルの作戦が失敗したことから始まった一連の軍事行動は、いま佳境に突入していた。サントはそれを痛いほど感じとってはいたが優秀すぎる部下のようにホイホイと良案が浮かんでくるわけでもなく、ただ黙って戦況を見守ることしかできなかった。

 石上の放った針のような悪態のまえにサントは顔をそむけるほかに選択肢を持っていなかったのだ。

「おい、レンリルの行方はどうなっている」

 この日何度目かわからない催促に対して、無線を預かる兵士はうんざりしきった表情で首を横に振った。

「まだつかめておりません」

「はやく探せと伝えておけ」

「承知しました」

「……八方ふさがりか」

 事態はあまりにも急変していた。

 大伴御行と石上がトンネルをくぐって姿を消してから様々なことが起こった。アリストス軍によるトンネルの閉鎖にはじまり、大伴御行による炎のメッセージがあり、石上が城門をこじ開けて帰還した。

 朝からずっと続いている寒さは、昼を過ぎてもやわらぐことはなく、むしろ強まっているようだった。

 ため息の白く染まるのをながめながらサントはジープの荷台にのぼり、他人よりも一段高くなった視線から戦況を確認した。

 手前側に砂を敷き詰めたように密集しているのは味方のラングネ軍で、黒いなりをした不気味な集団がアリストス軍である。両者は堅牢な城門のわずかにこちら側で激しくしのぎを削っていた。

 このまま城門が閉じていけばラングネ軍は締め出され、二度と国境の突破の機会を得ることはなくなるだろう。それどころか、兵力が減ってしまったのにともなってアリストス軍の攻撃にも備えなくてはならなくなる。

 かぐやの立場も悪くなる一方だ。国内の戦争論をうまくかきたててやらなくては支持の基盤が揺るぎかねない。反アリストスという意思のもとに団結している人々は、負けがかさめば心が離れていく。

 この一戦は単なる局地的な戦いではなく、様々な思惑を背負った戦いになると、サントは知っていた。

「報告します」と一人の兵士が紙を片手に駆け込んできた。「わが軍の被害は大きく、全体の二パーセントが戦闘不能の状況になっております。敵兵の数はおよそ三千、周囲からの援軍によってその数はさらに増すものと思われます」

「そのほかには」

「城門のスピードから計算しましたところ残された時間はおよそ二十五分ほど、撤退時間も考慮しますと十五分が限界かと」

「――少なすぎる」

 サントが歯ぎしりしながら机を叩いた。

 報告に来た兵士は申し訳なさそうに目を伏せると、一礼してサントのもとを去っていった。レンリルの再来を告げる連絡は、まだなかった。


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