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城壁のなか

 石上は気絶したアリストス兵の身体を軽々と背負いながら、まるで我が家をあるくような余裕をもって砦の内部を闊歩していた。肩に乗せた男は目をさます気配がない。いざというときにはすこし頬をはたいてやれば起きるだろう。

 砦のなかは薄暗い電灯によって明かりを取り入れていたが、外に比べるとずっと陰険で狭苦しかった。さほど広くない廊下を進む石上を避けるようにアリストス兵たちが左右の端に体を寄せている。

 ぎらつく眼を光らせながら石上は教えられた通りにパスワードを入力しドアを開くと、なにやらモニターのたくさんある指令室のようなところへ到着した。

 画面の前には事情をさとった二人の兵士がすでに両手を上げた状態で降参の意を示していた。

「おい、城門を開けろ。さもなければこいつの命はないぞ」

 もう十分威圧感はあったが、石上は声を低くして脅しかけた。

 二人の若い兵士たちは雪山で遭難したみたいに身を小さくすると、いそいそとパネルにあるスイッチを操作しはじめた。警戒をうながすアラームが鳴りだし、数分後に城門が開くというアナウンスが流れる。

 石上は一連の様子をしげしげと観察すると、肩に乗った男に目をやった。

 ここまですんなり事が運ぶと逆に怪しくなってくる。それほどまでに捕えたアリストス兵の身分が高かったのだろうか。

「やい、ひとつ答えろ」

 横暴に質問する。恐るおそるといった様子で一人の兵士が振り向いた。

「な、なんでございましょう」

「こいつは誰だ」

 気絶している男をあごで示す。兵士は緊張と恐怖のため二度もりながら返答した。

「ちゅ、中将閣下です」

「ちゅうじょう? なんだそれは」

 また新しい言葉かとうんざりする。月と地球とでは文化が違いすぎるのだろうがそれにしてもヘンな単語があふれかえっている。少々多すぎるくらいだ。

「たたた、大将の次に偉い身分でございます」

「……なるほど」

 つまりは副大将というところか。ラングネで例えるならレンリルくらいの立場ということになる。それほど重役ならば一般兵が無暗に手出しをして来ないのにもうなずける。

 彼に万が一のことがあっては自分の首が危ないからだ。

「で、どうしてそんなお偉いさんがこんなあっさり捕まっちまったんだ」

「国王陛下はここを最重要拠点だと確信しておられるようで、何名もの高官を派遣していたのでございます。このような奇襲を受けるとは想定しておりませんでしたが、まさか勇者様の留守を狙われるとは……」

 恐怖のためか聞いていないことまでペラペラしゃべってくれる。

 石上は城門が完全に開くまでのあいだ情報収集に興じてみるのも悪くないと思った。手土産は多いほうがいい。それに、いまの話も聞き逃せなかった。

「やっぱり勇者がいやがったのか、くそったれ」

「ご存知なかったのですか?」

「そうじゃねえかとは思ってたんだけどよ、それじゃ大納言の方へ行きやがったってことか。上手くやってくれるといいんだけどな」

「そう簡単にはいかないと思いますが」

「んだと?」石上がぎろりと睨みつけると若い兵士は血の気が引いたように顔色を青ざめさせた。さながら着物を藍で染めたときのような鮮やかさだった。

「し、し、失礼しましたっ! どうかお命だけは――」

「そんなことしねえよ。ったく。で、その勇者ってやつはどんな野郎なんだ」

 兵士は石上のうながすまま知っている限りの田村の情報を吐露した。おかげで彼が京都からやってきていることや、家族が人質に取られていることなどをつぶさに知ることができた。

 どうやら一癖も二癖もありそうな事情を抱えているようだ、と石上は思った。大伴御行がどうにかそのことを発見して利用できればいいのだが。

 モニターを見ると城門はすでに半分ほど口をあけていた。

 人ひとりが通行するには十分すぎるほどの大きさだったが、その後ラングネの援軍を率いることを考えれば完全に開かれるまで見張っていたほうがいいだろう。一度開ききってしまえば元に戻すにも時間がかかるにちがいない。

「そういやこいつと同じ格好をしたやつがもう一人いたな。あいつはなんなんだ」

「おそらくは少将閣下かと思われます」

「……つまり、中将だったっけか、よりも下なんだな」

「はい」

「おれは当たりを引いたってわけだ。運がいいな」

 石上は上機嫌そうに何度かうなずくと人形のように動かない中将を見やった。それにしても情けない人間が軍人をやっているものだ。ちょっと脅かされたくらいで気絶してしまうなんて。

