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包囲

 ジープの運転席、かぐやの隣には大伴御行がひとりで座っている。石上は身体が大きすぎるためにサイズが合わず、後方の荷台に移った。その石上は大きないびきをかいて眠っている。戦いでよほど消耗したのだろう。それは大伴御行においても同じことで、かぐやが車を操っているあいだ、あまり口を利こうとはしなかった。

 アリストス軍と交戦してから二時間ばかりが経過していた。

 天頂にあった太陽は次第に傾きはじめ、黒い空にもだんだんと星の色が増える。月においては、夜になると姿をあらわすものは地球だった。このまま順調にいけば、青い星が上るころには基地へたどり着くことができるだろう。

 基地は王城のある場所からかなり離れた郊外にかくされている。

 付近に大きな町はないが、そのかわりに広大な荒れ地が広がっており、細々と植物が群生しているような場所だ。幸い飛行船の墜落した場所が基地とさほど離れていなかったため、車で一直線に向かえばそれほど長い時間はかからないはずだった。

 道なき道を走るジープは最高速に達している。

 アクセルを踏み込むだけの単調な作業は辟易としたが、ときどき地形の関係によってハンドルを切らなければいけないようなこともあり、大伴御行はその時にだけ言葉を発して警告した。

 盲目で道は見えていないはずだが、超能力と呼ぶべき勘のするどさで事前に危機を察知できるのだ。かぐやは月の黄金色の大地を見つめながら、ひたすらジープを前へ進めた。

 舗装されていない地面を疾走すると、そこら中に転がっている小石や凹凸に引っかかってジープがはずむように上下する。いましがたひとつ大きなこぶの上を通過して、ジープは兎のように跳ねた。

 石上は振り落とされていないかとうしろを確認する。

 叩きつけるほどの衝撃にも関係なく、石上はやはり寝たままだった。ひょっとしたら頭を打って気絶しているのかもしれないが、かぐやは前に視線をやってハンドルをふたたび握りしめる。

「――かぐや様」

 めずらしく大伴御行が声を発した。

「なんだ」

「先ほどの私の言葉を――覚えていますか」

「忘れるはずがなかろう、あれほどまでに説教をされたのは子どもの時にじいからされて以来だ」

「すこし辛辣なことを言ってしまったかもしれません。かぐや様にもかぐや様なりに考えがあったことでしょう。私はそれを無理に捻じ曲げてしまった」

「……地球にいるあいだ、わたしはずっと月に帰りたくてたまらなかった。アリストスに国を侵略されて、ろくに戦うこともできずに大切な人の死を見せつけられ地球に逃がされた自分がひどく情けなかった。勇者をさがすためだと言い聞かせはしたが、そんなものは所詮なぐさめにしかならない。わたしはみんなと一緒に戦いたかった」

 かぐやはなるべく抑揚をおさえ、感情が表に出ないように話した。ジープの駆動音のなかでも、その声ははっきりと聞き取れた。

「わたしは皇女として民を守りたかった。逃げてばかりの権力者になどなり下がりたくなかった。だがな、城を離れる前に、父はこう言っていた」

 立て、そして戦え。

「わたしは立ち上がるためにお前たちを見つけ、月へ帰還した。次は戦う番だと、そう思った。それは違っていたのだな、大伴」

 返事はない。かぐやは続けた。

「翁は教えてくれた。親がどれほど子を大切に思っているのか、どれほど愛情を注いでいるのか。子どもの死を望む親などいない。父は戦えといったけれども、それはたぶんアリストス軍とではない。自分の運命と戦えと言ったのだろうな。予言に束縛された自分の運命と」

「戦うということは、必ずしもいいことばかりではありません。大切な人を失うこともある。誰かを傷つけることもある――その覚悟が、ありますか?」

「クレアやお前たちがそばにいてくれるならば、わたしはどんなつらい仕打ちにも堪えてみせよう。お前たちが傷つき、わたしの代わりに戦うのを、目をそらさずに見つめよう。それが皇女たるものの役目だ」

 かぐやはしっかりと大伴御行の紅い目を見据えた。口調は静かだったが、その奥にはゆるぎない決意が固まっていた。

「……クレアさんのこと、謝らなければいけません。私がいちばん近くにいたのに守ることができませんでした」

「それはわたしの責任でもあることだ。クレアも一緒に連れていくべきだった。――そうすれば、あのようなことにはならなかった」

「ひとつ、明るい可能性はあります」と大伴御行は言った。「クレアさんは殺されてはいません。戦いの真っ最中だったのでしかとは聞き取れませんでしたが、つかまえて収容所に放り込めという指示があったように思います。ひとまずはそこに捕縛され、なにかしらのことをするならばそのあとでしょう」

