トンネルとレンリル
「どうしておればっかりこんな重労働をさせられなきゃいけないんだよ。掘っても掘っても土ばっかりでつまんねえぜ」
「ほら、つべこべ文句を垂れずに手を動かすのです。かぐや様はいまかいまかと石上の帰還を待ちわびていることでしょうね」
「なんであんたは呑気に椅子に腰かけておれを見張ってるんだよ。自分でも働いたらどうだ」
「私はほら、こんな風に穴の中を照らすという大役を請け負っているのです。明かりがなければあなたも作業が出来ないでしょう」
「できなくてもいいよ、こんなもの」
石上が土砂をかきだしながら愚痴る。
地上からスタートしたトンネルの内部はちょうど石上よりも一回り大きいくらいの幅で、ラングネ兵士たちがせっせとかき出された土砂をそとへ運びだしている。
最先端では全身を土まみれにした石上が大伴御行の監視を受けながら黙々と作業を遂行しているところだ。素のままの両手をパドルのように動かし、次々と背後へ土の山を築く。
そのとなりでは大伴御行が涼しい顔をして座っている。
彼の手には青白い火の玉があり、陽の光の届かないトンネル内部を照らしていた。
「かぐや様の失望を買うような浅ましい考えはやめたほうがいいですよ」
「あんたにも働けって言ってたんじゃねえのか」
「私には石上が逃げ出さないように厳しく目を光らせておけと命じられました。というわけで、私は地道に職務を全うしているのです。身体を動かせるあなたがうらやましいですよ」
石上が穴を掘り進めた分だけ、大伴御行が椅子を持って移動する。
さきほどからしきりに前進しているのだが、それでもやはり国境を破るには長い距離を行かなければならない。
「けどよ、もう三日目だぜ。こっちは寝る間も惜しんで穴を掘ってるっていうのによ。いったいいつになったらアリストスにたどり着くんだ」
「あと四日というところでしょうね」
大伴御行がにべもなく答えた。
かごを持ったラングネ兵士が次々と規則正しくやってきては、石上の労働の成果を運び去っていく。
地上では囮部隊が敵の注意をトンネルから逸らしているところだろう。とはいえ普段通りに膠着状態の戦闘を継続させているだけだが。
その役目はサントがになっている。
被害を最大限に減らすことに関しては、サントの右に出る者はそういない。レンリルは攻撃に長けるが、防御面に限っていえばサントの方が優れているのだ。
「だとしたら、その前におれがぶっ倒れることになるぜ」
「脅迫は通用しませんよ。決戦の前夜にはしっかり休息を与える予定ですから、倒れるまで働いてもらって結構です」
「――なあ」
石上が手を休めずに尋ねる。
「なんですか」と大伴御行。
「あんたって地球にいたころはもっと良い人柄をしていたんじゃなかったっけ。陛下にも気に入られていたはずだろ」
「あれは表向きの体面というやつです。石上と違って私には自由奔放に生きるというやり方は肌に合わなかったもので」
「おれが馬鹿だっていいたいのかよ」
石上が唇をとんがらせる。
「そうではありません。のびのびとしてうらやましいということです」
「結局馬鹿にしてんじゃねえか」
「私には真似のできないことですからね。こういう力仕事も含めて」
「まったく、どうしたって言いくるめられるんだ」
「人それぞれに役割があるということです。ほら、はやく働きなさい」
「都にいたころはすくなくとも顎でこき使われるようなことはなかったはずなんだけどな。どうしてこうなったんだか」
「惚れた弱みってやつだろうな。まさか和歌の下手な女性を好きになるとは思わなかった」
「おれもだ」
ふたりは笑い合うと、仄暗いトンネルのなかで昔話に花を咲かせた。
小山のような土砂が石上の掘ったトンネルのそばに盛り上げられた。それは四日後のことだった。
かぐやは自室のベッドに向かって突っ伏していた。
こんなことをしている場合ではないのはわかっている。けれども全身がだるく、いつまでもベッドから起き上がることができないでいた。
「……はぁ」
さっきから何度目のため息になるだろう。
毛布の柔らかさは、まるで母親のように優しく包み込んでくれていた。まぶたが重たくなり、気付けば眠ってしまっていたようだった。
その間に夢を見ることはなかった。
自分が寝てしまっていたと気付いても慌てるようなこともなく、ただぼんやりした頭で事実を受け入れただけだった。
他人に拒絶されるということが、これほどまでに心をえぐるとは思っていなかった。シーツを強く握りしめる。頭のなかでは老人の間で繰り広げられたやり取りが際限なく再生していた。
大きく息を吐き出す。
吐息が震えていた。
「こんなことでめげるなどとはな……わたしも弱いものだ」
自嘲気味につぶやく。
公務の予定は適当な嘘をついてすべてキャンセルしてしまった。空虚な時間が目の前に横たわっていた。
石上の掘った穴が着実に長くなっているという報告が毎日届けれられるのに、政務の方はまったく進んでいない。
各自がやるべきことをやってこそ国が無事に運営されていくのだ。
たとえば侍女が掃除をし、軍人が戦うというように。
「……レンリル」
どうして彼の名をつぶやいたのだろう。
ほんの意識しない言葉が漏れただけだったのに。
「レンリル」
もう一度口にだしてみる。
その響きは消えなかった。