2−1
――救国騎士は、強く凛々しい騎士の憧れ。
基本は人間ではあるが、救国騎士であり続けるためには定期的な【調整】が必要不可欠だった。
大聖堂地下の研究棟、専属医であるヴォルリヒトの部屋へ赴き、透明な棺のような測定器へと繋がれ、様々な数値を見られる。
身体の内に流れる聖樹の魔力に異常はないか、感情や思考は救国騎士らしく、正しく働いているか。
正しく戦闘機関として機能するのか。
――微かな乱れも許されない。
「……毒とは聞いてたけど、まさか救国騎士の身体がここまで壊されるとはね」
「業務には支障ない」
「えぇー? 本当は酷く痛むんじゃないの? 筋肉と内臓が壊れた端から治されての繰り返しじゃん?」
「白術でも緩和しているし、我慢できる程度だ」
「うっそぉ……」
涼しい態度のスピネルとは対照的に、ヴォルリヒトは神妙な顔で身体を捩じらせている。
心配と責任と好奇心で身体が内から弾けそうになって、珍妙なポーズに繋がっている。今日のは中々だと、スピネルは他人事のように思った。
そして、いつも通り酒臭い。作業机には当然の如く酒瓶がどんと置かれている。
かつては金髪碧眼の美青年として鳴らしていた容貌は、やつれてしまって見る影もない。白衣とシャツは酒の染みが点々とできており汚らしい。
ヴォルリヒトがとてつもなく優秀で、聖樹教に不可欠な研究者だから見逃されているが、本来はすぐにでも病院にかかるべき重症者だ。そうは思うもののスピネルは特に忠告しなかった。
「頼んだ解毒剤は?」
「って言ってもさぁ。それでも消しきれないんだよ~」
震える手で引き出しから薬瓶を取り出す。中には瑠璃色の丸薬がぎっしりと詰められていた。
スピネルは一粒呑み込んだ後、残りの中身を自分の用意した薬入れに移し替える。
「なぁにそれ? ナイフ?」
「うん。お土産」
ヴォルリヒトの質問を適当にいなしつつ、薬をスラックスのポケットへしまい込み、その上から救国騎士の鎧を着込んだ。
「参考があったから何とかできたけど、本当に必要な薬草はカデンスと共に滅びているからね。
これはあくまで毒を一週間封じ込める薬と考えておいて」
成分を分析し、白術と近縁種の薬草を組み合わせて作り上げてみたものの、短期間では完全な解毒までは不可能だった。ヴォルリヒトは思わず舌を巻いてしまった。
この毒を作り出したアドラは、これほどの練度に至るまでどれだけの時間を費やし、復讐心を滾らせていたのか。
「協力してくれそうなの?」
「せざるを得なくした。毒と祝福を移したからね」
「……うわ。えげつない」
「譲渡機能を興味本位で搭載したのは誰だったかな」
「オレぇ……こんな極悪な感じに使われるとは思ってなかったけど」
その上でスピネルは、アドラを利用しようとしている。
合理的な理由と、個人的な興味で。復讐に身を焼かれる心をまるで理解せず、意のままにしようとしている。
ヴォルリヒトは顔も知らないアドラへ同情してしまった。
「もう行くよ。数値は適当に誤魔化しておいて。再検査の時間はない」
「わかった……おい、スピネル」
何か言いたげなヴォルリヒトを無視し、スピネルは部屋から出て行った。
酒瓶を煽る音がかすかに聞こえて来るが、構っている暇はない。
彼が何を思い、何を口にしようとして噤んだのか、推測だけはできる。彼とは長い付き合いだ。
(がんばれよ……すら言えない臆病者)
小さい頃からの思い出を巡らせていくと、言いたい言葉は次々と浮かんで、泡のように弾けていく。
好奇心を全く飼い慣らせない故の天才。故に、時に人心を蔑ろにしてでも、心を満たそうとする。
だというのに、蔑ろにした相手が悲しい顔をすると、即座に自身の罪を理解して酷く不安定になる。
酒で摩耗していく現状こそ、スピネルがヴォルリヒトに贈る小さな復讐だった。
(優しいのも難儀なものだ)
感情に振り回されていると理解しながらも、感覚はわからなかった。
溺れるような苦しさなのか、焼かれるような痛みがあるのか。想像して、大した事ではないのかもしれないと断じてしまう。
(……廊下へ行かねば)
昇降機に乗り込み、高僧たちが行きかう大聖堂一階へと向かう。
(これが終われば、楽しい時間が長く取れる)
恐らくすぐにでも自分を発見し、駆け寄って来る――。
「救国騎士様」
予想通りだった。アドラの隣部屋であるロイが、おずおずと話しかけて来る。
「何か御用かな?」
「あの、灰色髪の高僧って……アドラの事でしたか?」
昨日、適当な高僧を捕まえて噂を流した時、ロイもその場にいた。彼の派手な青髪はよく印象に残っている。
友人想いの彼ならば、昨日から帰ってきていないアドラについて、必ず尋ねて来るだろうとスピネルは待ち構えていたのだ。
「あぁ、彼で間違いなかった。会えたのだが具合が悪そうでね、近くの病院へ運ばせてもらったよ」
「え、でも、そんな事聞いて……」
ロイはそこまで言って、ハッと口を噤んだ。
「いや、何でもありません。失礼しました」
「問題ないよ。何かこちらに情報が入って来た際は、君に伝える」
「ありがとうございます!」
これで良し。後は勝手に彼が体調不良を言いふらしてくれるだろう。
一礼して仕事に戻っていくロイを見送りながら、スピネルは再び昇降機へと向かっていく。
(……彼は情報通のようだ)
大聖堂はエステリアの王都を取り囲む大平原の北側に聳え立っている。
最寄りの病院は王都になるが、歩けば半日はかかる距離であり、馬車が必須だ。
本人が宣伝で言いふらしている【ルコーチ送迎社】は規模こそ小さいが、エステリアでは一番の老舗。
馬車ギルドどころか商業ギルド全体で見ても五本指に入る程古くから存在し、王族と懇意にしているという噂もある。
(大聖堂を出入りしている馬車の情報なら耳に入るか)
あの青頭の中には、有益な情報が沢山詰まっているのだろう。
だが、言いふらす内容はちゃんと選んで、上手く立ちまわるために活用している上に、不必要に人を陥れるような事はしない。人を安心させる情報だけを流している。
スピネルは浮かれた気分のまま笑っていた。
昇降機の到着ベルが鳴り、最上階で降りた後は、突き当たりにある自室へ。
家具は黒で統一され、そのどれもが高級品。だが、装飾や絵画といった趣味がわかるものは一切なく、暖かみが全く感じられない部屋だ。
いつもは一人しかいない部屋に、ガチャガチャと、鎖の擦れる音が響いている。
「キミは、良い友人に恵まれているね」
巨大な天蓋付きベッドに拘束されたアドラへ、スピネルは笑い掛けた。




