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姫ちゃんといっしょ

一話目







 クーちゃ、と、震えながら呼ぶ声が聞こえてきて、俺は迷いなく駆け出した。

 駆け付けた先では、大切な子が汚い人型に囲まれていた。


 この世界は、今から二ヶ月前に終わりを迎えた。所謂ゾンビが徘徊する世界で、愛おしい子だけが光り輝いていた。

 世界が終わった理由も、他の生存者がどうなっているのかも分からないが、あの子が俺達の元で無事に生きているのが心の安寧に繋がっているのは確かだった。この幼子を守れるのなら、どんな手段も厭わない。


 ゾンビに囲まれた小さな彼女を咥えてその場から離れれば、彼女は怯えたように抱き着いてきた。この子と過ごす生活は、心臓がいくつあっても足りない。

 

 

「あいがと、クーちゃ」

 

 

 と、太陽よりも眩しい笑顔に歯を食いしばろうとしたが、彼女の服に穴が開くのは何としても避けたかったので我慢した。

 

 真っ白な服はプラチナブロンドの髪と瑠璃色の瞳によく似合っていて、白い肌と同化して見える。

 そして、クッキーという名を持った俺は――彼女のペット。

 比喩ではなく、正真正銘番犬として飼われたボルゾイだ。誤解しないで欲しいが、普通の犬ではない。地獄の番犬と名高いケルベロスだ。

 

 ゾンビ達を撒いて着地した先に、白髪を躍らせる少年がいた。

 

 

「おチビー? 今日も元気そうだねー」

「すねーう!」

「んもー、スネークだってばぁ」

 

 デレデレと締まりのない顔を晒して愛しい子を抱き上げるスネークは、この世界で共に生きることになった男だ。元は笑顔で人を殺すような残忍な奴だったが、この子の前では見る影もない。

 

 スネークの正体は不明だ。

 それでも“どんな生物も葬り去る弾丸を出す銃”として元の家では飾られていた。そんな得体の知れない銃でも、彼女の父親からしたらコレクター魂を擽られる一品だったのだろう。

 スネークの顔に引いていれば、もふっと俺の頭に大きな手が乗った。

 

 

「ニャン。怪我はないか?」


 

 やる気のない青い瞳を持つ見た目は最年長の彼はマギー。

 綺麗で機械的な心を持っていた彼だが、彼女が関わると表情豊かに変異する。随分と人間らしくなったものだと誇らしくなるのは、彼女の功績だからだろう。


 彼の正体は“切り離されたルシファーの良心が宿った銃”という噂だ。スネーク同様家に飾られていた銃だが、適応力は誰よりも高かった。マギーは決して良心的な男ではないが、気味の悪い無表情は天使と言われても納得できるものだった。


 

「まぎー!」


 

 笑顔で彼を呼んだ愛しい子に頬を緩めたマギーは彼女の怪我を確認し始めた。


 

「クーちゃ、たすけてくれた!」

「……そうか。良かったな」

「うん!」


 

 ふわふわの笑顔を見せた彼女の小さな手が伸びてきたのが見え、大人しく頭を差し出そうとするが、生憎スネークに抱き上げられている彼女の手が俺に届くはずもなかった。

 それが愛らしくて人型に戻っていけば、ようやく彼女の手が頭に触れた。


 

「クーちゃ!」

「なに? 姫ちゃん」

「ありあと!」

「ん、気にすんな」


 

 ベチベチと叩くように撫でてくる姫ちゃんの小さな手が鬱陶しく感じることはない。

 彼女の手が動くたびに視界の端で赤メッシュが揺れ動く。人型にならないと見られないそれももう見慣れたものだ。

 姫ちゃんの頭を撫で返せば、キャッキャッ、と、楽しそうな声を漏らした。

 

 ぁー、と、唸り声が聞こえてきて、自分の背中に姫ちゃんを移動させれば瞬く間にゾンビ達に囲まれた。犬の時と変わらぬ身体能力で奴らを避けていけば、奴らに噛まれるスネークと目が合った。

 ボロボロと歯が抜け落ちるゾンビ達が哀れに思えた。

 元は拳銃だった二人は噛まれても傷一つ付かない。元は銃である彼らは任意で自分の体を鉄に変える。どこにでも銃口を作り出せる。それが犬でしかない俺からしたら羨ましかった。


