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4 アリバイ崩しの問題

「それでは、詳しく聞かせていただきたいのですが、先ほど、土屋直弥氏と被害者が交際をしていた、ということでしたが、二人が破局に至った原因は一体何だったのですか」

 と祐介は尋ねる。


「土屋氏の浮気癖が原因らしいですよ。実は、土屋には、同時に付き合っていた女性がもう一人いて、そのことが被害者にバレて、口論になり、破局したそうです」

「なるほど。では、別れ話を切り出したのは、被害者でしたか」

「土屋氏からだそうです」


 ならば、土屋氏が(より)を戻そうとして、被害者に断られ、逆上して殺してしまった、という可能性はないということか。しかし、そのあたりのことは他人にはよく分からない。自分から別れを切り出しておいて、惜しくなって、依を戻そうとし、断られて逆上、殺害したのかもしれない。


「ならば、その土屋の浮気相手が事件の共犯者だということはないですか?」

「それはありません。その人物は、金谷史華という名前で、時々、土屋のアパートにも泊まりに来るようですが、岩手県に住んでいるんです。事件当日も、岩手県の実家にいたようですね」

「なるほど。彼女には犯行は無理だったということですね。土屋はその後、その金谷さんとは上手くいっているのですか?」

「土屋は現在、彼女と結婚を前提に交際しているようです」

 祐介は、ふうん、と口の中で呟いた。ならば土屋は将来の結婚にあたり、元の交際相手である被害者を抹殺したい理由がなにかしらあったのかもしれない。


「それでは、被害者の死体の状態を教えてください」

「被害者は、絞殺されていました。細いワイヤーのようなもので後ろから首を締められたようです。そして、被害者は、山下公園の近くの茂みの中に横たわり、上に青いビニールシートが覆いかぶさっていました」

「ビニールシート……。そこから指紋は」

「何人かの指紋が出てきていますが、どれも被害者のものとは一致していません」

「土屋氏の指紋とは……」

「一致しませんでした」


 謎が深まるばかりである。そのビニールシートが重大な鍵を握っていると思われる。

(もしも、そのビニールシートが、犯人が事前に用意したものならば、指紋は完全に拭き取られていてよいはずだ。しかし指紋が検出されたというと……一体、元々どこにあったものだろう……)


「一つ、不自然な点がありまして……」

「何ですか?」

「実は、死体は軽装だったんです。こんな時期ですから、上着ぐらい羽織っていても良いはずですが、薄手のシャツ姿でした」

「犯人に上着を持ち去られた可能性は?」

「いえ、実はそうなのです。青島飯店の防犯カメラには、黒いコートを着ている被害者が映っています。しかし、犯人は何のために上着を持ち去ったのでしょう?」

 祐介は考えたが、すぐに答えは出そうもなかった。


「犯人はどういう訳か、コートを持ち去り、死体にビニールシートを被せた。そこからは誰のものか分からない指紋がいくつも検出されている……」

 祐介は意味が分からず唸った。


「それで、奇妙なことがもう一つありまして、被害者の自宅のアパートの屑籠の底に、差出人の分からない手紙が破り捨ててありました。それをつなぎ合わせると『前金は確かにいただきました。当日は、黒髪のロングヘアで良いですか?』と書かれていたのです。それは長い手紙の断片のようでした。これが意味するものは何なのか、警察の捜査本部内で議論になっています」

「前金はいただきました? ということは、誰かが彼女にお金を払っていたということですか」

「そうかもしれませんね」

「もしかしたら、犯人との間に金銭的なトラブルが発生していたのでしょうかね」

 と祐介は言ってみたものの、真相は一向に見えてこない。それに、この黒髪のロングでいいのですか、という文句についてはどう考えたら良いのだろう。


「それでは、土屋氏のその日の行動を教えてください」

「わかりました。土屋氏は、都内に住んでいるのですが、その日は観光ということで、朝から横浜に訪れていて、午後一時二十五分に、喫茶店「er02」に入店しています。そして、携帯に電話がかかってきて、午後一時四十五分に喫茶店から出ています。そして、午後二時十分に戻ってきています。再入店したことになります。彼が再び、店を出たのは、午後二時四十分のことでした」

「その後の彼の足取りは?」

「彼は、横浜駅に向かったらしく、午後二時五十六分にみなとみらい線の元町・中華街行きの電車に乗り、午後三時六分に元町・中華街駅で下車しています」

「彼は、横浜駅の後、元町・中華街駅に行ったのですか?」

 祐介は、非常に怪しい行動と思った。


「ええ。中華街を観光したそうです。ただ、被害者の死亡推定時刻は午後二時頃ですから、彼が午後三時に元町・中華街駅に到着したとしても、果たして事件と関係があるかは分かりませんね」


 そんなわけないだろう、と内心突っ込みたかったが、祐介は静かに黙っていた。

「彼は午後四時頃、再び元町・中華街駅に戻り、電車で、都内の自宅アパートに帰ったようです。彼の様子は、駅の防犯カメラに映っていました」


「駅の映像では、彼は死体を運べそうな巨大なスーツケースなどを持ってはいませんでしたか?」

「そういうことはないようです」

 祐介は考えた。土屋は、三時頃、横浜駅から元町・中華街駅にわざわざ移動している。それは、つまり山下公園の近くの茂みに放置した死体に何か用があったのだろうか。しかし、そこにどんなからくりが隠されているかは分からない。


「つまり、彼の行動はこのようなものだったのですね」

 と祐介は紙にまとめた。


朝   横浜に到着

1:25 喫茶店er02に入店

1:45 喫茶店er02から出る

2:10 喫茶店er02に再度入店

2:40 喫茶店er02から出る

2:56 横浜駅で、元町・中華街行きの電車に乗る

3:06 元町・中華街駅に到着

4:00 元町・中華街駅から電車に乗り、都内へ


「被害者の足取りは?」

「被害者の内村麻美も、朝から横浜中華街に来ていたらしく、分かっているのは、午後一時二十分に青島飯店に入店し、二時に店を出ていることだけです。山下公園近くの茂みで死体が発見されたのは、午後三時半のことになります」

 それも祐介は紙に書き写した。


朝   横浜に到着

1:20 青島飯店に入店

2:00 青島飯店から出る

3:30 死体が発見される


「でも、土屋氏の犯行可能な時間帯は、午後一時四十五分から二時十分の間なわけですから、このように被害者が二時まで生きていたのだとしたら、犯行が行われるのは、午後二時から二時十分の十分間しかないわけですね」

「そうですね。確かに十分間ということになります。そうなると、極端に短いんですよね……」

 祐介は、理解した。この謎を解くには、安楽椅子探偵なんて気取っている場合ではない、と。明日、自ら横浜に向かおうと考えた。


「それでは明日、横浜に向かおうと思います」

「そうしていただけるとありがたいです。私も同行しましょう」

 と、日向刑事は微笑んで言った。

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