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敵将

 ジープを運転しているのはサントの部下で、サント自身は荷台に身を乗せていた。車に乗っているだけでは剣で攻撃できないので、こうして荷台に身体をさらしていなければならないのだ。

 それはもちろん、敵からも攻撃を受けるということと同義だ。

 サントのほかにも数名のラングネ兵たちが緊張した面持ちで、進行方向を見つめていた。敵の陣地に到着するまではあと五分とかからないだろう。

 サントたちの攻撃はすぐさまアリストス軍に感知され、レーザー砲の周囲を中心に防衛網が敷かれはじめている。これを突破しないことには勝機はない。

 ジープの連隊はますます速度を上げていく。

 背後に大きな土煙が巻きあがっていった。アリストス軍はすこしでもレーザー砲から遠い場所で交戦しようと、こちら側に近づいて来ている。

 そこまではサントの思惑通りだった。

 レンリルでなくても作戦くらいは立てることができる。問題はそれが成功するかどうかだ。

「あまり緊張しすぎると、いざという時に手が動かなくなるぞ」

 新米兵士なのだろう若者が、あからさまに身体を硬直させていたので声をかける。

「は、はい!」

 そうとう舞い上がってしまっているのだろう。

 新兵は車上だというのに直立不動で敬礼した。

「危ないから座ったほうがいい。風圧で転げ落ちたら一生の笑い者だぞ」

「も、申し訳ありません」

 赤面しながら正座する新兵。

 サントはくすくすと笑いを漏らした。

「おまえはどこの部隊に所属しているんだ?」

「だ、第一隊です!」

「驚いたな、第一隊に籍を置いてるのか。ということは、よほど優秀なのだろう? あそこにはエリートが集められているからな。軍部隊長も第一隊の出身だった」

「そんなことはありません。レンリル殿のほうが、私などよりもよほど有能でございます」

「レンリルの連れてきた軍隊にいたのか。あいつは特別だからな、あまり参考にしない方がいい」

「ですが、レンリル殿がいなければ反乱軍をまとめ上げることは不可能だったでしょう。私も彼の人柄に憧れて反乱軍に加わったのです」

「――軍人に必要なのは、才能だけではない」

 サントは若者を諭すように、ゆっくりと言葉を紡いだ。

「上官に対して正しい言葉づかいも出来ない、年功など関係なくスキンシップをとりにいく、そして年齢にふさわしくない能力。こんな人間がぽんぽんと出世していったら反感を買うのは間違いない。結果として能力があっても、軍全体が不和になってしまっては意味がないのだ。いまのような、実力がなければのたれ死ぬ世の中にならなければ、あいつを担ぎあげることなどなかっただろうな」

「……ですが、レンリル殿は素晴らしい人です。彼なら他人のひんしゅくを買うようなこともないと思います」

 新兵が反論する。

 自分の尊敬する人が否定されれば、自分を否定されたのと同じ気分になる。サントは続けた。

「たしかにそうかもしれないな。あいつならば上手く収めそうな気もする。だが、レンリルを昇進させないようにしたのには、別の理由があるのだ。ほかの、もっと重大な理由が」

「それは――」

 なんですか、と新兵は恐るおそる尋ねた。

「この機会だから忠告しておくが、レンリルを完全に信用しきってはならないぞ。あいつは一歩間違えれば危険な人物になりかねない。表の顔と裏の顔を、ああまで器用に使い分けてることのできる人間はほかにいないだろうな。おまえが見ているのはレンリルの表側――あいつが他人に見せている顔だ」

