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2 書斎の声とレイン・ジーン



「あら、困りましたね、…。きみ、手配できます?」

滝原邸の奥。

誰もいない大きな机がある書斎だろう一室でその声はしていた。

 声と同時に、薄く半透明の人物のような姿が、大机の向こう――椅子の上に浮かび上がる。

「ぼくは、まだ現れるわけにはいきませんし、…――。困りましたね、どうしましょう?」

真藤くん、という声に、何処からか声が応える。

 その提案をきくような間があり、しばし沈黙が漂って。

「では、そうしようかしら、…?でも、派手になるのではないかしらね?」

そう問う声に対して、真藤と呼ばれたなにものかが低くいう声が音としてはこちら側に届かないままに響く。

「…ああ、そうですね、背に腹はかえられませんか、…――」

思案する声がいうと、しばし間があく。

 それから、思い切ったようにして。

「わかりました、…では、レイン・ジーンに頼みましょう、…乱暴なことにならなければいいのですがねえ、…」

それに、何事か小声で答える声が響いて。

 何かを憂慮しながらも、決断した気配が。

「それでは、お手数ですが、レイン・ジーンに依頼をかけてください。あそこは本当に、篠原君といい乱暴なのですけど、…」

溜息が書斎に落ちて、それから。

 書斎にあった半透明の影は、まるで最初からゆらめくまぼろしにすぎないというようにして跡形もなく消えていた。


 滝原邸の書斎。

 主が滅多に姿を現すことがないと知られている豪邸の奥深くに。

 時折、姿は無いのに声がすることがある、とは。

 都市伝説として、トウキョウ市において語られているひとつである。



 そして、しばしのち。



「へえ、依頼?めずらしいね。それも、滝原邸のご老人から?」

驚いてみせるレイン・ジーンの綺麗な碧の瞳に、無言かつ無表情で通話装置を強面の篠原が差し出す。

黙っていると威圧感のある強面に黒いスーツとこどもが怖がる要素しかないような篠原だが。

 その前に、あえかな微笑で向き合い平然としているのは、その雇い主であり。

 ミルラ・プロジェクト社と名乗る会社を経営している美少年であるレイン・ジーンだ。

 美しい金髪に、碧の瞳の美少年。

 きちんとスーツを着て、穏やかに微笑んでみせているのだが。

 通話装置――通称「ネコの手」を受け取り、レイン・ジーンがその肉球にふれる。ぷに、と肉球をへこませると、ホログラムが浮き上がり空中に絵が結ばれた。

ちなみに、いまレイン・ジーンが受け取った通話装置「ネコの手」はキジトラ柄である。種類は色々あって、三毛猫柄や、スポットタイプ、黒猫バージョンなど多彩である。それはともかく。

 ホログラムに浮かぶ地図と、その情景をみて。

 あきれて、ちいさく瞬いてみつめる。

「あらあら、…死にたいのかな?」

それなら、依頼内容とちょっと違っちゃうんだけど?というレインに、篠原が無言で首を振る。

 それを振り向いて。

「あ、まだ先があるの?へえ」

録画されているホログラムを肉球を押して先にすすめる。

「えっと、…――やっぱり、ばかかな?」

 あきれていうのは、その光景だ。

 映っているのは、その光景の記録。

 どうみても、あきれるしかない。

「これって、…しかし、ねえ」

ぼく、命の遣り取りはしたくないんだけど、と続けている主を、篠原が疑わし気な視線でみている。それを背に、まるで見えているかのようにして。

「おや、本当だよ?ぼくって、いつだって命大事にがモットーだからね?」

「…――――」

不審物をみるようにして無言でみる篠原の気配を背に、軽く肩をすくめる。

「だって、一応はね?それに、ぼくはぼくの命が大事なのであって、それを邪魔する人達はきらいだし」

「…―――」

なにかを、その言葉に納得したようにして、無言のまま篠原がうなずいている。

 それに、ふーん、と映像をみつめながら。

「でもねえ、…今回は依頼だしねえ。それも、滝原邸の御老人とくれば大物だし、ぼくだって無視はできないからね、…本当だって、ぼくにだって無視できない相手位あります。まったく、しーくんはぼくのこと疑いすぎでしょ?」

「…――――」

ふるふる、首を振っている篠原を背に、レイン・ジーンが首をかしげる。

「それにしてもねえ、…ほんと、ばかなのかな?」

レイン・ジーンが見つめているホログラム。

その映像は、そのシーンを示して止まっていた。

録画がそこまでなのだろう。


 砂嵐が襲いくる中で、環状線が砂に呑まれようとしている市街地と「そと」の境。

 境界線をまたいで、小柄な影がみえていた。

 必死に、さらに小柄な姿のなにものかを境から内に入れようとしている姿が。


 壇上少年と、倒れていた少女。


 砂嵐に襲われながら、白髪の少女をなんとか抱えて道のこちら側に入れようとしている壇上少年の姿で、その映像は終わっていた。

 レイン・ジーンが、あきれてみていたのは。

 少女を救おうと必死に運ぶ壇上少年の姿だったのだ。―――



 この刻、ミルラ・プロジェクト社長レイン・ジーンは正式に滝原邸からの通信に契約締結の返答を返す。

 この事実に世界が震撼するのは、トウキョウ市を砂嵐が襲い三日間シールドの外がみえないでいた後。

 世界の滅びが間近に迫っていたことを。

 いまだ、この世界に生きる人々は知らずにいた、――――。




 



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