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ニャンの願い

五話目






 

 まぎー。と、小さな体を使って楽しい気持ちを精一杯表現している彼女に頬が緩むのを感じた。

 禁断の果実よりも柔らかい肌に触れれば、信頼の表れかすり寄ってくる彼女が愛おしかった。


 人間は創造主が作った神の紛い物。そう植え付けられていた私からしたら、ニャンの存在はまさに神に等しいものと思えていた。そんな考えを知ってか知らずか、彼女は生きていた猫に恐る恐る近づき、動いているのか分からないほどゆっくりと手を伸ばした。

 猫はそんなニャンを警戒し、足早に去って行ってしまった。見るからに肩を落としたニャンを抱き上げれば、彼女は残念だったと悔しそうに笑っていた。


 

「ニャン。クッキーと一緒じゃなくて良かったのか?」


 

 と、屋根の上から下を指させば、丁度クッキーがゾンビを踏み潰しているところだった。

 そんな汚らわしいものをニャンの目に入れるのも躊躇われたが、ニャンは気にせず「クーちゃ、ふぁいおー!」と声を張って、手を振った。

 下ではクッキーが人型でゾンビを蹴り飛ばし、スネークがいつも通り銃弾をまき散らしている。次から次へと湧いてくる奴らに参戦を考えるが、ニャンの安全を第一に考えて動かないことにした。


 私達は今、群れに衝突している。

 先を見ればまだまだ下にいる量なんて序の口で、既に二人は百以上駆除しているだろうが無情にも何倍もの数が列をなして向かってきていた。

 二人に交代を望むなら言えとアイコンタクトを取れば、クッキーは片手を上げ、スネークは親指を立ててきた。


 

「いっぱいだねー」


 

 と、気が抜けるような声を出したニャンに「そうだな」と短く返せば、彼女は私の膝で「わー」と、観戦に勤しんでいるようだった。


 小さな彼女が落ちないように支え、縁に腰掛ければ満面の笑みで礼を告げてくる。

 本来であれば怖がって泣き喚くだろうに、彼女は今の状況を楽しんでいた。

 彼女にならって再度下を見れば、ペースを落とさずに駆除作業をしている二人が第二群と衝突していた。


 クッキー。犬の姿と人間を行き来できるケルベロス。

 人型の時はカジュアルな服装で黒い髪に赤いメッシュを一筋垂らしているのが特徴だ。

 真っ赤な鋭い目で見る景色はニャン一色に染まっているのだろう。同色の首輪は犬の姿でも変わらず、靴はサンダルを愛用している。見た目年齢は二十八ほどだ。


 スネーク。私と同様銃と人型を行き来できる退魔銃。

 人型の時は腹部を露出したストリート系の服装で、銀の髪を綺麗に切り揃えているのが特徴だ。

 緑の大きな瞳は時折宙を物悲し気に見つめている。服とアクセサリーにも瞳と同じ緑が使用されており、彼の腰には五芒星の聖痕刻まれている。見た目年齢は十八ほどだ。


 そして、私マギー。ルシファーが堕天する時に自ら切り離した良心。

 人型の時はブリティッシュ系の服装で明るい茶色の短髪。光の宿らない空の様な瞳は私がルシファーだからだろうと納得した。

 ニャンが嫌がらない限り顎の無精ひげを剃る気はない。

 基本的に空の色で統一するのはルシファーとしての記憶が問題なのだろう。見た目年齢は三十八ほどだ。


 

「まぎー。ねんねできるかなあ?」

「……確かに、少し長引きそうだな」

「まぎー、いってもいいよ?」

「ニャンと居たいから遠慮しておく」

「でも、クーちゃとすねーう……」

「あの二人なら問題ない。ニャンがここで安全に応援してやれば、すぐさま終わらせる」

「……いっぱいする!」

「ああ、そうしてやってくれ」


 

 花が咲いたような笑顔を見せたニャンはクッキーとスネークにエールを送り続けた。

 おかげで群がる奴らの意識がこちらに向くが、あの二人がみすみすニャンのいる建物に奴らを侵入させるはずがない。踵を返したゾンビはすぐさま二人の餌食になった。

 もちろん、これだけ騒げば元々中にいた奴らが訪ねてくるが、ルシファーの端くれである私に触れれば魔の物は消え去る。

 意識的に除外できるのが唯一の救いだったと、彼女たちと過ごしているうちに考えるようになっていた。

 


