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翁の策略

 翁の家はうらぶれた村にある、そまつな藁ぶきの小屋だった。全体的に汚れて黒ずんでいるその家はあちらこちらが傷み、いつ崩れ落ちてもおかしくない代物だ。その上、屋内はじめじめと湿気が多く、うす暗い印象を与えていた。

 竹取を生業としているだけあって所どころに竹で作られた家具をうかがうことができるが、それ以外にはほとんど物がおいてない。食事をとるための粗末な食器と、いろりのまわりにござが敷いてあるだけだった。

 翁がかぐやを連れて帰ると、嫗

おうな

は目を丸くして驚き、しばらくは声を出せぬほどだった。

 腰のぬけた嫗をすわらせ、かぐやと翁がかわるがわる事情を説明していくとようやく嫗は落ち着きを取り戻し、呼吸を鎮めるようにゆっくりと喋った。

「――つまり、月からいらしたのは勇者なるものを探すためでございますか」

「そうだ。そのためにこの家を拠点としようと思う。なにをするにしても家は必要だからな、見知らぬ土地ならなおさらだ」

「それでは、かぐや様は我が家にお泊りになられるということで」

「そのつもりだ。構わないか」

「私どもは一向によろしいのですが……」

 嫗が言いよどむ。かぐやが視線で促すと、翁が申し訳なさそうに口を開いた。

「なにしろ貧乏な村でありますゆえ、その日の食べものさえ手に入れられるかどうかという始末でありますから、月の国の姫君にそのようなひもじい想いをさせてしまうのは心苦しいんで……」

 目を伏せながら翁は土の床に頭をこすりつけた。

 同じように嫗も平伏の姿勢で謝っている。かぐやはふところから小さな丸い塊を取り出すと、それをふたりの老人の前に差し出した。

「これは……?」

 おずおずと面をあげながら翁が問う。

 玉虫色に輝く小さな玉は光の具合がずれるたびに色を変え、鮮やかにきらめいている。手のひらにすっぽりと収まる程度の球体は翁と嫗の視線をくぎ付けにした。

「わたしがいざというときのために身につけている宝玉だ。売ればいくらか金の足しにもなろう。これで足りないというのなら他のものも考えるが、問題ないか?」

「こ、こんな大層なもの私めらには勿体のうございます。どうぞお納めくださいまし」

 嫗が声を震わせながらかぐやに言うが、その視線はずっと七色に光る宝玉に向けられている。

 うす暗い家の中でも、それは有り余るほどの光沢を放っていた。

「気にするな。どうせこんなものは持っていても仕方ないのだ。それに今は何より時間が惜しい。月から迎えが来るまえに勇者を見つけ出さなければならないのだからな、少しの時間も無駄にしたくはない」

「ですが――」

「くどい。わたしが必要だというのだからお前たちは素直に売りさばいて来ればいいのだ。それで得た金で食料を確保し、勇者を探すための資金に充てればよかろう」

 そっけなく言い捨てる。

 かぐやが無造作に宝玉を放り投げると、翁があわてて空中で捕まえる。ずっしりと重たい感触が伝わって来た。

「異論はないな」

「――わかりました」

 うやうやしく翁と嫗が頭を下げる。

 盗まれないようにと粗末な袋に宝玉を入れ、使い古した麻の服にかくしておく。ほんとうは縫いつけておきたかったのだが、その糸すらも今は調達するのが難しい。

「ところで月からのお迎えとはいつになるのでございましょうか」

 嫗が聞く。

 かぐやは見えるはずのない故郷をながめるようにすすけた天井を見上げた。太陽の光は漏れて来ないが、雨のときはあちこちから水が滴ってくることだろう。

「わからぬ」

「ではどのように勇者を探すのでございますか」

「しらん」

「はあ……」

 かぐやは苛立ったように端正な顔をそむける。

 腰までかかる長い黒髪がまるで舞うように流れた。

「わたしにはなにもわからないのだ、この地で勇者を探し、ともに月へ帰り、そして祖国を救う。それだけのシンプルな目的ですらどうしたらいいのか見当がつかない。ひとりじゃなにもできないダメ皇女だ」

「しんぷる?」

「そのような些細なことはどうでもいい。とにかくわたしは勇者を見つけたい、それだけだ」

 顔を横に向けているのでわからないが、かぐやの声はうっすらと震えていた。

 翁と嫗は顔を見合わせ、子供に語りかけるかけるように優しい口調でかぐやにいった。

「それでしたらぜひとも私どもをお使いください」

「――もとよりそのつもりだ」

「かぐや様はおひとりではございませぬ。姫君なのでしたらなんなりと家臣にお申し付けください。たかが農民の身分でかぐや様にお仕えするとは御無礼かもしれませぬが、私どもで出来ることならば何でもいたします」

 かぐやはすこしの間まじまじと老夫婦の顔を見つめた。そして、思い出したようにあわてて自分の顔をそむける。

 老夫婦がかぐやのまつげが濡れているのに気付かないはずもなかったが、あえてそれを口に出すことはしなかった。

「ならば知恵を出せ、勇者を捜索するための知恵を」

 かぐやがつっけんどんに命令すると、翁はほんのりと口元をゆがませてこたえる。

「一計がございます。そのためにはかぐや様のご協力が不可欠なのですが……」

「よい。わたしはなんでもする。話してみろ」

「それでは、この竹取の翁、老いぼれが説明させていただきます」


裏話など、活動報告に記しています。

よかったらどうぞ。

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