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スズガオカりばーす  作者: 仁
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第41話 黄泉の国

「聞きたいことがある」


 勇気はそう前置きして、


「あんたの試練は何になる?」


 その一言に鈴音の細い目が一層細くなる。

 口の端に笑みを浮かべ、試すような目付きで品定めをした後、


「紗希から聞かなかったの?」


「本人から聞くのが一番だろ」


 勇気も笑みを浮かべ答える。

 くだらないことを聞くなぁ、と勇気は内心で呟く。そんなこと思いついていたら事前に聞いていたに決まっている。それをわかっていてなお、鈴音は質問をしたと確信があった。

 沈黙。美酒を味わうような溜めがいちいち癪に障る。

 勇気は腕時計を視界の隅で確認する。相変わらず予定が立て込んでいるため、予定外の現状に割ける時間を計算していた。

 ……とりあえず二時間はどうにかなるか。

 脳内のタイムスケジュールを更新しながら勇気は話す。


「で、どうなんだ?」


「……貴方の想像通りかどうかは分からないけれど、私の試練のうちの一つに記憶を代償に願いを叶えるというものがあるわ」


 そういうと鈴音は背中から生える腕の一本を前に突き出していた。

 手には鏡。映るのは地面と、そこに横たわる人の姿だ。

 その光景に勇気は見覚えがある。雨の中、咲夜を抱いていたあの日だ。

 十年前の最後の記憶がそこにある。勇気がよく見ようと顔を前に出すと、


「あら、駄目よ」


 鈴音がそういうと、手が握られ小さな鏡は見えなくなってしまう。

 もどかしい気持ちを抑えて、勇気は言う。


「なるほど、だからか」


 記憶が無いのも、致命傷を負ったはずの咲夜が生きているのも、彼女がその記憶を見せないのかも全て理解する。


「見たら、咲夜、いや紗希がまた死ぬのか」


「違うわ。一度払った代償は取り戻せない。死ぬのは貴方よ」


 しかしそうなると十年前の記憶を取り戻すことが不可能になる。そこに隠されたものがメメ子のために必要なのかもしれないが代わりに死ぬ気はない。

 勇気が考える取れる方法は多くて三つだ。無理に記憶を取り戻して死なないことに賭けるか、違う方法で記憶を取り戻すか、またはメメ子を見捨てるか。一番簡単なのはメメ子を見捨てることだが、そうした場合紗希がどう出るかが分からない。

 もっと頭が良ければ違う方法も思いついたかもしれないが、それは記憶を取り戻すよりも難しい。

 勇気が考え込んでいると、


「で、どうするんだ?」


 隣から小声で声をかけられる。

 勇気が視線をやると、紗希が顔は前を向いたまま体を傾けていた。


「どうって何が?」


「記憶だよ。まさか今更なかったことにするつもりじゃないだろうな」


「そんなこと言ったって……何かいいアイデアでもあるのかよ」


 勇気が言うと、紗希は少し考える素振りをした後、


「そういうのはお前の仕事だろ?」


 恥ずかしげもなく言われ、勇気は口を閉じる。

 次いで鈴音のほうを見るが彼女はさっと目を逸らしていた。


「何か言いたげだな?」


 隣から飛んでくる眼光を無視して、勇気は話題を変える。


「ほら、そんなことより記憶のことが先だろ? 俺はこっちの事情に詳しくないんだから何か糸口でもないとどうにもできないぞ」


「蘇らすだけなら簡単よ。ただ現状は本人の意思が死ぬことを受け入れているせいでガワは同じでも中身の違う子が出てくるわ」


 答えたのは鈴音であった。

 彼女はくたびれたように背中を座椅子に預けていた。


「出てくる?」


「えぇ、根源、集合的無意識、アーカイブ。呼び方は様々だけど私達の原型がある場所ね。雑に言えば情報体である私達は原型をコピーしてこの世界にいる訳だから、原型が無くならない限り死ぬことは無いけどコピーと原型は常にリンクしてなんていないから差異が生じるの。今回はコピーのほうを蘇らせたい訳だから原型を持ってきてもしょうがないのよ」


「お、おう」


 いきなり訳の分からない話が飛んできて、勇気は眉間に皺を寄せる。

 どこか別の国に迷い込んだような、不信感を漂わせていると、肘にものが当たる感触があった。

 紗希だ。彼女が肘を押し当てていた。

 なんだ、と横を向くと、紗希としばらく目が合った後、


「……わかってるのか?」


「いや全然」


 勇気は臆することなく答える。

 聞こえるのはわざとらしいほどに大きなため息だ。額に手を当て俯く様子に声がかけられる。


「紗希」


 鈴音の声に紗希は慌てて顔を上げる。

 しかし鈴音は落ち着いた様子で同じようなため息を漏らすと、


「安心なさい。十年前にも同じこと言って同じこと言われたから、期待するだけ無駄よ」


 深い沈黙が流れる。

 ……これは俺が悪いのか?

 勇気は二人を交互に見るが視線が合うことはない。

 まるで思春期の子を持つホームドラマの父親のようだと感じながら、こほんと咳払いをすると、

 


「で、蘇らせるってことは拒否してるコピーがどっかにいるわけだろ? そいつと直接話せないのか?」


「無理だ」


 紗希が即断する。

 そして、


「メメ子はいわゆる黄泉の国にいる。私なら行って戻ってくることも出来るが常人では死ぬだけだぞ」


「ならそっから連れてくればいいじゃん」


「黄泉の国に入ったものは自発的以外の方法で出ることは出来ないんだ」


 紗希の表情を見て勇気は押し黙る。

 既にいくらも方法を模索した上で自分が呼ばれているのだと、そう感じていた。

 だからすぐには解決できるはずもない。それがわかって、


「一旦保留にしよう。それより先にやることがある」


 勇気は問題の棚上げをするしかなかった。


「そうね、貴方には貴方の事情があるし、終末思想の件もどうにかすべきだわ」


 鈴音は賛同していた。

 まるで予定調和のように、よどみのない言葉に、


「……あんたは、メメ子についてそんなに焦ってないんだな」


 勇気は気にかかっていた言葉を思わず漏らしていた。

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