15. とにかく安心させたい
「……以上となります」
「ご苦労。行っていいぞ」
「はい、失礼します」
彼女付きにしたメイドの報告に俯いた。
はぁ……なんなんだ、本当に。素敵な部屋だと喜んでって、ごく普通の部屋を当てがっただけだぞ? 伯爵家らしい品ではあるが、決して華美ではないし、クローゼットの中にドレスを敷き詰めておいたわけでもない。
食事の時だって、目を丸くさせていた。ほんの一瞬だったが、俺は見逃さない。別にご馳走を用意したわけじゃないんだが。
「はぁ…………」
挙げ句の果てに、体には折檻の跡が大量に残っていたらしい。とりあえず悟られないように手当した我が家のメイドの優秀さに感謝だ。
そもそも初日から抱くつもりなどなかったが、やはり寝室もしばらく別のままの方がいいだろう。
俺は引き出しから、この間もらった例の紙を取り出して、彼女の部屋に向かった。
*
そして翌朝の早くにプロフィールシートを手渡され、自分の起こした過ちに気付いた。
「おはよう、寝不足か?」
「おはようございます。少々考えごとを……こちらプロフィールです」
肌が薄いのかわかりやすい隈、疲れた様子、完全に無理をさせてしまった。
「睡眠時間を削ってほしかったわけじゃない」
「……いえ、私が不慣れでこうなってしまっただけで」
「すまない。一緒に書けばよかったな」
そういえばあの子供たちはその場で一緒に書いていた。あれはそうやってワイワイやるべき物だったのかもしれない。
脳内反省会を開いている間に朝食に呼ばれ向かおうとしたが……関係なさそうにしている彼女に頭を抱えたくなった。
当初コルベール家の娘を娶るにあたって一度や二度殺したくなるかもしれないと思ったが、今はただただあの男を殴り倒して全部吐かせたかった。どこまで非人道的なんだ、本当に。
その後母からも苦情を聞いた。まだいびってもいないのに勝手にいびられていると。嫁いできた翌日に掃除をする令嬢って一体なんなんだ、もう。
昨日のプロフィールシートを読めば訳のわからないことばかり書いてある。趣味が掃除? 水垢をレモンで落とす? 何をしているんだ。そんなものはブームと言わない。……好きで掃除をしているのなら別だが。
「レイラ、これを」
「……ノート、ですか?」
次の手として、こうかん日記をすることにした。これも領地の子供達……尊敬の意を込めて先輩と呼ぼう……先輩方が教えてくれたものだ。またもや目が痛いが……やむをえん。これが仲良くなれる秘訣ならばやる他ない。
「交換、日記」
「お互い昼間は忙しいだろう。数行でいい。眠ければ、書かなくてもいい。こういった形ですまないが、俺は対話したいと考えている」
懇切丁寧に、誤解されないようにと心がけて渡すと、今度は迷子の子供のような顔をした。そして何か意を決したように返事をした。
「わ、かりました」
毎日こうかん日記をしつつ、彼女の身の回りを徐々に整えていく。クローゼットの中身を増やし、おやつを食べさせ、我が家の普通を教えていく。本来なら押し付けはよくないが、コルベール家よりはマシだと断言できる。
少しずつ警戒を緩めていく姿は、やはり昔拾ったリスに似ていた。
そんな毎日の中で、メイドに身の回りを任せるようになり、家族と打ち解け、安心してくれるようになった。俺に頼ってくれることも増えた。
とはいえ、すぐに変えられるわけもなく、これが夢ではないかと怖がることもあったが、寝室を一緒にして寝る前に夢じゃないと教えることにした。そうすると、安心して寝てくれる。正直、毎日寝顔が見られるのが嬉しくてしょうがない。
なにより、俺の前で頬を緩めて、脱力してくれるのが嬉しかった。
きっと、もう怯えられない。勘違いされないだろうから。
「レイラ、結婚して欲しい」




