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父の成人式

作者: 守尾八十八

 地元の市民ホールで開催される成人式には出席しなかった。苦学生だった。仕事を休めず帰省できなかった。


「お(とう)は成人式の式典に、ジャンパーを着て行ったったい。周りはみんな背広着とって、ばっさろ肩身が狭かったとよ」


 戦前生まれの父から、毎年そのシーズンになると同じ思い出話を聴かされた。

 五人きょうだいの末っ子として生を受け、直後におれの祖父に当たる実父を亡くした父は、赤貧にあえいだという。貧困は連鎖し、息子のおれもお金に縁がない。おれは、貧しさを憎んで育った。金銭に恵まれない環境でおれを苦しめた父のことを恨んだ。

 おれが高校生の時、父の幼なじみだというおっさんが二、三人わが家を訪れ、昼間から父と酒を飲んで騒いでいた。


「下りてこい。あいつらに顔を見せてやれ」


 酔った父は何度も二階のおれを呼んだが、おれは無視した。市内の学業成績上位者四分の一が集う公立高校に通うおれのことを父はおっさん連中に紹介して、自慢したかったようだ。

 満七十九歳で、父は死んだ。認知症が進行していたから、がん治療を受けさせなかった。同じように認知症が進む母にも、父の介護や看病は無理だとおれは判断した。


「四回目の成人式は、迎えられんかったね」


 葬式で、母方の叔母がぽつりとつぶやいた。

 父の生家があった場所で暮らす年かさのいとこと何十年かぶりに顔を合わせた。


「叔父さんの幼なじみがすぐ近所に三人おってね、みんな達者にしとる。叔父さんが亡くなったち知って残念がっとったよ」


 三人から預かったものらしい香典袋を持ってきたいとこが話してくれた。

 うちで酒盛りをしていた連中のことだろうとおれは推し量った。そして、はっとした。


「その幼なじみの方は、うちのおやじと同い年ですか。同じ学年ですか」

「うん、そうばい。学校もずっと一緒やったっちゃろう」


 父は、幼なじみとつるんで成人式に出席したに違いない。幼なじみはスーツ姿だったのか。ジャンパー姿なのは本当に父だけだったのか。

 四回目の成人式を息子に剥奪された父は、寂しく切ない最初の成人式を過ごしていた。では、二回目は。三回目は。おれにしてやれることがあったはず。しなければならないことがあったはず。後悔が堂々巡りし、おれは落涙した。


==<了>==

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