最上階
「サント様、これだけの兵が集まりました――予想外に少数で、申し訳ない限りでございます」
「気にするな。誰だって怖いものはある。恐怖は人間の根本的な感情なのだからな。それを乗り越えられるものは多くない」
「ジープはありったけの数を用意してまいりました。これならば全員を搬送することができます」
サントの眼前には青色のジープが数十台と、自ら志願して特攻隊を希望した兵士たちが綺麗に整列していた。
これだけ集めても敵の本隊と比べることはできない。
サントは自分の部下にほかの部隊の士気を委任するとみずから剣をとって立ち上がった。
「これより敵に奇襲をかける。まさかアリストスもこちらが突撃してくるとは思っていないだろう。レーザー砲の脅威をかいくぐるには、敵の手元に飛び込むしか方法はない。そして退却の際に敵をおびき寄せ、本隊と合流後、途中で反転して逆襲する。レーザー砲は混戦では使えないため、交戦していれば恐れることはない」
そのためには機動力が欠かせない。敵の反撃が来るまえに素早く逃げだすため、何台ものジープを用意させたのだ。
しかし、この作戦は後半が嘘であった。
もし反撃が成功したとしても、敵が陣を立てなおそうと退却してしまってはなんの意味もない。かぐやたちの潜伏する王城から敵の本隊を引き離すのがサントの使命だ。
そろそろ時間もなくなってきている。
敵がかぐやたちの急襲を知って、援軍を呼ぶのもそう先のことではないだろう。はやいところ軍事行動を起こさなければ、敵に感づかれてしまう。
「――失礼ですが」
と側近のひとりがかしこまっていった。
「サント様らしからぬ作戦でございますね。いつもなら腰を据えて敵を迎え撃たれるのに」
「立場が逆だったらそうしただろうな。だが、いまはこちらが挑戦者だ。攻めなければ勝てないのなら、ありったけの勇気を振り絞る他はない――そうだろう」
「はい、その通りです」
「では、参ろうか」
生き残る術は、死地をくぐり抜けるほかにはないのだから。
後ろにレンリルはいない。
けれども、かぐやのすぐそばにはふたりの勇者がいた。
「四階ってやつは遠いなあ、おい。構造に問題があるんじゃねえのか」
「わたしに文句を垂れるな。この城は古代人が造ったものなのだぞ。もとはといえば攻め込まれにくいように設計されているのだから、面倒くさいのは当然だ」
「それにうかうかしてたら迷子になりそうなくらい入り組んでやがる。この床を突き破っていけねえのか?」
石上が走りながら天井を指さす。
敵は王城に奇襲をかけられることをまったく想定していないようだった。地下室と一階、二階には警備の兵士が駐在していたが、三階には数えるほどの人影しか見えない。
そのため奇妙なほどスムーズに先を急ぐことができていた。
「あとで修理するのが大変だろう。いざというときの最終手段にしておいてくれ」
「まったく、金持ちがケチケチしてんじゃねえよ」
「馬鹿者。上に行きたいからといって天井を破壊するなどという無茶なことをするやつがどこにあるか」
「まったくです。意識のなかった間に、知識もいっしょに眠ってしまったのかもしれませんね」
大伴御行が並走しながら口をはさんだ。
いままでの戦場とは違って、傷もほとんど負っていない。本来なら大伴御行が負傷するような状況にしてはならないのだ。敵の攻撃を受けるのは石上の役割なのだから。
「うるせえ。こうなったら無礼講だ、地球じゃねえから容赦はしねえぞ」
「どこであろうと私の方が位の高いことには変わりありません。第一、親のすねをかじって役職に就いたあなたと違って私は実力で選ばれたのですから、雲泥の差があります」
「いい度胸じゃねえの、いまならおれのほうが格段に強いぜ。なんならここで決着をつけようか」
石上が服の袖をまくる。
小岩のような筋肉が盛り上がり、肌の表面には太い血管が浮き出ていた。
「思春期の子どもみたいなことをするでない。石上の知性がたりないのは事実なのだ、素直に認めたらどうだ」
「いくらかぐや様でも馬鹿にしてくれちゃ困るぜ。こう見えても頭の出来には自信があるんだ」
「確かめてみるまでもなく結果はわかっているからな、それ以上は喋らなくていいぞ」
かぐやは走りながら石上の脛を蹴りつけるという器用なことをやってのけてから、廊下の角をさして声を上げた。
「あそこを曲がるぞ」
「――敵の気配がします。注意してください」
「なにがいようと関係ねえよ。おれの前を遮るやつがいるなら、押しのけて通るだけだ」
石上はペースを速めると、一番乗りに廊下の角を曲がった。
いくつかのうめき声が聞こえてくる。どうやら待ち伏せをしていたようだが、無意味に終わったのだろう。
「大伴の能力は大したものだな。残っている敵の数はどのくらいだ」
「この階層にはもう誰もいません。あとは四階に集結しているようです」
「兵力を一ヶ所に集めてきたというわけか、敵将も馬鹿ではないようだな」
一般的に軍勢というものは集団で活用したほうが効果を発揮することができる。同じ数がいたとしても、バラバラになっているのと、集合しているのとでは、まるで勢いが違うのだ。
ならば兵を小出しにせず、最後に迎え撃とうと考えるのは自明の理だろう。
「ですが、数はこちらと同じくらいでしょう。石上と私がいるのなら、優勢は間違いないかと」
「油断はできないが――光は見えてきたな。このままなら、わたしたちの勝利だ」
赤いじゅうたんの続く廊下を疾駆する。
最後の階段に一番乗りした石上が上階へと姿を消す。次の瞬間、悲鳴にも似た声が聞こえてきた。