丁度いい女
数多ある作品の中からお立ち寄りくださりありがとうございます!
設定ゆるゆる異世界なんちゃって洋風モノです。
秋日和、冬物一着新調しようと少しだけおしゃれして玄関ホールに向かう。
二十五歳、お独り様。
友人たちは皆、お嫁に行ったり、嫁を貰ったり。
あーあ。
「――あ、ミリーちゃん」
玄関を開けた出会い頭に、伯父さんと従弟のマシューがいた。
にこやかな伯父さんと、無表情のマシュー。ま、いつもの事ね。
親子揃ってダークブラウンの髪に青い瞳のイケメンたち。
「丁度いいところに。いや、うん、丁度いいんじゃないかな? マシュー」
「……」
何が丁度いいのか分からないけど、マシューが顔を背けたわよ伯父さん。
「ところでミリーちゃん、彼氏はいるかい?」
久しぶりに会ったというのに、いきなり何を聞いて来るんだ!
「伯父さーん、そういうのって『セクシャルハラスメント』になるんですってよぉ?
まぁ、見ての通りお独り様を満喫中に付きいませんけどね!」
「ああ、ごめんごめん。でもそうかぁ、やっぱり丁度いいよ」
「丁度いいってさっきから何なんです?」
訊いたのに、伯父さんはマシューを肘で小突いてる。
「ほれ、マシュー」
どうやら伯父さんからじゃなく、マシュー本人に言わせたいらしい。
わたしはどっちでもいいから、早くしてくれない?
久しぶりにゆっくり買い物できる休日。ショッピングの後、秋の新作スィーツが気になるカフェでお茶したいし。
再び小突かれて、顔はこっちに向けても眉を顰めたままのマシューは口を開かない。
伯父さんは諦めたのか、溜息をつく。
「全く……おまえ自身の事だろう。自分で言わなくてどうする。
あ、そういえばミリーちゃん、お父さん、商会長とマリーはいるかい?」
休息日に電撃訪問しておいて、ついでみたいに訊いてるけど、本来ならお伺い立ててから来るもんでしょう。
急に来るから留守よ、と言いたいのは山々だけど、今日に限って二人ともいるのよねぇ。
ほら、我が家の執事が伯父親子突撃訪問を知らせたから、呼ぶ前に来ちゃったじゃない。
「これはこれは義兄さん、ようこそおいで下さいました」
「兄さん、先触れくらい出してちょうだい。たまたま今日は居たけれど、この後予定があるのよ。ミリーはまさに出かける所だったんじゃないの?」
そうそう、そうなのよ!
執事に「行ってきます」と言って玄関開けたら伯父親子がいたっていうね。
びっくりしたわ。
「しかしな、ミリー。いくら突然だったとはいえ、伯爵様を玄関で立ち話させるとはマナーが悪いぞ」
「そうね。さすがにないわ、ミリー。いくら突然だったからって」
わたしを窘めるついでに伯父を窘めている両親。
「確かに悪かったわ。伯父さんがいくらいきなり要件を話始めようとも、応接間にお通しすべきだったわ。申し訳ございません」
わたしも何気に伯父さん批判を織り交ぜる。
伯父さんはたいして悪びれもせず、わははと笑った。
「いや、すまんね。なにせ気が急いていたもので。
思い立ったが吉日。時は金なり。商人なら分かってくれるとは思うが」
「ええその通りですが、だからと言って礼儀を欠いては商談は成立いたしません」
お父さん、それ、誰に対して言ってるの。
それに結局、玄関で立ち話のままなんだけど?
「それでね、ミリーちゃん。この後の用事ってキャンセル出来ない?
出来たら当人交えて話したいなぁ」
お父さんの小言はスルーですか、そうですか。
伯父さんは辺りをぐるっと一瞥した後、ちらっとわたしに視線をよこす。
「別に……ちょっとショッピングでもしようかと思ってただけで」
ええ、そうですよ。お察しの通り、一人で出かけようとしてました!
お供もいない、友人が迎えにも来ていない、まさにお独り様ですけど何か?
「うん、じゃあそっちは別に日に楽しんで。
今日は僕たちとちょーっとお話しようか」
僕たち? 伯父さんとマシュー?