「クレアは生きているということか」

「少なくとも、しばしの間は」

「――よかった」

 安堵のため息をつく暇は、なかった。

 大伴御行の表情がいきなり険しいものに変わる。大声で石上の名を呼び、それでも起きないとわかると小さな火の球を召喚して鼻先にちらつかせる。

「熱いじゃねえか馬鹿野郎、悪戯にもほどがあるぜ」

 怒鳴りこんでくる抗議を無視し、大伴御行は丘のむこうを指さす。

「かぐや様、あのあたりの地理はどうなっていますか」

「まわりを丘に囲まれた盆地だ。――なにかあるのか」

「兵が伏せられています。それも、かなりの数が」大伴御行は声をひそめる。「おそらく待ち伏せされたのかと」

「てめえ、裏切りやがったな」

 石上が大伴御行に殴りかかろうとするのを、かぐやが横目で制止した。

「なにをしているか、この阿呆」

「待ち伏せされてたってことはどこからか情報が漏れてたんだろ。おれじゃねえならこいつしかいねえじゃねえかよ」

「私だってそんなことはしていない。基地の居場所も知られていないのなら私たちが向かう先が分かるはずはなし、それに敵兵の斥候の気配もしなかった。おまえが密通していたのではないかと思ったが」

 大伴御行も反論する。

「……うかつだったな」

 かぐやが舌打ちをする。

「このジープは敵から奪ったものだ。なにかしら居場所を特定する機械が取り付けられていたとしても不思議ではない――アリストスめ、そんな技術を隠し持っていたとはな」

「そんなことができんのかよ」石上が目を丸くした。「旗もなにもないのに」

「月の国ならばそのくらいは朝飯前なのだろう――それよりも、ここをどう切り抜けるかです」

 前方に広がるこんもりとした丘のむこうは窪んでいるため、直接敵兵の姿を確認することはできない。だが大伴御行のいうことには、だれも疑心を抱いてはいなかった。

 この先にはふたたび、アリストス軍が待ちうけている。

「さきほどの連中はかぐや様を生け捕りにしようと躍起になっていましたが、今度はそうもいかないでしょう。いちど鼻の先を明かされた以上は向こうも生死をいとわないという態度でかかってくるはずです。地球のときのほうが、まだ楽というものでしょう、本気で命を狙って来る戦いというのは、生け捕りよりも数倍苛烈です」

「ま、いっつも本気で命のやり取りをしているおれたちには関係ないけどな」

「だから頭が足りないといわれるのですよ。かぐや様ごと殺しにかかるということは、手段を選ばなくなるということです。なにか一撃で私たちをしとめられるような、破壊力のある武器が敵にあれはいっかんの終わりということになりますね」

「破壊力があるって、もしかして月にくるときにやられたあの巨大な光か」

「味方がいる以上、レーザー砲を持ちだしてくることはないだろうが――いずれにせよ、分の悪い戦いになりそうだな」

「この車で一気に突っ走ればいいじゃねえかよ、炎で前方を守れば向こうのほうから避けてくれるぜ」

「生身の人が相手ならばそれでいいのですが」大伴御行がいった。「相手も同じように車を置いていたとしたら、無暗に突っこんでも粉々になってお互いに砕け散るのが関の山でしょう」

「じゃあどうするんだよ」

「――敵は丘の四方に伏兵を配置しています。それに予備隊が動きはじめているようです――背後をとるつもりでしょう。盆地に誘い込み、せん滅する作戦かと」

「あの丘を迂回して進むというのはどうだ」かぐやの提案に、大伴御行は首を横に振った。

「敵はすでにこちらの動きを補足しています。逃げるとすれば、そうとうに大回りをしなくてはなりません」

 かぐやはジープに残っているエネルギーを確認する。もうほとんど残量はなかった。これでは敵から逃げおおせるどころか抵抗軍の基地までたどり着けるかどうかも怪しい。

 車内には予備の電源も見あたらない。

 おそらくどこかの基地でバッテリーを充電するタイプの車なのだろう。

「ならば、中央突破か」

「それも危険です。みすみす死にに行くようなものでしょう」

「石上を車の前方に張り付けておけば、多少の攻撃は防げるのではないか」

「おいおい冗談がきついぜお姫様。いくら新しい力を手に入れたとはいえ、こいつはそんなに万能じゃねえんだ。守れる部位も限られているしな」

「大伴、なにか策はないのか」

 かぐやの問いに大伴御行はこたえることができずあごに手をあてたまま黙り込んでいる。かぐやはジープの速度をいくらか落として、考える時間を稼ごうとした。

 ゆるやかな丘の斜面はじりじりと砂時計が時を刻むように近づいてくる。うしろをふりかえると、遠くの方に退路を断っているアリストス軍の遊軍が砂塵を立てているのが見えた。

