奪還作戦
「捕虜の奪還作戦?」
かぐやが眉間にしわを寄せながら聞き直す。
先の軍議でレンリルの口から飛びでた自称「名案」はその場にいた全員を驚かせた。お互いに顔を見合わせ、怪訝そうな表情をあらわにする。
「あの砦のそばにはラングネ軍の兵士や住民の捕えられた捕虜の収容所があります。そこを襲撃し、なかにいる人々を助けだした勢いで内部から攻め込めば、きっとあの砦も陥落することでしょう」
「しかし、どうやって国境を破るのだ。収容所はアリストス国側におかれていたはずだぞ」
「そこでオレの名案が炸裂するわけですよ」
「もったいぶってないではやく発表しろ」
「ラングネ城に攻め入ったときと同じ方法を使います」とレンリル。「敵さんもさすがにあの砦の背後をつかれるとは予想してないでしょうから」
「囮作戦か」とかぐやはつぶやいた。
「さすがルア様、話が早くて助かります」
「陽動部隊を用意するのはいいとしてどちらにせよ国境を突破せねばなるまい。いくら少人数でもあの砦には子どもひとり忍び入る隙間もないのだぞ」
「だったら道をつくりゃいいんです」レンリルはにやりと笑った。「オレたちの手で新たに進入経路をつくりだしちまえばアリストス側も意表をつかれる」
「その方法は?」
「地下に穴を掘って、そこから兵を送り込みます。収容所を狙うのは騒ぎを大きくするためと、現地で兵数を確保するためです。トンネルでもない穴からじゃあんまり多くの兵士は輸送できませんから」
「たしかレンリルは急戦派だったな。穴はもう用意してあるのか」
「そりゃ無茶ってもんですルア様。いまさっき考えついたばかりの出来立てほやほやなんですから」
「いまから穴を掘るならば時間がかかりすぎるだろう。この作戦は却下だ」
かぐやがため息まじりにレンリルを見ると、当の本人はすっくと立ち上がって石上の肩を叩いた。居眠りをしていた勇者が半目をひらいて何事かと確認した。
「ここに百人力の勇者様がいらっしゃるんですから、そのお力をちょっとばかり拝借すれば楽勝ってもんですよ。ね?」
「あ、ああ……」
寝ぼけ半分に石上が返事をよこすと、レンリルは上機嫌に席へ戻った。
サントがすぐさま参謀につめ寄る。
「レンリル、機械も使わずに素手で穴を掘ろうというのか」
「石上様の怪力なら地面を掘り返すことくらい簡単でしょう。たとえ固い岩石が邪魔をしていても破壊するなり、大伴様の炎で溶かすなりして対処すればいいだけの話です」
「……たしかにそうだが」
「残った兵士はかきだした土を運搬するために働かせましょう。突貫工事で頑張れば、三日もかからずに穴が完成すると思いますよ」
満面の笑みで昔の上官と肩を組む。サントは迷惑そうにレンリルの手を振り払うと、かぐやの指示を仰いだ。
「どういたしましょうか」
「――石上、やれるか」
「あったりめえよ。このおれ様に出来ないことなんて世の中に一つだってありゃしないんだからよ」
「そうか。それは助かる」
かぐやは無感動な口調でそういうと、石上の首根っこをつかんだ。新調されたばかりの洋服の襟が音を立てて裂けていく。
「おい、破れてるぞ」
「この男はいままで眠って体力を蓄えていたからな、休みなしで働かせても構わんぞ。大伴、石上が怠けないように監視をたのめるか」
「もちろんです」
炎使いの勇者が慇懃に頭を下げる。
石上はまだ事情が呑み込めないといったふうで、キョロキョロと助けを求めるようにあたりを見まわしていた。
「ど、どういうことだよ休みなしって。おれはまだ怪我が治りきってなくて……」
「貴様は全快したと医者から報告を受けている。寝て起きて食べるの生活はもうお終いだぞ。すこしは世間の役に立て」
「この前の戦いでたくさん働いたじゃねえか」
「あれはあれ、これはこれだ。つべこべ言わずに労働して来い」
かぐやが大伴御行に目で合図を送ると、小さな火の玉が石上にまとわりついて熱を発しはじめた。悲鳴を上げながら石上が逃げ出していく。一礼をしてから大伴御行もあとを追って退室した。
遠くの方から怒鳴り声が聞こえてくる。
かぐやはあくびをしながらそれを聞き流すと、
「サントに現場の指揮を一任しよう。レンリルは作戦に集中してくれ。一刻も早く捕虜たちを助けだすのだ」
「任しといてください」
「すぐ、向こうへ赴きましょう」
サントとレンリルが胸を張ってこたえる。
かぐやは拳を固く握りしめた。心臓の鼓動が高鳴っている。きっと自分が戦場へ顔を出すことはないだろうが、いまの緊張感は実際に剣を片手に戦ったときと同じだった。
「多くのラングネ国民の命がかかっている。絶対に成功させるのだぞ」
軍人たちは力強くうなずき返すと駆け足で部屋を後にした。
ひとり取り残された会議室でかぐやは「クレア」と侍女の名をちいさく漏らした。