「……サント様は、レンリル殿の裏側を知っているのですか」

「ある程度は」とサントは答えた。「だが、すべてを知るのは不可能だろう」

「教えてはくださいませんか、その裏側を」

 サントは逡巡してから、その新兵の肩を優しく叩いた。

「いまはレンリルの力なくしてラングネの復興はありえぬ。問題はそのあとだ。――この戦いに勝利したら、訪ねてくるといい。レンリルのことを離して聞かせよう」

 新兵は緊張したまなざしでサントを見つめ返した。

 ジープは、もうすぐアリストス軍に接触しようとしていた。



 石上の悲鳴のような声が聞こえてきた方角に向かって、全力で駆けつける。なにか良くないことが起こっているのだという、確信にも似た不安がかぐやの胸をざわつかせていた。

 後ろからはラングネの兵士たちがついてきてはいるが、かぐやと大伴御行のほうが早く階段のふもとに到着した。

 玉座のある四階を見上げる。

「石上!」

 その瞬間、巨体がものすごい勢いで落下してきた。

 押し潰されないように身体をひるがえすと、轟音を立てて石上が尻もちをつく。どこかを怪我した様子はなかった。

「いってえ!」

「なにがあったのだ、石上」

 かぐやが叫ぶように声をかける。

 どうやら命に別条はなさそうだった。

「縄に足を引っ掛けられて、思いっきり突き落とされたんだよ。びっくりしてヘンな声を出しちまったぜ」

「それだけか?」

「あとは兵士がうじゃうじゃいやがったな。ここまでとは比べ物にならねえ」

 玉座の周りの守備は堅固にしてあるということか。

 時間稼ぎよりも、こちらをせん滅することを考えているのかもしれない。だが、かぐやたちにとってそれはむしろ好都合だった。

「よし、一気に突入するぞ。大伴、先に縄を焼き切れるか」

「もちろんです」

 大伴御行は渦巻く炎を召喚すると、階段の段差にそって這わせていく。蛇のように動く炎は頂上に到達すると、さきほど石上の足をとらえた縄を焼きつくした。

「……階段付近に敵が集まっているようです。このまま私が威嚇攻撃をするので、その隙に駆けあがってください」

「わかった」

 腰をおさえながら立ちあがった石上とかぐやはひと息に四階へと疾駆する。急勾配の階段を上りきった先には赤い炎が道をふさぐように展開していた。

 かぐやたちが速度を緩めず、足を踏み入れようとすると、まるではじめから存在していなかったかのように炎が消えた。

「ようし、さっきの仕返しだ」

 石上が気合いを入れて暴れ回る。

 身長が倍ほども違いのあるアリストス兵との戦いでは、見ていてもまるで負ける気がしなかった。次々と兵士を殴りつけては地べたに打ち倒していく光景は清々しいほどだった。

 大伴御行がうしろから追いついてくる。

「大伴は下がっていてくれ、ここはわたしと石上で何とかしよう」

 大伴御行の能力は乱戦向きではない。

 後方の安全な場所で援護するからこそ真価を発揮するものだ。

 炎使いの勇者はしかし、ニヤリと不敵に笑った。

「ご心配なさらず。私もだてに訓練をしていたわけではないのですよ――それよりも、私どもが道を切り開きますので、かぐや様は敵将と戦う準備をなさってください」

 大伴御行は両手の先から、刀のようにするどくとがらせたふたつの炎柱を具現すると、さらに自分の周囲へ火の玉をいくつも浮かべた。

 その明るさといったら、まるで松明を掲げているようだった。

「……それは?」

 見たこともない大伴御行の戦闘スタイルに驚きながらかぐやが問う。

「九尾の狐というものを模した構えです――これならば接近戦だろうとなんだろうと引けは取りません」

 地下基地でかぐやがレンリルと剣を交えていたころ、大伴御行は別な場所でひとり鍛錬を重ねていた。それはこの新しい技術を習得するためだったのだろう。

 かぐやは大伴御行の周囲を旋回するいくつもの火球を見やった。

「こんなものを浮かべていては、意識が散ってしまうのではないか」

「よく観察すれば、その球が規則的に動いているのがわかりますでしょう。私はこれをあやつるのに何も意識は使っておりません。ほとんど呼吸をするような感覚で、自動的に私を守るように訓練していたのです」

「それに――その刀は?」

 大伴御行は護身用にラングネ軍の剣を持っていたはずだが、柄だけのそれは腰につりさげられたままだ。それに彼の両手に生えた刀身は炎そのもので、青白く輝いていた。

「炎を凝縮することによって、威力を高めた剣です。これならば触れるだけで相手を斬ることができます。それに」といって、大伴御行はかぐやの持っている剣に自分の刀を触れさせた。

 かぐやの腕が押し返される。

「相手がなんであろうと防御することも出来ます。おそらく構造が同じだからでしょうが、上手い具合に適応してくれました。あとはこの火球が、私の絶対領域をつくりだします」

