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レンリル

 幸いにも手術を要するような大怪我は負っていなかったので、かぐやは数日もすればふたたび基地を歩き回れるようになった。それまでのあいだに部隊の編成がおこなわれており、抵抗軍と反乱軍があわさって新たな戦力として復活しようとしていた。

 だが、その前に重要な人物と面会しなければならない。

 かぐやは会場として用意された小さな部屋におもむく。なかには顔に包帯をまいたサントと、もうひとり若い男がすでに座っていた。

「待たせたな」

 そういって席に着くとかぐやは男を鋭く観察するように上から下まで眺めまわした。背は平均よりも高くすらりと伸びるスタイルの良い体型をしている。細身だったが頼りない印象はまったくなく、精悍な顔つきが逆に力強さを感じさせた。

 年齢はかぐやよりも上だがまだサントの半分くらいのものだろう。それにしては年齢に不似合いなほどの沈着さを兼ね備えていた。

 ぼさぼさで癖のかかった髪はどこかだらしない雰囲気をかもしだしていたが、前髪の下からのぞく油断ならぬ眼がその印象をぬぐい払っている。平和な時代には必要とされないであろう人材。そしてひとたび乱世になればたちまち頭角をあらわし名乗りを上げるだろう男は、ラングネ軍の騎士団に所属していた。

「おまえがレンリルか」

「はい」

 実直にその男――レンリルはこたえる。

「こたびの反乱軍をまとめあげ、援軍に駆けつけたのはおまえの功績だそうだな。礼を言うぞ」

「はい」

「そう固くならなくともよい。もっと気楽にしてくれ」

「はい」

 レンリルは機械のように同じ言葉をくりかえす。かぐやが感じ取った雰囲気とはちぐはぐなイメージを与えていた。

「騎士団にいたそうだが、お前ほどの器量の持ち主がなぜ下っ端に甘んじていたのだ。指揮官としての才能、戦略、戦術、求心力。どれをとっても一流以上だと聞いているが」

「お褒めにあずかるのは光栄ですが、それは言い過ぎかと」

 サントがレンリルに代わって言葉を述べる。ちらちらとレンリルの様子を横目でうかがっているのが見て取れた。

「わが軍を危機一髪のところで救ったという点ではサント、お前と同じくらいの手柄を立てたのだぞ。それを褒めなくしてどうするというのだ」

「ですが……」

 弁解を言いよどむ。

 サントもレンリルの功績の大きさがわかっていないわけではないだろうが、本人同様にかしこまってしまっていつもの覇気が感じられない。まるで親に叱られるのを恐れている子どものようだ。

「加えてアリストス軍のレーザー砲搬入を阻止したのもお前だったそうだな。いったいどこでなにをしていたのか、詳しく教えてほしいものだ。ほぼ確定事項だろうが、レンリルを部隊長に任命することになるからな」

「はい」

「たまには『はい』以外の言葉も発してみたらどうだ。まさかそれしか単語を知らないというわけではあるまい」

 かぐやはじっとレンリルの瞳をのぞきこんだ。

 パーマのかかった前髪のむこうに隠れている彼の瞳は、生真面目な様子で微動だにせずかぐやを見返していたが、突然目じりがピクリと動いたかと思うと、腹をかかえて笑いはじめた。

 快活な笑い声。

 間違いない、これこそが本当の姿だ。

「レンリル!」

「すいませんサント副隊長――でも、こればっかりは、どうしてもたえられなくって……。こっちが必死で我慢しているってのに、にらめっこみたいに見つめてくるから、なんだか可笑しいんですよ。それに隠したところでいずれはバレたことですし」

「申し訳ございません!」

 サントはレンリルの後頭部をひっつかむと勢いよくテーブルに額を打ちつけそうな勢いで頭を下げた。レンリルの笑い声はそれでもとまることがなく、サントに睨みつけられている。

「ずいぶんと楽しそうなことだな」

 冷やかな声でかぐやがいう。

 実のところ怒ってもなんでもいなかった。ただ少々、驚いていただけだ。

「お姫様をこんな間近で見れただけでもハッピーなのにこう見つめられちゃあ、ニヤニヤが止まらないってもんですよ。副隊長もいつもみたいな感じじゃなくておどおどしてるし、オレじゃなくても笑ってましたって」

「ルア様に失礼であろう、この馬鹿者! 口を慎まんか!」

 サントが顔を真っ赤にして、唾を飛ばしそうな勢いで叱責する。

 かぐやは右手をのばしてサントをなだめると、レンリルという男のほうへ顔を向けた。

「普段からこのような性格なのか?」

「ええ、おかげでサント副隊長にはいっつも説教を喰らってばかりでして。いまだって『ルア様がいらっしゃるのだから、失礼のないようにお前ははい、とだけ喋るのだ、いいな』なんて無理なことを命令してくるんですよ。ったく、どれだけ人を信頼していないんだか」

