月の使者
「たいへん遅くなってしまい申し訳ありませんルア様、敵の監視の目をかいくぐるのに予想以上に手間取ってしまいまして。ラングネのみんなもルア様を今かいまかとお待ちしております」
平伏したまま女が口上を述べる。髪は短く、身長はかぐやと同じように小柄で、ほんのりと青みがかった洋服をきている。
かぐやは、弱った翁の腕を肩にまわして体重を支えながら、その小さな女性に声をかけた。
「クレアか?」
「もしかして、あたしの顔を忘れてしまったんですかルア様。あんなに仲良くしてたのに……」
しくしくと泣きはじめる。
地球に来てから半年余りが経って、長らく会っていなかったものだから少し自信がなかったのだが、いまのやり取りで確信した。この性格は変わっていない。
「――なにをしに来たのだ」
「なに、って、それはあんまりですよ。あたし死にそうな目に遭いながら地球まで来たんですからね。この船を操縦するの大変なんですよ」
「わかったわかった。愚痴はあとで聞こう。それより今は勇者たちを助けてやってくれ」
もっと適任な人材がいたのではないかと思うが、ケチをつけていられる場合ではない。巨大な飛行船が到着したことで誰もが唖然としていたが石上と大伴は負傷しているし、翁も自力で歩けない。とにかく今は一刻も早く戦場を離脱するのが最優先だった。
「え? 勇者ってひとりじゃないんですか?」
クレアが目を丸くする。
「――困ったなあ」
「なにか問題があるのか?」
「ルア様、勇者様って何人いるんですか?」
「ふたりだ、いちおうな」
「この船、四人乗りなんです。どうしよう、あたしとルア様と、勇者様たちを乗せたら、定員オーバーになっちゃいます。月まで帰れないですよ」
「お前をおいていけばよかろう」
「そんなあ。あんまりですよ、わざわざ地球まで来たのにルア様と離ればなれになるなんて、そんなにあたしのことが嫌いですか」
「……はぁ」
やはり人選ミスだ。とにかく、大伴御行と石上を救出しなければならない。大伴御行は舟がやってきた隙をついてこちらへ向かっているが、石上は敵と一緒に唖然としているようだった。
「クレア、その船に武器はどれだけ装備されている」
「えーと――さっきあの大男に使った小銃だけですね。基本的に戦うための船じゃないから。それに、地球人ってみんな大きいんですね、勇者様はもっと背が高いんですか」
無駄口は叩いていられない。
かぐやは大声で石上に呼びかけると、翁を船内へ運び込もうとした。背中で、小さなうめき声がする。
「離してくださいませ……」
「あまり無理に喋るな。体に障る」
「話は聞いておりました。私はここへおいていってください。いまは大伴様と石上様を月へお連れするのが先決にございます」
「そんな無理が通るか。この場に放っておくことなどできるわけがない」
「かぐや様」翁が強い口調になる。「この老いぼれを置いていくのと、月の人々を助けに行くのとでは、どちらが多くの命を救えると思いますか。目の前の小事にこだわっていてはいけません、ときには大局的な考え方をするのも必要なのでございます」
「いやだ。わたしはそんなことは認めない」
「いけません、このまま議論をしている時間がもったいのうございます」
「やだ」
「かぐや様!」
翁が珍しく語気を荒げると、かぐやは耳をふさいで首を横に振った。
「わたしはいったはずだ、死ぬなと。約束した。それを破るつもりか!」
「――申し訳ございませぬ」
翁がうなだれる。かぐやは力が抜け、放心したように座り込んでしまった。地面に接する翁の脚からは、先ほど大男に刺されたせいで出血が起こっている。
「ひとりで歩けぬようなものを連れていく余裕はございません。どうか置いていってくださいませ」
「あの……」
クレアがオレンジ色のカプセルを差し出した。小指の爪ほどの大きさのカプセルが二錠、手のひらで転がる。
「本当はルア様になにかあったときのために使おうと思っていたんですけど、よかったらこれ、飲んでください」