 

「バーンッ!」


 

 スネークの一言でゾンビ達は頭を破裂させて倒れていく。本当にタチが悪いと瓦礫を駆け登りながら思った。

 視線を動かせば、マギーがゾンビに触れていた。

 原理は分からないが、マギーが発砲することはない。ただ触れるだけで相手が勝手に破裂する仕様だ。触れられてもその力は働くようで、彼は立っているだけで一帯を血の海に変えることができる。

 実に優雅な男だ。この姿を見ている時だけは、ルシファーの良心だと言われても納得ができるかもしれない。

 

 ガクッ、と、足場の悪さに崩れた体制を無理やり正し、背後を見ればニコニコとした姫ちゃんがいた。


 

「姫ちゃん? 怖くないの?」

「うん! クーちゃ、いるから平気だよ!」

「~~っ、俺、一生姫ちゃん守るねっ!」



 眩しい笑顔に反射的に鼻を押さえながら伝えれば、彼女は楽しそうに笑い始めた。かわいい。凄くかわいい。





 

 元々は警備の為に飼われた俺だったが、当たり前の様に調教師や姫ちゃんの父親の言う事を聞くことはなかった。嘆く二人は俺を捨てようと考えていて、はやくそうなれることを祈っていた。


 

『ぱぱ?』


 

 と、地球に存在する天使が姿を現したのはそんな時だった。


 綺麗な髪を風に靡かせる彼女は可愛らしいクリクリの目を不思議そうにこちらに向けた。

 反抗的に寝そべる俺を見つめる彼女があまりにも小さく、あまりにも愛おしかった。

 どんな相手にも屈しなかった誇り高きケルベロスの俺が、姫ちゃん相手には瞬殺されて腹を見せていた。

 ハッと正気に戻って伏せの体制になれば、彼女は恐る恐る小さな手を頭に乗せてきて、ゆっくり動かされた。ふわふわな手に昇天するかと思ったほど、大きな衝撃が走った。


 

『あ、むり。愛おしい。尊い。かわいい。愛した』


 

 なんて脳死発言を飲み込めば、彼女は笑って自分の犬にしたいと告げた。調教師たちは満足にコミュニケーションも取れなかったため、快く承諾し、それ以来姫ちゃんを守るナイトになった。


 姫ちゃんと屋敷探索している時に見かけたのが、スネークとマギーだった。

 異様な空気が立ち込める部屋を見つけ、夜中に侵入すれば異質な銃が二丁あった。時を忘れる様にそれを眺めて居れば、二人は人型になった。


 

『そんな熱心に見んなよ。汚れるんだけど』


 

 と、今と変わらず偉そうな態度で吐き捨てたのはスネーク。


 

『私に、何か用か?』


 

 と、冷酷な雰囲気を纏って見下してきたのはマギーだった。

 今にも戦が始まりそうな最悪な初対面を邪魔したのは、警報と叫び声だった。それからあっという間に世界はゾンビに浸食された。


 

『クーちゃっ、』


 

 ぽろぽろと瞳に負けない大粒の涙を流す姫ちゃんが部屋に来て、生涯忘れることのないその姿に戸惑っていれば、彼女は一部始終を話してくれた。

 目の前で母親に食われる父親を見た。食われながら父親は俺のところに走れと言ったらしい。


 今にして思えば父親のその発言は気が狂ったか、俺達が普通ではないと感づいていた故のそれだろう。たかが犬に大事な娘を預けるなんて正気の沙汰ではない。

 何が起こっているのか分からないながらも押し寄せてくるゾンビ達に姫ちゃんを守ろうと動いた俺に続き、呆然としていたスネーク達も参戦した。

 初めこそ邪険に扱っていた二人も、気付けば姫ちゃんを好いていた。それだけは汚点だと認識している。


 

「クーちゃっ!」


 

 焦った愛おしい声に現実に戻れば、目の前に迫ったゾンビと目が合った。すぐにソイツを蹴り飛ばせば、周りを巻き込みながら瓦礫を転がり落ちていった。


 

「姫ちゃん。大丈夫?」

「うん。クーちゃは?」

「俺も大丈夫だよ。ていうか、姫ちゃんが無事なら俺も平気ー」


 