「まるで直っていないではないか! ルア様にその口のきき方はなんだ、いますぐ廊下で腕立て伏せを千回やってこい」

「オレが普通にしてるとすぐこれだから困るんですよ。おかげで二の腕ばっかり発達しちゃって」

「目を離すとすぐにサボって休んでいるだろう」

「げ、知ってたんですか」

「当たり前だ。第一お前は根性がなさすぎる――」

「説教ならあとにしてくれ、サント。いまはこの者の話が聞きたいのだ」

 かぐやが視線で促すと、レンリルははてなと首をひねった。

「どこからお話ししましょうかね。ああそうだ、生まれたところですよね。オレの名前は親父とお袋が考えてくれたもんでね、もし女の子だったレイナって名前にしようと思っていたらしいです。でもまあ、この通り元気に男の子が生まれてきたもんで、レンリルってことに」

「そこからは結構だ。おまえがレジスタンスたちを指揮した経緯を聞きたい」

 ちぇ、と軽く舌打ちをするレンリル。

 すぐさまサントが後頭部をはたいた。

「いったいなあ、もう――話しますってば。恥ずかしい話、オレはこの戦争に勝ち目がないのを知ってさっさと近くの街に逃げだしたんですわ。ラングネなんかにいたらアリストスのやつらに殺されかねないんでね。仲間も何人かいたから、そいつらと一緒に平和そうな郊外の街で新しい人生をはじめようかなんて考えてたら、ついに王城が落ちたってニュースが耳に入ってきましてね。どうせ時間の問題でしたからね、よく持った方だと思いますよ」

 レンリルは髪の毛を指に巻きつけ、いじりながら喋る。それが彼の癖らしかった。

「でもルア様は逃げ出したっていってたんで、こりゃまだチャンスがあるんじゃないかと、ピーンと確信しましてね。いっしょに逃げてた仲間を集めて武器やらなんやらを調達したんですよ。街のやつらもラングネがあっさり滅んじまったもんだから、どうにか抗ってほしいってことで協力的なもんでした。オレはせめて国が戻ったときにボーナスでも出ればいいなくらいの気持ちだったんですけどね。形勢が悪くなったらすぐに武器を手放して、平凡な町民として生きていくつもりでした」

 手をヒラヒラを振りながらつづける。

「ルア様が帰還したって情報を聞きつけたときには、レジスタンスも大きくなっていっぱしの勢力くらいはありました。オレがいう通りにアリストス軍を叩けば、たいていのことは成功するんで、連戦連勝なんですね。その噂をどこで聞きつけたかどんどんラングネの兵士たちが集まって来るもんで話を聞くと、まともに戦えなかったのが悔しいから遅れながらもちゃんと兵士としての務めを全うしたいっていうんですよ。まったく生真面目なやつばっかりでビックリしたが、オレの指示にはちゃんと従ってくれるもんで、戦闘に関しては有能だったな。敵もこっちの全体像を把握できていないみたいだったから、ヒット&アウェイでなんとかなるもんですよ」

 レンリルは天気の話でもするように淡々と話すが、その過程は決して簡単なものではないはずだ。それをあっけなくやってのけてしまう彼は、やはり天才なのかもしれなかった。

「そしたら今度は副隊長がルア様を救出して、おまけにアリストス軍も蹴散らしたっていうじゃないですか。オレってば柄にもなく嬉しくなっちゃってそれを各地にふれてまわったんですわ。その途中にも軍は大きくなっていくし、そろそろ合流しなくちゃいけないな、なんて思ってたら今度は地下基地が包囲されてるって話だ。サント副隊長のことだからしばらくは持ちこたえるだろうが長くは続くまい、すぐに助けに行こうって意見をおさえて、オレはレーザー砲を奪取しようと試みたわけです。あれさえ奪っちまえばアリストスの戦力は半減、おまけに地下基地の周囲の敵なんてあっという間に倒せますからね。だが、まあ、予想以上に敵さんはビビってたらしく、こっちが仕掛けていくとすぐに撤退しちまったんですよ。仕方ないから伏兵をおいて、地下基地を救援に向かいました。背後からまたレーザー砲がやってきたら厄介なんでね。それまではうじゃうじゃいた敵さんの姿がちっとも見えないから、基地の周りに戦力を集中させているのはすぐにわかりましたよ。で、優勢になって油断しているところを待って、奇襲と」

