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分岐点

七話目






 ある日、少女は一人で外に出た。

 普段ではありえない行動だったが、彼女は臆することなくゾンビの視線を掻い潜り、宿にした一軒家の外を探検した。

 様々な死体を横目に彼女が訪れたのは、高級マンションだった。

 まだ崩壊していないそれを見上げ、彼女は足を踏み入れた。


 数多くのゾンビが徘徊するロビーを抜け、エレベーターではなく階段で上階を目指した。

 息を切らしながら到着した最上階の部屋の扉を開き、彼女は豆粒になった街を見下ろした。


 やがて、足の疲労を感じた彼女は綺麗な部屋の高級なソファーに腰を下ろし鼻で笑った。

 令嬢であった彼女にとってそのソファーは見栄えのいい安物でしかなかったのだ。


 ガシャンッ、と、背後から響いてきた物音に驚いた彼女は反射的に振り返った。

 目の前に迫った成人男性のゾンビを見ても、彼女は焦らなかった。



「クッキー」



 その一言は彼女にとって助かる道だった。

 ゾンビは目の前の少女に傷一つ付けることもなく、窓を割って外に飛び出していった。

 それを見ながら、彼女は頬を緩めた。



「姫ちゃっ、ほんっと、一人で出ないで……!」

「お疲れ様クッキー」



 息を切らした黒髪の男性に彼女は笑いかけた。

 彼は項垂れる様に地面に座り込み、チラリと彼女を見上げた。



「クッキーなら間に合うって知ってたから」

「姫ちゃんめちゃくちゃ俺のコト振り回すじゃん」

「だって、私のペットでしょ?」

「あーもうっ、ご主人様の為なら何なりと!」



 やけになって叫ぶように告げたクッキーの背後に現れた、女性のゾンビに彼女は気付いた。

 愛犬のピンチでありながら、彼女は焦り一つなかった。



「スネークもはやかったね」

「おチビ、本当に仮面捨ててから自由になり過ぎ」



 頭に風穴を開けて倒れたゾンビを横目に不満を表した銀髪の少年は緑色の瞳をクッキーに向けた。

 その瞳に、油断するなよ犬が。と、書かれていることに気付いたクッキーは降参の意を示すように両手を上げて見せた。


 彼の背後から訪れたのは水色のシャツを着た中年の男性だった。

 茶色い短髪に無精髭を生やした彼はスネークの隣に立って、少女に笑いかけた。



「ニャンはお転婆だったのだな」

「マギーみたいに堕天しちゃうかな?」

「愛らしい天使を落とすほど、父も愚かではないと信じたいな」



 彼に目を向けた彼女は、彼の背後に並ぶゾンビの遺体の数々に笑いが込み上げた。


 一人の少女を守る三人の男は人間ではなかった。


 クッキーは地獄の番犬――ケルベロス。

 赤黒い炎に身を包んだ三つの頭を持つ犬だが、普段は人間の姿か仮の姿であるボルゾイとして生活をしている。

 圧倒的な身体能力を誇る彼は三つの頭を器用に使い、様々な問題を同時に解決できる為、彼は戦闘員として動くことが他二人と比べると少なかった。だが、戦えないわけではない。


