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宣戦布告

 サントはジープに乗ったまま逃走を続けていた。

 アリストス軍は目論見通り、前線へとひっぱりだされてきている。ラングネ城の異変を察知しても帰還するにはそれなりの時間がかかることだろう。

 追いつかれて戦力を減らすのはあまり好ましい事態ではなかったため、サントは囮の部隊と本隊とをうまく移動させながら、絶妙な間合いを保っていた。

 敵の移動速度とぴったり同じになるよう軍を動かし、ひたすら逃げ続ける。

 兵士たちには士気を保つため、どこかで反撃に転じる予定だと伝えてあったが、サントにその予定はまったくなかった。あるとすればラングネ城を奪還し、レンリルたちが城内から打って出て来た時のみだ。

 かぐやとともにラングネ城へ突入した部隊は少数精鋭で、敵の部隊を制圧できるだけの戦力はない。

 どうあがいたところで戦争とはやはり数なのだ。

 敵将を倒したあとで追撃をかけるにはサントの軍隊が必要不可欠であり、軍部副隊長は狡猾にその機会をうかがっていた。

「――サント様」

 兵士のひとりが声をかけてくる。

「どうした」

「ラングネ城の様子がおかしいようです」

 そういって手にしていた双眼鏡を渡してくる。サントが両目をレンズに押し当てると、拡大されたラングネ城の尖塔で、見慣れた旗印がひるがえっていた。

 青い文様に、緑の布地。

 地球と美しい大地をかたどった国旗が、アリストスの赤い旗に代わって立てられていた。

「――ルア様がおやりになったのだ」

 独り言を漏らす。

 腹の奥から笑いがこみあげてくるのと同時に、すうっと思考が冷静になっていくのを感じた。

 やらなければならないことはいくらでもある。

 勝利の美酒に酔うのはそれが終わってからでも遅くはない。

「いますぐ部隊をまとめ、反撃の準備にかかるぞ。ラングネは再び我らの手にもどったのだ!」

 サントの歓喜の叫びは、疾走するジープの上からでもよく響いた。




 ラングネ城の大広間では盛大な祝勝会が行われていた。

 ガイザーから取り戻した玉座には、全身をギプスで固定したかぐやが身なりを整えて座っている。切られてしまった髪は戻っていないが、短いなりにも気品漂う風に飾り付けられており、いくつものアクセサリーがきらめく。

 かぐやの両脇にはふたりの勇者とレンリルやサントなど、軍の関係者がずらりと整列している。

 誰もがラングネ軍の制服を身にまとっており毅然とした態度で祝勝会に臨んでいた。

 石上と大伴御行だけは落ち着かないということで、地球からきていた着物を繕って、この場に参加している。

 血なまぐさい戦闘の形跡はきれいに掃除され、磨きあげられた大理石の床上には幾人ものラングネ国民が押し合いながらおさまっている。そうはいってもラングネ城に招かれたのはごく一部の有力者のみで、一般の人々はラングネ城のそとでかぐやの登場を今か今かと待ちわびているところだった。

「内裏でのことを思い出すな」

 石上がとなりにいる大伴御行へそっとささやく。

 たとえ消え入るような声でも盲目の勇者の聴力を持ってすればふつうに会話しているのと変わらなかった。

「あそこも相当のものだったからな。私たちもよく参加したものだ」

「陛下がいらっしゃると、しーんと静まり返って気味が悪いくらいだったな。おれはよく居眠りして、いびきがうるさいと怒られたもんだ」

「あの場で眠るなどどういう感性をしているのかと危ぶんだが、あなたを見てわかりました。どこまでも図太いやつだけが睡眠できるのでしょう」

「へん、おれのほうが繊細な和歌を詠めるってもんだぜ。腕前ならあんたにも負けてねえからな」

 鼻息を荒くしながら胸を張る石上。

 大伴御行は小さくため息をついた。

「どうせ代筆でしょう」

「失礼なことを言うやつだな。おれはちゃんと自分の手で書いてるっつーの」

「何度か石上の作を見かけたことがありますが、どれもあなたからは考えられないような美しい詩歌でした。おそらく才能のある――かぐや様のように美しいかたが詠んだものでしょうけど」

