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決戦前夜

 石上が目をさましたという朗報を聞きつけると、かぐやはすぐさま大伴御行をともなって病室に向かった。点滴を腕に繋がれたままの大男は、自分のおかれた環境を不思議そうに眺めていたが、かぐやが来たのを見ると子どものように笑顔になった。

「遅いぞ、馬鹿者」

「ここの寝心地が良すぎるのが悪いんだよ。どうも、ずいぶん長い間眠っちまってたみたいだが、ここはどこなんだ?」

 かぐやはひとしきり、石上が気を失ってからのことを話した。

 聞き終えると、勇者はもうひとりの勇者へ喰ってかかった。

「いいとこばっかり持っていきやがって、ずるいんじゃねえの」

「貴様が目を覚まさなかったのが悪いのだろう。おかげでこちらはかぐや様となかを深めることができましたが」

「それがずるいってんだよ――あ、でも、夢のなかで会ってた気がするんだよな。よく覚えてねえが、たぶんそうだったはずだ。かぐや」と石上はかぐやの名前を呼び捨てにして、「言わなくてもきっちり気持ちは伝わってるぜ」

「なにを馬鹿なことを。おまえが勝手に夢で見ただけだろう」

「本当にかぐや様の夢を見たのですか?」

 大伴御行が尋ねると、石上は鼻の穴をふくらませてうなずいた。

「嘘なんかついちゃいねえよ」

「たかが夢ごとき、大したことでもなかろう」

 かぐやがいうと、石上も大伴御行もきょとんとした表情になった。これまでにも何度か経験したことのある顔だったので、かぐやはすぐさま原因に思い当たった。

「地球では夢がなにか意味を持っているのか?」

「ええ――ですが、知らないならそれで結構です」

 大伴御行がはぐらかそうとするが、石上がそれを許さなかった。

 つばを飛ばしそうな勢いでまくしたてる。

「誰かを好きになってるときは、相手の夢のなかに自分が出てくるんだよ。だからかぐやがおれの夢に出てきたってことは、おれのことが好きってわけだ」

「ならばその考えは改めなければならないな。わたしはお前のことを心配こそしたが、好きになったことなど一度もない」

「照れてるとこも悪くねえな」

「――かぐや様、石上にはもう一度眠っていてもらいましょう。そうしましょう」

 大伴御行が真剣な口調で提案する。

 かぐやはうなずきかけたが、思いとどまって、

「それはあとでもいいだろう。ところで石上、お前はもう動けるか。見たところは元気なようだが」

「背中がちくちく痛むくらいであとは全然問題ねえからな。大丈夫だろ」

 石上の身体についていた傷のほとんどはもうふさがり、痕跡もわからないほど綺麗になっていた。かぐやは医者を呼びつけると、石上の体調の具合を尋ねる。

 その返答によれば石上は人並み外れた回復力をしていたらしく、もう動くことには動けるだろうとのことだった。戦えるかどうかは本人次第だと、医師は最後に付け加えた。

「二日後にはまた戦場に戻ってもらうことになるが――それでもいいな」

「なんなら今からでも戦いたいくらいだぜ」

 石上はうつぶせになっていたベッドから起き上がると、なまった体の関節をパキポキと鳴らしはじめた。楽器のような響きを聞きながらかぐやが問う。

「力は以前のように使えるのか」

「ああ、これか」

 石上が首飾りに手を触れると、貝の防具があらわれる。腕に装着したそれを叩いてみると心地よい音がした。

「問題ないようだな。実は、おまえは覚えていないかもしれないがこの首飾りが自然と動いたことがあってだな――まるで意思を持っているかのように」

「へえ、そんなことが」

 しげしげと子安貝のネックレスをながめる。

 石上が傷を負う以前と何ら変わりのない、地球の宝物がそこにあった。

「あとでサントとレンリル会っておいてくれ。予定はわたしがとりつけておく。今後の作戦なども聞いておかなければならないからな」

「そりゃどんな作戦なんだ」

「おまえが大暴れできる作戦だ」とかぐやは言った。「そしてわたしもな」



 ふたりの勇者とかぐやは、それぞれが作戦に備えて体を動かしたり、自分の能力を高めたりしようと奮闘していた。それと同時にサントによる軍事訓練が行われ、抵抗軍と合流した反乱軍がスムーズに行軍できるよう、指示系統を明らかにする。

 参謀役のレンリルはかぐやたちとともにラングネ城内に突入するため、実権はすべてサントがにぎることとなる。かぐやの影武者として用意された女性は、髪形を整え、遠くからでは見分けがつかないような服装である。

 同じようにふたりの勇者の代役も着々と準備され、レンリルの提案した作戦がはじまるまでの間に、すべてが動きだしていた。

 そして決戦前夜、かぐやは地下基地の地上にいた。

 眼下には大勢のラングネ兵が規律正しく並んでいる。夜風がすこし寒いくらいに吹きつけていた。

「いままでよく戦ってくれた。アリストスの攻撃にたえ、生き延びることのできたあなたたちは、なにも恥じることはない。むしろ今こうしてわたしとともにラングネ復興のために戦えることを嬉しく思ってほしい」

 かぐやのとなりにはふたりの勇者とサント、それからレンリルが控えている。

 しんと静まり返った空気のなかにかぐやの凛々しい声が通る。

「いよいよ明日はアリストスを相手に反撃を開始するときだ。この作戦はレンリルの編みだしたものだが――わたしはレンリルの才能を確信している。わたしたちが負けることはない。そして、必ず生きて帰るのだ」

 長い黒髪がなびく。

 黒い空のなかに、青い地球が浮かんでいる。

「ラングネの勇敢なる兵士たちよ、命令はたった一つ――ラングネを、祖国を再び取り戻すぞ!」

 かぐやが右腕を突き上げると、兵士たちの大歓声が雷鳴のようにとどろきわたった。サントと大伴御行が拍手を送る。石上が獣のような雄たけびを上げるのを、レンリルがにこやかに見守った。

 兵士たちの歓声はやむことを知らなかった。

 まるで自分たちを鼓舞するかのように吐き出される感情は、勝利を信じる声であった。


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