13. 貴族の娘の話
お母様が怖い顔で仰る。
「笑ってはなりません。あなたは子爵家に生まれた淑女なのですから」
私は素直に従って、正しい表情を張り付ける。
「領地を視察するなら、少しでも良いものを身につけなさい。土に足をつけてはいけないよ」
お父様は心配そうに、私にヒールを渡してくださる。
私はそのヒールを履いて、領地では馬車を必要以上に降りない。降りても、下にはカーペットを敷く。
「貴族たれ」
お祖父様は私の頭を撫でて、一言呟かれた。
……それは、お祖父様の口癖であり、家訓でもあった。貧乏な子爵家に掲げられたその言葉は、なんだか不相応に見えて、ずっと不思議に思っていた。
でも、土ってどんな感触がするのかしら。友達と遊ぶのは、そんなに楽しいものなのかしら。屈託なく笑うのは、どれだけ自由なのかしら。
一人娘だった私の淑女教育は厳しく、マナーや振る舞い、家政から内政まで多岐に渡った。馬車の窓のカーテンの隙間からこっそり見る同い年の領民が裸足で走り回っているのが、羨ましかった。
そんな日々の中で、使われていない部屋で息抜きをしていた。少しよろけてしまったところで、何かを倒す。布を取ると、それは知らないお屋敷の絵画だった。豪華で大きくて立派な……。
「誰かいるの?」
ドアが開く。お母様は私と持っている絵を見て、目を見開いた。
「お母様、これはその」
てっきり、休んでいることを怒られるかと思っていたのに。お母様は寂しそうに絵を見つめた。
「……それは、昔の、我が家ですよ」
「昔……?」
お母様は壁から一つの絵画を外して、かけられていた布を取る。
「この方が、あなたのお祖母様。私の、お母様」
私は自分のお祖母様について全く存じ上げていなかった。話題に出ず、お墓参りの時も、聞いてはいけないような雰囲気だったから。
お母様は絵画を撫でた。苦しそうな横顔を、私はじっと見つめた。
「そろそろ、話すべきですね」
そう呟かれて、私に座るように仰った。お母様も絵を持ったまま座り、少しの沈黙の後、ためらいがちに口を開く。
「私が幼かった頃、凶作と税収に耐えきれなくなった庶民が暴動を起こしたのです。そして、お祖母様は、お祖父様を庇って亡くなりました」
そこで、なぜ税収を下げなかったのかと尋ねられるほど、私は無知ではなかった。その頃は、隣国との戦争があった。そんなの、下げられるわけがない。貴族は働いてはならない。領民からの税収が収入源であり、武具も兵も、そこから資金を出すのだから。
「そ、んなの……」
不条理さに、言葉が詰まった。
「ノブレス・オブリージュ。貴族には、責任があるのです。庶民が明日のパンを求むるとき、私たちは陞爵を目指さなければなりません。全ては、私たちの力不足でした」
家を焼かれ、母を殺されても、凛として仰るその言葉に嘘はなかった。そこに残っていたのは、残酷な現実だけだった。
「平民と貴族は、住む世界が違います。私たちは、上であることを証明しつづけなければなりません。それが、民の上に暮らすものとしての定めです」
お母様は、話は終わりだというように、お祖母様の絵画を元の位置に戻し、布をかけられた。
*
平民に粉をかけようとしている婚約者様を見て、昔お母様が教えてくださったことを思い出した。その後、我が家には弟が生まれ、私はコルベール家に嫁ぐこととなった。我が家のためになる婚約が結べたことに、私は安堵していた。
それにしても、あの人はどうするつもりなのだろうか。真に領地や民を考えるならば、恋などに浮かれられる身分ではないというのに。
「貴族たれ」
馬車の窓のカーテンを閉じた。