「だからおれだっての。間接的に愛の言葉をのべているつもりか?」

「だれがそんな悪趣味なことを」

 大伴御行がせせら笑う。石上は鼻を鳴らしてそっぽを向いてしまった。

 待機していた楽器隊が演奏を高らかにはじめると、城内に反響して四方八方から音が飛んできた。耳が痛くなりそうなくらいの大音量だがあまり気にならなかった。

 やがて演奏がぴたりと止まると、静寂が広間を支配した。

 息をする音さえ聞こえてこない。

 壮麗なドレスをまとったかぐやはゆっくりと立ち上がると、つかつかと赤い絨毯の上を歩く。そのまま中央にのびた絨毯の道を歩ききると、かぐやは周囲の人間を見渡した。

 ほとんどが見知った顔ぶれだった。

 しかし、なかにはいるはずの人間が欠けている。

 アリストス軍に反抗したため投獄されそのまま死んでいったものや、処刑されたものなど理由は様々だが、二度とここへ戻ってくることはないという事実だけは共通だった。

 大きく深呼吸をしてから、かぐやは言葉を紡ぎはじめた。

「――わたしは、ここへふたたび帰ってきた」

 帰ってきた、と反響した声が遅れて聞こえてくる。

「父上を失い、じいを失い、クレアは囚われた。それでもわたしはここへ帰ってきた。すべてはラングネを再興するために。アリストスの暴挙から祖国を救わなければならないと、わたしはそのためだけに行動していた」

 ゆっくりと回転する。

 こうしないとまんべんなく話しかけることができないからだ。

「アリストスがこの城を制圧したとき、わたしはじいに逃がされ地球へ旅立った。そのときは孤独になるのが辛くてたまらなかった。どうしてわたしだけ死ぬことができなかったんだろうと、悲しくて何度も泣いた。飛行船が地球に降り立って、わたしが最初に出会った人は竹取を生業とする老人だった」

 すっかりただの農民になっていたはずの老人。

 三山村でのどかに暮らしていた。

「彼はわたしにとてもよくしてくれた。ただの迷惑ものでしかないわたしを快く受け入れ、それどころか地球の王からもわたしを守ってくれた。彼はここにいる勇者たちをさがし出すのにも尽力してくれた。あの智謀がなければいまでもわたしは地球でさ迷っていたことだろう」

 それから、とかぐやは続けた。

「クレアという侍女がはるばる月からわたしを迎えに来た。サントたちの抵抗軍が一縷の望みをかけて送り出した飛行船は、間一髪というところでわたしを救いだしてくれた。だがクレアは、月にもどってからアリストスの手に落ちた。わたしはクレアがまだ生きていると信じている」

 誰も言葉を発しようとしなかった。

 太陽の光だけがさしこんでいた。

「それからサントと再会し、レンリルという素晴らしい男に出会った。ふたりとも第一級の働きをしてくれたことはみなも知っておろう。彼らがいなくてはラングネ城の奪還はおろか、わたしは勇者とともにアリストスに見つかり囚われていたかもしれない」

 サントとレンリルが小さく会釈をした。

 ふたりとも真剣な表情だった。

「だれがひとり欠けていてもわたしがここへ帰ってくることはありえなかった。これは軌跡なのかもしれない。必然なのかもしれない。それはどちらでもいいことだ。わたしはラングネをすくわなければならないし、そうするために生まれてきたのだから」

 かぐやは背筋をぴんと伸ばすと、よく通る声で宣言した。

「ラングネを救うためには、城を取り戻しただけでは不十分だ。この戦争を引き起こした諸悪の根源を取り除かねばならぬ。――これよりラングネはアリストスへ攻め入り、この惨劇を招いた人間を特定する。それがたとえ、向こうの王だったとしても」

 どよめきが津波のように伝播していった。

 誰もかれもが驚いた表情をしている。

「さあ、準備はいいか。わたしたちは勝利した、だがそれはマイナスがゼロにもどっただけの話だ。これからは傾いた天秤を、是正しなければならぬ。真の戦いはこれからだぞ!」

 ラングネ城の大広間は、歓声と喝さいとにつつみこまれた。まるで狂人がけたたましく笑っているかのように、その拍手はなりやむことを知らなかった。


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