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サント

 サントの実力は本物だった。

 もともと攻撃よりも防御においての才能を認められて軍部副隊長へと抜擢された男であるから、どんな大軍が相手であろうとも数百の策を講じ、入り口を死守していた。

 それに加えてかぐやの存在は士気に大きく好影響を与えている。

 守るべき対象ができたことだけでなく、頼ることのできる旗印が控えていることによって決死の覚悟を固めることができたためだ。

 敵は大軍であるがために身動きが取れなくなっており、狭い入口以外に進入経路を見つけられないでいるアリストス軍はその有利を十分に生かし切れていない。

 もともとこの地下基地は古代人が王城から逃げ出したときのためにつくられた非常用の基地であり、防御と隠匿に特化しているという特性を兼ね備える。

 それでも怪我人は徐々に数をましていき、兵士たちは昼夜を問わずに戦線へと駆り出された。

 かぐやは一日の大半を指令室に座って過ごしていたが、ときおり入口の後方に姿を現しては激励の言葉をかけ、兵士たちを鼓舞した。それだけで戦線は活性化しアリストス軍の勢いをそぐことができた。

「サント、状況はどうだ」

 二日目の夜、サントはかぐやのいる指令室へと戻ってきた。

 アリストス軍の猛攻がはじまるまえよりもさらにやつれていたが、目の輝きだけは失っていなかった。

「なんとかこらえております――が、交代の兵も負傷によって減ってきておりますから、もうほとんど一日中戦っているような状況です」

「……まずいな」

「せめて倍の兵がいればもっと粘れるのですが、あまりに少なすぎます。このままでは長く持ちません」

「いったいどれほどだ」

「どんなに良くても三日が限度かと」

「――三日か」

 大伴御行の体調は通常よりも早いペースで回復してきてはいたが、それでも戦闘を行うにはまだ遠く及ばない。

 命を危機を脱した石上はすでに医者の手を借りなくても大丈夫な状態になった。目が覚めるのはいつになるか予測もつかないが、おそらくこの戦いには間に合わないだろう。

「そとの状況は?」

「入口が封鎖されておりますから敵の情報を得ることはまったくできません。目の前の敵をあしらうので精一杯です」

「――そうか」

 予想できていたことだが、やはり外部と遮断されると不利な立場に立たされる。情報を得られないということは水を断たれたにも等しいのだ。

「休みに来たのであろう。サントなくしてはこの軍は成り立たない、ゆっくりしていけ」

「申し訳ありません」

 サントは壁にもたれかかったまますぐさま寝息を立てはじめた。

 軍人は訓練の一環としてどのような場所でも休息がとれるように訓練されている。サントも例外ではない。

 いまはサントの代わりに部下の一人が指揮をとっている。

 戦線は膠着しており、事前にやるべきことを伝えておけばある程度の才覚を有したものならばサントと同様の戦果を上げることができるだろう。しかし、逆にいえばそれ以上のことは期待できない。

