元悪役令嬢の文化祭
15年ほど前、突如、私はアリス・フォン・ミリステラと言う名の8歳の少女に転生した。
アリスは前世の私がドハマリしていた乙女ゲーの世界の中で、ほぼすべてのルートでラスボスとして登場し、ある特定の条件を満たせば裏ボスまでこなす稀代の悪役令嬢として登場する。
このままでは破滅必至。
だから私は、この少女にしか出来ない方法で生存ルートを創り出した。
それは、自ら裏ボスに覚醒して絶対不可避の死亡フラグを力技で叩き潰すという単純明快なものである。
もちろん、主要キャラ達とはほど良い関係を保ち、絶対に誰もいじめたりはしない。これ大事。
なんだかんだいろいろあったものの、私は無事、ゲームストーリーを終わらせ、主要キャラ達がそれぞれに巣立っていくのを見送った後、ゲームの舞台となった貴族達が通う学園で教師として働き始めた。
それから5年。ゲームの主要キャラ達が結婚して子供を授かったりする中、私は23歳になっていた。
季節は過ぎ、ある秋の日。
「はー、お父様もお母様も、まさか文化祭当日に見合い話を持ってくるなんて、正気の沙汰とは思えないわ……」
この世界の貴族は学園を卒業した後、20代前半までに結婚し家庭を持つのが一般的とされている。
だからって、朝イチで職員室にある自分の娘の机に見合い資料を積み上げることないでしょ。確かに、話があるって言うのを逃げ回ってけどさ……
げんなりした顔で資料の山を見つめていると、すぐ隣で可笑しそうに笑う男の声が聞こえた。
「どんなことでも難なくこなす凄腕教師を見合い資料の山一つで困らせるなんて、アリスの両親はさすがだな」
彼の名はハール。1年ほど前からこの学園で働いており、生徒からの評判もいい。素性に謎が多いが、彼も優秀な教師だ。
「割と本気で困ってるんです。笑ってないで助けて下さいよ」
「悪い悪い。じゃあ、一つ提案がある。手が空いたら、今日の文化祭一緒に回らないか?」
「ハールさん。それ、言ってる意味わかってます? そんなことしたら私達、学園中の噂になりますよ」
「当たり前だろ。誰が冗談でこんなこと言うんだよ」
少し照れた彼に、なんと言って返していいか分からずに固まっていると、不意に身体を引き寄せられた。
そして、「後で迎えに行く」と私に囁いて、ハールさんはスタスタとその場を後にした。
「……どうしよう。ゲームが終わった後の人生って、本気で考えてなかった」
思考停止した私の横で、資料の山が崩れ落ちた。