 遠距離だけでなく、攻防が一体となった大伴御行は、自信に充ち溢れているように見えた。

 勇者は進化する。

 かぐやは自分のなかに心強さが生まれて、すくすくと芽を伸ばしていくのを感じていた。

 これなら、いける。

「それでこそ勇者というものだな」

「私はかぐや様のためならば、どんなことでもいたしますよ」

「ならばわたしと一緒に来い。石上に遅れるなよ」

 玉座のある方向へ、氷を割るように突き進んでいく。

 いつの間にか見慣れてしまった人の壁。相手はいつだって大軍だった。後方ではアリストス兵とラングネ兵が入り混じって戦い合っている。どうやらこちらの援護は見込めそうになかった。

 レンリルたちを含めた戦力が裂かれたのが大きな要因だろう。

「おら、どうした、このままじゃ敵将にたどり着いちまうぜ」

 石上が豪快にこぶしを振り上げながら敵を挑発する。アリストス兵は勝ち目がないと思ったのか、距離をとって無暗に攻撃しないようにしていた。

 しかし石上はそれにも構わず足を進め、男たちをはじき飛ばしていく。

 さらに大伴御行も敵を寄せ付けない強さで、かぐやの近辺を護衛している。神々しいまでの青白い双剣は、舞うように敵を切り裂いていった。

「楽勝だな、こりゃ」

「油断はしないほうがいいですよ。とくにあなたは」

「へ、こんな腰ぬけどもが相手じゃ話になんねえよ」

 石上がせせら笑った鼻先を、一筋の光がかすめていった。それと同時に大伴御行が身をかがめる。彼の頭上にも同じように光の軌跡が流れていた。

 光はアリストス兵の人込みへ消えていくと、ふたたび襲いかかってきた。こんどは石上をふたりがかりで翻弄する。思い切り両拳をふりまわすと、小虫のように姿を消した。

「……気をつけてください。怖ろしく素早いなにかがいます」

「わかってらあ。今度はたたきつぶしてやるぜ」

 次の瞬間、かぐやは目の前に光が瞬いたのを見た。

 来る、と直感したときには剣を構えていた。

「おいおい、こっちががら空きになってるじゃねえかよ」

 石上の声がしたのはかぐやの背後からだった。

 だが、目の前にはたしかに剣がある。大伴御行がよこから、かぐやの前にいた剣をなぎ払うと、アリストス兵のなかに消えていった。

「かくれんぼはこのくらいにして、そろそろ本番と行こうじゃねえか。おれはただの鬼じゃすまないぜ」

 石上がどすの利いた声で脅す。

 対面しているのは、月の民の平均身長よりを半分にしたくらいの、小さな大人だった。

「もう一人いるんだろ、早くしないと仲間がやられちまうぜ?」

 石上の言葉に引き寄せられるようにしてもう一本の光が襲来する。だが、今度は大伴御行が素早く反応して剣を受け止めた。

 ふたつの影のような光は、またもやアリストス兵のなかに姿をかくす。

 背があまりにも低すぎるため、隠れられると見つけることは困難だった。それに加え、動きが早い。目で追いきれないほどのスピードをふたりともが有していた。

「よく気がつきましたね、石上にしては」

「おれの膝丈ほどもないやつらに負けてたまるかよ。あんなチッコイ身体じゃまともに戦うのも無理じゃねえのか」

 石上を二筋の光が襲った。だが見切ったように鋭いけりを繰り出すと、途中で軌道を修正して逃げていった。

「敵の狙いはかぐや様でしょう。こうして私たちの注意を引いておいて、かぐや様の守りが薄くなった時を狙って来る作戦だと思います。さきほどもそうでした。どちらか片方が警護にまわるか、もしくは」

「おれらふたりで足止めをしておくか、だろ」

「やけに物わかりがいいですね。本当に石上ですか」

「地頭がいいんだよ、おれは。なんならご主人様に決めてもらおうぜ、どっちの作戦を採用するか」

 石上がかぐやのほうを振り返る。

 月の姫君は、剣を握りしめると、ふたりの勇者に向かって言い放った。

「足止めは頼んだぞ。わたしが敵将のもとへ行くまで、援護をたのむ」

「あいわかった!」

 石上が威勢よく返事をして、一目散に飛び出していく。箒ではいたように石上のうしろへ道が出来上がっていった。どうやらかぐやの護衛は一時的に大伴御行へ任せたということだろう。

