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防衛戦

 そこはいままで経験してきた戦場とはまったく異質の場所であった。

 攻城戦、籠城戦、野戦、奇襲戦などの違いによって特性が完全に違うのは知っていたが、ここにあるのは本物の防御戦だった。

 三山村の頂上で、簡易的な砦を形成して帝を相手にしたときとは比べ物にならないほど、今回はしっかりした防御網が敷かれていた。

 大伴御行は前線のやや後方、兵士たちの列のなかほどにベッドを置いて横になっていた。

 そうはいっても常に彼の注意は前方へ向けられ、味方に損害を与えないように気を配りながら炎をあやつっている。その時の感覚は絵を描くのにも似ており、毛筆でなめらかな線を引いて行くようなものだった。

 視界は完全な暗闇。そのなかにいくつもの物体が輪郭を浮かび上がらせている。

 人の身体、熱をともなった剣、壁や扉、そして大量の殺気に人の気配。どれもが景色を見るのと同じように脳へ飛び込んでくる。

 敵か味方かは、動きとまがまがしい殺気がどちらへ向けていられているのかで判別することができる。敵意のある人間というのはすぐにわかる。まるで刃物を喉元へ突きつけられているような圧迫感がひしひしと伝わってくるからだ。

「大伴様の射程距離はどれほどでございますか」

 と事前にサントに質問されたとき、大伴御行はだいたい百歩ほどの距離だと答えた。その日の調子によっても大きく変わってくるが、今日はそれが限界だ。

 炎をあやつるとき、絵具の残量のようなものを感じることができる。

 近い距離ならばふんだんに材料を使って好きな絵を描くことができるが、遠くになればなるほど筆がかすれ、思い通りにいかなくなる。そして離れ過ぎてしまったときは、ぷつりと糸が切れるように炎がどこかへ行ってしまうのだ。

 サントは限界の八割ほどの場所に敵兵が来るよう、大伴御行を配置した。

「ここならば繊細な作業をともなうことなく、敵からも狙われない距離になります。大伴様はただ敵に脅威を与えていただければ、それで十分でございます」

 サントの命令は的確で、自分のなすべきことをすぐに把握できるよう考えられていた。

 優秀な指揮官だ、と大伴御行は思う。

 考えることが少ないほど兵士は各自の死後血に専念することができる。その点でいえば、サントは綿密すぎるほどに指示を与えていた。

「敵が退いたときは休んでください。そして再び押し寄せたときは炎を展開させ、出足を鈍らせる。後続と最前線を分断することができれば、すこしずつ敵の戦力をそぐことができます」

 実際、アリストス軍はサントの推測通り、大伴御行の登場によって一度撤退し、その間に兵士たちはわずかな休息をとることができた。誰もがつかれており、食事をとるひまもなかったなかでの休憩は非常に大きな意味を持っていた。

 アリストス軍は押し出されるように退いた後、遠距離砲撃による攻撃を試みたが、地下基地の厚い防御に阻まれて損害を出すことはできなかった。

 しばらく無駄撃ちが続きそれが意味をなさないと気付くとふたたびもっとも有効的な手段――大人数によるごり押しでラングネ軍を攻めたてはじめると、見計らったように大伴御行の炎が届いた。

「局地的な戦果ですか、わが軍のほうが有利に戦いを進められています」

 伝令兵がサントに報告する。

 副隊長は大伴御行よりも後方に腰を据えていたが、その声は十分聞きとることができた。

「そうか。よい兆候だな」

 楽観的な言葉とは裏腹にサントの声は浮かないものだった。一抹の不安が頭のすみに引っ掛かって素直に喜べないのだといったような感じだ。

 伝令兵はサントがそれ以上なにもいわないのを確認すると、一礼してふたたび前線へと駆けて行った。本部と前線の距離が近いこともあって、彼は三十分に一度くらいの頻度でサントのところへ来る。