 ニャンを見れば、変わらず黄金の様に光る長い髪が風で揺れていた。

 凄いねとこちらに同意を求めてくる私の物より明るい大きな瞳と目が合った。

 真っ白な服に白い肌。深夜に急ぎで飛び出したせいで彼女に合う靴がなかった故の白いサンダル。サンダルに付いている赤い薔薇のような飾りが唯一の色味に思えるほど、彼女は白い。

 

 ただ、彼女と過ごしていて疑問なのは、六歳ほどであるはずの見た目に見合わぬ精神だった。

 そのせいで下にいる二人はニャンを赤子だと勘違いしている時がある。人間を見てきた期間は二人よりも長い私だけが感じている疑問は、ニャンにももちろん気付かれていないだろう。


 本来六歳であれば、もっと流暢に話せるはずだ。発達障害でも持っているのか等の可能性を探ってみたが、そうとも思えない。だからこそ余計に気味の悪い何かが胸に残り続ける。

 ルシファーの切れ端じゃなければ、ニャンの違和感に気付けなかっただろう。

 好みは年相応だ。考え方も。理解力も。全てそうであると断言できる。むしろ少し大人びていると感じる時すらある。言葉だけが可笑しいのだ。


 

「まぎー。おわんないねー」

「……そうだな」


 

 遅れた返事に彼女は振り返った。

 どこか痛むのか問いかけてくる彼女に首を振れば、首を傾げられた。

 もし、この疑問を問うた時、この彼女はなんて答えるのだろう?

 そんな疑問が浮かびながらも、決して彼女相手には口にしないようにした。彼女がそうあることを望んで続けるのなら、私が口を挟むことではない。彼女の好きにさせるのが一番だ。


 

「ねえ、マギー」

「ん? どうした?」

「……みんなで一緒に寝れたら良いね」


 

 流暢な言い方に返答しようと開いた口が再度閉じた。

 どうして急に、と、彼女を見れば、彼女はいつも通りの笑顔を浮かべた。


 

「どーしたの? まぎー」


 

 夢だったのではないかと感じるほど自然なそれに完全に言葉を失った。

 普通に話した彼女に違和感はない。だからこそ、今の彼女こそが作られたものなのだと察するには十分だった。

 彼女はどうして演じているのか。そして、どうして今、素を見せたのか。思ったよりも頭が良い彼女に情報を整理していくが答えは見つからない。


 突風が吹けば傾く小さな体。いつも通り礼を告げる彼女の声と表情。どれも一寸のブレもないと気付けば、ぞくりっ、と、背筋が凍り付いていくのを感じた。

 

 彼女は、一体――何者だ?

 

 そんな疑問が浮かぶが、私の中のルシファーは彼女を無害だと訴えてくる。敵ではない。憑りつかれているわけでもない。彼女のような人間は初めてだった。

 一体いつから欺き始めた? いつからその技術を仕込んだ?

 疑問は腐るほど出てくるが、下で叫んだクッキーのせいで現実に引き戻された。


 

「マギー。姫ちゃん連れて降りてこーい」

「もう安全だよー」


 

 いつの間にか終えていた作業に感心しつつ、ニャンを抱えたまま下に飛び降りた。

 下に降りればすぐに駆けつけてくるのはクッキーのはずだった。だが、実際ニャンを抱えたのはスネークだった。

 昨日二人にしてから様子が変わったのは理解していたが、まさかの展開に私とクッキーは二人を見つめていた。


 

「ちょっ、す、スネーク? お前、なんで姫ちゃんのこと真っ先に抱えてんの? いつも俺じゃん」

「んー? ……おチビも、僕が良いよね?」


 

