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 小話「海は広いな、大きいな」 


「うみって、ひろいよねえ。」

壇上君、というレインの半ば独り言のような言葉に。

は?と思わず壇上はいっていた。

 夏の仕掛け本番。

緊迫感の増す中、今日は篠原も退院し昼には仕掛けの最初の山場を無事に終えた。その緊張感が緩んだのか。

今何故か、篠原を病院に送ったマナを待ってレインと二人滝原邸の玄関に座っていたりとする壇上だが。

 だが。

「――あの、レインさん?」

壇上の身代わりに刺された篠原が今日は退院した姿をみせた。それが素直にうれしかった壇上だが。

 ――――あ、あのう?

思わず、かれらに初めて会った頃のことを思い出して固まる壇上である。

 ――死体って、浮くんだよね、と。

当時、にこやかに教えてくれた記憶が蘇る。

 ふと、篠原を刺した相手、――すぐ警察に自首したそうだから、後ろから操ったものがいる――があることを思い出し何故だか鳩尾の冷えた壇上である。

「―――レ、レインさん?」

それきりにこやかに笑顔を浮かべながら、何だか楽しい想像をしているようなレインの姿に、思わず聞かなきゃいいのに、とおもいながら動く己の口を呪う壇上である。

「その、どうしたんです?海が」

「あっ、うん。壇上君、いたんだ?」

振り向く瞳が笑っていない。

 金髪に翠玉のような美しい碧の瞳は、無害そうに笑顔になってみせるときだけは唯美しいのに。

 いまは、美しい碧が鋭い針のようで、思わず門柱に背を懐かせてしまう壇上である。

「どうしたの?密くん?」

にこやかに笑みをうかべていうさまと。以前、名前で呼ばれたときの記憶が相俟って壇上は激しく首を振った。

 そんな壇上をにっこりと眺めて、傍に寄ってきたミルラの背を撫ぜながら穏かにレインが云う。

「やっぱりね、僕、太平洋の方が日本海より広くていいとおもうんだ、どうおもう?壇上君は?」

「――――、」

うんうん、と無言で肯きながら、思わず考えてしまう壇上である。

 ―――広い、のの何がいいんだよっ?

