表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
44/63

作戦失敗

 どうやら旗色は良くなっていないようだとサントは感じていた。

 ふたりの勇者がトンネルに潜ってからすでに数時間が経過していたが、いまだに壁の向こう側が騒然となっている気配はない。

 本来の予定ならばとっくに捕虜収容所を襲撃して、解放した戦力とともに内側から砦を攻め立てているはずなのだが、怒鳴り声ひとつ聞こえてこない。

 寒い風ばかりが身体に吹きつけてくる。

 サントはくしゃみをひとつすると、黒くそびえたった城壁を見上げた。

 壁面からはアリストス兵の見張りが顔をのぞかせている。彼の下にはとりつくこともできないほど滑らかな表面をした城壁が続いており、米粒ほどの大きさになった人間が見えていることだろう。

 この国境が難攻不落といわれているのには月の世界で最高峰の防御力を誇るこの壁によるところが大きかった。城門さえ閉じてしまえば寡兵をもってしても大軍をしのぐことができる。

 唯一この砦を破れたのはレーザー砲の強力すぎる熱戦のみで、その際に開けられた巨大な穴はすでに修復されている。

 古代人の手で作られているわけではないためその修理したばかりの壁を狙えば突破の可能性もなくはなかったが、当然アリストス側もそれを承知しているため、戦力のほとんどをそこへ集中させている。

 弱点とはいえほかの部分と比較すれば、の話であり、補修された個所も充分な防御力を誇っている。そこへ兵力を一点集中させられては、攻撃するのは実質不可能だった。

「……まずいな」

 援軍を送る予定だったトンネルが破壊されてしまったという報告はすでに受けた。

 勇者たちの退路が立たれるだけでなく、こちらの作戦がうまくいなかったということを示しているのは、痛いほどにわかっていた。

 しかし、例のトンネルこそがラングネ側の編みだした苦肉の策であり、それが通用しなかった以上、下手に軍を動かすわけにもいかなかった。

 勇者たちを失うのは大きな痛手だが、ここで無理に攻め込んで多大な損害を出すほうがずっと問題だ。

 軍の総大将としては、兵を動かすわけにはいかなかった。

「勇者がもう一人でもいればよかったのだが」

 予備軍がいればもうすこし戦況が変わったかもしれない。

 しかしないものを嘆いてもどうしようもなかった。

「レンリルへの連絡はついたのか」

 近くにいる兵士に叱りつけるような口調で尋ねる。

 困ったような表情をして返答がない。つまりレンリルも頼りにできないということだ。

 レンリルにもレンリルなりの仕事がある。この戦場で失敗が起こればそれはむしろサントの責任であり、参謀がいなかったからといって責めることはできなかった。

「――しかし、アリストスにレンリルの策を見破れるような人材がいたのか?」

 自問自答する。

 レンリルの才能が突出しているのはだれもが認めるところだ。その彼が考えだした作戦をいとも簡単に打ち破れる人間がいるとすれば、驚異のほか何者でもない。

 それだけの能力を有した配下がいるのなら先の戦いで出てきていてもおかしくはないはずなのだが。

「レンリル様は朝から姿をくらましているそうです!」

 耳を覆いたくなるようなニュースを伝令兵が運んできた。

「詳しく話せ」

「はい。なんでも消えたかのようにふらりといなくなってしまい、朝から捜索を続けているのですがまったく見あたらないとのことです。大事になるということで隠そうとしていたようですが、とうとう露呈したようで……」

「事情はどうでもいい。見当は付いていないのか」

「何名かの部下もいっしょに失踪しているようです。いずれもレンリル様の腹心ですから、参謀指揮所では大混乱になっていると」

「――まいったな」

 サントが作戦を考えたことがあるのは一度っきりだった。

 もちろん座学で軍略や戦術を学ばされたりもしたが、実戦で使ったのはかぐやを包囲網から救いだしたあのときのみだ。 

 結果としてうまくいったのには間違いないが、あんな危ない橋を渡るつもりは二度となかった。

 奇策とは兵数上の不利をひっくり返すための非常手段でしかなく、本来なら相手よりも多い数をそろえて戦場に臨むべきなのだ。

「レンリルの行方がつかめたらすぐに伝えろ。それまではこの軍を動かさない」

「了解しました」

 きびきびと返事をすると伝令兵は小走りで去っていった。

 いくら兵士の数を誇っていたところで、敵と刃をまじわすことができなければ無力だ。孤立した部隊を助けようとして大軍が犠牲になるのは確かに得策ではなったが、勇者ふたりを失ってはラングネが戦局を有利に進められるとも思えなかった。