そういって強引に翁の右手に握りこませる。
翁は不思議なものを見るようにしげしげと蛍光色のカプセルを観察し、クレアの顔を見上げた。
「これは……?」
「薬です。あなたが何様か知りませんけど、ルア様の大事な人なら、あたしの大事な人ってことです。だから使ってください。これを飲めばたいていの傷は治りますから。貴重なんですよ、これ」
「クレア、この薬は?」かぐやが問いかける。
「舟に備蓄されていたものです。といってもこの二錠だけなんですけどね。月人の誰かがけがをしたときのために用意されていたみたいですけど、地球人が使っても大丈夫ですよ」
「そうか。ありがとう」
「やだなあ、ルア様とあたしの仲じゃないですか。もっと頼ってくれちゃっていいんですよ」
なれなれしげに肩を叩いてくるクレア。なぜだか今はすごく頼もしく見えた。
翁は薬を飲むのをためらっているようなので、翁の手からカプセルを奪い取って無理矢理口のなかに押し込む。うっ、といったん吐き出しそうになるのをこらえて、飲みこんでしまうと、翁は荒い息を吐いた。
「数週間もあれば完治して歩けるようになりますよ。それまでちょっと痛いかもしれないけど、まあ死ぬようなことにはならないと思います」
クレアが補足説明をする。
翁は驚いたようにクレアのことを見つめていたが、目からぽろぽろと涙がこぼれはじめた。
「え、ちょっと、なになに。やっぱり副作用があった?」
「かぐや様を、よろしくお願いいたします」
「え?」
あっけにとられるクレアをよそにかぐやは翁を担ぎあげ、船内に連れていく。大伴御行も追い付いて来て、転がりこむように飛行船へ乗りこんだ。体中に切り傷や刺し傷があふれている。致命傷はないようだったが、戦うのは相当辛かったにちがいない。
飛行船の内部にはいくつも機器があり、ランプから光を放っていた。前後二席ずつの構成で、前の方の座席はコックピットになっており、操縦桿やスピードメーターも搭載されている。船体は透明ではなかったが、内部からは外の様子がのぞき見ることができる。
「定員オーバーになっちゃいますよ」
クレアが苦言を呈しながら操縦桿を操作し、船体がふわりと浮きあがりはじめる。
地上から弓が数本ばらばらと飛んできたが表面に傷をつけるだけでたいした威力にはならなかった。船体の横にあるドアがゆっくりとしまっていく。
「ルア様、もう一人の勇者様はどうするんですか?」
「石上を救出しつつ安全な場所にまで飛ぶことはできるか」
「あまり遠くにはいくことが出来ません、せいぜいこの山を降りるくらいが限度です」
「それで十分。石上を途中で拾ってから翁を三山村に搬送し、そのまま月に向かうぞ。クレア、やってくれるな」
「ちょっとばかし乱暴な手段になりますけど――それでよかったら、行きますよ。つかまっててください」
舟が浮上をはじめる。
同時に下方向へ引っ張られるような力を感じ、舟のむこうの景色が小さくなっていく。翁は息をのんでその光景を見守っていたが、舟が動きだすと座席の端をぎゅっとつかんだ。
「これは沈んだりはしないのでございますか」
「壊れれば沈む。だがまあ、地球の兵器ならば大丈夫だろう。都人の科学力は信頼できるからな」
「はあ」
頭では理解しても本能的な恐怖はなかなかぬぐい去ることができず、翁は落ち着かなさそうにしきりに足を前後させている。同じ地球人の大伴御行は外の景色を観賞しているような余裕はなく、小さく荒い息をしながら椅子にもたれかかっていた。
その様子を見かねたかぐやがうしろから声をかける。
「大丈夫か」
「死ぬような傷ではありません、それに多少は常人よりも丈夫になっているようですから、手当をしなくとも平気です。それよりも早く石上を助けてやってください。わたしよりもずっと体にこたえる戦い方をしているはずですから」
「ルア様、勇者様ってあの大きな人ですか?」
木の高さほどの上空から石上を視認したクレアがかぐやに向かって尋ねる。