て、マシューってばまだ一言も口開いてないけどね!
突貫でもてなしの準備を終えた応接室に全員で移動して、振舞った紅茶でのどを潤すのもそこそこに、伯父さんはにこやかに爆弾を落とした。
「本当に突然で悪いんだけど、ミリーちゃん、ウチのマシューと結婚しない?」
「「「はぁ!?」」」
わたし含めた我が家の面子を驚かせるに十分な爆弾発言に、マシューだけは気まずげにそっぽを向いていたけれど、さすがに覚悟を決めたのか、無表情から更に顔を強張らせてわたしを真正面から見据えた。
「……ミリー、いや、えー、ミリアム、さん。
……僕と、け・け・けっ……ごほっ。結婚! して! ください!」
マシューを知らない人が見たら、罰ゲームで嫌々言わされたと勘違いしそうなへの字口。
だけどわたしら親戚は知っている。ど緊張のせいだと。
その証拠に、言った端から見る見る顔が赤く熟れていったわ。
「あらあらあら、まあまあまあ!」
お母さんははしゃいだ笑顔を見せ、最初に爆弾投下した伯父さんはにやにやしている。
お父さんは歯でも痛そうな顰め面をしていたけどね。
「ミリー、プロポーズよ! どうするどうする? 返事は?」
お母さんがキャッキャとわたしをがくがく揺さぶって追い立てる。
いやぁ、どうするも何も、マシューって弟ポジションなのよねー。
わたしの家は、お父さんが商会運営している平民。
お母さんは元伯爵令嬢で、伯父さんの妹。
平民の青年と貴族令嬢が恋愛結婚した暁に生まれたのが姉とわたし。
つまりわたしたちは平民なの。
伯父さんは伯爵様。評議会議員。
外での顔はそれらしく威厳を保っているけれど、我が家ではざっくばらんで、「伯爵様? うっそー」て思う。
三歳年下のマシューは伯爵家嫡男で役所勤め。
真面目で大人しい綺麗な顔をした男子。超の付く人見知りで不愛想だから、人付き合いが壊滅的。
従姉弟でも、身分差、年の差で、昔ならあり得ない縁組なんだけど――。
百年ほど昔に大改革があって、国の政治体形が変わりました。
王制から民主制へ。
当時の王様は、「君臨すれど統治せず」と言ったとかなんとか。
最初の頃の紆余曲折を経て、今はずいぶんこの政治体制が浸透してる。
国の運営は『評議会』が決定して、王様は政治の事にはほとんど口出しせず、承認印を押すだけらしい。
『評議会』議員は貴族半分、平民半分。
つまり現在、身分の垣根は限りなく低くなった訳です。
貴族と平民の結婚も珍しくなくなったくらい。
裏事情を言えば、仕事にあぶれた貴族家の子息が、平民の裕福な商家などへ婿入りしているという。
かくいうわたしの姉と結婚し、婿入りしたのが男爵家の次男坊でした。
因みにあぶれていた訳じゃなく、学生時代から恋人関係で、卒業後結婚したのよ。
今は我が商会のバイヤーとして、夫婦で隣国に買い付けに行っていて留守。
昔、大貴族だった人たちも、よほどじゃないと働くのが今風。
伯父さんは評議会議員として働いているし、その息子のマシューはお役所勤め。職場は王宮。人事院だって。
そういえばマシューの学院卒業と就職祝いにパーティー開いていて、その時にも言われたなぁ。
「ミリーちゃん、彼氏いないの?」
マシュー十八歳、わたし二十一歳。
「余計なお世話よ!」とキレた思い出。
うん、大人げない。でもマシューもデリカシーないと思う。
あれから四年。
結婚の「け」の字どころか、恋人の「こ」の字もないわたし。
せっかくだから近場で手を打っとく?
でもそれだとマシューに悪いわぁ。
顔真っ赤にしてプロポーズされてるけど。
うーん、だけどなんで急に?