「もう思案する時間はないぞ、どうする」

「――敵の誘いに乗りましょう。その上で、力づくで包囲網を破るしか手立てはありません」

「……そうか。おまえがそういうのなら、ほかに良い案もないのだろう」

「私の力が及ばないばかりに申し訳ありません――竹取の翁ならば驚天動地の策略を編み出すことができたかもしれませんが、私にはそこまでの鬼謀はないようです」

「おれはいい作戦だと思うぜ。簡単でいい」

 石上が大口をあけてがさつな笑い声を発する。かぐやはハンドルを握った手ににじんだ汗を、服の袖でぬぐった。

「それが生きる道ならば、わたしはなんだってしよう」

「我々も命を賭してかぐや様の命をお守りいたしましょう」大伴御行は言った。

「おれがどこまでも運んで行ってやるからよ、心配はしなくていいぜ」と石上が言った。

 ジープが傾きながら坂道をのぼり、ごつごつとした足場を走り終えると、目の前の視界が一気にひらけた。巨大な盆地をとりまくようにアリストス軍のジープや兵隊たちがぎっしりと何層にもなって並んでいる。

 目下の窪地は急斜面が切り立ち、底面には広大な平地が広がっている。

 そこにアリストス軍の姿はなかったが、かわりにジープの動きを妨げるような巨大な岩が散乱していた。おそらく周囲から集めたものを、盆地のなかへころげ落したのだろう。

 両側面にはレーザー砲とまではいかないが、個人を標的にするには十分すぎるほどの攻撃力を持ったいくつかの砲門がおかれている。盆地へ逃げ込めば、両側から砲弾が襲いかかって来るという算段だ。

 そして正面には強行突破を警戒したのであろう何台ものジープがバリケードとして折り重なるように道をふさいでいる。

「……アリストスのやつら、いつの間にこんな数の車を手に入れていたのだ。すこし前まではこんなに軍備は整っていなかったぞ」

 かぐやがつぶやきを漏らす。

「すげえ数だな。陛下の私兵よりも多いんじゃねえか」

 ジープから身を乗り出して石上が感嘆の声を上げた。

「すくなくとも装備は地球とは格段に違うな」

「地球のようにはうまくいかねえってわけか」石上は武者ぶるいをひとつした。「でもよ、傷だらけのわりに身体は軽いんだよな。力がみなぎってる感じだぜ」

「よい兆候だ。――大伴、体調は平気か」

 飛行船が不時着したときの怪我に加えて、石上のように体が丈夫ではない大伴御行も全身に傷を負っている。ジープで進んでいる最中も、ときおり肩が痛むのかちいさなうめき声をあげていた。

「ここで死んでは元も子もありませんからね、痛かろうとなんだろうと頑張るだけのことです」

「勇者の心意気だな――行くぞ」

 かぐやは目いっぱいにアクセルを踏み込むと崖を下るような勢いで盆地の斜面を下っていく。アリストス軍はジープが完全に下部へ移動し終わるまで待つつもりらしく、まだ砲撃を仕掛けてはこない。

 だが、挟撃するように配置された何門もの黒い砲台は、じりじりとその照準を合わせている。

「飛び降りてください!」

 大伴御行のかけ声とともに、石上に抱えられたかぐやともう一人の勇者がハイスピードで疾走するジープを乗り捨て、ごつごつとした地面に飛び退く。

 想像を絶するような衝撃が大伴御行の全身をつらぬいた。

 落馬したときなどとは比べ物にならないほどの痛みに、気を失いそうになる。だが、ふらつく頭を強引に働かせ、すぐさまその場から離れる。

「大丈夫か」

 砂塵の舞い上がるなかで石上が腕の中のかぐやにたずねた。両腕には、さきほど会得したばかりの防具ががっちりとはめられ、石上とかぐやを守っている。

「ああ、助かった」

 運転手を失った空っぽのジープはそのまま直進して行き、進路妨害のためにおかれた大岩に激突すると、激しい炎を立てて炎上した。それをながめる暇もなく嵐のような砲弾が浴びせかけられる。