 そう呟いたスネークは恍惚とした表情でニャンに問い掛けた。ニャンは何も気づかずに元気に頷いていて、私とクッキーは違和感と同時に少しの恐怖があった。


 本来照れ屋で天邪鬼なスネークがニャンをそういった目で見ることはなかった。真っ先に駆け寄るなんて以ての外だ。

 二人にした昨夜に何があったのか知っているのは二人しかいないので、私とクッキーはただ茫然と二人を見るしかできなかった。


 夜が明けてから、何かが変だ。

 ニャンは嬉しそうに、まるで自分の物だと自慢するようにスネークに抱えられる。そしてスネークはその瞳に気付いて心酔した表情を浮かべる。

 そんなこと私たちの間になかったものだし、そうであるのが普通だと思っていた。そうあるべきではないと、心のどこかで思っていた。

 それが一夜にして崩れるなんて、いったい誰が想像できるだろう。父ですらそんなことは思いつかないと断言できるほど、異様な光景だった。


 

「あー、スネーク」

「ん? 何クッキー」

「お前が抱えて行く、のか?」

「……おチビ。どうしたい?」

「……きょはね、すねーう!」

「そっかぁー。僕のおチビだもんねー」


 

 ああ、これも初めてだ。

 クッキーを一番に慕っていた彼女がスネークを選ぶことは数えられるほどしかなかった。致し方ない状況じゃない限り、彼女が進んでクッキー以外を選んだことはない。

 そして、スネークの“僕のおチビ”という言葉も初めてだった。彼がそんなことを言うなんて以前ならありえないことだった。


 本当に昨夜は何があったのというのだ。ありえないことが立て続けに起こり続けている。

 もしかしたら私の気のせいかもしれないとクッキーを見るが彼も困惑していて、やはりこの状況は可笑しいことなのだと分かった。





 王国と逆方面に歩き約三時間。

 ニャンの空腹により足を止めることになった私達は近場の建物の屋根に上がり、いつも通りクッキーがニャンを呼び始めた。食事は共に過ごしていてクッキーの担当だったのだから当然の行動だったのだが、ニャンは今回も予想外の言葉を発した。


 

「まぎーは?」

「待って? 姫ちゃん。ご飯はいつも俺だったでしょ?」

「まぎー」

「んじゃ、僕は清掃に行ってくるよ」

「すねーう、ふぁいとー」

「ありがとー、おチビ。行ってくるねー」



 軽やかに降りて行ったスネークを見送りニャンに視線を動かせば、彼女はこちらを見つめていた。



「まぎー」

「……クッキー。ニャンに何かしたのか?」

「冤罪だよっ! 俺何もしてない!」

「……はあ。クッキー。お前は偵察を頼む」


 

 私の言葉にクッキーは叫びながら下に降りていき、赤黒い三つの頭が悪しき者を排除していくのが見えた。

 ニャンの隣に座れば彼女は嬉しそうにニコニコと笑顔を見せ、クッキーが丁寧に置いていった缶詰を開けてやる。ニャンは大人しく待っていて、開いたそれを差し出すが彼女は受け取らなかった。


 クッキーと何か違ったかと思ったが彼女の小さな口が開いたのを確認し、その口に見合ったサイズに切って差し出せば満足気に頬張った。

 今回はミックスフルーツか。と、ニャンの栄養バランスを考えて居れば、彼女が急かすようにまた口を開き、そこにまた切ったそれを運ぶ。まるで雛鳥の餌付けだ。

 精一杯開かれる口は私達に比べると小さいという言葉では足りないほどの大きさで、その口に何度も食事を運び、咀嚼する様は庇護欲に似た何かが駆り立てられる。


 

「まぎー」

「ん? どうした?」


 

 もう腹が膨れたのかと思ったが、彼女は笑顔で何でもないと首を振った。そんな彼女にもう一度切り取った果物を差し出せば、また嬉しそうに頬張った。

 半分ほど食べたところで彼女は首を横に振って満腹を示してきたので、残りは零れない様に袋にしまった。


 私達の中で食事を必要とするのはニャンだけだ。

 クッキーも時折娯楽として食すことはあるが、私とスネークは本来銃ということもあり食事は必要なかった。

 残りは戻ってきたクッキーが食べるかもしれないと思ったが、食べなかったときニャンの食事が汚れているのは好ましくない。それにクッキーなら歩きながら勝手に食べるだろう。

 腹が膨れたニャンは荷物から鏡を取り出して自分の何かを確認し始めた。その姿が年頃の娘に見えて、目を逸らせなかった。


 

