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休息

 先の戦いでとらえたアリストス軍の捕虜を尋問したところ、いくつかの有益な情報を得ることができた。すべての発端はかぐやたちが乗ったジープに取り付けられていた位置特定電波が逐一、アリストス軍に居場所を伝えていたことからはじまっていた。

 サントの予測したようにアリストス軍の軍備が整ったのはここ数年のことで、にわかには信じられないほど潤沢な軍備が揃えられていた。兵士たちも追加募集され、近年に類を見ない大規模な軍隊を結成することができたという。

 しかし、それがラングネ国の侵略のためだとはだれも気づいてはいなかったのだ。

 あくまで表向きは戦力均衡のための軍備が拡張だとされており、国境付近のいざこざを解決する有効な手段になるものだと信じていた国民も少なくなかった。

 アリストス軍の秘密兵器であるレーザー砲の存在は、上層部にしか知らされていなかったらしく、それが圧倒的な破壊力でラングネ軍の防衛拠点を蹂躙したときは戦慄を感じたという。怪物、と誰かが呼びはじめたのをきっかけに、そのレーザー砲の呼び名は「モンスター」となった。

 殺戮兵器モンスターの威力はすべての条件を覆すほどのもので、最初はいぶかっていたアリストス軍の兵士たちも快進撃を経るにつれて侵略の疑問を忘れ去り、ただ一心不乱にラングネ国の王城を目指した。

 その行程があまりに順調に進みすぎるため、ラングネ軍はまともに刃を交わす前に四散してしまった。そのことが結果的に反乱軍を助長することになるとはだれも予想していないことだった。

 破竹の勢いでラングネ国王を討ち、王城も制圧したが、完全勝利のためにはまだ足りないピースがあった。次期女王と見込まれていたかぐやが忽然と姿を消していたからだ。

 予言のことはアリストス軍も知るところだったので、地球からの勇者を恐れてアリストス軍はかぐやの捜索を開始した。同時に、サント率いる抵抗軍の足取りも調べたが、どちらも痕跡をつかむことさえできなかった。

 そんな折、偶然にもかぐや一行がジープを奪って逃走したという報告が入ってきたのである。

 ここぞとばかりに完ぺきな包囲網を敷き、かぐやを捕えようとしたはずのアリストス軍だったがサントの奇襲によって失敗する。それでも、かぐやたちの乗っていたジープがそれまで動いてきた軌跡から、抵抗軍の地下基地の居場所を特定したのである。

 今度こそ失敗は許されないと、ラングネ国内の兵力のほとんどを結集し、何重にも基地を包囲した。これで勝利は決したと、誰もが思っていたが、抵抗軍の必死に反撃によって予想以上に時間を喰ってしまった。

 それでもどうにか地下基地へ侵入し、あとは時間の問題となったときにかぐやたちの決死隊が突撃したのである。これが一連の出来事の顛末であった。

「まったく、誰もかれも見計らったようにギリギリの間際で援軍にくるのは止めてほしいものだな。おかげでわたしは寿命が三十年は縮まったぞ」

 抵抗軍の地下基地はラングネ軍の兵士であふれかえっていた。

 各地で反乱を起こしていた残兵たちが一堂に結集し、アリストス軍を攻撃したのである。その采配の見事さは、まるで神業のようだった。

「寿命がなくなるよりはずいぶんマシというものでしょう」

 大伴御行が笑いながら返事をする。

 ふたりは並んだベッドにそれぞれ仰向けになっていた。かぐやも勇者も相当無理をしたために身体のあちこちを負傷し、療養にあたっているのである。

 さすがに危機を脱したとあって、ゆっくり休めるようにと一般兵が入れない部屋にふたりきりという状況だ。サントも怪我をしていたが別室で忙しく指揮にあたっているところである。