「あれを喰らったらひとたまりもないな」

 わずか数秒で金属片となったジープを驚愕の目で見つめる。

 石上とかぐやのところへ、大伴御行が小走りにかけてきた。

「岩をうまく盾にして行きましょう。なまじ大きいですから、少しは攻撃に耐えられるはずです」

「わかった」

 三人はいっせいに走り出した。

 横側からアリストス軍の歩兵がかけ下って来るのが見える。まだ距離はあるが、数は膨大だった。

「……追いつかれる前に突破せねばならぬな」

 かぐやが苦しそうにつぶやくが、そのそばから砲撃が目の前をかすめていく。あわてて岩の影に隠れると、巨大な砲弾が岩肌をえぐり、パラパラと細かいかけらが降った。

「これじゃろくろく進めねえよ」

 石上が愚痴を漏らす。

 弾丸を放つ豪快な音が絶えず響いている。空気の振動が肌にもピリピリと伝わった。

「おそらくは歩兵が到着するまでの時間稼ぎにすぎないでしょうが、そうと信じて無暗に突っ切っていくのも危険すぎます。まあ、どちらにせよ彼らがたどり着けば、さらに身動きが取れなくなることでしょうが」

「どちらに転んでもまずいのなら一か八か、行くしかないな」

 言うが早いやかぐやが先陣を切って次の岩場へと急ぐ。

 身をかがめて少しでも被害を少なくしようとするが、斜め前方にはずれた砲弾の破片が肩口をおそう。「お姫様があんまり無茶するんじゃねえよ」

 石上がかぐやをかばうように立ちはだかっていた。

「まったく、わたしはお前たちにまもられてばかりだな」

「お礼はたっぷりしてもらうぜ」

「いっておくが、わたしは下衆な男は嫌いだ」

「おれには関係ないな」

「馬鹿な男も嫌いだ」

 ふたりで岩かげにかけ込む。

 一拍おいて、大伴御行が合流する。

「炎でなんとかならない敵というのは、まったく厄介なものですね」

「月では火よりも恐ろしいものがあるからな」

「かぐや様の剣をうまく使えればいいのですが。触ったものを溶かすという能力はとても便利ですからね」

「わたしの剣の腕がもう少し良ければ砲弾を切って捨てることもできるのだがな」

「その剣、私に使わせていただけませんか」

「……いまはダメだ。わたしも戦うのだからな」

 ふたたびかぐやを先頭に一行はつぎの影へと飛び込む。

 しかし、二回、三回とそれをくりかえしているうちに、敵兵は着実に接近していた。

「かぐや様、伏せてください」

 大伴御行が業火をあやつって、かぐやの後方に来ようとしていた兵士を焼きつくす。肉の焦げる匂いがした。

「……そろそろ砲撃がやむことでしょう。そうしたら、三人で固まって走ります。方向はわかりますね」

「ああ、問題ない」

「遅れるんじゃねえぞ」

 大伴御行の推測どおり、敵の兵士たちがが近付いてくるとあれほど降り注いでいた砲弾の雨がぴたりとおさまった。かぐやたちは稲妻のように岩かげから飛び出し、石上を筆頭に活路を開いて行く。