「――やはり兵が少なすぎる、か」

 サントと伝令兵の会話を聞いていた大伴御行がぼそりと呟いた。盗み聞きをしたわけではなく、自然と聞こえてきてしまうのだ。

「私ひとりでは限界がある――石上の力が必要だ。敵を追い立て、反撃に転ずるだけの力が」

 いまのままでは防御に徹することはできても勝利の可能性はない。

 つまりサントが得意とするのは「負けない」戦い方であって、軍を勝利へと導くためにはほかの戦力が必要不可欠だった。

 いまは大伴御行がその役割を担わなければならないのだが、皮肉なことにこの能力は本来、前線で戦うのには向いていないものだ。

 人数が極端に少ないかぐやとの同行の途中では仕方なしに敵のまん中へ飛び出さなければいけなかった。しかし、大伴御行が真価を発揮できるのはいまのように防御の心配がない場所で後方から支援しているときだ。

 いわば弓兵のようなものである。

 援護射撃にふさわしい能力――それが大伴御行のあやつる炎であった。

「力がほしい――守るための力が」

 拳を握りしめる。

 石上は先の戦いで馬鹿力だけでなく、光の剣を防ぐ力を身につけた。それは彼になかったはずの守る力だ。ならば大伴御行にはない、新しい力を手に入れることも不可能ではないはずだ。

 両目に埋まるこの宝玉を、いまだ使いこなせているとは思えない。

 かぐやに申しつけられた宝を探す旅の途中、大伴御行は竜王となのる存在に出会い、炎をあやつる力を手に入れることができた。それだけでない、鋭敏に研ぎ澄まされた感覚、説明しようのない直感の精度、それらも同時に得たのだ、光を代償にして。

 その時のことは今でも鮮明に思い出せる。

 突如として全身に神経が行きわたったような、敏感すぎる世界。同時に感じたのは圧倒的な力だった。

「だが、まだ足りない」

 絵を描く、赤い絵の具で。

 それではいけない。それでは紙を突き破ることはできない。すべてをつらぬく針のような力が、なににも増して欲しいと願った。

「……そう簡単にはいかぬか」

 大伴御行のなかに流れる力の脈になんの変化もあらわれはしない。

 微々たるものながらもたしかに生まれはじめた戦果とは裏腹に、寝ているときよりも強い焦燥感が生まれた。



 疲労は絶頂に達していた。

 サントをふくめたラングネの抵抗軍は、想像以上の戦果を上げることに成功していた。防御戦線は戦が始まったときから寸分も後退していない。機をつかめばもっと押し上げることもできただろうがサントはその選択をしなかった。

 いまは耐えるべき時間であると判断したからだ。

 下手に反撃を加えれば、餌に食いつく昆虫のように巣からおびき出され一網打尽にされる危険性をはらんでいる。

 地下基地の入り口付近はもっとも防御の厚い場所だ。そこで戦っている限りは、どんな大量の敵でも防ぐことは不可能でない。

「サント様、そろそろ交代の時間でございます」

 伝令兵が時を告げた。

 前線で戦う兵士たちは疲労が蓄積しやすいため、時間をきめて後方に下げ、代わりに休んでいた一隊を投入するという戦法をサントは採用していた。

 幸いなことに地下基地の入り口はせまく、少数の兵でも充分に戦うことができるため数日の間は有効に働いていたがやがて負傷者が増えてくるにつれて交代の期間も短くなり、一日中気を抜けない状況が発生していた。

 そろそろ方針をかえなければならない。

 いくら大伴御行の力が絶大だとはいえ、戦力の大部分を担うのはその他大勢の兵士たちなのだ。

「――もう一時間、交代を遅くしろ」

「了解しました」

 短い返事とともに伝令兵は去っていく。彼もそうとう働きづめのはずだ。

 抵抗軍を結成するときでさえ伝令兵は貴重で、ほとんど集めることができなかった。その上各地を転戦している際に敵の攻撃にあい、さらにその数を減らしてしまっているのだ。

「……辛い思いをさせるな」

 やるべきことはやりつくした。

 あとは精神力と運の勝負だ。



 小さな部屋のなかに負傷兵がぎっしりと詰め込まれている。

 かぐやはひとりひとりに声をかけながら、石上の眠るベッドへと足を進めた。大伴御行を戦線へ投入してから数日が経過していた。

 その甲斐あってか戦況はだいぶ盛り返してはいたがやはり圧倒的な数には抵抗もむなしく、アリストス軍が新鮮な兵を次々と供給してくるのに対して抵抗軍は満身創痍の兵士を使いまわさなければならない。

