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別れ

「レンリルの野郎に気をつけろ、か。いい狼煙じゃねえか」

 走りながら石上が大伴御行の打ち上げた炎の感想を述べる。

 炎使いの手元からひょろひょろと蛇のように伸びた細い線は、はるか上空で鮮やかな絵を描き出していた。レンリルの似顔絵に矢印が向けられた標識だ。

「それにしてもあいつの顔はそっくりだな。まるで眼が見えているみたいだぜ」

「顔に触れればだいたいの輪郭がわかりますから。いつかかぐや様のお顔もそうして撫でてみたいものです」

「この変態が。あんたには視力なんていらなかったみたいだな」

「不便なこともありますが、代償にいろいろと手に入りましたからね」

 石上たちのすぐ背後にはラングネの精鋭たちが小走りでついて来ている。いまはひたすらアリストス軍と交戦しないよう、脱出経路をさがしながら城壁沿いに逃走しているところだった。

 その途中で大伴御行が壁の向こう側にいるサントへ情報を伝えようと試みたのである。

「にしてもあのおっさんが『レンリルに気をつけろ』なんて胡散臭い情報を鵜呑みにするかね。レンリルはおっさんの手塩にかけた家臣なんだろ」

「判断するのは彼の自由です。しかし、警戒しないわけにはいかないでしょう。その結果としてレンリルの行動が――もしも裏切っているのなら、ですが――すこしでも制約されるなら上出来です。もっとも、そうでない方がずっといいのですけれど」

「あんたは甘いんだよ。どうせならレンリルが裏切っています、くらい過激にやってもよかったのに」

「まだ確定したわけではありませんからね」と大伴御行はいった。「あなたもあまり先入観を持ちすぎるのはよくないですよ。目の前にある落とし穴にも気がつかないようになる」

「盲目のあんたよりはずっと見えてるつもりだぜ」

 石上が冗談を返した。だが、目は笑っていなかった。

 後ろに連なる兵士の群れはさすがに鍛えられているだけあって息ひとつ乱していない。腰にくくりつけた剣の柄がしきりに揺れるばかりで、それ以外は平静となんのかわりもなかった。

「それにしても、気がかりなことがあります」

「レンリルか?」

「いえ、そのことではなく。なぜ私の特性が読まれていたのか、ということです」

「どういう意味だ」

「捕虜収容所を発見するためには私の感覚を頼りに、気配をたどっていくという手法を使うつもりでいました。それを知っていなければあの作戦は考えつかなかったはずです」

 大伴御行はちらりとアリストス軍の方角へ顔を向けると、進路を右へと変更した。

 前方から挟み込むように敵の一隊が迫ってきていた。

「なんでだよ」と石上。

「捕虜収容所を奇襲するという思惑が読まれていただでなく、私が捕虜の気配と錯覚するように病人を収容していたという点がおかしいのです。こちらの裏をかくだけなら兵隊でもなんでも伏せていればいい。それをあえて、青色の同系色の人間を集めていたということは、こちらの情報が漏れている可能性があるのです」

「やっぱりレンリルじゃねえか」

「いえ、それが……」大伴御行は自分のまぶたに指をあてた。「私はこの視界の話を一度もしたことがなかったのでえすよ」

「――ってことは」

「ええ」と大伴御行は紅の瞳を開いた。「レンリルでさえ知っているはずのないことなのです」

「どういうことだよ!」

 動揺したように石上は語調を荒げると、大伴御行の肩を掴んで揺さぶった。怪力には抗えずぐらぐらと炎使いの頭が揺り動く。

「可能性は二つあります。私が敵に内通している場合、もうひとつは」

 敵に同じ能力を有した人間がいる場合です。

 あなたはどちらの可能性を信じますか、と尋ねた。

「そんなこと――だって、あんたは裏切る理由がないじゃねえか」

「ならば選択肢は一つですね。敵にも私たちと同じ境遇の人間がいる。――おそらくは地球からやって来た人間が」

「あっち側の勇者様ってわけかよ」

 石上が悪態をついた。

 自分たち以外にも地球から招かれた人がいるとすれば、その人物もまた同じように強力な能力を有している可能性が高い。それがアリストス側についたならば戦況が一変するのは明らかであり、ただでさえ硬直状態の戦線はバランスを失うだろう。