「もう少しはやく到着しておればこのような傷も負わずにすんだのだ。まったく、遅いとしか言いようがない」

「助かったのですから、そうおっしゃらずに。あまりカッカしていると回復が遅くなりますよ――まあ、私にとっては好都合ですが」

「貴様、さてはむっつりスケベだな。城内にもそういうやつがいたものだ。平気で女など興味のないような顔をして侍女やら宮仕えのものをたぶらかしておった男がな。即刻解雇してやったが、しょうもない人間だったぞ」

「私はかぐや様一筋ですから。そのような浮気男といっしょになさらぬよう」

「どこでそんな歯の浮くようなセリフを覚えたのだ。京の都というやつは好色の貴族ばかりしかおらぬのか」

「娯楽といえば権力争いと歌会と、それから女を囲うくらいしかありませんでしたからね。あとはタカ狩りくらいのものですが私はあまり好きではありません」

「ほう、石上などは好んで行きそうなものだがな」

「あいつは元から貴族離れしたやんちゃ坊主でしたから、勘当されなかったのが不思議なくらいです。都でも有名な暴れん坊ですよ」

「想像に易いな――大伴、おまえはどうなのだ。当代一の変態貴族とでも呼ばれていたか」

「どうもかぐや様は私をそのように不名誉な称号を与えたいようですね。残念ながら、さほど面白いものはありませんよ。歌詠みに関してだけは少々高名を拝したものですが」

「和歌か――わたしも翁と一緒に特訓したものだ」

 へえ、と大伴御行が興味しんしんといった気配をかぐやに向ける。

 月の姫はそこにはない筆と紙を持つふりをしながら、当時の苦労をしのんだ。

「わたしの詠む歌はすべて大きなバツ印をつけられてな、ひとつも認めてはくれなかったものだ。天皇をおびき出すのに必要だといっておったが無駄な練習であったな」

「ぜひともかぐや様の和歌を聞きたいものですね」

 大伴御行がベッドから身を乗り出して、かぐやを催促する。まくらにのせた頭を大伴御行とは反対の方向へむけながらかぐやは顔を赤らめた。

「いやだ」

「すこしくらいいではないですか。和歌は女性の魅力の半分を占めるといっても過言ではありません。これからかぐや様と同行するのにも、ここでひとつ歌の実力を知っていたほうがいいというものです」

「いやだ」

「さあさあ、恥ずかしがることはありません。ここには私しかいないのですから」

 まるであくどい商人が気の弱い人に高額商品を売り付けているかのように強気で、大伴御行がまくしたてる。

 かぐやは耳をふさいでかたくなに拒否したが、あまりにも勇者がしつこいので、そろりそろりと両手を離した。

「笑わないと誓うか?」

「ええ、もちろんですとも」

「馬鹿にしないか?」

「あたりまえです」

「――実はな、とっておきの句があるのだが、特別にそれを聞かせてやろう」

「ありがたく拝聴させていただきます」

 大伴御行がベッドの上で正座する。その表情は真剣そのものだ。

 こほん、とかぐやは小さな咳払いをして

「はるばると 月に帰って 来てみたら 周りはびっくり することだらけ」

 と、わずかに鼻の穴をふくらませながら大伴御行の反応をうかがった。彼は相変わらず無表情だったが、頬のあたりがすこし窪んでいた。

 それが笑いをこらえるために口内を噛んでいるのだとは、かぐやは気付かない。

「どうだ感想は?」

「――とても、よい詩だと、思い、ます」

 とぎれとぎれの言葉はあまりに不自然だったが照れくささと会心の作を披露できた満足感から、かぐやはとても良い気分でまぶたを閉じた。

「わたしは眠るぞ。くれぐれも変なことをするなよ」

「わかって、います」

「うむ」

 やがてすやすやとかわいらしい寝息が聞こえてくると大伴御行はようやく枕に顔をうずめて、となりで眠る姫君に聞こえないように声をおさえながら気のすむまで笑った。しばらくは笑いすぎて腹筋が痛むほどだった。


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