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長い一日


「ルア様が落ち込んでいらっしゃる?」

 サントが怪訝そうに聞き返した。

 場所はラングネ軍の本陣、国境の砦からかなり離れたところであり、その中心にサントがいた。

 警戒は怠っていなかったがアリストス軍が戦いを仕掛けてくる可能性は薄かったため、比較的のんびりと構えることができた。

 そのため空いた時間はすべて情報収集にあてているのである。

 諜報方面はおもにレンリルの仕事であり、そちら側からも多くの新事実を得ることができていたが、かぐやの動向を調査することも忘れていなかった。

「どうにも貴族の方々との折り合いが上手くつかなかったようでして、部屋にこもってふさぎこんでいらっしゃいます」

「良くない傾向だな……」

 かぐやのことだからそこまで心配はしていなかったが、政治に関しては経験の差が物を言う。

 軍人が政治に関して口をはさむことは、国の法律で厳しく禁じられているためサントやレンリルが助言をすることはできない。

 戦争時でなければ王と個人的な面会をすることさえ許可が必要なほどだ。

 過去に軍部がクーデターを企てたという経緯があったため、国に対する権力を弱めようという狙いがあるのだ。

 その背景には長らく戦争がなかったことがあるのだが、この制度に文句を言っていてもはじまらない。

「ルア様のそばにはだれがいるのだ」

「一人にしてくれというご要望でしたので、誰も近くにはいらっしゃいません。警備のものが部屋の入り口で待機しているのみです」

「まずいな」とサントはいった。「ルア様は優秀なお方だとはいえ、まだ若い。心情が不安定な時には頼りになる存在が近くにいなければならないが、それがないとなると、自力で立ち直るほかない」

「それではいけないのですか?」

「時間がかかりすぎるのだ。それに、それだけあとでルア様にしわ寄せがある。公務を休んでいるとはいえなくなったわけではない。いったん取りやめにしたとしても、こなさなくてはならない義務だ」

「それでは、どういたしましょう」

「――勇者様を動かすわけにはいかない。だが、軍がどうにかすることも出来ない。となれば、出来ることはただ一つだ」

 一刻も早く捕虜を解放し、クレアを救いだす。

 サントは報告の使いをラングネ城へ返すと、自分は石上の掘ったトンネルへと足を運んだ。



 その日は朝からいやに冷え込む日だった。

 月の気候は寒暖の差が激しい。地球のように四季こそないが、朝夕の気温差をふくめて、日によってだいぶ気候が変わってくる。

 汗ばむくらいの陽気だったかと思えば、次の日にはかじかむほどの寒さということも多々あった。

 月の環境に不慣れなふたりの勇者たちはその変化に戸惑いながらも、自分たちの作り上げたトンネルの前で待機していた。

 彼らのそばには少数精鋭のアリストス兵が整列している。

 その光景はラングネ城へ突撃したときのことを思い起こさせた。自然と鼓動が高ぶってくる。

「久しぶりの戦いだからな、気合いが入るってもんだぜ」

 石上が小刻みに身体を揺らしながら拳を繰り出す。

 大柄な勇者の首には子安貝のネックレスがかけられており、いつも通りの強じんな肉体を披露していた。

「相手の防御が堅過ぎてまともな戦闘になりませんでしたからね。まったく古代人の技術力というのはおそろしいものです」

 小さな火の玉を召喚して暖を取りながらつぶやく大伴御行の体調はすこぶる良さそうだった。

 この一週間というもの、ほとんど座って石上の作業を監督していたので疲労感などはまったくない。その石上も一晩ぐっすり休めば回復し、トンネル掘りをはじめる前と同じくらい元気だ。

「今回はクレアのやつを奪還するのが目的だったっけか。穴の向こう側の地理がわかってりゃもう少し楽なんだけどな」

「それはついでというものです。真の目的は捕虜を解放し、その戦力と合わせて国境砦を攻略することですから。そのためにはギリギリまで敵に感づかれないことが必要です。ヘンに大暴れしないでくださいよ」

