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002.常連

常連のダリアが店に来たがいつもと様子が……

夕暮れの光が道具屋「選択の羊」の窓から差し込み、店内を柔らかな橙色に染めていた。

そろそろ店を閉めようかカウンターの帳簿にノルンが目を落としていると、扉の鈴がカラン、と軽快な音を立てた。


「よお、ノルン!」


入ってきたのは、常連の冒険者ダリアだ。30歳を過ぎた彼は、鍛え抜かれた体と無精ひげ、如何にも冒険者といった大雑把な性格の好漢だ。顔に似合わぬ可憐な名前の男は冒険者としての名声はなかなかのものだ。


「いらっしゃい……今日は来る日じゃなくない?」

そんな中堅冒険者ともなれば消耗品の消費などはかなり計画的に行われる。

そのパターンが崩れる場合は、たいてい碌でもないことが起きたか、起きる前なのだ。

ノルンは冷めた声で言いながら、彼に視線を向ける。


「いや、心配ない今日はちょっと違うんだよなぁ」

「すこし店の中を見せてもらうよ」

そう言うと、ダリアは勝手知ってる店の中で物色を始める。

物色などといっても掘り出し物など置いてるわけでもないごく普通の道具屋にすぎない。

ダリアの動きは目的は決まっているのに、さも迷っている風を出す子供のそれだ。

ノルンは目を細めながらそんなダリアの動きにあきれていた。


暫く悩んだ振りをしたダリアが壁にかかっていた背嚢を一つもってカウンターに置く

「これを貰おう」

ダリアの目はどこか得意げだが、ノルンは冷静な視線でそれを見つめた。


「貰おうじゃないわよ…………こないだ背嚢新調したわよね?」

彼女の言葉には少し引っかかるものがあった。

冒険者も懐に余裕が出てくれば道具にも拘り始める、かくいうダリアもつい最近、細部まで調整した特注の背嚢をここで購入している。

今更こんな中古の既製品を嬉々として購入する理由などあるわけもない。


「いや、ちょっと買い替えようか……って思ってな……」

「は?」


ノルンは手を止め、ダリアの顔をじっと見つめた。


「まさか壊したの?」

「いやいや、壊れちゃいねえさ。最高の品だ、大事に使ってるよ」

「じゃあ何で買い替える必要があるのよ?」


ダリアはしばらく視線をそらし、頬を掻きながら口ごもった。


「いや、その、ほら……事情があってさ」

「事情?」


ノルンは目を細めた。そして、なんとなく察した。

先日、若い冒険者志望の少年が店に来たことを思い出す。所持金が足りず、装備をまともに揃えることもできない少年を一先ず宿に放り込んだことを。


「……あんた、アレンとかいう子に声かけたの?」

図星を突かれたダリアは、バツが悪そうに笑った。


「いやー、たまたま宿で見かけてな。どうしてこんな町にいるのかって話してたら、冒険者になりたいって言うじゃねえか。それで、ちょうど古くなった背嚢があるから格安で譲って話になってな」


ノルンは深々とため息をついた。


「……で、その子、背嚢以外の装備はどうするつもりなの?」

「あんたが全部だしてあげんの?」

「それとも、あんたみたいなお人よしを紹介してあげんの?」

「え? いや、たぶんそれは……」

「たぶんじゃないわよ。一時的に甘やかしても、何の役にも立たないどころか危険よ。道具の大切さなんか今更説明する気もないけど、あの子が無理して死んだらどうするの?その責任、あんたが取るの?」


ノルンの声には、いつもの冷静さに加えて怒気が含まれていた。


「いや、別にそういうつもりじゃ……」

「じゃあ、なんでそんなおせっかいしてるのよ!」


ダリアはしばらく頭を掻いていたが、やがて苦笑いを浮かべて言った。


「……まあ、若い頃の自分を思い出しちまったんだろうな。知ってんだろ、俺だって昔は何も持たずにこの町にたどり着いて、誰かに助けられてここまで来たんだよ。それでさ、なんとかしてやりたくなっちまった」


その言葉を聞いて、ノルンは少しだけ表情を緩めた。しかし、それを隠すように顎を引き、背嚢を軽く指で叩く。


「気持ちはわからなくもないけど、次からはその場しのぎの親切はやめてよね。それで誰かが死んだら、結局あんたが辛くなるだけよ」


「……わかったよ。反省するよ、ノルン」

ダリアは軽く頭を下げる仕草を見せ、申し訳なさそうに笑う。その姿を見て、ノルンは淡々と言葉を紡いだ。


「銀貨25。」


「は?」

不意を突かれたダリアが間の抜けた声を漏らす。だが、ノルンは顔色一つ変えずに続けた。


「背嚢の値段よ。」


「売ってくれるのか?」

驚いた様子のダリアに、ノルンはカウンター越しに軽く肩をすくめてみせる。


「ここは道具屋よ?」

まるでそれが当然のことだと言わんばかりの態度だった。ダリアは一瞬きょとんとしたが、次の瞬間、いつもの飄々とした笑みを浮かべると、嬉々として財布を取り出し、銀貨を数え始めた。


「じゃあ、これで頼む!」

カウンターに置かれた銀貨をノルンは無言で一枚ずつ指先で滑らせて確認しながらダリアに釘を刺す


「関わったからには独り立ちするまで面倒見なさいよ、あの年ごろは無茶するからね」

「銀貨25、確かにいただいたわ。」

その答えを聞くか聞かないかダリアは背嚢を抱えて、挨拶も適当に店の外へ子供のように駆けていく


「ノルン、今度一杯奢るから!!」

扉が閉まる鈴の音を聞きながら、ノルンは背嚢の代金を帳簿に記録する。


「まったく。冒険者ってのは、誰かに甘くて、自分には厳しいのね……」




ダリアセレクト

中型背嚢(銀貨25):冒険者の必須装備。金具で補強されてかなり丈夫。目的によって容量が変わるが今回は40Lの中型。貴重品以外の全財産がだいだい押し込まれる。


全財産なのにぶん投げられたり、身代わりになったり、なにかと不遇な冒険者のバックパック。

ビジュアル的には無視されがちだが、実際は全員が担いでいるだろう。

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