「職場の上司に縁談勧められたんだけど、子供の頃から約束した人がいるって言って断って来たんだ。
ミリーちゃん、二十歳過ぎても独身だったらお嫁にもらってねって言ってたし、この際本当にしても良いかなぁって……」
「妥協なの!? それに小さい頃の戯言じゃない!」
「え、戯言なの? 確か僕が五歳の時だから、ミリーちゃんは八歳だったなぁ」
「お嫁さんに憧れるお年頃だったのよ! それにしても覚えてたんだ」
「言った方は軽い気持ちだったかもしれないけど、言われた方は覚えているよ。
だから僕が学院卒業した時、ミリーちゃんは二十歳越えてたけど独身だし、これってもしかして本当に僕と結婚するつもりあるのかなぁって。
それで『彼氏いる?』て訊いたら怒るし」
「揶揄ってるのかと……」
「ただの事実確認だったんだよ。あれからあんまり会わなくなったけど、もしかしてずっと怒ってたの!?」
「そんな訳ないじゃない! ただ仕事で一杯一杯だったの。マシューだってそうでしょ?」
「うん、最近やっと慣れてきた」
社会人になって、わたしは親の経営する商会で経理事務の仕事をしている。かれこれ七年。
マシューは今年で四年目だわね。
人見知りが激しくて、緊張で顔が強張るマシューは、慣れた人じゃないとかなり取っつき難い。
長身で、すらりと手足が長く、顔も整ってる。つまるところイケメンってやつなんだけど、損をしてるのよねぇ、勿体ない。
「マシューももう二十二歳なのねぇ。早いものだわぁ。そりゃあ縁談の話も来るわよねぇ」
お母さんが話に割り込んできて、ちらりと意味ありげに視線をよこす。
「それに引き換えミリーなんて全然よ!
デートらしきものをしてきてもそれっきり。
もう二十五歳なのよ! 周りが危機感を持ってるのに本人はのんびりしてるんだから!
もう本当にマシューと結婚するのでいいじゃないの」
「お母さんがノリノリなの!?」
「僕もノリノリだよ。それに妻も賛成している。
前々からマシューのお嫁さんはミリーちゃんでいいんじゃないかと話してたし、昨夜マシューから事情を聞いて、それならやっぱりミリーちゃんしかいないと思って、善は急げとやって来たんだ」
伯父さん、押せ押せムードだな。
やだわ、この似たもの兄妹、タッグを組んでるのかしら。
うーん、マシューと結婚かぁ。
「こほんっ。とにかく結婚はミリーの気持ち次第だ」
ずっと渋面だったお父さんが、ノリノリ兄妹に釘を差した。
*****
後は本人同士で話しておいでとばかりに、マシューと二人、家を出された。
強制デートってところかしら。
どうせだからと、わたしが出かけようとしたお店に向かっている道中、もうちょっと事情を深堀、事情聴取開始。
「上司からの縁談って、そんなに嫌だったの?」
最初聞いた時は、結婚をする気がまだないのかと思ったけれど、わたしに求婚してくるってことは、その縁談そのものが嫌って事になるわよね。
そう考えて訊いてみたら、「うん」って頷かれた。
マシューは視線を彷徨わせて、ぽつりぽつりと喋り出した。
「最近、職場の独身男子が急に婚約や結婚しだして、なんでかなーと訊いてみたんだ。そしたら……」
マシューの上司が、貴族家の独身男性に、娘との縁談を打診しまくっているという。
何故それが忌避されているのかっていうと、その娘さんと婚約した男性は、何故か皆病気になるそうで、今までで三回婚約解消になってて、娘さんはついに三十歳超えてしまったそうだ。
性格に難があるらしく、とにかく気が強くて派手好きの不美人という噂。
似合いの年頃の独身男性がいなくなったから、おまえも気を付けろと、訊ねた既婚同僚に忠告されたんだって。
その話を聞いて間もなく、王宮の廊下で上司と一緒にいる例のご令嬢と、すれ違いざまに目が合ったそうな。
「猛禽類に獲物認定された気分だったよ。美人とかそうじゃないとかいう問題じゃなく、あの目、怖い、無理」