懸命にもそれを口にする衝動と闘って勝利を収めつつ、こわくてくちのきけない壇上である。

「ああでも、」

柱と仲良くしている壇上から玄関をながめるともなくながめ、レインが思い出したようにくちにしていた。

 ――――じいちゃんと、いけばよかった。

滝原邸の留守を任されている為、この家をあけられないのだが。

それでも、行っておけばよかった、と思う壇上の耳に、うれしそうな声が聞こえた。

「やっぱり、海溝が良いよねえ。…」

深いし、というレインに。

これ以上聞きたくない、と思う壇上である。




「それは、まあ、…」

低く云う声に思わず視線を向けて疑わしいと顔に出してしまいながら。

病院のベッドでりんごを剥きながら、言葉少なに云う篠原を見てしまう壇上である。

 病院からいつもとかわらぬ姿で現れた篠原の傷が完全に治った訳でなとないのは壇上にもわかっている。

 昼には仕掛けを手伝い、終ればこうして病院のベッドに戻る。本来なら、外出は無論禁止だが、誰も止めはしないし、レインも黙ってそれを許している。

 仕事が残業で来られないマナの代わりに壇上は、今日戻る篠原に付き添ったのだが。

 昨夜、こんなことレインさんがいってたんだけど、という壇上に見舞いに置かれたりんごを剥きながら篠原は答えたわけである。

「――海溝っ、て、その」

「壇上さんが、お気になさることじゃ、ありません、…」

あくまで低音で言葉少なに語る篠原に、こわいものを思って聞けなくなってしまった壇上の肩に手が置かれた。

「―――誰、レインさんっ、」

気付いていた篠原が座りながら一礼する。

うん、とそれに目で応えて壇上の隣に丸椅子を引きつつ、にっこりレインがいう。

「壇上くんはさ、仕掛けに集中していてくれればいいの。大丈夫だよ、もう危ないことは起こらないからね」

「うす、」

肩に置かれた手と、目の前で寡黙にりんごの皮をサバイバルナイフで剥きつつ肯く篠原。

 一体どうしてもう危ない事が起こらないのか。

 こわくてきけない壇上の前で、にっこりレインが篠原に同意を求める。

「ね、しっくん、もう大丈夫だよね」

「は、そうです」

俯いたままいう篠原に思わず壇上が固まって。

「・・あ、それとも、何があったか、しりたい?壇上くん」

にっこりと云うレインに、思わず思い切り首を振る壇上である。

 一体何がどうして、どうしたからもう大丈夫なのか。

 篠原を刺した男はともかく、刺させた連中はどうなったのか。寒い考えになってしまう壇上に留めを刺すようににこりとレインが笑う。

「大丈夫、海はひろいから」

心配しなくていいよ、というレインにぶんぶん肯いて首を振る壇上である。

「剥けました」

壇上に篠原がりんごを一切れ、差し出した。





 そして、数ヶ月後。

壇上は、レインと篠原が僧侶姿になっていたのにも驚いたが。

「―――――?」

――もう殺生はしたくないからねー、とか、確か。

そんなようなことを幻でなければ耳にしたような気がする、と。

本気でこの人達坊さんになったんだろうか、と。

壇上は夕餉の席で僕達坊主になったんだよ、と明るくいうレインや。

「もう殺生は、しませんから」とぼそりという篠原にいろいろなことを考えてしまいつつ、こわいことは考えるのをやめようと決意するのだった。




そして、さらに数週間後のとある午後。

「いやでも、」

そういえばどうしてレインさんたち坊主になんか、といった壇上にレインは美しい微笑みを浮かべて云った。

 滝原邸の広い居間に二人、鳥の声が聞こえる穏かな午後に。

「いまだからいえることだけどね、壇上君」

「はい?」

珈琲を手に、しみじみとレインの眸が遠くを見た。

「篠原君が回復してくれて、よかったよ」

「――――じいちゃん?」

眼を見張る壇上の耳に、あまり聞きたくない一言が聞こえた。

 ―――御陰で、あんまり、大したことにはならなかったからね――

と。淡々と、あくまで大したことでなくいう声に。

「じ、じいちゃん?その、」

思わず訊ねてしまった壇上に、聞きたくない答えをレインが与えてくれていた。珈琲を扱う手が寂びている。

「会社がひとつ、なくなったくらいだと聞いた。きみのおじいさんにしたら、穏かに収めた方なんじゃないかな」

「――――、」

篠原を刺させたのは、当時壇上達を妨害していた裏仕事を引き受ける会社で、確か某何とかといったのだが。

「もう、ない?」

「ないな」

あっさり珈琲を一口飲んで。背景にかかるクラッシックが丁度劇的な盛り上りを見せた。

「――――」

「ま、いろいろ供養したいし結構坊主も忙しいから、いいんじゃないかな」

思わず居間の一隅を振り向く壇上。

 読経に使われているあやしい掛け軸と木魚他。

「――――、」

先日は僧侶姿のまま黙々とねこじゃらしを振る篠原を見てしまった壇上である。

「どうしました」

「うわっ、」

久し振りに驚いてしまって腰の引けた壇上に、僧侶姿の篠原がのそりと上がりこむ。そして、片手に提げた風呂敷包みをレインに渡す。

風呂敷から出した菓子の入った白箱を抱えてレインがにこやかにいう。

「またいっぱい、最中貰っちゃったね。壇上くん、どうしたの?」

「い、いえ」

頬をひくつかせつつ、この処、出遭ってしまった怖い面々は多かったのに、この人と比べると全然怖くないのは何故だろう、と。

至近の過去を思い返しつつ、ちらと見ると。

 きちんと前に座ったミルラに、正座して黙々と鰹節を削っている篠原。

 手には、サバイバルナイフ。

 僧侶姿に、これ以上無いミスマッチである。

 思わず、僧侶になったのでベジタリアンになったって聞てるけど、いいんだろうか?と。

 ミルラに、ぼくたちはベジタリアンになったから、ツナ缶だめだよ、といっていたレインを思い出す壇上だが。

 そして、黙々と削る篠原に前足を伸ばして降る鰹節を掴むミルラ。




 いろいろなことを、深く考えるのはよそう、と。

 決意する壇上の耳に声が聞こえた。

「いや、平和でいいねえ」

 ――じ、じいちゃん、――――っ!

レインの声がのんびりと響く。

姿だけ見ていれば金髪碧眼の美少年が青空を振り仰ぎのんびりとしている眼福な光景だ。

思わず、俺、最近の経験でかなりタフになったはずなんだけど、と思いながらも座卓にしみじみと懐いてしまう壇上である。




 そして。

「なにやってるの?」

買い物袋を抱えたマナがあきれた声をかける。

滝原邸の食を一手に担う美少女マナは、明るい健康優良児だ。今日も膝丈のプリーツスカートに白い半袖ブラウス。釣りスカートの紺と白いブラウスがまぶしい。

「手伝います。」

のそり、と篠原が僧服のまま身を起こしていう。

「あ、じゃあお願いね。今日はさ、懐石つくろうと思うんだけど、しっくん」

「懐石?」

思わずその単語に目を見開く壇上に、レインがにっこりと答える。

「なまぐさものは駄目だからね。おいしいの、ならったんだよ?」

誰が、が抜けているが料理を習ったのは勿論マナだ。

「お手伝いします」

「しっくん、マナちゃん、頼んだね」

のっそりと立ち上がった篠原にレインがいい、無言で篠原がうなずく。

明るくいうのはマナだ。肩口で切られた黒髪が艶を纏って美しい。

「まかせてください。し-くん、はいこれお願い」

「うす」

「――――それ、にく?」

マナの買い物袋に、どうみても牛肉にしかみえないものを見つけていう壇上に。

「いやだなあ、これはね、くすり。おくすりっ。しらないの?壇上くん」

「い、いえ、その?」

マナが手にした牛肉のパッケージをみせていうのに、壇上が戸惑う。

 ――肉って?くすりって?

「懐石、頼むね」

「はいっ」

元気なマナの声に、これはこれで確かに平和なのかもしれない、と。

思ってふと省みたミルラ。

 ふわりと、大あくびをするミルラ。

 ―――確かに、平和かもなあ、と。

 ふと頬の緩む壇上に。

 レインの供する、どうもいろんな宗派が混ざっていそうな読経が、ぽくぽく叩かれる木魚の音と共に響いていて。




「ごはんできたよ、さあ食べよう!」

マナの元気な声に、黙々と手伝う篠原。

そして楽しい夕餉がはじまるのでありました。



    



 さて、壇上が訪ねて来てレイン達が坊主になり、肉がおくすりと呼ばれていて驚いていたときより、しばらく前のこと。





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