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地上階

 膠着した戦況は、夜が朝に代わるときのようにとめどなく動きはじめた。

 敵の陣営のなかに、ひときわ大きな物体が運搬されていくのを確認する。間違いない。ラングネ軍を崩壊へと導いたレーザー砲だ。

 白い砲身は煙突のように突き出し、その下には家を何件も並べたような土台部分がどっしりと構えている。照準はまだ上空を向いていた。

 アリストス軍はこの巨大な兵器を幾台ものジープで引っ張り、移動させている。

 そのため速度こそ巨人があるくように遅々としているが、ひとたび牙をむけば何千という命を瞬時に奪うことができる。

 あの視線が地上に降ろされる前に、なにか対策を講じなくては。

 レーザー砲の射程は極めて長い。

 いくら遠くにいても動かなければ狙い撃ちされるだけだ。その点では城壁や砦といった建造物はレーザー砲の格好の餌食だった。

 早く軍を動かさなければ。

 壊滅的な被害を免れるためにも退避行動をとらなければいけないのはわかっている。だが、かぐやたちの事を考えればまだ逃げることはできない。

 最初の一撃をどういなすか。

 サントは思案したあげく、軍をいくつかに分けることにした。

 アリストス軍がレーザー砲を使わずに進軍してくれば、たちまち敗走することになるだろう。だが指揮系統さえしっかりしていれば小回りも利くし、なによりレーザー砲の威力を半減させることができる。

 こんなときに欲しいのは優秀な部下だ。

 レンリルがいてくれれば、という無駄な願望はもう捨てよう。

 いまは自分が総隊長なのだ。責任は一手に引き受けなければならない。

 サントは自ら散開した一部隊をひきいて、戦場を駆けるのだった。



 地上階には警備兵だけでなく、一般人のような格好をした雑用兵もたくさん行き交っていた。城内の掃除や荷物の運搬をまかされているのだろう彼らのなかには、ラングネ人の姿もある。

 おそらく城に残っていた侍女や兵士が捕虜となり、なかば奴隷のような扱いで働かされているのだろう。

 その証拠に服はぼろぼろで、身体のあちこちにあざを作っていた。

 かぐやは哀れにも捕虜となった自国民の姿を見ると、顔が青ざめるほどこぶしを握りしめた。

「……アリストスめ」

「ルア様、これが戦争ってやつです。生きるか死ぬか、征服するかされるか。力のある方が絶対的に有利な世界なんです」

 レンリルがかぐやをなだめる。

 彼の態度はラングネの惨状を目の当たりにしてもさほど変化しなかった。

「怒るのはあとにしましょう。それよりも、捕まっている人たちをうまく誘導できれば、戦力を増やすことができます。戦えそうな人間がいたら目星をつけといてください」

「ほとんどは戦う気力もないだろうな」

「自分を虐げた相手に復習できるとなったら、どんな人でも力が湧いてくるってもんですよ。憎しみの力は、時として強大ですから」

 レンリルは影からこっそりと顔を出すと、城内の様子を観察した。

 兵士の数はさきほどと比べ物にならないが、身を隠せそうな場所もおおい。レンリルをはじめとした何名かは、まだアリストス兵の恰好をしており、うまく紛れ込むことも無理ではなさそうだった。

 中央には上階へと続く大きな階段があり、その両脇に鋭い眼つきをした兵士たちが威嚇するように立っている。監視の目はおもに敵兵ではなく、自分たちに奉仕するべき立場の人々に向けられていた。

 階段の両脇からのびる通路は食堂や、その他の小部屋へとつながっているが、どこを通っても二階へと進むことはできない。

 防犯上もそのほうが都合がいいのだ。

 王族たちが生活するのは主に城内であり、そのなかでも二階部分と三階部分は重要な部屋が多い。不審者が侵入しないよう、警備の目を光らせる個所は、一階の階段だけで十分ということだ。

「ここからは声が良く響きますからね。いままでみたいに囲んでせん滅、という方法は使えないです。見つかることはそろそろ覚悟しといてください」

「ということは、ようやくおれの出番だな」

 石上が腕を組んでニヤリと笑う。

 いままで後方で待機していたため、うっぷんがたまっているのが良くわかった。

「ええ。行くとなったら先陣を切ってもらいますよ」

「任しとけ。あんな雑魚どもにおくれをとるような石上様ではないからな」

「頼もしいですね。オレが声をかけるまで、もうすこし待っていてください。見つかるのは少しでも遅い方がいい」

「おうよ」

 身をかがめながら石上は部隊の後方へと消えていく。

 かぐやたちの潜伏している地下への階段と、上へ通じる階段との距離はさほど離れていない。

 広間をひとつ横切れば、すぐ目の前に駆けあがるべき段差が待ちかまえている。その間には少なく見積もっても三十人の兵士がおり、その倍の雑用兵がせわしなく労働させられていた。