 人のいなくなった空間をかぐやと大伴御行が走る。

 その間にも両側から絶え間なく閃光が横切り、かぐやたちを牽制したが、すべて大伴御行が素早く反応して防御していた。

「最後はわたしひとりの手でやる――だが、そちらが片付いたら援護に来てくれて構わないぞ。わたし個人の都合などというものにこだわっていては、ラングネの復興が失敗に終わりかないからな」

「それでしたら、即効で勝負をつけてもらうことになりますが」

 大伴御行が冗談をとばした。

「それでもいい、大事なのは目標を達成することだ」

「かぐや様ならきっと成功します。私が保証しますゆえ、ご自分を信じて立ち向かってください」

「ああ」

 実際のところ、剣を握る手が少し震えていた。

 緊張はもちろんあるが、それ以上に雑多な感情がかぐやのなかで渦巻いていた。目的は明確だ、と己に向かって言い聞かせる。

 敵将を討って、ラングネ城を取り戻すのだ。

 そうしなければレンリルもサントも、クレアさえも尽くしてくれたことが水泡と帰してしまう。

 石上と大伴御行の圧倒的な強さのまえにひるんだアリストス兵たちは、かぐやたちの後方にいるラングネ兵の部隊に標的をかえたようだった。ふたりの小人のような剣士を有利に戦わせるために数は残っているが、戦う気配は見せていない。

 実質、かぐやと敵将の一騎打ちということになるだろう。

 ようやく玉座が視界に入ってきた。

 金と朱で彩られたその豪壮な椅子には、体格のいい男が頬づえをついて座っていた。顔にびっしりと生えた髭と、腰につけられた何本もの剣がかぐやの眼を引いた。

 鎧はアリストスのもので、赤を基調としたまがまがしい色をしている。

 かぶとはつけておらず、鎧もあくまで飾りに過ぎないようだった。なかみはほとんど空洞なのだろう。鎧のパーツがぶつかり合うたびに、乾いた音を立てていた。

「――貴様がここの総大将か」

 かぐやはゆっくりとその男に近づいていく。

 残虐な光をたたえた瞳が、かぐやの端正な顔をなめまわすように見つめ返した。

「そうだ」

 低い、耳の奥に響くような声をしている。

 この男は生粋の軍人ではない、とかぐやは確信した。国を守るためではなく力を手に入れるために軍人となったにちがいない。

 その証拠に、男は戦場をまるで楽しんでいるかのようにうすら笑っていた。狂人ジアードと同じ種類の匂いがする。

「悪いが、これよりその命もらいうけるぞ。なにかいい残したいことがあるならひとつだけ聞いてやる。ラングネの民に対して謝罪の言葉を述べるか、自分のしたことを悔いるか、好きな方を選べ」

「あんたこそノコノコとよく顔を出せたもんだな。自分の国民が殺されてるっていうのに、ひとりで呑気に国外逃亡ときやがった。そのくせ寂しくなって帰ってきちまうんだから、逃がしたやつらも浮かばねえってやつだよな」

「貴様にとやかく文句を言われる筋合いはない。さっさとその首を差し出せ」

「まあ、そう焦るなって」

 男は片手をあげて、上下にゆすった。

 よほど自分の腕に自信があるのだろう。隙だらけのようにもみえるが、剣を抜いて飛び込めば返り討ちになるだろうと、かぐやはどこかで確信していた。

 いまは話をつなげながら隙ができるのを待つしかない。

「勇者なんてものを連れてきたところで、あのモンスターがなくなるわけじゃねえんだ。あんたらがいくら防備を固めたって、一瞬で砕くっていうんだから笑えねえよな。もし仮に俺たちが負けたとしても、あんたらがこれから負けないって保証はどこにもないんだぜ」

 あざけるような口調。

 かぐやは身体が火照っているのを感じた。

「ほう、ならばすぐにでも城を明け渡してくれるとありがたいのだがな。貴様の目が黒いうちに、あの怪物を叩き壊すところを見せてやれるというものだ」

「おもしろいことをいうじゃねえか。もし仮に本当なら、ぜひとも拝ませてもらいところなんだが、あいにくと俺も負ける気はないんでな。俺は敗北ってやつがなによりも嫌いなんだよ。胃がムカムカするし、手当たり次第なんでも壊したくなっちまう。お姫さん、どうだよ負け犬の気分は。さぞかしイラつくことだろう」