「――機をうかがっていたというのか、あの状況で」

「敵は大軍ですし。こっちは多いといってもたかが知れている。戦いで重要なのは、結局のところどこにどのタイミングでなにをぶつけるかってことです。それさえ上手くいけば、どんな大軍でも打ち倒せる」

 平然と持論を述べるレンリルを、かぐやは驚愕のまなざしで見つめていた。

 それまで一介の兵士に過ぎなかったレンリルが、さも当然のように軍隊をあやつり、勝利を収める。実戦経験すらほとんどないだろうというのに、いったいどこで戦術などを覚えたというのか。

「子どものころからゲームが好きなもんでね。駒を動かしてあれこれ想像していたら、なんとなく出来るようになってたんですわ」

「――優秀なのはこちらでも分かっていたのですが、いかんせん言動がこのように失礼千万なものでして。レンリルが上司となっては部下に示しがつかないと根性をたたき直してからしかるべき地位につかせるつもりだったのでございます」

 サントが補足説明する。

 レンリルはリラックスした表情で、上官の肩を叩いた。

「そんなこといって痛めつけてただけじゃないですか。オレだって筋肉野郎になりたいわけじゃないんですよ」

「残念ながら上手くはいかなかったようですが」

「あの、聞いてます?」

「今日という日に間に合わなかったことは大変申し訳なく思っております」

「副隊長ってば、こうやってよくオレのことを無視するんですよ。まったく寂しいったらありゃしないんだから」

 気さくに肩を組むレンリルとそれを払いのけようとするサントはまるで気心のしれた友人同士のようだったが、それもレンリルの持つ不思議な魅力のせいなのかもしれなかった。

「――率直に尋ねよう。レンリル、わが軍の形勢をどう読み解く。この軍備で勝つことはできるのか」

「そいつは難しい問題ですね」

 レンリルはわざとらしく腕を組んだ。

「第一にアリストス側の目的がはっきりしないですから。ただの侵略目的だとしたら、なぜ今になってはじめたのか不可解ですし。レーザー砲を掘り出したからかもしれませんけど、それだけで動くもんですかね」

「分からぬのか」

「いえ。副隊長から勇者様のことは聞いていますけど、この目で見てみないとどれほど役に立つものなのか計りようがありませんから。ふつうに正攻法でいったら間違いなく蹴散らされるでしょうね。そこをどう工夫するかがポイントです」

「大伴と石上の力ならば心配しなくともいい。まさに一騎当千の活躍だ」

「……ルア様のいうことを信じるならば、おそらく勝機はあります」

「ほんとうか!」

 かぐやが身を乗り出して問い返す。

 レンリルは難しい表情をしながらゆっくりうなずいた。

「副隊長、地図を持って来てくれませんかね。説明するにはそっちの方が都合がいいもんで」

「――まったく、上官をパシリに使うといい度胸をしているな」

「こんなときじゃないと恐れ多くてできませんよ」

 サントは、かぐやがレンリルの無礼をさほど気にしていないのを見て安心したのか、苦笑しながら部屋を出ていった。実直な男がこんなふうに談笑するのをかぐやは初めて目の当たりにした。

 ふたりきりの部屋を一瞬、沈黙がおおった。

 だがそれは不快な沈黙ではなかった。

「こうして面と向かってみると、以前と雰囲気ががらっと変わりましたね。昔はもっと気弱そうで、儚い感じのお姫様ってふうに思ってました」

「おまえは戦争が起ころうがちっとも変わることがなさそうだな」

「そんなことないっすよ――」とレンリルは軽く笑った。「オレにだってひとつやふたつ、成長したところがあるんですから」

「ほう。ぜひとも聞きたいものだな」

 といいかけたところで、サントが地図と駒を持って戻ってきた。

 レンリルとの会話を続けたいという願望はあったが、それはあとでもできるだろう。机上に広げられた地図はわざわざ見るまでもなく、ラングネ国の全土が記されてあった。

「敵の戦力は主に分けて三つ。アリストス本国に駐留しているものと、前線基地である国境付近のエリス砦に陣取っているもの、それからラングネ国を制圧している部隊です。このうち当面の敵は――」

「最後のものだな」

「ええ。どういううわけか、アリストス国王は本国へかなりの兵力を残しています。それだけレーザー砲が凄まじいって分かってたってわけです。それにエリス砦は言わずと知れた難攻不落の要塞」

 国境付近にそびえたつ巨大な要塞、エリス砦はラングネ国中に知れわたるほどの鉄壁を誇る古代人の遺産である。それがためにラングネ国は侵攻などということを考えず、専守防衛に徹してきた。