「わかってるって。おれはこう見えても隠密行動が大得意なんだぜ」

「派手に暴れ回るしか能のない怪力がなにをぬかしているんですか」

 トンネルはまだ貫通していない。

 穴を完全に開けてしまってはすぐに敵に気づかれてしまうからだ。そのため石上が最後の一撃を加えトンネルを完成させてから突入する予定だった。

 敵の状況を知ることもできなければ、穴の出る場所も分からない。

 最悪なケースでは待ち伏せに会うことも充分にありえた。

「あんたこそ燃やすことしかできねえじゃねえかよ。向こうが水浸しだったらどうするんだ」

「その時はそのときです。臨機応変に対応すればいいだけの話でしょう」

「適当だな、おい」と石上はあきれた。「嫌いじゃねえけどよ、レンリルや竹取の爺さんと比べると繊細さが足りないような気がするんだよな」

「あのふたりにはどうやっても敵いませんよ。それに今回の作戦はレンリルの提案だということです。彼に任せておけば、大丈夫でしょう」

「――なあ、あんたはレンリルを信用するか」

「なんですかいきなり」

「おれはあいつが胡散臭いような気がする」

 石上はいつになく真剣な表情で、トンネルのなかを見つめていた。その先は真っ暗でなにもうかがうことはできなかった。

「現にラングネ国を奪還できたのは彼のおかげでしょう」と大伴御行。

「それはたしかにそうだけどよ、あいつはなにか大事なことを隠している気がすんだ。この国の命運を左右しかねない、でっけえ秘密を」

「考え過ぎですよ」大伴御行は首を振った。「かぐや様も信頼を置いていることです。味方どうして疑っている場合ではないでしょう」

「勘の鋭いあんたのことだからとっくにわかってんだろ。あいつが本性をあらわすまで油断しちゃいけねえ。この穴のつながる先に、敵がたくさん待ちかまえてるって覚悟で行かなきゃな」

「……ええ、そうですね」

 大伴御行は冷える足元を浮遊していた火の玉を穴に放り込むと、紅い両目をあらわにした。竜王と契約して授かった、力の源。

「そのときは私がレンリルを切って捨てるまでです」

「おれも混ぜてくれよな」

 石上が思い切り笑いながら大伴御行の肩を叩く。

 痛そうに顔をしかめながら、彼は大きな手を振り払った。

 作戦決行の時刻はもうすぐに迫っており、兵士たちはすでに準備を整え神妙な面持ちで構えている。先頭を行くのは石上と大伴御行の役割になっていた。

 行動手順はすでに何度も確認をしてある。

 兵士たちは直接の部下ではないため顔は知らなかったが、だれもが屈強そうな体つきをしており、頼もしかった。今日は捕虜に渡す分も含めて三つずつ剣を携帯している。

 捕虜収容所にどれだけ即戦力がいるかは見当がつかないが、トンネルからは常時援軍を送る手筈になっている。

 もしも予想外に捕虜が少なかったとしても、なんとかなるだろうというのがレンリルの予想だった。

「今日はじつに寒いですな」

 本陣で指揮を執っているはずのサントが白い息を吐きながら近づいてきたのを見て、ふたりの勇者は小さく頭を下げた。

 サントは護衛を一人だけ連れているので、正式な面会ではないようだった。

「本隊のほうを指揮してなくてもいいのかよ」石上があいさつ代わりに突っかかる。

「敵が攻めてくるならやることもあるでしょうが、ただ対峙しているだけなら赤ん坊にだって指揮官が務まるというものです。あちらは平和ですよ」

「これからすこしばかり忙しくなるでしょうね」と大伴御行。

「ええ、そのようになることを願っております。――そこで、作戦に際してひとつお願いがあるのですが」

「なんだ?」

「クレアを見つけたら最優先で保護してほしいのです。もちろん捕虜の護送にも人数を裂きますが、彼女だけはなるべく勇者様のどちらかに守っていただきたい」

「サント殿が私事を戦場に持ち込むとも思えませんね、どうしたのですか」

 石上に対するよりもずっと丁寧な口調で大伴御行が質問する。

 サントは乾燥した唇を濡らしてから口を開いた。

「こんなときにお伝えするのもどうかとは思うのですが、ルア様は現在あまり芳しくない状態です」

「どういうことですか」

 大伴御行が語調を強めた。

「政務のほうがうまくいかないようで、ひどく落ち込んでいらっしゃいます。このままではラングネ国にも、ルア様自身にとっても悪影響です。だからクレアを助け出し、おそばにおいてやれば良き話し相手になってくれると考えております」

「おい、今すぐ帰った方がいいんじゃねえのか」

 石上がせわしなく足を動かしはじめる。

 サントは兵士たちに聞こえないよう小声で続けた。

「その心配はございません。この国境を突破する作戦が首尾よく運べば、ルア様にとってもやりやすいように世論が好転することでしょう。反アリストスという形で国内が団結するのです」

「つまり、おれたちはおれたちの仕事をするのが一番ってことか」

「その通りです。ですが、ルア様のよき理解者となれるのは、いまとなってはクレアしかいないのです。ですからぜひとも――」

「わかりました」

 大伴御行は力強く了承した。

 石上も大きくうなずき返している。

「ありがとうございます。もしも戦闘が激しいようでしたら、一度こちらへクレアを運んでくださっても構いません。そのほうが戦いやすいでしょうから」

「大丈夫ですよ」と大伴御行は言った。「私たちは守ることに慣れていますから。今回はそれがかぐや様からクレアに変わっただけのことです」

「そうそう、心配いらねえって」

 豪快に笑い飛ばすと石上は、足元にあるトンネルへ滑り込んでいった。どうやら勢い余って飛び出していったようだと理解すると、大伴御行も苦笑しながらあとにつづく。

 蟻の行列のようにトンネルのなかへ吸い込まれていくラングネ兵たちを見送りながら、サントは冷たくなった指先をあたためていた。

 いつだって実際に戦うのは彼らなのだ。

 サントはただ人形師の操る人形のように、囮となって敵を欺く駒となることしかできなかった。


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