 この戦いに一発逆転の手は、たった一つしか見えなかった。すなわち大伴御行を待つことしか出来ないのだ。

「かぐや様」

 と、背後から声がかかった。

 振り向くとそこには大伴御行が杖をつきながら立っていた。

「もう歩けるのか」

 目を丸くしながらたずねる。まだ立ち上がれる体調ではないはずだった。

「こうして体を動かさないといざというときに役に立ちませんから――お気になさらず」

「無理をしているのではないか」

「いえ、そんなことは」といいかけて、大伴御行は不意に膝から力が抜け落ちたように体勢を崩し、かぐやがあわてて体を支えた。

「無茶をするな、すぐ病室に戻れ」

「――ちょっとふらついただけです。数日あれば元通りになります」

「嘘をつくでない。おまえの調子が悪いことくらい赤ん坊でもわかる」

 かぐやは大伴御行に肩を貸すと、指令室を離れて病室へとゆっくり歩きだした。軽い身体はさほど負担にはならなかったが、大伴御行は申し訳なさそうにうなだれていた。

「はやる気持ちは分かるが、それをおさえろと言ったのは大伴のほうだぞ。らしくないな」

「すみません」

「とにかくこちらのことはわたしとサントに任せておけ。おまえの役割はしっかり傷をいやすこと、そうだろう」

「――それで本当に間に合うのなら私はいくらでも目を閉じて静かに寝床で横になっていましょう。戦況はかなり良くないのではないですか」

「お前には関係ないことだ」

「寝ておりますといやでも情報が耳に入ってきますもので。これでは居ても立ってもいられないということで起きてきましたが、やはりそうなのですね」

「……お前を投入するのはギリギリまで足掻いてからのことだ。それまでは寝ていろ」

「現実問題としてたかが数日でいったいどれほど回復できるものでしょうか。ならば兵力が壊滅しないうちに私が出ていったほうがいいのではないかと考えたのです。いくら抵抗軍とはいえ、この状況を覆したあとにも行動できなければ意味がありません」

「だが、まともに動くこともできない体でどうするというのだ」

「寝たきりの状態で、戦いましょう」

「なんだと?」

 大伴御行の突飛な提案にかぐやは眉をひそめた。

 ぴたり、と廊下を行く足を止める。

「どういうことだ」

「私の力――炎を使うには多大な集中力を要します。そのために余計な動作、たとえば敵の攻撃を回避するなどのことをしては充分に威力を発揮することができませんでした。しかしいまならば、寝ながらでも戦うことはできます。必要なのは精神力と集中力ですから、体への負担はありません」

「しかし疲れることには疲れるだろう」

「ひとりで気を病むのも戦場で炎をあやつるのも大差はありません」

 かぐやは大伴御行のアイデアに思案を巡らせていた。

 もしも彼のいう通り寝ながらでも戦うことができるのなら大いに兵を勇気づけることができるだろう。とくに密集地帯での大伴御行の能力は敵にとって脅威になる。そうして時間を稼ぐことができれば大伴御行自身も回復することができるし、運が良ければ石上も目覚めてくれるかもしれない。

 それだけでない。敵の主戦力をこの場に引きつけておくことで、各地の反乱軍を手助けすることにもなるのだ。いまは情報を遮断されどうなっているかまったく知ることができないが、以前のサントの報告によればかぐやの帰還によってかなりの数が参加しているらしい。

 メリットは大きい。

 が、リスクも計り知れない。

「もし何らかの拍子に敵の接近を許すようなことがあったら、おまえはどうなる」

 かぐやは最大の懸念を質問した。

「……近づくまえに焼き払います」

「そういう意味ではない。万が一のことがあったとき、お前は逃げられるかと聞いているのだ」

 大伴御行はごまかすように微笑を浮かべてかぐやに返答する。

 禅僧のように達観した声だった。

「そのときは、覚悟を決めるほかありませんでしょう。戦場では常に死が隣り合っているものです」

「逃げないというのか」

「ええ、逃げません。私もかぐや様と同じです」

「――まいったな」と、かぐやは小さく笑った。「そういわれてしまっては許さないわけにいかない」

「それでは準備をいたしましょう」

 大伴御行が苦笑しながら意気込むと、かぐやはそれを片手で制した。

「サントが起きてからだ、それまでは休んでいてくれ。サントでなければお前を効果的な場所へ配置することはできないからな」

 その軍部副隊長はいまさっき仮眠をとりはじめたばかりだ。

 大伴御行はしっかりとうなずくと、自分の病室まで戻り、服装や防具を整えた。そして忘れてはならない炎の練習も欠かさない。

「感覚は鈍っていないようだな」

 炎の小鳥をあやつって部屋の中をぐるぐると旋回させている大伴御行に向かって声をかける。

 もう、不安はなかった。

「ええ」と大伴御行はいった。「これでもかぐや様をお守りする勇者ですから」


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