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捕縛

「……レンリルの野郎、見つけたらただじゃおかねえぞ」

 城壁へ向かって石上が牛馬のように巨体を揺らしながら突進していた。寒い空気にやられ、耳のふちが痛い。呼吸のたびに吐き出す息もだんだんとほの白さを増していた。

 徐々にアリストス兵の姿が大きくなってくる。

 遠くからでは分からなかったが城壁の表面には無数の通路がのびていて、そのどれもに紅い軍服をまとったアリストス兵たちが詰めこめられていた。

 この通路のうちの一本をたどればより防御の薄い場所から壁を破壊できるかもしれないが、それでは時間がかかり過ぎてしまう。アリの巣に手を入れて、一匹ずつ駆除していくような作業だ。

 それよりは城門を開くスイッチをさがし出すなりして内側から開いたほうがいいだろう。殴って壁に大穴を空けるほうが楽でいいのだが。

「最強の盾と最強の矛じゃ、勝負はつかねえはずなんだけどな」

 そういえば京都でさんざん漢文の本を読まされたもとだと思いかえす。つまらない内容を覚えるつもりはさらさらなかったが、幼心におもしろいと感じた話はいくつか頭に残っているものだ。

「――新たな勇者、か」

 どうして月にやってきたのだろう。

 大伴御行のいったことは本当に正しいのだろうか。一人になると新たな疑問がいくつも生まれてきたが、それにこたえてくれる相棒の姿はどこにもない。

「案外、おれの知ってるやつだったりしてな」

 少なくとも話の通じる相手であればいいのだが。噂に聞く唐の超人などが来ていたら面倒だ。ただでさえ奇妙奇天烈な技をつかって来るという話であるし、それが勇者の力を手にしたらどんな絶技に昇華するかわかったものではない。

 石上が城壁に近づくに従って、敵の動きが目に見えて騒々しくなった。

 おそらくこちらから向かって来るとは予想していなかったのだろう。慌ただしい間は攻撃を受ける心配もない。その前に敵の弱点を見つけ出さなくては。

 石上はいったん足を止めると、はるか上空にまでそびえたっている城壁の先端を見上げた。

 ここを乗り越えるのは鳥でもない限り不可能だろう。

「ためしに一つ、やってみるか」

 右手に意識を集中させると、首飾りが変形して拳にまとう武器になった。軽く握ったり、離したりして感触を確かめる。

 問題なさそうだ。

 石上はあらん限りの声を出しながら右の拳を城壁にたたきつけた。表面に付着していた白い土煙が巻き上げられたあとで確認すると、ほんのわずかに手形が食い込んでいるだけで、亀裂も傷も残っていなかった。

「こいつは――千年かかっても通り抜けられそうにねえや」

 それに腕がしびれた。

 いくら子安貝の首飾りで強化されているとはいえ、石上の肉体にも限界はある。

「こいつを動かすスイッチがあるはずなんだけどな」

 スイッチという単語は月に来てから覚えた言葉だ。月でも普通に言葉は通じたが、ときどき知らない単語が混じっていたので、そのたびに覚えなければならなかった。この作業は石上にとっては一苦労で、暇な時間は武芸の練習よりも勉強に励んだほどだ。

 隣国の唐でさえ言語が違うというのに、月ではなんの不思議もなく話が通じるというのは奇妙なことだったが、かぐやに聞いてみたところ、

「おそらく都人たちはお前たちと同じ国に着陸したのだろうな。それなら、宝物がすぐに見つかったのもうなずける」

 という返事だった。

 地球と月とは思っていた以上に密接な結びつきがあるらしく、石上にはよくわからなかったがどうやら大きな力が働いているようだった。

「城門を開けるスイッチがあるとすりゃ、このなかだろうな……」

 アリストス兵が密集している城壁の内部を見やる。

 ようやく戦闘態勢が整ったらしく、数人一組で陣形を組んで向かって来るところだった。この人込みを一人でかきわけ、奥にもぐってスイッチをさがすのは骨がおれそうだ。

 石上の脳裏にひとつの案が浮かんだ。

「――卑怯な手はあんまり好きじゃねえんだがな」

 ひそかにつぶやくと腹を決めたように腰を据え、向かって来る軍団のなかから隊長とおぼしき人物をさがしはじめる。毒々しい赤色の服をまとった男たちのなかでも、数名だけは黒い縞模様のはいった帽子をかぶり、軍服も一般兵とは違っていた。

 あれが隊長格で相違ないだろう。見失わないよう慎重に狙いを定める。

 いまにも切れてしまいそうな弓の弦から放たれた矢の速さで突進すると、隊長らしき男の首根っこをつかんで素早く剣をはたき落とした。

「動くな」

 なにか喋ろうとする前にどすの利いた声で黙らせる。不穏なことをすれば首の骨を折られると覚悟したのか、男はぐったりとして抵抗をやめた。

「お前らも動いたら、こいつを殺す」

 すぐそばであっけにとられていたアリストス兵たちを睨みつけると、地蔵のように動かなくなった。石上はゆっくりと後ずさって安全な距離を確保すると男の喉元に手をかけながら尋ねた。

「スイッチはどこだ」

「な、なんのスイッチ――」

「城門を開けるスイッチだ」すこしだけ右手に力を込める。「どこにある」

「そんなの、教えられる、ぐぁ」

 三秒ほど、呼吸が完全にできないよう締め上げる。男の瞳が恐怖の色に溺れていくのがありありとわかった。

「おれはあんたをいつでも殺すことができる。生まれたばかりの赤ん坊を殺すのと同じくらい簡単にな。本当なら戦場で遭遇したら生かしておいてやる義理はねえんだが、スイッチの場所を教えてくれるなら命だけは助けてやる。どうだ、悪くない取引だろ」

「ほ、ほんとうに殺さないんだな。約束しろ、よ」

「おれも男だ、一度かわした約束は破んねえ。わかったらさっさと在りかを吐け」

「――そこの通路を直線に進んでいけ。横に脇道がいろいろあるが真直ぐだ。その途中、二枚の扉があって、パスワードが要求される」

「パスワード……」はたして、どんな意味だったか。石上はすこしのあいだ考えこんでいたが、男はお構いなく続けた。

「だが、そいつはフェイクで、本当はこいつを使わなきゃなんねえ」

 男は首からかけたカードをあごでしゃくって見せた。

 手のひらにすっぽりと収まりそうな大きさの、銀色の表面に黒で印字された簡素なカードの端からひもがのびている。失くさないよう首からさげているのだろう。

「これを使えばパスワードなしで扉をぬけることができる。スイッチの場所はこんなもんだ、だけど詳しいことは分からねえ。開け方も知らねえ、だからもう放してくれよ」

「そうだ、合言葉だったな」

「は?」

「こっちの事情だ、気にするな」石上は咳払いした。「で、どうしたんだ」

「もう放してくれよ」男は涙声になっていた。石上は道ばたで拾った小石に興味がなくなったとでもいうように男を投げ捨てると、腕を何回転かさせ気合いを入れた。

 小さなうめき声をあげて男が気絶する。

「……連れて行ったほうがいいか」

 木の枝でも拾うように、気を失った男の身体を担ぎあげると石上は悠々とアリストス軍のなかを歩きだした。誰一人として手を出してこようとしない。恐れているのか、雰囲気にのまれているのか、どちらにせよ簡単に突っかかって来ることはなさそうだった。

 ひょっとしたらたいそう偉い人間をつかまえてしまったのかもしれないな、と石上は思いながら、城門を開けるスイッチを目指して進んだ。


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