 スネークは退魔銃だった。

 一日で地図から消えた帝国の王の姿を借りている彼は、普段から人間の姿で生活していた。

 銃の姿にもなれるが一発ずつ装填しなくてはならない為、体内生成できる人間の姿の方が彼は楽だと判断した。

 ずば抜けて視力が良く、どれほど距離があろうが、その緑色の目に映った標的に鉛玉を撃ち込める技術があった。


 マギーは堕天使ルシファーから切り離された良心だった。

 ルシファー本人が地獄に落ちる際に天使である己の良心を切り離し、それが銃に憑依していた。

 故に彼はスネーク同様銃と人型に移動可能だが、彼も人間の姿で生活していた。

 元は神聖なる力を持っていた彼はスネークの様に弾を使用せず、ただ触れられるだけでゾンビや邪な考えを抱いた人間を爆死させていた。


 基本的に彼らはスネークとマギーが戦闘を担い、クッキーが少女の保護をベースに動いていた。



 だが、ここ最近はそうもいかなかった。

 少女を狙う王国の主と、その者と契約している猫の悪魔――ベレトが彼女を狙い始めたからだ。

 クッキーに執着するベレトは彼女の生け捕りを望み、ハレムに彼女を引き入れたい王も生け捕りを望んでいた。

 彼女に危険がないのは三人にとって有難い事ではあったが、襲撃の数が多く、とてもじゃないが安心はしていられなかった。


 ガシャンと窓の割れる音が鳴り響くなり、クッキーは即座に彼女を抱え、スネークとマギーが二人の前に立ち塞がった。



「うわっ、今日も三人揃ってるの?」



 最悪。と、高い声を出した黒髪の男性は長い猫の尻尾を腹立たし気に振っていた。

 彼の登場に三人は眉を寄せたが、中でも彼をゾッとさせたのは凍てつく瞳を向けてくるマギーだった。

 悪魔である彼に取って天使の力を持ったマギーは弱点でしかない。

 彼は眉を寄せてパンパンと二度柏手を打った。


 その音を合図に部屋に雪崩れ込んでくる筋骨隆々の男性たちに、三人はため息を吐いた。



「これで僕たちをどうにか出来るって思ってる時点で、やっぱり子猫ちゃんだよね」

「スネークそう言ってやるな。私達を少しでも足止めしたくて必死なのだ」

「マギー、そうは言っても、この猫俺達のコト馬鹿にしすぎだと思わねえ?」



 スネークが煽る様に告げ、それに続いてマギーが善意を見せる様に吐き捨て、クッキーはマギーの言葉を訂正させようと口を開いた。

 それにベレトはビキビキと青筋を立てたが、何とか怒りを我慢していた。



「クッキー達より弱いのに、ご苦労様って感じだよね」



 少女の言葉にベレトは限界を迎えた。

 三人を殺すように指示を飛ばし、男達は彼に従って三人に刀や銃を向けた。


 三人に乱射された弾は全て仲間達に当たっていった。

 スネークとマギーは元は拳銃だ。弾を弾き返すには十分な強度があった。

 クッキーは少女を抱えながら軽々とそれらを避けていった。

 その光景に焦ったのか、刀を持った男達が襲い掛かった。

 クッキーは銃弾同様最小限の動きで躱していき、スネークとマギーもその刀が彼等に触れるなり止まった。

 

 一日数度訪れる襲撃は既に一ヶ月が経とうとしていた。

 そこまで繰り返されれば自然とルーティンが出来てしまう。彼らのため息が反撃の合図だった。


 クッキーは上体を崩さずに自分より大柄な男達を蹴り飛ばしていった。ボーリングの様に周りを巻き込みながら飛んで行く男達はそれぞれの武器で体に傷を作っていった。

 スネークは自分の倍以上ある男の手を握り、その刀をそれぞれの足に突き刺していった。人間ではない彼が力勝負に負けるはずもなかった。

 マギーは近場の人間の腕に触れていった。バチンと弾ける様に彼らの腕は四方八方に飛び散っていった。

 三人は命を奪うことはしなかった。

 普段なら命を奪うことに何の抵抗もない彼らだが、可愛がっている少女の前で血生臭い物を見せるのは少しばかり躊躇われた。


 