確かにマシューは見てくれカッコいいもんね。
それで昨日、上司に呼び出され、件の打診をされそうになって、とっさにわたしの事を思い出したんだとか。
「今まで二回、お見合いらしきものをしてはいたけど、どちらも僕が怖いって破談になったんだ」
「へぇ、お見合いねぇ。なるほどなるほど。
マシューは緊張すればするほど顔が怖くなるから、よく怒ってるって勘違いされるものね」
本当は優しく大人しい男の子なんだよ。従姉には遠慮がないけれど。
「うん。あんまり喋れないし、どうすればいいのか迷っているうちに、相手がすすすとフェードアウトしていくんだ。
ミリーちゃんとならこうして自然と喋れるんだけどな」
「そりゃあそうでしょう。小さい頃からの付き合いだもの」
マシューの両親が仕事や社交で家に帰れない時は、よく我が家に預けられていた。
もちろん伯爵家には住み込みの使用人はいるし、乳母もいた。
ただ、伯父さんが評議会議員をしているおかげで、たまに逆恨みとか妙な欲を持つ者が近づいてくる。
自分たちが留守の間、どんな危険が幼子を襲うかもしれず、とても残して行けないと、乳母と一緒に我が家にやって来るようになったのだ。
ウチには年の近い子供がいるし、多くの従業員も出入りするし、厳つい用心棒までいるしで安心らしい。
だからマシューとは姉弟みたいに育った。弟分だった。
その弟と結婚ねぇ。
うーん。うーん。うん?
あれこれ想像に耽っていたわたしの手を引いて、マシューは立ち止まる。
「ねぇミリーちゃん。“丁度いい”って言ってるのは、“都合がいい”って意味じゃないんだよ。
他の女の人とも向き合おうと努力したけど、結局ミリーちゃんより好きになれる人がいなかったんだ」
「う?……うん」
何気に今、好きだと言われたような。
「本当は結婚は二十五歳くらいを考えてたんだけど、そうしたらミリーちゃんは二十八歳、さすがにもう他の誰かと結婚しているんじゃないか、と思ったら焦って来て……だから、今回の事は丁度いいきっかけになったんだ」
両手を握られて、向き合う形になった。
見上げる長身は、わたしより頭一つ分高い。
はぁ、大きくなったねぇ。
変な方向にしみじみしていると、マシューは更に顔を強張らせる。
あ、顔が赤くなってきた。
「ミリーちゃん、僕のお嫁さんになって下さい」
その約束をした、子供の頃のような言葉遣いで改めてポロポーズされた。
外では極端に口数が少なく、朴訥とした喋り方だけれど、実はこれが素。
この何年かは年一くらいしか会わなかったし、あんまり会話した記憶もない。
二十歳過ぎてから、親や姉、友人に、果ては商会従業員にまで、チクチクと結婚話を振られるから、マシューにまで揶揄われたくないと避けてたんだな。
久しぶりにこうして対面で話して、昔と変わらないことに安心している自分がいる。
そして今日、プロポーズされて、色々考えてみたのよ。
想像してみたの、マシューの妻になる自分を。
「…………うん、なる」
嫌じゃなかったんだ。
情熱的な恋愛感情はないけれど、何だかこうして一緒にいるのはしっくりくる。
マシューの青い瞳が大きく見開かれ、強張っていた顔が綻んでいく。
「ほんとに!? 良かったー!」
満面の笑みを久しぶりに見たな、と呆けていたら、手を離されてぎゅっと抱きしめられた。
ぎゅうぎゅうに抱きしめるから、わたしの体が少し浮いて爪先立ちになる。
痩せているのにさすが男子、力が強い。
「ちょ……くるしい」
「ああ、ごめん」
慌てて腕の力を抜いてくれたけど、代わりにチュっと唇が重なった。
えっ!? ちょっと!? どさくさに紛れてキス!!
零れんばかりの笑みを浮かべるマシューは悪びれない。
「ミリーちゃん、顔真っ赤だよ」
「だって! いきなりキスするんだもん!」
「嬉しくてつい。……ねぇ、もしかして、まさかと思うけど、ミリーちゃん、初めて?」
くっ! 三歳年下にバカにされた!