全身に傷を負った大男は舟が到着したのを見ると、ぼんやりとそれを見上げていたせいで敵のなかに取り残されている。しきりに伝令のためのほら貝の音が鳴り響いている、敵も異常を感じ取ったのだろう。急がなければいけないようだった。
大伴とかぐやという標的を失った敵は、石上に集中している。
彼のまわりには人しかいなかった。隙間という隙間から槍が繰り出されているのを、どうにかしてかわしているのが現状である。
「そうだ。どうやって助けるつもりだ?」
「フックを引っ掛けます。ちょっと荒っぽいですけど、見たところ頑丈な人みたいですし、すこしくらいなら大丈夫ですよね」
「ああ、遠慮なくやってくれ」
「それでは――」飛行船はのろのろとした速度で石上のほうへ近づいていく。クレアがなにか操作をすると舟の下方にかぎ状の突起が飛び出し、地面に垂れさがった。
「ほんとは地上のものをサルベージするための装置なんですけど。うまくいくかなあ」
などと不安になるようなことをつぶやきながらクレアは舟を進めていく。月光を遮るように飛行船の影が視界に入ると、敵兵はみな一様に上空を見上げて唖然とした。
これにはようやく石上も状況を把握して、ひとりの兵士の肩に飛び乗ってフックをつかむ。その拍子に船体が大きく揺れたが、どうにか持ち直して飛行を続けた。
フックを船内へ引き上げる。
魚釣りのように石上が一緒に船内へ転がり込んだ。生々しい血のあとが壁のあちこちに付着する。それを見たクレアが眉間にしわを寄せた。
「ちょっと、汚さないでくださいよ」
「――すげえな、ここは。まるで天国にいるみたいだ」
「ちょっと人の話聞いてるんですか。勇者様とはいえ今のあなたはお荷物なんですからちょっとは自重してくださいよ」
「雲に乗っているのか。いや、ひょっとしたらおれは死んでいるのかもしれないな」
「ちょっと!」
「すこし放っておいてやってください。死線をくぐりぬけて興奮してるんです。もとから頭の足りない部分が多々ある男ですから、混乱しているのでしょう」
「それにしてはあなたは冷静なんですね」
「考えることくらいしかすることがありませんからね。これからは私が翁の代わりになって行かなくてはなりません、すこしは頭を使ってやらないと」
ふう、と大きく息を吐きだす。
「かぐや様にお怪我はありませんか」
「かすり傷だ、心配するな」
先ほど手足を縛られたときにうけた擦過傷があるが、じゃっかんひりひりするくらいの痛みで、まったく問題はない。それよりも翁のほうがずっと重症だった。
着物をさいてふとももを圧迫し止血を行う。だが、包帯がわりの着物はすぐに赤く染まってしまう。
「薬は利いているのか?」
かぐやが焦りながら聞く。
舟は緩やかに山の斜面に沿って下降しはじめている。村までは数分とかからずに到着するだろう。うしろから敵兵もおってきてはいるが、空を飛ぶ相手をつかまえることなど不可能だ。
「即効性のタイプじゃありませんから、ちょっと時間がかかります。あたしの見立てだとそれまではもつでしょうね。痛いとは思いますけど、我慢してくださいな」
「そのくらいは堪えられます。なに、すこし足をくじいたようなものです」
翁が強がりをいう。額に浮かんだ汗が引いて来ている。死ぬ傷ではない、という安心感が体を包んでいた。
「では、これから月へ向かうのですね」
三山村へ戻り、つかの間だが月の船を着地させる。村のなかにいたはずの兵士たちは総攻撃にそなえて山中へ移動していたようで、いまは村人たちの姿しかない。
豊作だった稲穂は戦がはじまってから大急ぎで刈りいれられ村の端にある木造の倉庫のなかに押し込んである。そのため田畑は少しさびしげな、うす茶色をした稲の茎が水面に顔を出しているばかりだ。村は閑散とした殺風景な田園になっていたが、村人たちには怪我もなく、略奪も行われていないようだった。
翁を船からおろし、嫗に介抱をまかせる。