 次々と減っていく男達にベレトは少女を狙って特攻を仕掛けた。が、当然のように彼の整った顔にクッキーの足がめり込んだ。

 吊り上がった目を細め、涙を堪える彼を見下しながらクッキーは呆れたようにワザとらしいため息を吐き出した。



「ベレトー。お前、段々余裕なくなってきたな。まぁーた鬼ごっこでもしたいわけ?」



 図星を突かれ、地獄で味わったクッキーからの拷問を思い出した彼はぶるりと体を震わせ、「覚えてろよ」と吐き捨てて姿を消した。

 彼が去ったことにより、近くにいた男達も我先にと踵を返して部屋から出て行った。


 一ヶ月もの間、彼女を手に入れようと奮闘する王国の二人は焦りを感じていた。

 理由は惜しいところまで事を運べすらしないからだ。

 今まで負け知らずで過ごしてきた彼らにとって、それは敗北の恐れを感じるには十分すぎる出来事だった。



「さて、姫ちゃん。今日という今日はお説教だよ」

「ごめんねクッキー。少し息苦しかったから外の空気吸いたかったの」

「僕たちに黙っていく必要ないでしょおチビ」

「一人になりたかったから」

「一人になりたいのなら、私達が外に行けば済む話だろう」

「景色変わらないでしょ。気分転換したかったんだから、これしかなかった」



 彼女の返答に彼らは頭を抱えた。

 確かに大人ぶる必要も子供のフリをする必要もないと言ったのは自分達だが、ここまで好奇心旺盛に動き回られるのは彼らも想像していなかった。

 少し前は相当我慢させていたのだろうと考えれば正直心が痛むが、それとこれとでは別である。

 王国の者達が彼女を狙っている以上、必要以上に距離を取られると守れなくなってしまう。

 彼女の亡き父に託された以上、彼女に傷一つ付けたくないと考えている三人はどうにかして彼女の行動を制限する必要があった。


 だが、それが出来るほど彼女は甘くなかった。

 危険だからと言われても、結局三人が間に合わない事は起こりえないのを知っていた。

 近くにいて欲しいと言われても、結局三人が自分を放っておかないことを理解していた。

 自分の危険には必ず駆け付け、傷を負うことなく甘やかされる彼女にとって、それは当然のことだった。故に、彼らの言う事を聞く必要性がないと判断した。


 三人はまさか自分達の行動が彼女の行動力になっているとは知らず、次はどうやって彼女を制限するか頭を悩ませていた。



「それよりクッキー。キッチンの食べ物腐ってるか確認してくれる?」

「え、……ああ、すっごい数だね。分かった。ちょっと待ってて」



 大量に転がった果物や缶詰の山に頬を引き攣らせながらクッキーはキッチンに向かった。

 一つ一つ手に取り、匂いを一度嗅いでから左右に物を分け始め、部屋には缶詰がぶつかる音などが響きだした。


 

「スネークは寝室で寝てる“成り損ない”をどうにかして、新しい服探してくれる?」

「うわ、確かにあそこめっちゃ音するじゃん。りょうかーい」


 

 缶詰の音に重なって響いてくる扉を叩く音にスネークは眉を寄せて寝室に向かった。

 扉の開く音の後に何かが倒れる音が続き、ガタガタと棚を漁る音が小さく響いてきた。


 