「……すべてが裏目に出るな」

 勇者ふたりだけだったらどうにでもなっただろう。

 しかし百にも満たない兵をつけてしまったために、かえって足手まといになってしまった。正義感の強い彼等のことだから、きっと兵士たちを守るために行動するだろう。

 しかし、それでは勝機がない。

「トンネルを掘り続けろ。あそこしかつながる道はないのだ」

 無茶な命令だとは理解していたが、それ以外にやるべきことが分からなかった。

 トンネルはすでに大量の土砂と水によって埋められており、現在もアリストス側から封鎖が続いている。

 それは破るのには尋常でない労力がいるだろう。

 さらにトンネルの通路はせまく、戦えるのは多くて同時に二人か三人だ。圧倒的に不利な状況だと認めないわけにはいかなった。

「ほかのトンネルをつくるというのはいかがでしょうか」

 とひとりの側近が口出しをしたが、サントは力なく首を横に振った。

「勇者様の力を持ってしても一週間を要したのだ。それでは遅すぎる。アリストス側も同じ作戦に二度も三度も引っかかってくれるような馬鹿ではあるまい」

「しかし、このままでは――」

「わかっている!」

 苛立ちの募った口調で怒鳴りつける。

 側近はしずしずと黙り込むと、体を小さくしてサントの目から逃れるようにかくれた。

「せめて勇者様からの連絡があればどうにか策が練れるかもしれないが……それすらもないとなると……」

「報告! 上空に勇者様からのメッセージが浮かんでおります!」

「どういうことだ」

 サントが身を乗り出して聞きかえす。

 報告に来た若い兵士は息せき切ってこたえた。

「砦のはるか上空で大伴様の炎が文字を描いていらっしゃいます」

「その内容は」

「伝令は絵でありますが、おそらく『至急、援軍求ム』というもので間違いないかと」

「そんなこと――」わかっている、といいかけてやめた。「ほかにはないのか」

「捕虜の解放には失敗した模様。それから……」

「それから?」

 若い兵士はその先の言葉をなかなか継ごうとはしなかった。サントが視線で催促すると、しばらく逡巡した後に、重たげな口を開いた。

「レンリル様に気をつけろ、と」

「……そうか」

 石上と大伴御行がなにを思ってそのようなメッセージを残したのかはわからないが、とにかく現在レンリルが失踪していることと無関係ではなさそうだった。

 この奇襲作戦を考えついたのはレンリルだ。なにか裏があるとすれば、彼が勝敗の行方をあやつることなど簡単だろう。

 不安要素はいくらでも湧きでてくるのに解決策は一向に浮かんできそうになかった。

「私はいったいどうしたらいいでしょうか」

 不吉な報告を携えてきた兵士が恐縮しながら命令を求める。サントは睨みつけるように地面を注視し、それから静かに目線を上げた。

「このことはみなが知っているのか」

「レンリル様の件についてはすぐに消えてしまったため、全員が知っているわけではありません」

「ならばかん口令を敷く。このことは最大級の極秘事項だと伝えておけ。必要ならばサントの名前を出しても構わない」

「――はい」

 深々と頭を下げる。

 存外に深刻な事態になってしまったため緊張したのか、声がふるえていた。

 サントはすぐさま軍の重役たちに招集をかけると、レンリルのことに関しては心配の必要がないと告げた。何名かは疑わしげな表情をしていたがサントが一喝するとしぶしぶ納得したようだった。

「レンリルはこの国を救ってくれた男だ。それがこんな中途半端な状況で任務を投げ捨て、裏切るようなことがあるはずがない。それでもなお疑うというならこの軍を追放することになる。軍の要は内部の結束だ、それを乱すようならば首都に帰って客観的にこの状況を見つめてもらおう」

 強硬な態度に出ると、誰も反論する者はいなかった。

 これでひとまずレンリルのことで内部分裂が起こることはなくなっただろう。すくなくとも、直近のあいだは。

「これ以上はかばいようがないぞ、レンリル」

 彼がまだ見習いの頃からしきりに世話を焼いてやっていたのも、こういう危なっかしさをはらんでいたからだ。世渡りは上手だがあまりに才能がありすぎるために嫉妬や反感を買いやすい。

 雨でぬかるんだような地盤でレンリルが少しでも体勢を崩せば、たちまち足を取られて地面に引きずり倒されてしまう。

 サントは寒い空気のなかを歩きまわりながら、乾いた空をながめた。

 大伴御行は生きている。それだけでもわかったのは朗報だったが、事態は思ったよりも芳しくない方向に動いているようだった。

「ルア様――」

 自分は頼られるべき存在でありながら、年下の少女に助けを求めてしまっている。こんなことでは軍人としても、老人としても失格だと嘆いても、どうすることもできなかった。

 白い吐息がはかなく生まれて、すぐに消えた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