「……なあに? まぎー」

「……いや、なんでもない」

「そっかあ」


 

 照れくさそうに笑ったニャンがこちらを見て大きく目を見開いた。


 

「マギー!!」


 

 と、彼女が怒鳴ればすぐに首に衝撃が走った。

 ガチガチと固い者同士が当たる音にため息が漏れた。意識を背後から襲ってきたゾンビに集中すれば、バチンッ、と、弾けて大量の水音が続いた。

 目の前の彼女に再度意識をズラせば、彼女はホッとしたように肩の力を抜いた。



「……ニャン、感謝する」

「ん」

「それよりも、気になることがあるのだが」

「なあに?」

「いつから、そこまで流暢に話せるようになった?」


 

 疑問をそのまま口に出せば彼女は顔を俯けて黙り込んでしまった。

 彼女を困らせる気はなかった。勿論傷つける気もない。彼女の笑顔が損なわれてしまうのなら聞くべきではなかったと思い、答える必要はないと告げようと口を開いたときだった。


 

「流暢に話す私は嫌いなの?」


 

 と、大人の駆け引きの様な言葉を発した彼女に固まった。

 クスクスと可笑しそうに笑い声を響かせた彼女が首を傾げた。


 

「ねえ、マギー。私から離れていけるの?」

「……離れる気はない。だが、普段と随分と雰囲気も違うから……その、」

「戸惑った? だよね。知ってる。スネークもそうだったよ」

「何故、子供のフリをしている?」

「子供のフリをしているのは三人に会う前からだよ。している理由は……あなたなら分かるんじゃない?」


 

 試すような視線を向けられ、背筋に嫌な汗が伝ったのが分かった。

 あの屋敷にいる時から子供のフリを続けている理由が分からなかった。あの父親なら今のニャンでも確実に愛すると断言できるほど溺愛していたし、主人がそうであるなら使用人が彼女を邪険に扱うこともない。そうする理由は一つもないのだ。


 言葉に詰まっていれば、彼女は呆れたようにワザとらしくため息を吐き出した。


 

「ねえ、マギー。私が純情な少女だと都合が良いでしょ? 大人たちは私を可愛がってくれるし、これまでにたくさん食べ物も分けてもらえた。守るべき対象だと勘違いをして、こんな世界になっても私を守るべく動いてくれた。もちろん、あなた達も例外じゃないんだけど……でも、あなた達は今は亡きお父様の命令に従っているだけでしょ?」

「……否定はしないが、肯定も出来ないな」

「誤魔化す必要はないよ。だけど、純情だけだとどうやら王国とやらに目を付けられるらしいから、時折取り繕うのはやめようと思ったの。でも、きっかけがなかった。スネークは二人だったし簡単だったよ」

「スネークがああなった理由はなんだ?」

「さあ? でも、可愛いよね。お姫様を守るボディーガードから愛しい女性を守る騎士に顔を変えちゃったんだもん。三人の中だと一番ピュアで、一番誘導しやすかった」

「私に見せたのは?」

「私が見ていたマギーはね、一度決めたことは貫き通す強い意志があった。それが不可能になるまで続けなきゃあなたの気が済まない。今は私を守ること。だから、例え今の私を見ても、あなたは離れていかないって分かってた」

「……そうだな。ならもう一度問おう。何故子供のフリをしている?」



 それだけではないと告げてくるルシファーに従い、もう一度質問を投げかければ彼女は、にたぁ、と、嫌な笑顔を浮かべた。



「この世界で守ってもらうため。なぜか? 生き延びるため」

「何故?」

「忘れたの? 私、両親を目の前で食べられたんだよ? 私はあんな死に方したくないの」


 

 彼女は続けた。

 目の前で肉が食い千切られる音はどれほど時間をかけても消える気配がない。父親を喰らう母親の蒼白い顔も、泣き叫ぶ父親の赤に染まる顔も、全て忘れられるものではなかった。おかげで睡眠は日に日に浅くなっていく。