 たとえアリストス兵を倒したところで、あちこちにある監視の目をくぐり抜けることはできない。

 どこかで強行突破をしなければならないのだ。

「さっきの手をもう一度使うのはあんまり得策じゃありませんね」

 とレンリルがかぐやの顔色をうかがいながらいった。

「さっきの?」

「なにかを燃やして敵の気を逸らしているうちに突入する方法です」

「……悪いが、それはやめてくれ」

 かぐやは申し訳ないといった様子で断る。

「地下ならともかく、さすがにこの城を燃やすわけにはいかないのだ。ここにはわたしの大切なものがたくさんある。それにラングネにとって大事なものも」

「そういうと思ってましたよ」

 レンリルはうんうんと頷き、ふたたび城内の様子を視認した。

 突撃隊の兵士たちも憤りを隠せていないようだった。自分の守るべきものが蹂躙されている。それだけで理性のネジが飛んでしまいそうなほど、憤慨していた。

 兵士のひとりがレンリルをせかす。

「ちょっと待ってろって」

「レンリル殿は悔しくないのですか。こんな有様を見せつけられて……」

「歯ぎしりするほど憎いさ。だけど――」

 その時、身を隠していたはずの兵士のひとりが、みすぼらしいなりをした女性のもとへ走りだしていった。あっと声を上げる間もなく、兵士はその女性に抱きつき、アリストス兵を睨みつけた。

「あの馬鹿」

 舌打ちするとレンリルがすぐさま飛び出していく。

 かぐやもひとつ遅れて突入する。

「俺の女房になんてことしやがるんだ! おまえらアリストスの人間は許しちゃおけねえ、ここで殺してやる!」

 思わぬ形で先陣を切ることになった件の兵士が叫んだ。

 どうやら捕虜となった自分の妻を見つけてしまい、激昂にかられてのことだったようだ。同情する余地はあったが、とにかくこれで隠密行動はできなくなった。

 細君を片手に抱いて、兵士は剣を抜く。

 すぐさま近くにいたアリストス兵が斬りかかってきた。だが、兵士はそれに気づかない。死角である背後からの攻撃だった。

「くそったれが!」

 アリストスの赤い剣が命を断つまえに、レンリルの腕が動いた。

 斬りかかろうとしていた兵士を両断すると、さきほど失態をさらした兵士を怒鳴りつける。

「守りたいものがあるなら敵を倒せ! よそ見なんかしてんじゃねえよ! ここにいるやつらを一人残らず殺すくらいの気概がなきゃ、家族なんて守れねえぞ!」

 てっきり作戦を台無しにしたことを叱責されるものだと思っていたが、予想外のレンリルの言葉に呆然とする。

 だが、数秒後には自分の腕に抱いている妻をがっしりつかむと、雄々しく剣を構えた。

「それでいい、頑張れよ」

 ぽんぽんと肩を叩いて、レンリルは広間を突っ切っていく。

 別の場所から飛び出した石上が、獣のように叫びながらアリストス兵を軽々とはじき飛ばしていった。身体に迫る剣は左手にまとった防具で受け止め、右の拳に装着した力で敵をなぎたおす。

 大伴御行はすっとかぐやのそばに寄って来ると、警戒した様子で話しかけた。

「戦闘は石上にお任せください。そのうしろをついて行きましょう。余計な敵は無視して、ほかの兵士にあたらせるのがいいかと」

「おまえはどうするのだ」

「敵将はかぐや様の手で討つのがよろしいかと思います。ですから、私はそれまでのお手伝いをさせてもらうつもりです」

「頼むぞ」

 自分自身の手で、敵将を討つ。

 大伴御行に諭されるまではその決心がついていなかった。レンリルでも石上でも、誰かがやればいいことだと思っていた。それはそれでひとつの解決法だろう。

 しかし、それでは駄目なのだ。

 けじめは自分でつけなければならない。

 ラングネを救う大きな一歩になるとともに、かぐや自身のためにも、その手で切り捨てなければならないのだ。かぐやは剣の柄を握り直すと、石上の巨体を追いかける。

 石上のうしろにはかまいたちが通った後のように空白の道が出来上がっている。

 かぐやと大伴御行は左右にはじき飛ばされる敵兵の姿を横目に、二階へと急いだ。


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