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スズガオカりばーす  作者: 仁
53/56

第53話 人の手で始末をつける

 その時だった。


「チェー……ストッ!」


 上空から蚊の鳴き声が聞こえていた。それは徐々に大きくなり、聞き間違いでは無いと判断した時には咲夜の足元にしっかりと影を残していた。

 振り向くと、人の姿。それは怪鳥のように空を飛び、そして獲物を見つけ急落下していた。

 矢よりも速く、針よりも鋭く。向かう先は咲夜の頭上だ。

 なんだと思うよりも早く、両者が衝突する。その衝撃で足場が崩れ、轟音と土煙を立てて下の階層に落ちていく。

 勇気はその様子をあっけにとられながら見ていた。安い映画のように急展開で進んだせいで状況が整理出来ていなかった。


「──っと。無事着地」


 また、崩壊した方に視線を向けていたため、すぐ近くに落ちてきたもう一人に気づかなかった。

 土煙の中、立ち上がる一人の影がある。着地の際に衝撃を殺すためしゃがんだのだろう。その影は服についたゴミを払いながら勇気の元へと近づいてきていた。

 そして、


「……えっと、そういう趣味?」


「じゃない」


 勇気はそれに即答する。

 そしてわざとらしいため息をついて、


「遅いぞ、メメ子」


「ごめんねぇ。まさかこんなことになってるとはおもわなくってさ」


 メメ子は目を細め、両手の指を軽く合わせていた。


「とりあえずこれどうにかなるか?」


 勇気は顎で右手のほうを指す。

 肘から先がコンクリートに埋まっているため、満足に動かすことができない。メメ子は悠長な歩みで近寄ると、そのコンクリートを軽く触れた。

 少し撫でた後、こぶしを作り軽く叩く仕草を見せる。そして顔を上げると、


「ただのコンクリみたいだから壊せはすると思うけど、がっちりはまってるから無理にやると怪我しちゃうかも」


 困った風に力ない笑みで詳細を告げる。

 それでも、と勇気は言い、


「怪我しない範囲で頼む」


「了解」


 短い返答の後、メメ子は腰まで手を下げて構えを作る。

 が、それが放たれる前に、


「ちょっと、困るなぁ」


 背後から声がし、メメ子はその手をほどいていた。

 咲夜の声に、勇気は顔を向ける。砕かれた床から咲夜が女性を肩に担いで飛び出してしていたのだ。

 両足を力なくぶら下げ、尻を前に向ける女性が誰なのか、すぐに勇気は見当がつく。

 紗希だ。咲夜は意識のない彼女をゆっくりと床に置き、顎を小さく持ち上げる。


「いきなり襲ってくるなんて、びっくりするじゃん」


「びっくりだけで済むんだな」


「まあね。あれくらいじゃどうにもならないし」


 その言葉通り、咲夜には傷一つついていない。顔に薄く粉塵が付いている程度で、後は先ほどまで話していた様子と何も変わりはない。

 勇気は余裕綽々の表情の咲夜から目線を外し、床で眠る紗希を見た。

 穏やかに胸を上下させる紗希に目立った外傷は見られない。本当にただ眠っているだけのようだった。


「反則なくらい強くなったね」


 様子を見ていたメメ子が口を挟む。左手を咲夜に向け、右手は軽い握りこぶしのまま腰だめの姿勢のままだ。

 まっすぐな敵意に対して、咲夜は意に介した様子もなく笑っていた。


「そうだね。ここまでになるとはちょっと予想外だよ」


「……これからどうするの? 世界征服でもする気?」


 その一言に、咲夜は噴き出して笑う。


「はっはっは。無理無理、そんなことしてもすぐに誰かにやられておしまいじゃん」


「そう? 一応さっちんだってこの世界で上から数えたほうが早いくらい強いんだけど、それを片手間で倒せるなら敵なんていないんじゃないの?」


 メメ子は心からそう思って口にする。

 その瞬間、


「──人間を舐めるなよ、妄想ごときが」


 空気が裂けるような音が響く。

 決して大きな声ではなかった。むしろ呟きにしか聞こえない程の声量だ。しかし質量を持った重圧がメメ子に襲いかかり、彼女はたまらず膝をついていた。


「う、うぅ……」


「見ろ、この景色を。異形が這いずり回り住処は崩れ正確な情報もない。それで人は何人死んだ? 高々千人程度だぞ。今も内外から状況を打破しようと足掻く人の声が聞こえないのか。一人一人は弱くとも、積んだ屍の数が次に繋がる。それがお前たちにできるかっ!」


 呻くメメ子を尻目に、背を向けた咲夜は両手を広げ世界に宣言する。


「人は滅びぬ。それは神ですらなし得ない絶対的な真理なのだ」


 ……テンションたけぇなぁ。

 息苦しい中で勇気はそんな感想を抱いていた。

 仮に一億人と自分の命を天秤にかけるとなった時、迷わず自分を選ぶ。そういう人間だからこそ、咲夜の話は心に響かない。

 不都合があるとするならば経済活動が無くなり明日から路頭に迷うことくらい。それがどういうことか理解する頭もない。

 だから勇気は、


「その台詞、恥ずかしくないのか?」


 相手を考えずに気楽に感想を述べていた。

 振り返った咲夜は、酷くつまらなそうな表情をして、


「……そこは乗ろうよ」


「いやだよ、今ですらめちゃくちゃ恥ずかしい目にあってんだぞ」


 これ以上恥の上塗りなんぞしてたまるかと勇気は地面に唾を吐く。

 それにしても、と勇気は足元に目をやる。

 メメ子はまだ立ち上がれず、横たわる紗希も目を覚ます予兆は見られない。急に現れた割には呆気なく無力化されてしまった以上、ここから逆転とはなかなかいかないだろう。

 せめてこの格好だけでもどうにかして欲しかったなぁと思っていると、


「……咲夜、は、これから、どうするつもりなの?」


 絞り出した声でメメ子が聞く。


「何も。人が起こしたことは人の手で始末をつけるものよ」


 ただ端的に咲夜は答えていた。

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