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5 カウボーイ姿のマスター

 明くる日、土屋直弥は再び、横浜へ向かった。警察の捜査がどれほど進んでいるのか気になっていた。勿論、横浜に訪れたところで、警察の捜査の具体的なことは分からないに違いなかったが、家でじっとしていると恐ろしさが胸の底からこみ上げてきて、不安でいたたまれなくなるのだった。


(あの女の顔がいつも俺を見ているような気がする……)

 横浜駅から何かから逃れるように歩き続けた。

(首を絞めた時の、そうだ、あの時の感覚も、今の俺を苦しめている……)


「やめてくれ……」

 土屋は、ふらふらとした頼らない足取りで、みなとみらいの海の見えるところまで来た。天まで届きそうなタワーが頭上にそびえている。巨大な観覧車が、幸福の象徴のように、彼の視界に入ってくるが、彼の重く沈んだ心は、それを異質なものと感じていた。

(しかし、罪を認めるには、もうすでに遅すぎる……)


 罪を認めることに自分の心は耐えられるだろうか、と自問する。罪人という未来の陰鬱さから逃れようと、土屋はもがき苦しんでいた。


           *


 翌日の朝、祐介は、日向刑事と落ち合い、犯人と被害者の足取りを追うために、まず横浜駅に向かった。

 横浜は大きな駅である。高いビルが建ち並び、人の往来も多いので、渋谷や新宿のような密集した印象を受けるが、それよりももっと広々とした空間である。


 駅前から五分ほどの場所に、喫茶店er02はあった。そこはあまり人通りのない通りだった。祐介は、喫茶店er02をアメリカンな雰囲気の喫茶店だと思った。入口の右横の窓ガラスには赤い文字で、殴り書きのように「er02」と書かれていた。重いドアを開き、ふたりは入店した。


 落ち着いた印象の店内には、煙草の煙が灰色の霧のようになっていて、木造りのカウンターとテーブル席が並び、壁にはカウボーイの鞭や帽子が飾られていて、西部劇のテーマ曲が軽快な調子で流されていた。一見、のんびりとした雰囲気である。


 日向刑事が、マスターに挨拶をすると、黒い口髭を生やしたマスターは、カウボーイの被っていそうなテンガロンハットをちょいと弄り、

「警察はお断りだと言っているだろう……!」

 と言い放った。


 常連客たちは会話を取りやめ、一斉にこちらに振り返る。

「あ、いや、違うんです。こちらの私立探偵の羽黒祐介さんがどうしても事件のことをお聞きしたいと……」

 日向は必死に弁解するが、できれば、この状況でこちらに話を振ってほしくなかったなあ、と祐介は思った。


「あんたが……。ふん。まあ、いい。こっちに来てくれ。悪いが、客に話しかけるのはやめてくれ。営業妨害のような真似は一切許さないからな」

 と、マスターは言って、眉を潜めると、葉巻を吸った。ぶふっと灰色の煙が放出され、天井に立ち昇る。


「すみません。突然、お邪魔してしまって」

 と祐介は言った。

「いいさ。で、何が聞きたいんだ。防犯カメラの映像は、もう警察に提供したし、第一、俺は何も知らねえんだからな」


「そうですよね。そう思います。それはそうなんですけど、もう一度、思い出していただきたいのですが、あの土屋という男の言動にどこか不審な点はありませんでしたか?」


「何も覚えていない。あの男は、アメリカンコーヒーを注文して、しばらくくつろいでいたが、携帯電話の着信に出て、店を出た。もちろん、ちゃんと金を払ってね。その後、焦った様子でまた入店してきた実に変な客だった」

「焦った様子で、再入店したのですね」

「ああ、だが、俺はそれ以上のことは知らない。なあ、帰ってくれないか。邪魔なんだよ。それでも帰らないなら、いっそのことハンバーガーでも食っていきな」

 言っていることは意味不明だが、とにかくマスターがやたら威圧的で怖かったので、ふたりは諦めて店外に出ることにした。



 店外に出ると、ヒュウウウと音を立てて、冷たい風が一気に吹き付けてきた。祐介は、散々な気持ちになった。

「怖いマスターですね」

「まあ、世の中、色々な人がいますからね。こういうこともありますよ。それで、次はどこにゆきますか……」

「僕の考えでは、このあたりをじっくり散策してみたいんです」

「このあたりを……?」

「このあたりに何かあると思うんです」


 祐介は、喫茶店の付近を調べた。すると一階が二台分の駐車場になっている五階建てのビルを見つけた。祐介は、そこにビニール袋が山積みになっているのを見た。ゴミだろうか。ビルには人気はない。死角もある。ここは良さそうだ、と思った。もしも自分が犯人ならば、おそらく、こういう場所に連れ出して、表通りからの死角で殺害するだろう、と思った。


(でも、殺害現場は、山下公園付近のはずだ。その理由は二つある。一つ目は、被害者は死亡する直前まで中華街の青島飯店にいたのだから。二つ目は、山下公園の付近の茂みの中で死体が見つかったのだから……)

 山下公園と中華街は、目と鼻の先である。


 青島飯店から元町・中華街駅に向かい、電車に乗って、横浜駅へ向かい、駅からここまで歩いてくると、約二十分はかかるはずだ。車だと十分程度だろう。しかし、もし被害者の方が、車で移動したのだとしたら、二時十分には、この場所にたどり着けることになる。

 しかし土屋は二時十分には、喫茶店er02に再入店しているので、やはり殺害する時間的余裕はまるでない。


(そして、死体は山下公園付近の茂みから見つかった……)

 そう、もし殺害現場がこの付近ならば、殺害後に死体をわざわざ山下公園の付近まで運ばないといけないのだ。

 しかし、土屋が死体を抱えて移動した様子はない。みなとみらい線の車内では、そんなことはとてもできない。

(一体、どういう魔法を使ったんだ……?)

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