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2−2

 汚れていたローブを含め、纏っていた服一式は剥ぎ取られ、スピネルのシャツとスラックスを与えられている。

 口には白術と自害防止の猿轡。手足には枷がつけられ、頑丈なベッドのフレームに括りつけられていた。

 今はスピネルの白術と痛み止めで多少落ち着いており、何とか拘束から抜け出そうと足掻いている。


「さて、早速だけど、最初の復讐に取り掛かろうと思うんだ」


 猿轡を外された瞬間、アドラはスピネルの首筋へ噛みつこうとするも、拘束のせいでギリギリ届かない。

 顔だけが近くなり、満足気なスピネルの吐息が肌に当たる。


「一人で……やれ……」

「キミがいないとダメなんだよ」


 二人の答えは変わらない。

 アドラは怨敵の野望に協力するつもりはなく、スピネルはアドラと共に復讐を成し遂げるつもりだ。

 膠着状態を打破するべく、スピネルは次なる一手を提示する。


「近々、シグザパルの分隊……タシャ国の兵士たちとの戦いがあってね。そこで復讐を決行予定なんだけど」

「……タシャ」

「そう、カデンスの元お隣さん。今シグザパルの一員なんだよ」


 タシャはカデンスと文化が近く、領内に美しい渓流が存在する長閑な国だ。

 エステリアの侵攻を受けるのも時間の問題だと考えてはいたが、今もう来てしまったかと、アドラは唇を噛む。

 いくらシグザパルの一員になって充分な物資の支給があり、慣れた土地で待ち伏せや罠を駆使したとしても、救国騎士やエステリアの大型兵器には恐らく叶わない。

 兵士たちが全滅した後は、戦う術を持たない民たちの番だ。


「キミは、彼らの言葉がわかるだろう? 彼らに色々伝える事ができるのではないかな?」


 例えば、良い逃げ道だとか。

 悪魔が囁く。思わず緋色の瞳を見つめてしまった。


「……っ、誰一人逃がすつもりなどないくせに何を」

「私は最善を尽くすけど……キミも最善を尽くすならどうなるかわからない。

 戦いで少し手伝ってくれた後は、敵を逃がすなり治療するなり、好きにして良いよ……どうする?」


 救助対象を選ばない慈善隊が、エステリアの侵攻から逃れた敵兵をこっそり助ける事はままある。

 アドラさえいれば、兵士の誰か一人でも逃げ帰る事ができるかもしれない。

 そうすれば、帰りを待つ民たちの多くを助けられる可能性がある。

 地理や言語に詳しい自分が行くのなら――。


「人の命を弄ぶな……!」

「承諾という事でいいね?」


 タシャが、カデンスの二の舞になる事を防げる。

 スピネルは冷淡で合理的だ。

 とても幸せそうな笑顔を浮かべながら、アドラの心の傷を的確に抉って、欲しい答えを引き出す。

 

「何故僕なんだ! 僕を巻き込まずとも、お前は勝手にやり遂げられるだろう!」

「そうだろうね」


 苦し紛れの質問に対して、スピネルの笑顔がほんの少し陰った。


「でも……私にだって、誰と共に成し遂げたいか選ぶ権利はある。あって良いはずなんだ」


 言葉はいつも通り穏やかに紡がれているようで、微かに震えていた。


(……何だ?)

 

 今の言葉で、何が彼の心の琴線に触れたか全くわからない。

 だが、確実に違和感がある。明確な答えが返ってこなかった事よりも気になってしまう。


(人の心など無いように振舞っておいて何を……)


 アドラは追及を止めてしまった。

 しかし、いつの間にかスピネルが手にしていた物を見て――。


「……何故それを?」


 違和感など、すぐに消え去ってしまった。

 

 スピネルの大きな手には、よく知っているナイフがあった。

 鞘には花と狼が描かれ、柄尻には深い緑が潜む琥珀。

 その意匠は忘れるはずがない。


「君が白術を混ぜ込んだ毒は、カデンスの狩猟用のものだ」

「何故それをと聞いている!」


 姉、ワキアの仕込みナイフだ。

 あの家と姉と共に、燃えて無くなってしまったと思っていた物が、何故か宿敵の手の中にある。


「君の手掛かりになると思ったから、大切にとっておいたんだよ。

 ……ワキアは優れた兵士であり、狩人だった。自分が利用する毒の解毒剤をちゃんと持ち歩いていたんだね」


 確かにワキアは笑いながら「こういう使い方で良いのよ」などと言っていた記憶もある。

 毒は矢だけに塗れば良いし、この国に暗殺したい相手なんていない。敵がいたとしても、自分は強いから正面から討ち取れると、呑気に。


「流石に中のは古かったから新しく作らせたけど、薬入れとして使わせてもらってるよ」


 スピネルはワキアにしか知り得ないはずの細工を慣れた手つきで開けて、中から瑠璃色の丸薬を一粒取り出した。

 それを今にも殴りかかろうとガチャガチャと藻掻くアドラの目の前に持って行く。


「返せ!」

「大丈夫。全部終わったらちゃんと返す」


 わざと神経を逆立てる選択をしているようだ。怒り狂うアドラの顔を見て、スピネルは愛おし気に目を細め、頬を染めた。


「ほら飲んで? これで暫くはまともに動けるようになるよ」


 私が保証すると伝えながら、スピネルの歯が当たる位置まで指が近付く。

 丸薬を口内へ迎え入れた瞬間、アドラは思いきり噛みついた。

 このまま噛み千切ってやろうと更に力を籠めるものの指は退かない。


「……っ⁉︎ ふっ……ぅ」


 それどころか、逆に喉奥まで強引に押し進められた。

 生理的な防御反応で身体が跳ね、苦しくて堪らなくなるが、既に頭の後ろに手が回っていて逃げられない。


「んッ……!」

「いい子だ」


 喉元がごくりと動き、丸薬が収まった事を確認して、指はようやく抜かれた。

 アドラが激しく咳き込んで動けなくなっている内に、枷を外していく。


「預かった服は衝立にかけてあるから、動けるようになったら好きに出て行って。

 ……あぁ、ここにいてくれてもいいよ」

「……っ」

「ではまた後で」


 スピネルはいつもの笑顔の仮面を被り直して、何事もなかったかのように次の仕事へ向かっていった。

 

 その背が消えるまで、アドラは射殺すような視線を向け続ける事しかできなかった。

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