「悪かったわね!」
わたしの悪態にちょっと驚いたマシューは、すぐに笑み崩れた。
「僕も初めてだよ。初めて同士、これから色々……うん、頑張ろうね!」
何を頑張るというのだね! という反論はしないでおく。
色んなタイプの大人たちに囲まれて育ったから、わたしは耳年魔だ。うん。
もう一度、マシューの顔が近づいてくる。
慣れないながらも、目を瞑って受け入れた。
*****
それからわたしたちは、予定通りの服飾店へ行き、冬物一着購入後、マシューに連れられて宝石店へ足を延ばした。
「婚約指輪は我が家に代々伝わるものだけど、サイズ調整しなくちゃいけないし、どうせなら普段付けられる指輪も買いたいなーと思って」
言いながらもわたしの左手を取り、薬指に大き目なサファイヤが輝く年代物の指輪を嵌めてくるマシュー。
うっ、ちょっときつい。なんか悔しい。
それにしても持ってきていたのか。準備が良いことで。
マシューは自分の瞳の色である青い小さな石が付いた指輪を、何種類か店員に見せてもらう。
そうか、お互いの色を持つのね。
「じゃあ、わたしの瞳の色の石が付いた腕輪をマシューに贈るね」
婚約・結婚に際して、女性は指輪、男性は腕輪を身に着ける。
わたしの瞳の色は榛色……トパーズあたりかな。
仕事の邪魔にならず、石が袖口に引っかからなそうな、シンプルなデザインを二つさっさと選ぶ。
ゴールドとプラチナ。シンプルなのに、なかなかのお値段。まぁ、何とか許容範囲。
まだ指輪を選んでいたマシューに、「どっちがいい?」と照れもせずに訊いた。
「そういう所だと思うよ、ミリーちゃん」
「なにがよ」
「実務的、かつ合理的に、情緒もなく物事を決めていく所。
さっきの店でもすぐに二着選んで『どっちが似合う』って訊いてくれたのに、結局僕が選ぶ前に取捨選択して決めてしまったよね」
「あら、女が『どっちが似合うと思う?』って訊いてきた時は、大抵もう決まってるのよ。
自分が選んだ方を彼氏にも選んで欲しい、後押しして欲しいっていう、若干相手を試すような行為は時間の無駄だと思うの。
因みにこの二つの腕輪なら、マシューにはプラチナの方が似合うと思うわ」
忙しい経理事務の仕事を捌いていくうちに身に染みついた行動ですが、え? 元からこんな性格だった?
なんでそこのベテラン店員さん、残念なものを見る目でわたしを見つめるのよ!?
確かに可愛げがないと振られたりしたわよ!
でも、容姿が可もなく不可もなく、中肉中背、ダークブラウンのストレートヘアに榛色の瞳っていう華がないわたしが、甘える仕草をしたってなんか自分で気持ち悪いんだもん。
「はぁ。僕が迷いがちだから、ミリーちゃんみたいにズバズバ決めてくれると助かるんだけど、何だかもうちょっとあれこれ楽しみたいっていうか」
つまりイチャつきたいって事かな?
ご要望にお応えして、ピッタリ隣に寄り添って、マシューの肩に頭を凭せ掛けてみた。
びくりとして、マシューの体が強張った感じ。あれ、違った?
「そういう事じゃなく……でもこのままでいいよ」
ちらりと見上げると、マシューが恥じらって顔を赤くしていた。可愛い。
そんな感じでお互いの意志が噛み合っていない所はあっても、ちゃんと指輪を選んだし、お互い嵌め合いっこして手を繋いで店を出る頃には、店員さんに生暖かい目で見送られたわ。
カフェでお茶もしてから帰宅。
いつの間にか伯母さんまで居たので、お互いの指輪や腕輪を見せて、「結婚することにしました」と皆に宣言しました。
そうなるだろうと予想していた母と伯父さん伯母さんは、笑顔で「おめでとう」と言ってくれたけど、お父さんはへの字口で、「そうか」と一言。
あれ? 父母よ、予定があるとか言ってなかったか?