「たしかにいい気分ではないな――わたしが手放しで喜べるようになるのは、この戦争が終結してから何年後になるかもわかったものではない。だが貴様は心配しなくともいいのだぞ。この場でわたしが貴様を殺すのだから」

「人を殺すのに躊躇いがあっちゃいけねえ。そんなことも理解できてないような小娘が俺をやりあえると思ってんのか? せいぜい勇者様の力を借りるくらいが精いっぱいだろ。その勇者様もいまは手が離せないときてる」

「わたしが望んで命令したことだ。貴様をこの手で倒さなければ先に進めないものでな」

 かぐやは剣を真正面に構えた。

「さあ、立つがいい。いつまでも逃げているばかりでは勝負にならないぞ」

「時間を稼がれてこまるのはあんたたちだろう。うまいこと陽動作戦をやったようだが、援軍がもどってくりゃあんたたちは袋のネズミだ。もう一度地下基地に逃げ込もうなんて手は通用しねえぜ」

「無論そんなつもりはない。それに、この場で追い詰められているのは貴様のほうだ。石上と大伴が敵を仕留めれば、すぐこちらに加勢しにくる。三対一ならば貴様とて手も足も出まい」

「そりゃ、たしかにそうかもしれねえな」

 男はゆっくりと玉座から立ち上がった。

 腰につりさげられた剣の柄が揺れていた。

「俺があんたを殺すのに何秒もかからねえ。だからこうして勇者様とやらがやって来るのを待ってるんだよ。駆けつけてきた目の前で、自分の主君が殺される様はさぞかし痛快だろうな」

「悪趣味だな」

 かぐやが吐き捨てるようにいった。

「絶望する顔ってのは見ていて楽しいもんだ。人間はな、誰かを虐げることに喜びを感じるもんなんだぜ。誰かが苦しんでいる姿こそ真の幸福ってやつなんだよ。だから俺はいま、最高にハッピーな気分だ。なんせ何百万って数のやろうが俺の足元にはいつくばってるんだからな」

「アリストス王ももうろくしたものだな。貴様のように下衆な部下を送り込んでくるとは」

「たしかにそうかもしれねえな」

男が嘲笑する。

 剣を構えようという気はまったくないようだった。

「国王としちゃ最悪の部類になるだろうよ。だが俺には最高の国王様だぜ。いくら暴政をつくそうと、ラングネ国内ならなにも問題はねえからな。まったく、天国みたいな所だぜここは」

「下で労働をさせていたのも貴様の指示か」

 かぐやの手は震えていた。

 先ほどまでの感情は、赤一色に塗りつぶされていた。

「そうよ。本当はもっと多くの奴隷がいたんだが、あっさり死んじまうもんだから困ってんだよ。いい感じに新鮮な兵隊が来てくれたから、またすこしは楽しめそうだけどな」

「……貴様は墓の下から、頭上を多くの人々が笑いながら生活しているのを見ることになるだろうな」

「そりゃこっちのセリフってもんだ。自国民が家畜みたいに扱われてんのを見てるくらいしか出来ないようにしてやるよ。なんなら生け捕りでもいいんだ、生まれてきたことを後悔するほど悲惨なことになるだろうけどな」

「ならば、そろそろ決着をつけたらどうだ。剣を構えぬのなら、こちらからいくぞ」

「怖がってんのはそっちだろ、違うのか」

 たしかに、男の言うとおりだった。

 下手に飛び込めばかぐやの剣は軽くいなされ、返り討ちにあうことだろう。ここはあえて攻撃せず、石上と大伴が加勢にくるのを待つべきなのかもしれない。

 剣道は基本的に先手をとったほうが勝つ。

 だがそれは実力が拮抗している場合だ。もしレンリルと手合わせをしたときのように圧倒的な実力差があれば、無暗に突っこんでいくのは得策ではなかった。

「……相手を見る目はあるようだが、それでも甘ったるいぜ。俺はさっぱり殺すのが嫌いなんだ。死にたいと自分から願いたくなるほど痛めつけてからじゃねえと、どうにも面白くねえ。あんたはどうだ」