 小さな指令室をうかがうように大量の兵士が廊下に張り込んでいたが、石上が器用に入り口から最も離れた場所で目を光らせているため突入することができないでいた。

 部下のほうがよほど勇敢というものだ。しかし少将の方はとっくに逃げ帰って、安全なところで震えていた。

「もう一人くらい捕虜にしてもいいんだけどよ、お前らのうちどっちかラングネに行きてえ野郎はいるか」

 ぐいと髭の多い顔を近づけると、喉元に刀を突き付けられているみたいに緊張した面持ちで二人の兵士は首を振った。

 石上は哄笑した。

「ま、そうだわな。おれも鬼じゃねえ、お前らを取って喰おうていう魂胆はねえんだよ。ちょっとばかしラングネのために情報を提供してくれりゃある程度の暮らしは保障してやるっていうことだ。ホントだぜ、このおれ様がいうんだから間違いねえよ」

「……し、しかし」

「おれ様はこの中将っていう腰抜けを捕まえてるからよ、これ以上の手柄なんかこれっぽちも欲しくはねえんだ。必要なのはアリストスの機密を話してくれる人間だ、おまえたちみたいにな。こんなちっぽけなところでセコセコ仕事してねえでラングネで小金持ちの生活をしてみるのも悪くはねえよな」

 ふたりの若い兵士たちは予想だにしていなかった勧誘を受けて困惑しているようだった。

 石上の口調には先ほどまでと違って脅迫するような響きはどこにもない。ほんの軽い気分で、散歩がてらに話しかけたような口調だった。

「お前らの王様ってのはどんなやつなんだ。こっちの姫様はな、それはそれは美しいお方でしかも健気なやつなんだよ。おれはそんなところに惚れこんでわざわざ月までやって来たくらいなんだから信じてくれるよな」

「それは、まあ……」

「よぼよぼの爺さんよりも、若くてきれいな生娘のほうが好きだろ。自分に正直になっちまえって、ほら」

 石上がぐいぐいと肘を押し付ける。

 兵士たちは酔っ払った上官がよくそうやって絡んできては部下を困らしていたことを思い出した。素面の石上ではあったが、調子は酔っ払いとそう変わらない。

「国王陛下は賢明なお方です、最近はあまり姿を見かけておりませんが」

「きっと病気かなんかで寝込んでるんだよ。ほら、先のない国王よりも将来が楽しみなかぐや様のほうが魅力的に思えてきただろ。おれについて来いよ」

「……本当に、悪いようにはなさらないのですか」

 片割れが真剣な表情で聞いた。

 目を大きく見開き、緊張したように右手が服のボタンをしきりにいじっている。外してはしめるという動作の繰り返しをながめながら石上は優しくほほえんだ。

「おうよ。個人的に聞きたいこともあるしな」

「でしたらひとつだけ条件がございます」とその兵士は小声でささやいた。「私を連れ去る前に、中将閣下と同じように気絶させてほしいのです。もしも意識を持ったまま裏切ったとなれば一家の恥さらしとなってしまいます。ですが閣下と一緒にさらわれたとなれば、それもやわらぎましょう。そのためにも私を殴ってほしいのです」

「おーけーだ」石上は月に来てから覚えた言葉で了承した。「朝飯前だぜ」

 ラングネに行くことを決意したその兵士は覚悟したように目を閉じると、椅子の背にもたれかかった。彼の肩を石上のごつい手が叩いた。

「個人的に聞いておきたいことがあるんだが、もちろん答えてくれるよな」

「なんなりと、どうぞ。勇者様」

「ラングネの捕虜収容所っていうのはどこにあるんだ。おれたちの予定ではこの砦のすぐ近くにあったはずなんだけどよ、それがふたを開けてみたら病院になっているから驚いたもんだぜ。ありゃ、誰の作戦なんだ」

「田村様の発案だと聞いております。どうして病人を収容したのかはわかりかねますが」

「それはたいして重要なことじゃねえんだ」石上は肩をつかむ指に力を込めた。「肝心なのは捕虜がどこにやられたかってことだ」

「ラングネの捕虜はアリストス首都――ザリアに移送されました」

「何日前だ」

「二週間ほど前のことでございます。いくらか時間はかかりましたが」

「囚人はみな生きているのか」

「こちらでは手荒なことをするのは禁じられていましたので。ザリアに送られてからはわかりませんが」

「そのなかにクレアって女がいたのを知らねえか。かぐや様の侍女なんだけどよ、こんなに小っさくて、口の減らねえ野郎なんだ」

「さあ」と首をひねる。「そこまでは担当ではありませんから存じかねます」

「そうか」

 石上はふさぎこんだように口を閉じるとそれっきり言葉を発しようとしなかった。どうしたのかと兵士が問いかけようとしたとき首筋に鈍い痛みが走ったのを感じた。それが石上の手刀によるものだと気がついたのは視界が暗転する寸前のことだった。

 怪力の勇者は眉間にしわを寄せ、深刻そうな表情をしていた。


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