 でも子供のフリをしていれば都合が良かった。良く寝るただの幼女だと勘違いしてくれるから、好きな時に眠れた。そんな幼い子供が守ってくれる相手を失ったら、次の瞬間には両親と同じ末路を辿るということは容易に想像できた。数日で本来の自分になろうとしたが、よく知りもしない三人と過ごすためには都合よく子供でいた方が良いと判断した。

 

 彼女の生き方は否定しないし、そうさせてしまったのは自分たちの落ち度でもあると思った。だがそれと同時に彼女の疲弊に気付けなかった己をこれ以上になく責めていた。

 朝まで寝ていると勘違いしていたが夜中に何度も目を覚まし、寝たフリを続けていた彼女はいったいどれほどの恐怖や不安を抱えて生きていたのだろう?


 

「ニャン」

「何?」

「歳はいくつだ?」

「……は?」

「歳だ。私達はニャンの年齢も名前も知らない。お前の父親は名を言わなかったからな。日付の感覚のない私達にとって一年前のことは昨日のことの様に感じる。だから、ニャン自身のことを教えてくれ」

「……名前は、今のままでいいよ。どうせ両親を思い出すだけだし」

「そうか」

「歳は……」

「……いくつだ?」

「……明日で、六歳」

「そうか。なら明日はお祝いだな」

「……え?」

「それに六歳ならまだ子供だ。無理に大人ぶる必要もないし、子供のフリをする必要もない。ニャン、お前はまだ幼いただの少女だ。お前自身が過ごしやすいように過ごしていい」

「……いいの?」

「それが子供というものだろう? それに善悪を正しく把握するには一番手っ取り早いからな」

「……マギーって変わってる」

「お前なら気付いているだろう? 私達は人間じゃないからな」


 

 その言葉に彼女は可笑しそうに笑い声を響かせた。その声を聴いて、ようやく彼女が本心から笑えたのだと胸を撫でおろしていた。


 ずっと取り繕って生きるのは疲れる。

 切り離される前のルシファーは普通であろうとした時もあったが、結局ダムが決壊して堕天した。

 そうして生きるのは想像するよりも遥かに精神を削り続ける。やがて訪れるのは、どれが本心だったか分からなくなる。という、なんとも物悲しい結末だ。


 六歳である彼女がそうなって欲しくなかった。

 生きるために全てを犠牲にするなんて大人でもやるべきことではない。自分を犠牲にした生き方はやがて自分を壊す。

 どれほど息が詰まる生き方になるかルシファーのおかげで理解しているからこそ、彼女にはそうなって欲しくないと願っていた。

 今はもう出会えない父だった人に祈るなんてやることはないと思っていたが、彼女の事に関しては願い乞うていた。


 

「おチビー? 楽しそうじゃん」

「うん、マギーが良い洒落を返してくれたからね」


 

 彼女の言葉にスネークは嬉しそうに笑った。

 その顔を見て取り繕って生きるのは周りすらも不幸にするのかと今更ながら学んだ。

 スネークがニャンの頭をぐしゃぐしゃに撫でるのを横目に下を見れば死に物狂いで走ってくるクッキーが見えた。

 この中でも圧倒的な身体能力を発揮した彼は不安定な瓦礫などを駆けあがり、飛んでスネークの背後に着地した。


 

「姫ちゃん!? 下まで響いてたんだけど! なんでそんな楽しそうなの!?」

「おかえり、クーちゃ!」

「今回の話し相手が面白かったんだってさ」

「え!? 俺は!? 俺の時はそんな笑ってくれないのに!?」

「クーちゃだから……しかたないの」

「……あれ!? 姫ちゃん、めちゃめちゃ自然に話してるじゃん! え!? いつから!?」

「クーちゃと、あうまえから」


 

 まだ子供らしさを残しながらも変に子供を作らない話し方に、私とスネークは目を合わせて笑っていた。

 クッキーにはまだ見せていない姿が普通になるのはまだ先になりそうだが、彼女が少し楽になったようで良かったと思う。肩の荷が降りた様な笑い方に更なる成長を見守れる無上の喜びがあった。



 父だった神よ。どうか彼女がこの先も幸せになれるようお力添えを願いたい。彼女の幸せは、あなたが願う人間の幸せに繋がるはずだから。





Nola、カクヨムにて多重投稿してます

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