 軽口を叩きつつ笑えば、純粋に喜ぶ天使が視界を埋めて悶え死ぬかと思った。


 そんな俺達を見たのか、清掃スピードを速めたのはマギーだった。

 本当に不器用な奴だな。と、呆れたように彼を見下ろしていれば、鋭い瞳を向けられた。

 マギーが姫ちゃんに愛情を向けているのは一目瞭然なのだが、彼はそれを隠そうとする。

 そんな不器用な男相手でも姫ちゃんは聖母の心で接するからマギーはいつも戸惑っている。それを見て爆笑する俺とスネークも気付けば日常になっていた。


 

「クーちゃ、あっち」


 

 姫ちゃんの声に条件反射で蹴りをお見舞いする重症な俺に満足気な姫ちゃんは、次はあっち、今度はこっち、と、遠慮なく支持を出してきた。

 姫ちゃんに使われるのも良いものだと二人が味わえない優越感を胸に辺りを見回す。マギーの働きで生き残りは消えたようだ。


 

「クーちゃさすが!」


 

 と、きらきら輝く目を向けられ、姫ちゃんを抱き上げれば「いいこねー」と頭を撫でられる。完全に犬扱いだが姫ちゃん限定で許せる。


 

「クーちゃかっこいい!」


 

 と、続けられた言葉に彼女を呼びながら犬らしく頬を舐めれば、くすぐったいと彼女は笑った。


 

「ぅっわ、クッキーがバター犬になってる」


 

 汚物を見る目でこちらを見てくるスネークは、そう声を溢した。


 

「ニャンが汚れるだろう。やめてやれ」


 

 青筋を立てつつ冷静を取り繕って告げてくるマギーは、威圧するような声を出した。

 そんな二人を無視して姫ちゃんの柔らかい頬を堪能していれば、俺の足元に銃弾が撃ち込まれた。

 どっちが撃ったのか確認するために二人を見れば、スネークが血管を軋ませていた。


 

「ニャン。こっちに来い」


 

 当たり前に始まった俺とスネークの喧嘩に、マギーは迷わず姫ちゃんの保護を開始した。


 

「僕のおチビをどんだけ汚せば気が済むのさっ!」

「だったらテメェもやりゃいいだろーが!」

「そっ、それは、ダメに決まってるだろ!」


 

 先程まで銃弾を乱発していたスネークが頬を赤らめて動きを止めた。


 

「……照れ屋もそこまで行くと犯罪臭するな」


 

 と、見た目年齢でいっても一回り離れている彼に告げれば、今度は別の意味でカッと顔を赤らめた。


 

「あんたに言われたくない!」


 

 怒鳴り声と共に完全に眉間を狙った銃弾を避ければ、容赦なく攻め立ててくるスネークとの喧嘩が続行された。


 

「まぎー、クーちゃたち、どうしたの?」

「心配しなくていい。少し暴れ足りないだけだ」

「けんかじゃないの?」

「違うさ。彼らがニャンの前で喧嘩なんて低俗な事をするはずがないだろう?」


 

 目の前で行われている喧嘩そっちのけで俺達を心配する天使と、共倒れしろと隠すことなく顔に書いているマギーに頬が引きつった。

 姫ちゃんの小さな手がマギーの裾を引っ張っていて、遠目から見てもその仕草が可愛くて悶えそうになった。


 

「クーちゃ」


 

 と、俺の名前を呟いて泣きそうな顔をする姫ちゃんに、スネークを殴ろうとしていた手が止まった。


 

「すねーう」


 

 と、銃弾でハチの巣にしてこようとするスネークの名前を彼女が呼べば、案の定彼も手を止めた。


 

「まぎ、まぎー! クーちゃたち、けんかやめてくれたよ!」


 

 嬉しそうに、興奮気味に、マギーの腕を叩いて報告する姫ちゃんに俺とスネークは膝から崩れ落ちた。


 

「気ぃ狂いそう」

「わかる」


 

 なんて小声で会話をしていれば、マギーの足音が近づいてきた。


 

「クーちゃ、すねーう、けがは?」


 

 覗き込むように聞いてきた姫ちゃんに震えながら答えれば、ふにゃりとした笑顔を浮かべられた。

 許されなくてもいいけど、将来は姫ちゃんを嫁に貰おうと固く心に誓った瞬間だった。


Nola、カクヨムにて多重投稿してます

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