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1−2

 シャラン、シャランと、祈りの鈴が儀式の終わりを告げる。

 それを合図にして、救国騎士と聖樹長が去り、皆それぞれのペースで解散していく。


(……いけない。敬虔な教徒の顔を作らねば)


 アドラは一時復讐心を封じ、儀式の片づけのために出て来た下働きの少年たちの手伝いをしはじめる。

 

「重たい物は私が運びますよ」

「そんな……大巡司様のお手を煩わせるなんて」

「仕事場へ向かうついでですから」


 成長途中の小柄な少年に、分厚い絨毯は手に余るだろうと、調達してきた軽めの装飾品と交換して倉庫まで向かう。

 大聖堂で高僧たちの世話をする少年たちは皆、慈善隊に拾われた孤児たちだ。


「勉強の調子はどうですか?」

「順調とは、言い難いです……助巡司にもなれなかったらどうしよう」

 

 聖樹教が運営する孤児院から出向している彼らは、雑用をこなしながら正式な見習い僧侶の位である助巡司を目指す日々。

 次の位、一人前の僧侶の証である巡司を目指すようになるまでは、忙しい雑用係は続く。


「今日明日は図書棟にいます。夕方少しだけですが、わからない所を見ましょうか?」

「良いのですか⁉︎」

 

 少しだけ自分と境遇が重なる彼らを手助けする事が、ここ最近のアドラの日課といってもよかった。

 最低限、助巡司になれれば給金が出る。孤児院からも抜け、自分の将来について考える余裕も僅かだが出来るだろう。

 

「大巡司様、手が震えてます……どこか具合が悪いのですか?」

「……あぁ、恥ずかしながら、こんな儀式は初めてで、緊張してしまっただけです」


 不覚にも、先程の緊張が抜け切れてなかった。

 深いため息をついて誤魔化しつつ、この少年は細かな事によく気付くと感心した。


「偉い方でも緊張するのですね」

「いつまでもそうですよ」


 指摘されて自覚を得たからか、じわじわと眩暈と吐き気が襲い来る。

 今すぐ風に当たりながら横たわりたい気持ちを堪え、一先ず荷運びを終えた。

 何度も頭を下げる下働きの少年を背に、速足で大聖堂内の長い廊下を渡っていく。

 目指すは祭壇から離れ、中庭を望む廊下の死角。


(……誰もいないな?)


 手狭だがウインドウヌックのようになっている窓枠へ滑り込んだ。

 ここは自分の同室から教わった秘密の休憩場。シャツの首元を開け、息苦しい面布を外し、緑豊かな中庭の空気を肺一杯に吸い込んだ。

 随分胸が楽になった気がする。

 窓から吹き込む春風も、不快感を涼やかに和らげてくれた。


(やはり、過去は拭い切れない)


 十年経った今も憎くて、恐ろしい。どんなに復讐心を滾らせていても、偶然目が合っただけであの時の光景が鮮明に蘇る。


(……情けない。だが、諦めるわけにはいかない。)


 恐ろしいと思うのなら、その上で殺せる手段を考えるまで。

 何のために泥水啜って十年もの間生きて来たのか。

 胸元のナイフの重みを感じながら、アドラは再び深呼吸をした。

 もう少しだけ休んで仕事に戻ろう。そして、計画を整えよう。

 次の行動を考えていると、僧侶の履く柔らかい革靴が立てているとは思えない、ドスドスとした足音が聞こえて来た。


「おや、先客がいたか」


 アドラの想像通り、来客は鮮やかな青髪が目立つ体格の良い高僧だった。


「すまないロイ。少し具合が悪くて借りていた」


 ロイは寮でのお隣さんであり、この大聖堂の中で唯一と言っても良い友人だ。

 彼の方が少し年上だが偉ぶる事なく人懐っこい態度で接してくる。いつも元気で明るく、非常に親しみやすい。その上で僧侶としては敬虔であり、仕事もできて人望がある。

 復讐を最優先事項として、他人に心を閉ざしがちなアドラだが、彼の前では少し砕けた態度になってしまう。


「おっ? 馬車は入用か?」

「いらないよ。その時になったら、真っ先に君を呼ぶから」


 暑苦しく、隙あらば実家の馬車屋の宣伝も忘れない孝行息子でもある。

 たまに鬱陶しいが、そういう所含めて憎めない奴だ。


「あとの仕事は休んどくか?」

「いや、もう行くよ。今日は図書棟で書類仕事するだけだから」


 恐らくは肩代わりしようとしてくれたのだろう。付き合いは浅いが、ここまで心から心配してくれるのはとてもありがたい。

 世界中がロイのような人物になれば平和だろうなと一瞬過ったが、それは流石に暑苦しすぎるなと、アドラは頭を振った。


「わかった。……あ、そうだ。忘れるところだった」


 緩めた首元を正し、面布を降ろして仕事の体勢に戻ったところで、ロイの視線がアドラの髪に向く。


「救国騎士様が灰色髪の若い高僧を探してるって。多分お前の事じゃないか?」


 思わず目を見開いてしまった。

 この時ばかりは息苦しい面布があって良かったと思う。

 灰色髪自体は、決して珍しいものではない。エステリアでは北部の山岳地帯出身者に多い色だ。


「い、いや、他にも灰色の髪なんて、いくらでもいるよ」

「大聖堂の灰色髪は、お前を除けば白髪まじりのジジイ共しかいない」

「口が、悪い……」


 冷静に諫めようと口にした言葉が震えてしまう。

 偶然ではなく、あの視線は確かに、自分に向けられていたのだ。

 あの、不気味な視線は――。

 

「お誘いなんじゃないかって皆ざわついてたぞ」

「よしてくれ」


 大聖堂はごく一部の例外を除き女人禁制だ。故に、いる者たちの間でそういったやり取りが交わされる事はままある。

 アドラも大聖堂に入って日は浅いが、数度それらしき気配や音を何度か察知していた。

 大抵は大巡司以上の位である樹祭司や、聖樹長の執務室。稀に廊下の物陰。

 嫌悪感はあるが、野心家たちはこういった手段も視野に入れて上を目指すのかと、逆に感心した記憶もある。

 自分が巻き込まれなければそれで良いとも思った。


「いやいやでもさぁ、あの救国騎士様だぞ?」


 アドラには全く興味が無い話題だったが、周囲は別だ。

 救国騎士スピネルは、浮ついた話題が全く無い人物としてとても有名だった。


 常にエステリアの象徴として高潔に振舞い、大聖堂の最上階に住まうが、生活事情を誰も知らない。

 正体は仕事の時だけ天から降りて来る武神なのではないかと噂される程、人間味のある情報が無いのだ。

 

 ――その救国騎士が、若い僧侶を探している。

 

 娯楽に飢えた大聖堂の面々は、突然投げられた美味しい話題に入れ食い状態。


(あってたまるか)


 最悪の邪推を受けたが、おかげで震えは収まった。

 しかし、内情はともかくとして、二人きりになれる可能性が高い。


「……ありがとう。きっと皆が期待するような事じゃないよ」


 アドラは朗らかな声色を作り、ぎこちない笑みを浮かべた。

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