 これが長年にわたる時代背景の、ひとつの理由だ。

「こいつらが援軍に出てくると厄介です。決着をつけるには短期決戦で、一気に王城から敵を追いだしてしまうほかにありません」

 レンリルはラングネ城の上に置かれた駒を、指ではじきとばす。

 からからと音を立てて駒は机から落ちていった。

「寡兵が大軍を倒すには、奇襲しか方法はありません。とにかく相手の意表をついて、戦意を喪失させることによって敗走させる。打撃を与える必要はないんです、追い出すことができれば上々です」

「レーザー砲によって陥落したとはいえ、首都の備えが薄いはずはあるまい。城壁や障害はいまだ健在であろう」

 一度や二度の侵略で破壊しつくされるような、やわな建造物ではないのだ。レーザー砲によって巨大な穴をうがたれ、なだれ込むように侵入を許したが、そこにも当然手は打ってあるだろう。

 地下基地の駒を持ち上げると、レンリルは片方を王城の前へ、もう片方を城内へとぶつけた。

「戦の要はタイミングだといいました。正確に機会をつかむためには相手よりも多くの情報を知っている必要があります。いまオレたちが知っていて、アリストスの知らないことが、ひとつだけあります。決定的な情報が」

「――通路か」

 かぐやがつぶやく。

 レンリルは首を縦に振った。

「その通りです。地下基地から王城へ直接のびる通路を使って、奇襲をかけます」

「敵も城内の防備を怠っているはずはないぞ」

 サントが口をはさむ。レンリルは地図上の駒をトントンと叩いた。

「だったらおびき出せばいいんです」

「どうやってだ?」

「副隊長、敵が目の前に出てきたらどうしますか」

 レンリルが訊く。

「それはもちろん、迎え撃つしかあるまい」

「自分の方が優勢だったらどうしますか」

「逆に攻撃するだろうな」

「そうなれば城内の警備は――」

 ラングネ王城に置かれていた駒が、城壁のそとへ出ていく。

 かぐやがアッと息をのんだ。

「空っぽになる」

「囮の部隊を使うというのか」

「ザッツライト。城の前に軍隊をちらつかされたら、おもちゃを目の前にした子どもみたいに喰いついてきますよ。そしたらタイミングよく城内へ突撃、敵将を討って、高々に宣言するんです。『ラングネ国が姫、ただ今王城に帰還した!』ってね」

「そんなに上手くいくものか」

 地下基地の通路を伝って奇襲をかけるという案は、思い浮かんでいなかったわけではない。兵数が少なすぎるのと、城内の敵兵を駆逐しきれないというリスクがあったために不採用となっていたのだ。

 まだ秘密通路の存在は知られていないが、これが敵の耳に入ったら、もうどうすることもできない。

「もちろん念には念を入れておきます。ふたりの勇者様とルア様の影武者を立て、指揮は副隊長に取ってもらいます。副隊長ならうまく損害を出さずに逃げ回ってくれるでしょ」

「おまえはどうするのだ、レンリル」

「オレは城内に突入しますよ。いざというときに臨機応変に頭を回せるやつがいなけりゃ、奇襲なんざ成功しませんからね」

 影武者。

 かぐやはレンリルがやってくる前にも影武者を立てたほうがいいと提案したことがあった。だが、同じものでも使い方によってここまで変わって来るものなのか。

「人数は?」

「少数精鋭で行きます。目標は敵将だけ。そのためにも勇者様の力が必要不可欠です。この作戦で大事なのはチームワークよりも個人的な技量ですから」

 レンリルは片目をつぶってウインクした。

 サントが真面目な顔をして地図上の駒を動かす。

「それで、無事に敵将を討伐した後は」

「敵はもんどりかえって逃げていくでしょうから、そこを追撃してください。深追いはしすぎないように。けど派手にやってくださいな。これは戦勝のアピールです、ラングネのみんなに強烈な勝利をプレゼントしてやらなくちゃいけない」

「……聞いたところでは、穴もなさそうだな」

「最悪のプランは敵に途中で勘づかれることですが、それは、まあ大丈夫でしょう。もっと気がかりなのはふたりの勇者様がいつ戦えるようになるかってことでさあ」

「――そればかりは分からぬからな、とくに石上は。いつ起きるかさえ定かではない」

「三日だけ待ちましょう」

 とレンリルは三本の指を立てた。

「それでダメなようなら別の作戦を考えます。以上」

「わかった。それでいいな、サント」

「ルア様がよろしいのなら、それで結構でございます」

「副隊長はもっと自分の意見をプッシュしけ行かなきゃだめですよ。いまが出世の大チャンスなんだから」

「そんなよこしまな気持ちで戦うものではない」

 サントが説教をはじめようとすると「じゃ、オレはこれで」といってさっさと退室してしまう。かぐやとサントは顔を見合わせて、苦笑いしたのだった。


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