実力
かぐやが戦闘の練習をしたいといいだしたのはレンリルとの会談が終わってすぐのことだった。
地下基地の地上部分――見晴らしの良い荒れ地が広がっている――が、ちょうどいい練習場所だった。見張りを立てておけば敵の接近をすぐに感知できるし、なにより広大なスペースがあるのでいくら剣を振り回しても大丈夫だ。
かぐやはサントの推薦した兵士をともなって、剣を握っていた。
とはいえ実戦用の剣ではなく、訓練時に使う木製の重い剣だ。
「いくぞ」
鋭い掛け声とともに、剣を打ちこんでいく。
ガン、ガン、と鈍い衝撃が両手に伝わってくる。じいとの訓練の思い出がよみがえってくる。ちゃんばらくらいにしかならなかったかぐやの腕を、騎士団の兵士とそん色ないレベルまで引き上げてくれた。
じいはとにかく実践を重視し、型の練習などはしなかった。
おそらく独自のスタイルをみがきあげていたのだろう。ジアードと同じ、自分の生き方に見合った剣技を。
「はあ!」
剣はすべるように空気を裂き、相手の急所を狙っていく。
じいの理論は簡明だった。敵を一刀両断する必要はない。わずかな傷をつけることによって隙をつくりだし、その間にとどめを刺せばいいというものだ。
敵を一撃でしとめようとすると、どうしても大ぶりになってしまう。
不特定多数を相手にする戦場ではわずかな油断が命取りになる。かまいたちが傷をつけていくように、風のように、剣をあやつるのだ。
「――へえ、ルア様もなかなかやるじゃないですか」
ひとしきり汗をかいたところにレンリルがヒラヒラと手を振りながらやってきた。かぐやは一度剣をおくと、大きく息を吸った。
「並みの人間よりは上手くやれるつもりだが――おまえもするか?」
「いいんですか」
「ああ、遠慮しなくともいい」
「オレかなり強いですよ」
ニヤリと笑うレンリル。かぐやは練習用の木刀を手渡すと、剣を正眼に構えた。
これがじいが好んで使っていた構え方である。攻守ともにバランスがいいということで、かぐやが採用しているのももっぱらこの中段の構えであった。
対するレンリルは剣を右手一本で持っている。
「さすがは騎士団員というところだな。見かけ以上に腕力もあるらしい」
「サント副隊長に鍛えられてましたからね――主に罰という意味で」
かぐやは短くかけ声を発すると、勢いよくレンリルに突っこんでいった。なんにおいても基本的には先手をとった方が強い。それは剣道においても同じことだ。
木刀が風を切ってうなる。
レンリルは半歩だけ後ろにさがると悠々かぐやの太刀筋を見切り、返す刀が来るまえに右手のみを振りかざす。
――速い。
片手で剣をあやつるためには相当な腕力が必要なだけでなく、スピードが落ちるというデメリットもある。だがレンリルはその欠点を微塵も感じさせないほどの速さを兼ね備えていた。
とっさに剣を引いて避ける。
腕がしびれるほどの衝撃。このまま二撃目を喰らったら剣をはじかれると直感して、かぐやは間合いをとろうと足を動かした。
その刹那、レンリルは地面をけり出し、かぐやの体に隣接する。
驚いて反射的にのばした腕を、あいた左腕でつかまれ、首元にすっと木刀を突きつけられる。
「……まいった」
「いやー、ルア様もけっこう強いですねえ。ちょっとヒヤリとしましたよ」
笑いながらレンリルが剣を下げる。
「まったく奇妙なものだな。片手で剣を持つなどというやつは初めてだ」
「こうすりゃもう片方の手を使えるじゃないですか。今みたいに相手の懐へもぐりこんでしまえば体術も使えるし、余計な動きも少なくなるし」
「独学か、それは」
「まあ、そうです。騎士団に入ってからは副隊長たちに矯正されましたからちゃんとしたのも出来ますけど、ありゃ実戦向きじゃないですね。ルア様のほうがよっぽど上手いですよ」
「負けた身でいうのもなんだが――」とかぐやはいった。「二刀流にはしないのか? それならばもっと強くなるだろうに」
「――それだけはしないって心に誓ったんです」
レンリルは自分の持っている木刀をまじまじと見つめながらいった。
「オレの大嫌いなやつが二刀流だったんで、オレは絶対に二刀流にはしないって。たとえ死ぬことがあってもこれだけは変えちゃいけないんです」
「そうか、いらぬことを言ったな」
かぐやは再び木刀をかまえると、レンリルに切っ先を向けた。
それに応じて若き軍人も剣を構える。誰かに剣を教えてもらうのは久しぶりだな、とかぐやは思った。これほど強い男も珍しいものだ。
「もう一度、手合わせ願おうか」
「ルア様の気のすむまで、お付き合いしますよ」
木刀の打ち鳴らされる乾いた音は、荒れた大地をどこまでも駆け抜けていった。日が暮れ、剣が見えなくなるまで、ふたりは息が上がるほど剣を交えていた。