他の村人たちは月の船を見かけてぞろぞろと家から出てきたが、手には各自こん棒などの粗末な武器を持っており、なんだか物々しい雰囲気を醸し出していた。
「そうだ。いままで世話になったな」
かぐやが嫗に礼を言う。
敵が山の斜面を下っている足音が聞こえてくる。残された時間はさほどないようだった。
大伴御行と石上は舟のなかに残ったままで、クレアが従者としてかぐやの近くに待機している。興味深そうに地球の景色をながめたり人を観察したりして、あまり役には立っていなかった。
「かぐや様が来てからというもの、とても楽しい時間でございました。まあ、大変なこともございましたが、それ以上に私どもにとっては嬉しいことばかりで――こんな話は失礼かもしれませんが、まるで我が子を見ているような心持ちになっておりました。その子どもが、大志のために旅立つのだから、これより喜ばしいことはございません。どうかお気をつけて」
涙を浮かべ、嫗が別れの言葉を告げた。その横で嫗の肩につかまりながら、翁も片足立ちでかぐやの顔を優しげに見つめている。
翁とのあいさつはもう済ませたつもりだったが、去り際になるとどうしても足りないような気がしてきてしまって、自然と足が重たくなる。
「ふたりとも、このような厄介者の世話をして大変だっただろう。月の民でもないあなたたちを利用してしまったこと、すまなく思っている」
「滅相もございません。かぐや様に助力したのは私どもがしたくてやったことでございますから、お気になさることはございません」
「だが、なんども命の危機に追いやってしまった。それは私の責任だ」
「この年齢になってようやく誰かの役に立てたのでございますから、これでなんの悔いもなく寿命を迎えられるというものです。かぐや様との思い出は、死んでも忘れることはございません」
嫗は、着物の袖から大切そうに小さな赤色の袋を取りだした。
かぐやの手のひらに収まる程度の大きさで、表面にはなんの刺繍もされていない。
「御守でございます。神社にもいけなかったので御利益はうすいかもしれませんが、どうか――」
「ありがとう。わたしからはなにも渡せないのが口惜しいな、クレア、なにか持っていないか?」
「えー、さっきあげた薬くらいしか持ってませんよ。こう見えても余計なものを用意してくる余裕なんてなかったんですから」
クレアが唇をとがらせる。
かぐやはすまなそうに嫗からもらったお守りをふところにしまった。
山の中腹から怒声が聞こえてくる。帝の軍隊が山を下っているのだろう。昇り旗がいくつも揺れながら移動しているのが見えた。
「そろそろ行かなくてはならないようだな」
「遅れないうちに、お早く」
「ああ」
クレアに催促されてかぐやは舟に乗りこんだ。
船内から見る景色は、地上からのものと変わりはなかったけれど壁一枚を隔てただけでどこか違う世界に来てしまったような錯覚に陥る。
「もうお別れはよいのですか」
大伴御行が声をかけた。
相変わらず傷だらけだが、辛くはなさそうだった。
「お前たちこそもう地球には帰って来られぬのかもしれないのだぞ。名残惜しくはないのか」
「かぐや様のいらっしゃるところが私の居場所ですから。どこかへ旅立つのもかぐや様と一緒ならなんてことはありません」
「そうか――」かぐやは赤いお守りを握りしめる。「だれも死ななくてよかった」
「……ルア様、発進いたします」
「わかった」
ゆっくりと目の前の光景が下へ消えていく。かわりに大きな満月をかかえた夜空が近付いてくる。浮上すると、山のあちこちにかがり火の焚かれているのが見えた。
火がとくに集まっているのが帝の居場所だろう。かぐやは眼下をのぞきこむように視線をやった。
「なあ、石上」
「なんですか」
「帝とはどのようなやつだったのだ?」
「……おれには想像のつかないくらい孤独な人だ。だからああやって不器用に人を求めることになっちまう、自分から行動を起こしたのなんて初めてなんじゃないのか。それだけあんたがすごいってことさ」