既に一時解散して再集合したと。そうですか。
「公的なお披露目は、来年の年始の大舞踏会だな。結婚式の日取りも決めないと」
王宮で年に一度、年始に王家主催の大舞踏会が開かれる。
最初に王様から挨拶があり、前年の反省と今年の抱負が語られ、叙爵や受勲式が行われ、ダンスへと進行するそうだ。
その前に、明日から伯母さんが、貴婦人たちの社交・お茶会で息子の婚約が調ったことを触れ回るんだとか。
もちろん、伯父さんもマシュー自身も同僚たちにそれとなく話しておくんだって。
なんでそんなにする必要があるのか不思議だったけど、例のマシューの上司は侯爵様だそうで、結婚式前に横槍を入れる隙を与えないためなんだって。
昔は貴族の婚約は、然るべき部署に届けなければいけなかったけど、今は簡略化されて届けが必要なのは結婚のみとなっている。
だから婚約だけだと、力業でなかった事にさせる貴族もいるらしい。
どうやら切羽詰まっているらしい侯爵様には油断大敵って事ね。
お母さんと伯母さんが、舞踏会の衣装とかウェディングドレスの件で、本人そっちのけで喧々諤々言い合っているのを尻目に、これからの予定を、お父さん伯父さん、マシューとわたしで話し合った。
*****
そんなこんなで明けた翌日。
「会長! お嬢さんが結婚退職するって本当ですか!?」
わたしの上司、経理のボスがお父さんに殴り込み……げふん、怒鳴り込んた。
逞しい“おっかさん”タイプのボスは、育児が落ち着いた後の再雇用組。ちょっとやそっとじゃ動じないんだけどね。
「――退職はしないぞ。でもなぁ、この際だから後輩に譲ってもいいんじゃないか、ミリー」
ボスの圧に仰け反りつつ、いつまでも職場に居座る娘を心配している風な発言をするお父さん。
何だか傷つくわー。
「とんでもない! あの使えない新人、伝票見るより手鏡で自分を見ている方が長いんですよ!
何度教えても覚えない! 計算は間違う! 書き込む数字は平気で桁を間違う!!
アレを経理に据えたら商会が破産しますよ!!」
あ、ボスが言ってくれたわ。
でもわたしだって、あの子は使えないって、同じような事をお父さんには伝えてたんだけどなー。
「そうよ。いくら親戚に頼まれたからって、仕事を覚える気がない人間をいつまで置いておくの!?
彼女は仕事をしに来たんじゃなく、婚活しに来たのよ!」
ついでにわたしも今までの不満をぶつけてみた。
新人ちゃんはお父さんの従兄弟の娘さんで、かれこれ半年経つけど、店頭で接客やらせたら代金とお釣りを間違うし、裏方で来客対応させたら若いお金持ち風な男性にお茶を渡しながら媚び売ってるし、倉庫管理に回したら『荷物が重くて持てなぁい』と若い従業員に摺り寄るしで、経理に回って来たんだけどボスの発言通り使えねー。
アレをわたしの代わりに据えるってか!?
わたしの評価ってあの子程度!? 泣くぞ!
「ああ、お嬢さん。だから他の商会で働いた方が良かったんですよ。
会長の娘だから大した仕事をせず、甘やかされていると色眼鏡で見る奴らもいますからね」
会長補佐で番頭、歴戦のツワモノな風格を出しているゲイリーさんが今更な事を言い出した。
大した仕事をしていない娘がいる経理なんて、誰でも代われる程度――なんて思っている奴がいるらしい。
ム カ つ く !!
本店から支店の決済を一手に引き受けているのは、わたしとボスだぞ!
「酷いゲイリーさん! わたしが学院卒業した時、経理担当者が結婚退職したから、経済科出だから丁度いいって、次の人が決まるまでとりあえず働いて欲しいって言ったのゲイリーさんじゃない!」
ツワモノが視線を泳がせた。どうやら思い出したらしい。
「あー、あの時は短期間のつもりでおまえに頼ったんだがなぁ。
いつまでたっても経理に人が居つかず、なし崩し的に……もう七年目か……」
お父さんが大きな溜め息を吐く。
ボスとわたしの仲も七年だ。
ボスの厳しい指導と、捌いても捌いても終わらない仕事に、皆挫けて脱落していったのよね。
で、残ったのがわたし。
「とにかく、わたしの仕事に不満があるなら今すぐにでも辞めます!
