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2−4

 高僧たちが纏う白いローブの上から更に頭全体と首までを隠すベールを巻いており、小さな顔だけが露出している。

 その顔は、多忙な身だというのに、一切の疲労を感じさせない微笑みを湛えている。


「お久しぶりですリラエン様。本日は急な欠席となり申し訳ありませんでした」

「良いのですよ。今元気そうならなによりです」


 リラエンは、皆に平等で優しく、偉ぶらない。

 聖樹教教徒の格付けの中での特権枠【天位】にいる人物だとはとても思えない程だ。叔母か祖母のような、身近で親しみやすい存在だと錯覚してしまう。

 慈善活動に加え、そういう振舞と雰囲気が大陸中の民から愛され、聖樹教教徒が爆増する要因になったのだろうとアドラは改めて思った。


「がんばり屋の貴方の事ですから、ちょっと無理してしまったのでしょう?」

「そんなことは……」

「ブレイディも心配しておりましたよ」

「だ、大丈夫です。先生こそ無理しがちなのですが」


 とんでもない量の面倒事を背負い込んでは、気合と根性で何とかしてしまう自分の恩師を思い返してしまった。

 現在は慈善隊の第一線を退き、エーグの教会で穏やかに働いているが、定期的にリラエンと手紙のやり取りをしているらしい。


「……それで、僕に話があったと伺ったのですが」

「そうなの。ちょっと待っててくださいね。色々準備しますから」


 リラエンは対談用にと小さな机と丸椅子を引っ張り出して来た後、お茶を淹れ始める。


(手短には終わらなさそうだ……)


 穏やかな態度は崩していないが、少し込み入った話になるのだろう。

 アドラは丸椅子に座って背筋を伸ばした。小さな机にティーカップが二つ並び、柑橘系の香りがふんわりと倉庫の中に漂っていく。


「さて、アドラ。貴方に救国騎士率いるエステリア騎士団から、タシャ国討伐戦への同行依頼が来ています」


 思わずティーカップを取ろうとした手がピクリと震えた。

 脳裏にはスピネルの薄ら笑いがじんわりと浮かび上がって来る。

 リラエンに昨日今日の出来事を打ち明けてしまいたかったが、そうしてしまえば彼女はどうなってしまうかわからないし、タシャはカデンスのように跡形もなく滅ぶ。

 言葉を長いため息に変えて、何とか魔が差す事を防いだ。


「断る事も可能ですが」

「いえ……問題ありません。承知致しました」


 慈善隊総隊長のリラエンに話を持ち掛けて、正式な要請として周囲を納得させる名目を作る。

 更に追加でリラエンを人質に取りアドラの発言を制限してくる。


(……クソが)


 人を盤上遊戯の駒だとしか思っていなければできない所業だ。

 腹が立ってくるがリラエンの前で取り乱すわけにはいかず、アドラはとりあえずお茶を呷った。


「……詳しくは尋ねません」


 リラエン断片的にだが、察していた。

 アドラが復讐心を口に出さずとも、彼の出自については答辞慈善隊の一員だったブレイディから報告を受けており、エステリアの侵攻により悲惨な目にあった事も知っている。


「ですが、貴方が行くと言うのでしたら止めません」

 

 強い決意と覚悟があっての選択なら、止める権利はない。

 聖母の立場上応援はできないが、エステリアや聖樹教にとって良くない事として咎めなどはしない。


「どうか、貴方の心がより安らぎ、報われる結果が訪れますように」

「ありがとうございます。リラエン様」


 リラエンはアドラへ、祈りを捧げた。

 祈りだけでも充分で、とても頼もしい。アドラは深く頭を下げ、心から感謝を述べた。

 怒りで淀みかけた思考が、大分鮮明になったような気がする。


(……結局行く事になるのなら、少しでも救助の手段を考えねば)


 足踏みしている場合ではない。タシャとの戦いまで日は残されていないはずだ。


「……あらまぁ、もしかして待っている方々がすごい事になってたり?」


 開けっ放しだった窓からざわざわと喧噪が聞こえてくる。

 慌てて外を確認してみると、聖母待ちの列が中庭を横断しかけているのが見えた。


「では、僕はもう行きます。お話出来て嬉しかったです」

「もっと明るい話題も話したかったけれど、それは戦いが終わって、またの機会に。」


 通例として、侵攻に参加した騎士や高僧には、一週間程度の休暇が与えられる。

 その休暇中にまた大聖堂へ立ち寄れたらと、リラエンは微笑んだ。


(明るい話題もあるのか)


 気になるが、タシャとの戦いをやり切った後の楽しみにしよう。

 アドラはリラエンへ一礼した後、窓から颯爽と飛び降りた。

 ストッと綺麗に着地して、次の仕事の事を考えようとしたところで――。


「改めて、引き受けてくれてありがとう」

「……っ⁉︎」


 突如スピネルが目の前に現れた。

 影から湧き出てきたかのように静かで、全く気配が無かった。アドラは本気で驚いて固まってしまう。


「そんなお化けでも見たみたいな反応しないで。後でって言ったよね? 迎えに来たんだよ」


 恭しく手が差し出される。

 態度だけは穏やかだが、拒否権は無い。

 アドラは怒りに身を任せスピネルの手を思いきり叩いたが、振り抜く前に捕らえられる。


「騎士棟へ、一緒に行こう」


 骨を潰さないギリギリの力でアドラの掌を握り、絶対に逃がさないという意思を込めつつ、スピネルはアドラへ微笑みかけた。

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