「そうか……」
脅迫もされ、一度は屈服もした。
だが、どうしても憎む気にはなれない人だった。勇者かもしれないという期待を長く抱きつづけたせいかもしれない。どうであれ、もう出会うこともないだろう。そう考えるとひどく残酷な仕打ちも色あせた。
地表が小さくなっていく。
鬼火のような光が徐々に遠ざかり、山の輪郭さえもおぼろげになる。月光に照らされた地上は暗かったが、あちこちに人の痕跡である火の色が確認できる。
「すげえもんだな」
石上が感心しながら、圧倒的な景色に見入っている。
まるで子供のように無邪気な口調だ。
「どのようなものですか、鳥の目線というものは」
盲目の大伴御行が少々、物悲しそうな声色で誰ともなくたずねた。周囲の気配を感じることはできても、鮮明な映像を感知できるわけではない。石上がしきりに歓声を漏らすのを聞くことしかできないのだ。
かぐやはほの白い月の光から目をそらすと、大伴御行の横顔を見る。
紅いふたつの目が、まるで生きているように動いている。
「寂しいものだな」
「だから、地上に舞い降りるのでしょうか」
「そうかもしれないな。鳥になど、なりたくないものだ」
さらに山肌が離れていく。
湖のようなものが見えはじめる。琵琶のような形をしていて、ほんのりと光を反射していた。
「――となると、京の都はあのへんだな。たしかに明るいや。おれの家は見えねえか」
「ほとんど光が見えないな、どこでもそうなのか?」
「都の近くでもなけりゃ、そんなに栄えてるところはねえよ。みんなあの村みたいなもんだ」
「月とは大違いだな」
「そんなに繁栄したところなのか、月ってのは」
「少なくとも、地球よりはな」
巨大な湖が小さくなり、いくつかの島々があらわれ出る。大きく分けて四つだが、そのころになるとほとんど闇に包まれてしまい詳細なことは分からなくなる。
そこまではあまりになめらかで、うっとりと光景に見とれていられたが、黒ばかりが視界に広がるようになると様々な考えが頭をめぐりだす。
「ルア様、お腹すいてませんか」クレアが操縦桿を握りながらいった。「オートパイロットになったので手があくんです。簡単なお食事くらいなら用意できますけど」
「おお! 腹が減って仕方なかったところだ!」
石上が歓喜の声を上げる。
「あんたにはいってない――ルア様、この人ホントに勇者様なんですか。気品みたいなのがまったく感じられないんですけど」
「失礼な! おれ様は正真正銘の選ばれし勇者だ! ――どういうわけだかよくわかんないんだけどな」
「クレア、あんたも同じくらいのレベルだと思ってるから」
「そんなあ」
クレアはコックピットから離れると、舟の後部にある壁面を操作する。いくつかボタンを押すと、壁の表面が割れて棚が出現した。なかにはいくつかの銀色のチューブがはいっている。
おもむろに人数分を手に取ると、クレアは一人ずつチューブを配る。適度に冷えた感触が、心地よかった。
「どうやって食うんだ?」
石上が不思議そうにチューブをながめる。
「ふたを開けて飲んでください。ほら、かぐや様みたいに」
すでに慣れた手つきでチューブを口にくわえている。中身は半液体のジェルのようなもので、甘ったるい味がした。大伴御行とクレアもその味を楽しんでいる。
石上だけが最後まで苦戦していたが、クレアにチューブをあけさせて美味しそうにありついた。
「月に到着するまではどのくらいかかるのですか」
大伴御行が質問する。
チューブはすぐに中身が空になってしまったが、不思議と空腹感は薄れた。
「だいたい半日くらいです。何事もなければ」
「では、その時間にいくつか聞いておきたいことがあります。月の国について、そして、かぐや様のことについて――」
クレアが、ちらりとかぐやのほうを見る。
かぐやはしっかりとうなずきかえした。
「わたしは、ラングネ国の第一皇女、かぐや・ミリーナ・ルアとして生まれた――」