 そんな状況で拠点を維持できているだけでも奇跡的と呼べるほどだった。

「さあ、そろそろお前の出番だぞ、石上」

 かぐやは子どもに話しかけるような優しい口調で石上の手を握った。

 あたたかく、脈打っているのがたしかに感じられる。一時の死んだような様子はどこにもなく、肌も土気色から健康的なものへと戻ってきている。

「このままでは大伴にいいところをすべて持っていかれてしまうが、それでもいいのか。大きく差をつけられることになるのだぞ」

 室内の兵士たちはかぐやに気をつかって痛みをこらえ、物音をたてないようにしている。なかには静かに涙を流しているものさえいた。

「お前の使命はラングネを救うことだろう。いまこそ絶好のチャンスではないか、なあ」

 石上の返事はない。

 かぐやはふっと力を抜いて笑いかけると、あちこちに包帯をまいた傷だらけの兵士たちに向かって語りはじめた。

「この男は勇者だが、少々根が怠け者でな。わたしがこうやって鞭を入れてやらんといつまでも眠っているのだ。お前たちも気に病むことなくゆっくり体を休めてくれ。その怪我を誇りに思うのだ。ラングネのためともに戦うことを、わたしは嬉しく思うぞ」

 それはかぐやなりの感謝の気持ちであることは誰の目にも明らかだった。

 怪我をした兵士は自分が戦えず足手まといになっていることをストレスに感じ、気分も沈みがちになる。なにより情けなくなってくるのをかぐやは理解しているのだ。

「ルア様、至急指令室へ!」

 医者のひとりが血相を変えて飛び込んできた。

 かぐやはわき目もふらず駆けだすと、廊下の角を通過するたびに転びそうになりながらも指令室へと急いだ。

「どうしたのだ」

「防衛線が突破されました。これより第二防衛線へと移行し、隊形を立て直します」

「……それは本当か」

 恐れていた事態がついに訪れてしまった。

 終末へのカウントダウンが始まったことを全身が感じ取っている。

「大伴はどうなっている、あやつは大丈夫なのか」」

 怪我のために敵の攻撃を防御するだけの体力が残っていない大伴御行は、敵兵が押し寄せれば赤ん坊よりも簡単にひねりつぶされてしまう。そういう意味で彼はまったくの無力であった。

「大伴様はサント様が無事に後退させ、いまは第二防衛線付近で戦っていらっしゃいます」

 ほっと胸をなでおろすのもつかの間、かぐやは立て続けに質問をした。

「敵の勢いはどうだ」

「雪崩をうって基地内に侵入してきております。サント様がうまく勢いを止めてはいますが、場合によっては第三防衛線まで後退することもあるかと」

「それではほとんど攻略されたも同然ではないか」

 かぐやが叫ぶ。

 サントの想定していた防衛線は第四まで用意されているが第三防衛線から第四防衛線までの距離はほとんどなく、実質そこまでアリストス軍が迫ってくるとあとは時間の問題だった。

 加えて本来ならば第一防衛線を死守するプランだったのだ。

 そここそが最も戦闘に向いた地域であり、ほかの場所では防御力に劣ることになる。

「報告は以上です」

 かぐやを指令室まで案内してきた医者は深々と頭を下げると急いで病室へと駆けもどっていった。

 サントは前線で休む間もなく指揮をとっていることだろう。

 いま苛烈を極める戦場に赴いたところで足手まといにしかならない。かぐやは両の拳を握りしめると、その場にどかっと座りこんだ。

「……わたしは逃げぬぞ。これ以上、逃げてたまるものか」

 決意の言葉は誰に届くこともなく。

 ただ時間ばかりが刻々と過ぎていった。


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