「貴様と違って殺し方には興味もない。誰が、誰をやるのか。それだけが問題だろう」

 かぐやはじりじりと後ずさっていく。

 下手に近い距離にいてはいざという時に間に合わない。男は追って来るそぶりも見せず、玉座の前に立ち尽くしていた。

「そういや、ジアードのやつが勇者にやられたって騒いでたな。残念ながら死ななかったみたいだが、あいつは俺と同種の人間だ。またそのうちあんたを殺しにやって来るだろうよ。ま、その前に俺がやるから関係はないがな」

「ジアードめ、生き残ったのか」

 逃走用のジープを確保するためにアリストス軍の一隊へ急襲をかけたとき、石上の拳がジアードの脚を砕いたはずだった。それだけでは致命傷にはならなかったのだろう。

 やはり時間をかけてでもとどめを刺すべきだったか、と少し後悔する。

 いずれ戦わなくてはならない敵だ。その前に、この男からラングネを取り戻さなければならないが。

「あの野郎は他人を殺すのは大好きなくせに、自分が痛いのは大嫌いっていう我儘な坊ちゃんでな。いまは本国で療養中だよ。ま、国としてははやいとこあんたを処分してあいつを監獄にぶち込みたいみたいだけどな。せっそうもなく人殺しをするんだからいけねえんだ。するなら戦場じゃねえとな」

「――いくつか質問がある」

 かぐやは正面から男を見据える。

 男は肩をすくめた。

「好きにしてくれ」

「貴様の名前はなんだ、どうしてラングネにいる」

「自己紹介ってのはあんまり趣味じゃねえんだが、いまから自分が殺される相手の名前も知らないようじゃ浮かばれねえよな。それにあんたはラングネの腰ぬけ姫様だ。たとえ時間稼ぎであっても、知りたい情報だよなあ」

「前置きはいらぬ、さっさと喋れ」

「そう睨むなって。会話ってのは愉しむもんだぜ」

 男は玉座に座り直すと、のんびりと足を組んだ。

「俺の名前はガイザーってんだ、いい名前だろ。俺のくそったれな親父がつけた名前もあったんだが、そんなものはとっくの昔に忘れちまったからな。自分で新しく名付けたんだ。誰もが畏怖することにあるであろう名前をな」

「貴様の親は嘆き悲しんでるだろうな」

 かぐやは感情をこめない声であざけった。

「どうかな。俺に殺されたもんだから恨んではいるだろうが、悲しんじゃいないだろうな。呪うなら自分自身を呪えっていう話だ。ろくに教育もしねえで殴るか酒を飲むか女にたかってるかしか出来ないクズだったからよ。俺は13のときにあのクズを殺して、家を出た。そんときは半端じゃない快感だったな」

「どのような親であろうと殺す理由にはなるまい。それに貴様がしていることの弁解にもならん」

「だれも親父のせいにしようってわけじゃない。だがあいつがもっとしっかりした男だったら、俺に殺されることもなかっただろうな。少なくとも酒に酔って寝ているところを縄で縛られ、手足を切断されたあげくに、自力では動けなくなったところを見計らって水のはいった桶に顔を突っ込んで、なんども死にそうになって結局は餓死するなんて最期にはならなかっただろうよ」

「……想像するだけで虫唾が走るな」

「そうか? 俺はいまでもあのときのゾクゾクした快感が忘れられねえんだ。強者だった親父が俺のなかで命乞いをしている。みじめなもんだったぜ。人間としての威厳も誇りも残っちゃいねえ。俺の遊び道具でしかなかったんだからよ」

 ガイザーはさも愉快そうに高笑いを上げた。

「餓死ってもんがあったのを失念してたのは失敗だった。殺さず生かさずってな状態をずっと保ってるつもりだったんだが、家には俺の分しか食べ物がなかったんだ。もうすこし裕福だったなら、あのクズを一生いたぶって暮らせたんだけどな。あいにくその頃は残飯をあさるような生活だったんだ」

「いまの地位になって満足か」

「俺は地位も身分も富もいらねえんだ。ただ俺にひざまずく人間がほしい。親父のときみたいに強烈な快感がほしい。あんたならそれをかなえてくれるかもしれねえな。なんせ一国の姫様だ。靴を舐める屈辱には耐えられねえよな」

「貴様の奴隷になるくらいなら舌を噛み切って死んでやるだろうな。そのほうがずっとマシだ」

「俺はな、大好きなおもちゃを壊したくはないんだ。この城で働いているやつらは面白くねえ。従順すぎるんだよ。もっと恥辱にまみれた表情を求めてるっていうのに、黙々と無表情で働きやがる」