 それだけでなくかぐやの覚えている予言が別の意味を持っているということにもなりかねない。

「サントのおっさんに伝えなきゃいけねえな。さっきのやつをもう一度やったらどうだ」

 炎をつかった伝令を推奨する。

 しかし、大伴御行は刺青の彫られた腕を動かそうとはしなかった。

「私たちがいなければレーザー砲を打ち破ることさえ困難でしょう。それが敵側に勇者までいるとなればラングネ軍の士気は大幅に下がってしまいます。サント殿に直接告げられるならまだしも、大勢に知らせることになるのは歓迎しませんね」

「じゃあ、秘密のままにしておくのかよ。敵の切り札を押さえてるんだぜ」

「ですから」と大伴御行はいった。「あなたが伝えてください」

「は?」

「この戦場から離脱し、壁をどうにか突破してサント殿のところまで行ってください。丈夫なあなたならばさほど難しいことではないでしょう」

「ちょっとまてよ」

 石上は走りながら、目の前に隕石でも降ってきたかのように血相を変えた。並走する大伴御行は静かに続ける。

「私には敵の大軍を突破するだけの力はありません。それにここにいる兵士たちの命を守るという使命もありますから」

「ちょっと待てっつってんだろ!」

 石上が足をとめたので、うしろにつき従っていたラングネ兵士たちも何事かというふうに怪訝そうな表情をしながら立ち止まった。足元の乾いた大地から土煙が巻き起こっていた。

 青筋を浮かべながら石上は思い切り大伴御行の肩をどついた。

「おれにだけ逃げろってか? そんなことできるとでも思ってんのかよ」

「逃げるのではありません」大伴御行が反駁する。「ここよりもさらに、ずっと危険な戦場へと赴くのです。それは私にはできない。あなただからこそ頼んでいるのです」

「ふざけんなよ。あんたを置いて行くなんてできるもんか」

「我儘をいえる事態ではありません」

「知るかよ、そんなこと」石上はすねたようにそっぽを向き、地面がへこむほど強く蹴りつけた。「おれはやりたくねえ」

「死にますよ」

 大伴御行が静かに、波紋ひとつない池に石を投げ込むようにして告げた。

「上等じゃねえか」

「あなたはなんのために地球を捨ててわざわざ月にまで来たと思っているのですか。かぐや様をお守りし、支えていくためではないのですか。ここで敗北すればかぐや様の地位はおろか、命さえも危うくなる。そうなれば私たちの存在意義さえなくなってしまう――私たちは、かぐや様があってこその勇者なのですよ」

「……くそっ」

「守りたいものも満足に守れないで、かぐや様に認めてもらおうなんておこがましいことを望まないでください。私たちの選んだ道は、そういうものなのです」

「――ひとつだけ約束しろ」と石上は吐き捨てた。

「なんなりと」

「これが終わったら捕虜奪還作戦を必ず成功させろ。いいな」

「ええ」大伴御行が首をかしげる。「あなたにしてはらしくない約束ですね」

「うるせえ。黙ってろ」

 大柄な勇者はその巨体を動かしかけたが、思いとどまったように大伴御行の方を振り返ると、すっと右の拳を突き出した。

 国境を抜けるためのトンネルを掘りつづけた大きな手はあちこちに傷があったが、力強かった。

「地球じゃこんなとき、御武運をっていうんだったっけか」

「ええ、たしかそうだったはずです」

 大伴御行がこつんと石上の拳に自分の拳をぶつける。

 固い感触が伝わってきた。これならば分厚い壁だって卵を砕くようなあっけなさで叩き割れるにちがいない。

 石上は拳をつきあわせると、ひとりアリストス兵の密集する城壁へ向かって疾走し出した。彼ひとりならば赤子の手をひねるように城兵たちをはねとばし、サントへ大切な情報を届けてくれるにちがいない。

 それまではラングネ兵たちを率いるのはひとりだ。

 援軍の期待はできないかもしれないが、最悪石上だけでも助かってくれればラングネはどうにか持ちこたえることができる。

 調子のいい嘘をついた唇を舐めながら、大伴御行は武者ぶるいをした。

 ここからが粘りどきだ。

「――ですが」

 敵の勇者は石上と大伴御行、どちらを狙って来るだろう。そうせざるを得なかったとはいえお互いに孤立してしまった以上、格好の標的になってしまったのは間違いない。

 各個撃破されるのだけは避けたいが相打ちでも悪くはないだろう。道連れにできるなら上等だと考えている自分に気がついてなんとなくおかしくなった。

 気がふれたように高らかに笑いながら、大伴御行は石上の走り去っていったほうをながめた。大きな気配は、どんどん小さくなっていった。


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