そうじゃなければ結婚して妊娠するまで続けますよ!」
お父さんというよりゲイリーさんに宣言する。
ボスはわたしの味方だと分かったし。
「新たな経理担当の求人を出す。商会内でも異動希望者を募ろう。
それまではミリーに働いてもらう」
商会長の顔で言った側から、“お父さん”の顔で眉尻を下げる。
「でもな、ミリー。おまえの嫁入り先は伯爵家だ。貴族の付き合いや生活スタイルがある。
いくらマシューが働いていてもいいと言っても限度があるぞ。線引きは必要だ」
そうなのだ。分かってはいるつもりで分かっていなかった。
年始の舞踏会までに、時間を作ってはお母さんに貴婦人の立ち居振る舞いを見直され、更にダンスの特訓も加わった。
おかげで睡眠不足でふらふらに。
ドレスの為にダイエットしなきゃ、と思ってたのに自然と痩せたわ。
ラッキー。なーんて余裕はない。
「無理しているよね。目の下の隈が酷いよミリーちゃん」
時々陣中見舞いにマシューがやって来るんだけど、ちょっと話しているうちにわたしは居眠りしちゃう有様で。
この前は膝枕されていたわぁ。あああ。
もう誰が見ても大丈夫ではない状態なので、「頑張る!」とだけ答えている。
お披露目を兼ねた王宮舞踏会まで、あとちょっと。
*****
そしてやって来ました新年の大舞踏会。
会場は王宮大広間。
伯父さん伯母さんの伯爵夫妻に続き、マシューのエスコートを受けてわたしも入場。
何なら我が家の家族もいますよ。
実はお父さんが男爵に叙爵されるからです。
国内有数の大商会で、他国との貿易でも外貨を稼ぎ、自国に利益をもたらしたことが評価されての叙爵。
「叙爵されたって実害あって一利なし!」
と言っててずっと辞退して来た。
爵位を貰ったって、支払う税金は上がるし、貴族の義務的な仕事が増えるのに、実入りはないだなんて有難迷惑でしかない。
それなのに今回受け入れたのは、わたしの嫁入りが原因。
母が元伯爵令嬢で、姉の夫が男爵令息でも、我が家は平民。
身分の垣根が低くなったとはいえ、貴族の世界では未だに古い思想が根強く残っているから、わたしの肩身が狭くならないよう、いくらかの盾になれればいいのだと。
あのプロポーズされた日、お父さんと伯父さんはそこまで話し合っていたらしい。
もう一つ進展したのは、商会にようやくまともな経理担当者が増えた事。
新規雇用ではく、支店からの異動希望者だ。
それから役所を退職した、元財務担当官の青年が一人。こっちはマシューの紹介で。
この青年は平民で、貴族が多い役所での軋轢に体調を崩してしまったそうだ。
退職届を処理したのがマシューで、財務課=経理という頭が働き、ついつい彼に話を聞きに行って、為人が大丈夫そうだと思ったから紹介に至ったようだ。
それもこれも、わたしがあまりにもボロボロだったので助けたかったんだって。
人見知りのくせに、勇気を出してくれたのね。
ふふ、可愛い奴め。
こうして即戦力が二人増えたことで、経理のボスは定時で帰れるようになったし、使えない新人ちゃんは速やかに実家に返送された。
そしてわたしは間もなく仕事を辞める事になった。
辞めたらそう間を置かず結婚式を挙げる。その後は本格的に未来の伯爵夫人としての勉強が待っているけどね。
ずっと勉強の日々だけど、まずは今日、この二か月弱の詰め込み教育の成果をお披露目するのだ。
裾の長いドレスは着慣れなくて裾捌きに苦労したし、ハイヒールの足元もたまにふらつくけれど、意外と体幹がしっかりしているマシューがサポートしてくれるから大丈夫。
エセ貴婦人バージョンのわたしは、三割増し美人に仕上がっている。
見惚れるように目元を和らげたマシューから、「すごくきれいだ」と褒めてもらって気分は上昇。
サイズ調整した家紋入りのサファイヤの指輪に、更に首飾りまで伯母さんから貸し出され武装完了。
ギラギラした目をマシューに向けるアラサー令嬢が向かって来ようと跳ね除ける、それだけの防御を固めてきた……けれども。
いやぁ、本当に肉食系猛禽類って感じだわね、あのご令嬢。
しかも派手!! オレンジ寄りの赤毛の巻き髪に、深紅のプリンセスラインのドレス! それに負けない濃ゆいメイク!