「それは希望が残っているからだ。わたしという、希望が」

 かぐやは胸をどんと叩いた。

 声がかすかにふるえていた。

「……ますますいたぶりたくなって来たじゃねえか。あんたを服従させれば、幾万という数の人間が希望を打ち砕かれるんだろ? 個人としてもたまらねえが、そっちも十二分に魅力的だよなあ。考えるだけでむずむずしてきやがる」

 ガイザーは目を大きく見開いて、心臓に両手をあてた。

「こんなに心が浮きだってんのはラングネの統治をまかされたとき以来だぜ。あんときは親父を殺したのと同じくらい気持ちがよかった。決めた、俺はあんたを玩具にする。まずは舌を引っこ抜いて、自決できないようにしてから、好きなだけ遊んでやるよ」

「――だが、貴様はもうすぐ死ぬ運命なのだぞ」

「正直にいわせてもらうが、あんたじゃ俺に勝つなんて不可能なんだよ。箱入りで育てられてきたあんたと違って俺は人を殺すために生きて来たんだ。どっちが強いかは考えなくてもわかるだろ」

「背負うものが違う。わたしの双肩にはラングネ国民全員の人生がかかっているのだ」

「そんなものは重荷にしかならねえよ」

男は腰のひもを引きちぎって剣の柄を手に取った。

 赤い光が一筋伸びているのは他のアリストス兵と同じだったが、ガイザーの持っている剣は両端から赤い光線が放たれていた。

「なんだ、その武器は」

「驚いたか? こいつはレーザー砲と同時期に発掘されたもんだが、誰も使いこなせなかったんで俺のとこにまわって来たんだよ。単純にいって戦力が倍になるってもんだ」

「――自分自身の首を掻っ切りそうだがな」

「ちょっと興奮しすぎてるからな。そうなっちまうかも知んねえが、俺はそんなこと気にしねえぜ」

 ガイザーが棒を振り回すように剣を旋回させると、風を切る音がいくつもかぐやの耳に届いた。

 どのように戦おうとしているのか想像がつかない。かぐやは距離をとるために、すこしずつ後退しながら男へ言葉を投げかけた。

「貴様がどうしてこの地位に就いているのか、まだ聞いていなかったな。教えてもらおうか」

「上官を片っ端から殺していったらいつの間にか上がいなくなってたんだよ。単純な理由だな。俺はジアードと違ってドジを踏むような真似はしねえ。証拠なんて残さねえよう巧妙にやるんだ」

「……ひょっとすると、ジアードよりも性質の悪い人間なのかもしれないな、貴様は」

 かぐやの背筋を冷たい汗が伝っていく。手がじっとりと湿っていた。

 うしろではまだ石上と大伴御行が小さな伏兵相手に苦戦しているようだった。援護を期待するのは難しいかもしれない。

「勘のいい人間は俺の正体に気づいていたみたいだが、そういうやつも事故に見せかけてたくさん殺した。俺は自分の敷地に死体専用のスペースがあるんでな、面倒くさいときには失踪したことにしてそこへぶち込んでいったもんだ」

「だが、殺すのは目的ではないのだろう?」

「ただ殺すだけじゃ何にも面白くねえからな。自分よりも上の人間をいたぶって服従せて自尊心を粉々にしてから殺すんだよ。それが最高に楽しいんだ」

「戦いはどこで覚えた」

「覚えてねえな。生きるためには自然と強くなければいけなかった」

「貴様に似ている人間を、わたしはひとり知っている」

「へえ、そいつは愉快だな。ジアードのことか?」

「違う。貴様と同じように、生きるために強くならなければいけなかった男だ。だが決定的に異なることがある――」

 かぐやは覚悟を決めると、大きく息を吸い込んで剣を構えた。

 手の震えはおさまっていた。

「その男には人の心がある。貴様は人の皮をかぶった殺人鬼だ」

「その人でなしにいたぶられる気分ってやつを今から身体に教え込んでやるよ」

 剣が交錯する。

 相手の手数は多いが、二刀流と違って軌道は一直線だ。

 かぐやは迫りくる死線を感じながらがむしゃらに腕をふるった。


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