 生身の人が相手ならば、大伴御行の炎が通用する。

 そうはいっても海の波のように次々と押し寄せてくる敵兵は、もはや命さえも覚悟をしているようだった。先ほどよりも一層気迫をましている。

 石上にはじき飛ばされ、大伴御行の炎に包まれながらも、徐々にその距離をつめてくる。

 苦しい戦い。

 消耗戦ではない、一方的な攻撃。

 激しい動きに、ふさがっていた傷口が開き、肌を細い血が伝う。

「――はあっはあっ」

 大伴御行の体力はもはや限界だった。

 能力を使うのも、息を吸うように簡単にできるというわけではない。

 視力と引き換えに手に入れた鋭敏な神経を活用することでようやく成しえる、繊細な作業なのである。その炎を維持するだけの集中力はもう残っていない。

 間合いを詰められ過ぎた兵士の剣が、服の袖を切り裂く。

 もう炎を出すことはできない。かわすのが精いっぱいだった。

「大伴、気を抜くな!」

 真正面から振りかぶられていた剣に反応が遅れた。

 かぐやが飛び出して割って入る。剣をせり合う隙に、大伴御行が腹部へ蹴りをたたきこんだ。

「馬鹿もの、なにをしている」

「迂闊でした――申し訳ありません」

「……大伴、もうなにも感じていないのではないか」

「なに、かぐや様の気にすることではありません」

「真っ暗闇の世界では、心細かろう」

 かぐやは大伴御行の手をとると、片手に剣を構えて敵と向かい合う。

 大伴御行は驚いたように振り向いた。

「なにをなさって――」

「せめてこの手を握っていろ。わたしはもう誰も孤独にはさせない――それに、ラングネを救うにも、わたしが生き延びるにも、大伴が必要なのだ」

「――わかりました」

 力強く手を握り返す。

 あたたかい感触が、盲目の視界のなかでも、はっきりと伝わった。

「おい、ずるいじゃねえか、ひとりだけ抜け駆けしやがって」

 石上が目ざとくそれを見つけて、敵兵をはじき飛ばしながら寄って来る。

「せっかくだ、石上の肩にでも乗って戦うか」

「それも気に食わねえ」

「これが終わったらわたし自ら手当をしてやる。それでどうだ」

「おお! ずんずんやる気が出てきたぜ」

 自分自身に言い聞かせるように石上が大声で叫ぶ。

 なんども折れそうになる心を保つには、そうやって鼓舞しなければならないほど、追いつめられていた。地球で戦ったときには、救いが来るという希望があった。

 だが、いまは無限に湧いてくる敵しか目に入らない。

 絶望も、次第に消えていく。頭のなかはまっ白になり、夢中で戦うほかに手段はなかった。

 一瞬とも、永遠ともわからない時間が過ぎた。

 大伴御行がひざをつき、倒れこむ。

 すかさずとどめを刺しに来た剣をかぐやが受けるが、顔をしたたかに蹴られて地面に突っ伏した。血の生臭い味がする。石上が獣のような声を上げてかばいに入る。その背中を、二筋の剣が切り捨てた。

「あっ」

 焼けつくような激痛が石上を貫通した。

 巨体は、ゆっくりと崩れ落ちると、動かなくなった。

「大伴、石上!」

 動けるのはかぐやだけだった。

 蹴られた顔を赤く腫らし、切れた唇から血が流れ出ている。そのまわりを、無数の剣がおおった。

 ――その時だった。

「ルア様!」

 男の声がして、突然、周囲の人間がばたばたと倒れた。

 アリストス軍の恰好をした兵士が、味方を切り捨てていた。混乱した頭で考える。いったい、なにが起こったのか。

「ルア様、サントでございます。ただいまお迎えに上がりました」

 男はかぐやの前にひざまずくと赤い兜を脱いだ。

 細身の体に鋭い眼つきをした、初老の男がそこに立っていた。身体は無駄なく鍛え上げられ、実年齢よりもずっと若く見えるその人は、かぐやもよく見知っている人物だった。

「……サントか?」

「そうでございます。ルア様、よくぞご無事で……」

「――いったい何が起こっているのだ、わたしは夢でも見ているのか」

「とんでもない、夢などではございませぬ――ですが、ルア様にこのような怪我を負わせてしまったこと、悔やんでも悔やみきれません」

「どういうことだ。なぜお前がアリストスの服を着ている」

 かぐやが困惑しながら尋ねる。まだ現実だと頭が受け入れていなかった。

「それはあとでお話しいたしましょう。それよりも」サントは立ち上がると、ピクリとも動かないふたりの勇者に視線をやった。「こちらの方々は」

「サント、急ぎ治療を施してやってくれ。わたしなど構わなくていい、この者たちはラングネを救う勇者たちだ。失うようなことになっては復興はありえぬぞ」

「彼らが予言の勇者でございますか――重症です、すぐさま搬送しましょう」

「間に合うか」

「敵はもうすぐ撤退いたしますゆえ」

 サントがさっと手を上げると、アリストス兵が石上と大伴御行の身体をかかえ、近くの岩場へと運びはじめた。それと同時に、丘の上では噴煙が上がっていた。

「なにが起こっているのだ」

「奇襲をかけました。敵が警戒していた方角とは違うところへ迂回していたため時間はかかりましたが――おい、こっちだ」

 数台のジープがサントのもとへ近寄って来ると、なかから幾人もの兵士たちが現れ、慎重な手つきで石上と大伴御行をジープのなかへ運び入れていった。彼らはラングネの紋章のはいった軍服をまとっており、衛生兵も混じっているようだった。

 サントはかぐやの腕をとると、腫れあがった顔をじっと見つめた。

「ほんとうに、ルア様なのですね」

「夢ではないといったのはお前の方だぞ」

「よかった……本当によかった」

 サントはかぐやとともに、ジープのなかへ乗りこんだ。

 丘の上からはアリストス軍の姿が消え、代わりにラングネ軍の印をつけた兵隊たちが大歓声を上げている。盆地にたまっていたアリストス軍はなにが起こったかわからないままに同士討ちをし、逃げ惑うものもラングネ軍の兵士によって掃討されていった。

 ジープの進む方向はクレアの教えてくれた通りの方角だった。おそらく抵抗軍の基地へ行くのだろう。かぐやは、ふと意識が遠のいて行くのを感じた。視界が、真っ暗になった。

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