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「んぐッ……ゴボッ……!」


 一瞬だけ喉元が解放された瞬間、アドラは反射的に息を深く吸ったが、咽込む事になった。


(血……⁉︎)


 アドラは再びスピネルを退けようと暴れるが、顎を固定され、更に血を流しこまれる。

 吐き出す事を許さず、かといって窒息する事も許されない。アドラが血を嚥下したのを確認して、ようやく唇が離れた。


(毒を、移された……?)

「アドラ、取引をしよう」


 混乱と窒息で動けないアドラへ、再びスピネルの顔が迫った。

 緋色の瞳はやはり底が見えない。だが爛々とした光が躍っている。


「私の復讐を手伝ってほしい」


 アドラは目を見開く事しかできない。


「な、に……復讐……?」

「キミはきっと賛同するよ」


 目の前の男を殺せればアドラとしては充分だというのに、何を求めると言うのか。何をそんなに嬉しそうに語るのか。

 理解不能で思考が止まってしまう。


「エステリアを、共に滅ぼそう」

 

 まるでダンスの誘いのように、気軽に切り出された提案は実に重く――。


「それが終わったら、私を殺してもいいよ」


 アドラを揺るがす内容だった。


「なにを、馬鹿な事を……!」


 エステリアは確かに憎い。聖樹教を使い暴論を振りかざして侵略行為を働く現状は、許し難いと思っている。

 だが、民は別だ。今、自分がここにいるのは、彼らのおかげだ。

 実際に命からがら生き延びたアドラを助けてくれたのは、エステリアの民であるブレイディだ。ロイのようなお人好しも、下働きの少年のような未来ある若者も沢山いる。

 復讐心が鈍るからと過度ななれ合いは避けて来たが、それでも善良な、不幸に見舞われるべきではない人々がいるとは知っているのだ。


「ぼ、くは、お前さえ殺せれば」

「キミの身体には毒と、不死身の祝福を移した」


 思わず耳を疑った。毒の事は理解できたが、祝福とはこうも簡単に移せるものなのか。

 驚いている内にも、じわりじわりと毒が身体を焼いていく痛みが増していく。


(これは、誤算だ……)


 何十、何百と復讐の想定して、自分の毒で逆に殺される事も考えてついていた。

 しかし、ここまで悪趣味な方法で、祝福と組み合わせて、拷問の手段とされる事は想定外だった。


「ガフッ……⁉︎」

「このままだと、死ぬ事もできずにずっと苦しむよ?」


 抑えつけられたまま血を吐き出し、白いローブを汚していく。

 喉元で留まる血が更に呼吸を狭め、苦しさが増す。

 いつか身を焼いた炎が、今度は身体の内に燃え移ってしまったかのような激痛で、身を捩る事も難しい。

 そして、祝福が発動しているのか、和らぐ瞬間が一定間隔で来る。


(気が狂う……)


 復讐が終わった後は遅かれ早かれ死ぬつもりでいた。解毒剤など準備していない。白術を使おうにも今は詠唱が叶わない上に、治癒できるかもわからない。

 痛みには強い自負があったが、かなり厳しい状況だとアドラは悟った。

 祝福のせいで自害もできないだろう。

 苦しみから逃れるためには、スピネルの要求を呑むしかない。

 

(冷静に考えれば……頷くべきだ……)


 彼の復讐さえ終われば、改めて自分を殺して良いと、破格の条件まで提示されているのだ。

 待てば必ず、機会はやって来る。

 そう、理解しているが、ふと姉の顔が過った。


 ――姉さんは、どうすべきだと言うだろう……?


 聡明で心優しいワキアならば、思うところがあっても最終的に、きっとアドラの選択を咎めないだろう。

 常にアドラを信じ、愛して、存在を祝福していた。

 貴方なら、きっと大丈夫だからと。

 

「こと、わる……」


 アドラは血を吐きながらも、ニヤリと笑って見せた。


「お前の言いなりになど、なってたまるか」


 これは意地だ。

 カデンスの二の舞のような、無辜の民を増やすような事に、加担などしない。

 怨敵が苦しみ続け、願いが叶わないのならそれで良い。

 死ねないまま、苦痛で精神が壊れてしまったとしても、最後の最後まで敵対すると決めた。


「ふふふふ……」


 しかし、それこそが待っていた答えだと言わんばかりに、スピネルは笑みを一層深くする。


「最高だ」


 顎を掴む手が強まり、ゆっくりと再び唇が重ねられ、血を流し込まれはじめた。

 毒と祝福が体内で濃くなっていき、痛みと和らぎの波が更に大きく、早くなっていく。

 身体が、内から爆ぜてしまいそうだった。


「ぐぅ……ッ! 放せッ……やめろ……!」

「こんなに浮かれた気分になるのは初めてだ。キミは絶対に、絶対に必要だ……」


 どちらのものか分からない血に塗れ、ぴちゃ、ぺちゃと、艶やかな水音を立てながら蹂躙されていく。


「ああああ……ッ! ころ、す……! 殺してやる――ッ‼︎」


 耐え難い苦痛が精神を焼き切り、アドラは悲鳴交じりの絶叫を上げた。

 それでもスピネルはアドラを抑えこみ、キスを止めない。

 抵抗が段々弱まっていくまで止めず、動かなくなったと見計らって抱きしめ、胸の部分に耳を当てた。

 とくとくと、微弱ながら音がする。時折乱れ、殆ど意識の無い身体を振るえさせながらも動いている。


「その時が来たら、待ってるよ」

 

 甘い声を、脳に響かせるように囁く。

 汗と血で汚れたアドラの髪を、不慣れな手つきでゆっくりと撫でた。

 

 これから、長くも短い破滅への道行きを共に辿る。その祝福のように――。


「この国の、灰の上で待ってる」

ここから隔日更新になります。

のんびりお付き合いいただけますと幸いです。

よろしくお願いいたします。

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