「マギーはそこの金庫壊してくれる?」

「何故だ? 金なんて必要ないだろう?」

「……なんか、気になるんだよね。あそこ」

「……分かった。すぐに取り掛かろう」



 マギーは首を傾げながらもリビングの絵の裏にあった正方形の金庫に手を掛けた。

 壁に埋め込まれたソレは彼が触れるだけでボロボロとインクが落ちる様に崩れていった。

 溶け切って中が見える様になれば彼女は中を覗き込み、中に入っていた箱を取り出した。


 彼女の手には大き過ぎるソレをマギーは奪い取り、彼女を膝に乗せて蓋を開いた。

 中に入っていたのは銃弾だった。

 黒くて丸い古臭い銃弾がコロコロと箱の中で転がっているのを見て、マギーはスネークを呼んだ。


 服や寝具を片手に戻って来たスネークはマギーに渡された箱の中を見るなり目を見開いた。



「僕に使われてた銃弾だね。刻印も同じだし」

「やはりそうか。ニャンが見つけた」

「へー、おチビ何で分かったの?」

「分かんない。ただ二人が飾られてた部屋と同じ雰囲気があったから気になったの」



 五芒星が刻まれた銃弾を観察しながら告げられた言葉に、二人はギョッとした。


 確かに彼女の住んでいた家の一部屋に自分達は飾られていたが、まさか雰囲気を読み取っていたとは思わなかったし、今まで一度もその様な事を聞いていなかった。

 ゾンビに食われながら自分達を頼れと告げたらしい彼女の父親と同じ血が流れているだけあると、彼らは感心していた。



「コレ、どうするの?」

「んー、僕が取り込んでおこうか。変な奴等が使ったらクッキーは死んじゃうし」

「私が破壊しても良いが、その方が現実的だな」



 マギーの言葉に彼女はスネークによろしくと頼んだ。

 彼はにんまりと笑顔を浮かべて、箱の中の銃弾を全て口に流し込んだ。

 ごくごくと上下する喉仏を眺めながら、彼女は冷静に口から摂取する必要があるのか考えていた。


 スネークが体内に取り込んだのには理由があった。

 クッキーを殺されるのは正直痛手だと理解しているのは確かだが、それよりも自分が銃の形になった時に彼女が自分を使用する可能性を考えていた。

 自分が取り込めば銃弾は取り込んだ数だけ勝手に装填される。逆に取り込まなければ一々銃弾を入れ、火薬を入れ、中に押し込む必要があった。

 自分が古い銃だと理解しているスネークは、少しでもその場合に彼女への負担を軽減したかった。

 まあ、自分を使用する日が来ないのが一番だが、何が起こるか分からない以上備えておいて損はないだろうと考えていた。



「姫ちゃん。とりあえず終わったけど……え、スネークついにゲテモノ食いになった?」

「うるっさいなクッキー。これが一番手っ取り早いんだよ」

「え、口からが? うわ、喉動く弾見える。キモ」



 ドン引きしているクッキーの言葉に切れたスネークは一気に銃弾を呑み込み、クッキーに襲い掛かった。

 目の前で激しく繰り広げられる喧嘩を横目に、マギーは彼女を抱えて朝食の缶詰を差しだした。

 彼女も気にすることなく開かれたチリビーンズを口に運んだ。



「埃を立てるなら外でやれ」



 マギーが一言告げれば、二人は喧嘩をしながら部屋を出て行った。

 そんな二人を見て、少女は「今日も平和だね」と頬を緩ませていた。







 そんな四人を窮地に追いやったのは一つの群れだった。

 王国の襲撃と共に訪れたゾンビの群れに、王国の人間達はパニックになり、三人はやる事は変わらないと冷静だった。

 クッキーに抱えられていた彼女がとあるゾンビを見て声を漏らしたのが全ての始まりだった。


 二人の男女が両腕をだらりと下げ、白濁した生気のない目を彼女に動かした。

 ぎょろりと動く見開かれた目は真っ直ぐ少女をロックオンしていた。

 力なく半開きにされた口元からはダラダラと唾液が垂れ、呻き声を発し続けていた。

 そんな普通のゾンビではあった。



「おとう、さま」



 彼女の言葉が三人の動きを止めた原因だった。

 二人の男女は彼女の両親だった。

 中でもその声に反応をしたのはスネークだった。


 スネークにとって、彼女の父親は命の恩人ともいえるほど強い恩を感じていた。

 本来であればどこかに封じ込められたはずの自分を大金で競り落とし、毎日手入れをし、飽きずに話しかけてくれていた彼の存在はとても大きいものだった。

 感染した妻に噛まれたというのは少女から聞いていたが、まさかこのような形で彼と再会を果たすとは夢にも思わず、彼の体は強張ってしまった。


 当然ながらそれを見逃すはずのない王国の刺客は一斉に襲い掛かった。

 スネークを狙った銃弾や刃物の数々は一様に彼に触れて固まったが、スネークに反抗する気が見えなかった。



「スネーク。お前は下がってろ」



 スネークの異変にいち早く気付いたのはクッキーだった。

 後方に投げ飛ばされたスネークの体は少女の隣に倒れ込み、普段と違ってクッキーとマギーが殲滅作業を始めた。

 それを横目にスネークは戸惑いを隠せずにいた。


 なぜ、彼がここにいるのか。なぜ、彼がここに来てしまったのか。なぜ、彼が死なねばならなかったのか。

 そんな疑問が浮かんでは隣の少女への憎悪が浮かび上がりそうだった。

 三人の中でもスネークだけが少女の父親に強い忠誠心を持っていた。



「クッキー。マギー。お父様とお母様を捕えて」

 


 はっきりとした口調で告げられた命令に、二人はすぐに食欲の化身となった少女の両親を抑え込んだ。

 それを好機と感じた王国の者達は二人を襲おうと動いたが、それも無駄だった。

 今彼らに手を出したらタダでは済まないというのが、鋭い目で理解してしまった。

 怯んだ手下たちを見て、猫の悪魔は自ら刀を手に襲い掛かった。


 クッキーの目の前に迫った彼は赤く光るターゲットの目を見てガタガタと体を震わせた。

 全身が地獄の業火に包まれる様な息苦しさや痛みに、目前まで持っていった刃先を震わせて、何とか刺そうと力を込めた。だが、猫の悪魔の手はその先に向かうことを拒絶していた。