燃えているわー。暑苦しいわー。こっち来ないでー。
――という願いも虚しく。
「ガードナー伯爵にご夫人、マシュー君。良い夜ですね」
逃げるに逃げられず、侯爵様親子がやって来てしまったじゃないの。
「これはヨグルド侯爵にご令嬢。ご無沙汰しております」
伯父さんと伯母さんは、全く蟠りはございませんとばかりの微笑みで挨拶を交わしている。さすがだわ。
マシューは会釈をしたものの無言。ふと見上げると、やっぱり顔が強張っていた。
手を乗せていた肘の内側に指先でトントンと合図を送ると、はっとしたマシューがわたしを見降ろした。
少し長めのダークブラウンの髪を後ろで一括りにしているため、ちょっと青白い整った容貌が今日は顕わだ。
わたしはわざとらしくウィンクしてみた。
虚を突かれたマシューは、少し目を瞠った後、ふと表情を和らげる。
「えーと、マシュー君、そちらのご令嬢を紹介して頂けますかな」
いつもと様子の違うマシューに戸惑っているようだけど、わたしを見る侯爵様の目はちょっと鋭い。
いやー、ご令嬢はバチバチに睨んできているけどね。
「……わたしの婚約者で、ウィンダー家の次女、ミリアムです」
「ウィンダー商会の……」
「はい。ミリアム・ウィンダーと申します。どうぞお見知りおきくださいませ」
にこやかに言って、深く礼をする。格上相手だからね。
そこにすかさず我が両親が挨拶に割り込んできた。
「ヨグルド侯爵様にご挨拶申し上げます」
伯父さんがお父さんたちを紹介して、挨拶し、軽く雑談に持っていく。さすがだ。
その間も猛禽令嬢はわたしを睨みつけてくるので、微笑を返しておいた。余裕の笑みっていう感じに見えてたらいいなぁ。
猛禽令嬢が口を開きかけた時、国王ご夫妻の入場が告げられた。
グッドタイミング!
国王陛下の開会の挨拶から始まり、今回の褒章と叙爵が行われ、さすがの父も緊張に顔が強張っていた。
それから国王ご夫妻にご挨拶をする為の長蛇の列が形成され、わたし達も並んだ。
わたしはマシューの婚約者として、一緒に挨拶するのだ。
列の前方から時々猛禽類の視線が突き刺さって来るのには辟易とするわ。
結婚するまで一悶着あるかしら。あー、面倒くさい。
「ねぇマシュー。国王陛下へのご挨拶って、伯父さんが紹介してくれた後、名乗るだけでいいのよね?」
「あ、うん。質問されたら答えていいけど、今回はないだろうね」
そうよねー。すっごい人数だもんね。
微笑を浮かべて、最敬礼で膝を折って、えーと。
「ミリーちゃんも緊張してるんだ」
クスリと笑ったマシューが顔を覗き込んできた。
「そりゃあするわよ。王宮も、国王陛下にお目にかかるのも初めてだもの。
ヘマしそうになったらフォローよろしくね!」
「うん」
こうしてお互い、苦手分野をカバーしながら、これからも暮らしていけたらいいな。
二人して微笑みあっていると、前後の人達から生暖かい眼差しが注がれた。
前方の猛禽令嬢よ、“鷹の目”でよっく見ておけ!
わたしたち、すっごく仲良いからな! ふふん。
そうしてついに、わたし達の番がやって来た。
ミリアム・ウィンダー二十五歳。本日社交界デビュー。
隣には三歳年下の婚約者、従弟のマシュー、マキシム・フォン・ガードナーの腕を取り、国王陛下の御前へと一歩を踏み出した。
***おわり***
短編を初めて書き上げました。
上手くまとまっているかどうか心配です。
※2023.7.13 他サイトに転載するにあたり、二千文字ほど加筆いたしました。(後半部分です)
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