 理性ではクッキーを殺したくても、本能が察知していた。

 今、彼に手を出したら、自分の体は引き裂かれ、無様に投げ捨てられる。

 猫の悪魔は静かに刀を下ろし、部下達を引き連れて帰っていった。



 唸りながら食事を求める少女の両親を見下ろし、彼らは少女に視線を送った。

 少女はひと段落したのを確認し、マギーの下で呻く元母親に近づいていった。



「お久しぶりです、お母様」


「……ニャン。彼女はもう――」

「――分かってるよ」



 もう死んでいる。もう人間ではない。そんなこと、彼女が分からないはずがなかった。

 生きた父親を自分の目の前で食い殺した化け物を見ながら、彼女は尚も口を動かし続けた。


 生前も死後も私を追い詰める性悪女。いつだって父の遺産を狙った泥棒猫。父の命を狙い続けた強欲な女。

 賢いながらも何も分からない子供のフリを続けていた少女は、元母親のやってきたことを全て見ていた。


 彼女の元母親は後妻だった。

 離婚をした元父親の財力に目が眩んですり寄った女は、後に新しい母親として紹介された。

 少女はそれには反対だった。

 得体の知れぬ気持ち悪さがあった。その正体はすぐに分かった。

 鼻歌を歌いながら紅茶を入れていた女は粉末状の何かを入れていたのを確認した少女は、それを盗み出し、街の病院を訪ねた。

 古くから付き合いのある病院で、少女の事情を多少は理解ある医者だった。

 医者に告げられた毒の存在に、少女は女を父親から引き離し続けた。

 子供のフリをしている彼女にとってそれは容易いことだった。

 甘えて、泣いて、駄々を捏ねて。方法を厭わず父から女を引き離し続けた。


 毒を盛る隙がなくなったことにより、女は暫く大人しくなったのを見て、少女はほくそ笑んでいた。

 だが、化け物になって父を目の前で殺害するという結末になった。


 少女にとって、彼女は許しがたい存在だった。



「うん。マギー。出来る限り苦しめて殺すことは出来る?」

「……痛覚などがあるとは思えないが」

「いいから。出来る限り無惨に殺してほしい」

「……分かった。ニャンが言うのならそうしよう」



 次は、お父様だね。と、少女はクッキーの下にいる元父親に話しかけた。


 永遠と子供でいることを望んだ哀れな男。逃げ出した最初の妻を忘れられず、娘を重ねて見ていた支配欲の塊。後数年したら確実に自分を壊していただろう特殊性癖者。

 父親の目に気付かないほど、彼女は純粋に育てなかった。

 

 彼女はずっと父が望む姿を演じてきた。そうあることが彼の幸せなのだろうと、信じて演じ続けた。

 だが、成長するにつれて父の目には自分を通して母親の影を見ていると理解した。あと数年もすれば女性の体に変わってくるとなれば、その目がどう変わっていくのか理解していた。

 父にとって彼女はそういう存在なのだと理解したときには、女の殺害計画に加担した方がマシかとも思えた。だが、彼女はその道を選ばなかった。

 いくら大人びていると言っても少女は子供だった。父親に何も情がないほど薄情な人間でもなかった。

 食欲の化身になった女から庇われ、目の前で食べられていく父を見て、彼女は自分の考えは正しかったのだと思った。

 自らの命を差し出せるほど愛してもらえたのだから、自分の行動は正しかったのだと言い聞かせた。



「……クッキー。彼は丁重に葬ってあげて」

「……分かった。方法は何が良い?」

「……何でもいいよ。ただ、もう二度と起きないようにしてあげて」


「ま、待ってよっ!」



 口を縛って立ち上がったクッキーと踵を返していた少女に声を掛けたのはスネークだった。

 彼の顔を見て、少女は呟いた。



「殺さない選択はナンセンスだよ」



 彼女の言葉にグッと顔を歪めたスネークは虚ろな目をしている元主人を見つめた。

 自分の記憶とは大幅に変わってしまった姿でも、彼にとっては忠誠を誓った人間。どうしても捨てきれなかった。


 クッキーは初めから姫と慕っている少女にしか懐かなかった。

 マギーは初めから変わった人間だとしか思っていなかった。

 スネークだけが彼に思い入れがあった。


 スネークは震える声で願った。

 お願いだから、殺さないで。と。

 彼女は呆れていたが、引き下がらないスネークを思って一つの提案をした。



「一週間。一週間だけ二人で過ごして。それで、あなたが終らせて」

「……なんで、」

「終わらせないのなら、その時は別行動しよう。ここが分岐点だよ、スネーク」



 スネークの心臓が暴れないはずなかった。

 彼女は自分か変わってしまった男のどちらかを選べと告げてきているのだ。

 現在は彼女を慕っているが、それは結局彼の願いだったからだ。それがきっかけだった。

 彼を置いていきたくない。彼を捨てていきたくない。彼を殺したくない。

 大勢の人間を殺め続けたスネークだったが、情を抱いた相手にはとことんまで甘くなるのが彼の良い所でもあった。


 踵を返して去っていくクッキーと少女は、処理を終えたマギーと共に今日の寝床に向かった。


 残されたスネークは己の首に噛み付く元主人と共にその背中を見送っていた。

 ガチガチと音を鳴らしながらひたすら噛み付いてくる彼にスネークの目から涙が零れた。



「ヴィクトル様。僕、どうすればいいのかな?」



 震える声で問いかけても、食の化け物になった男は答えてくれなかった。


 

Nola、カクヨムにて多重投稿してます

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