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スズガオカりばーす  作者: 仁
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第2話 魔都スズガオカ

 翌日勇気は鈴ヶ丘へと向かっていた。

 過去のことはあるがそれ以上に今の顧客のお願いを断るわけにはいかないからだ。

 特に期限などは決まっていないためゆっくりと進めればよいのだが、そうもいっていられない事情が勇気の背中を押していた。

 現時点で現地に何のつてもないため、情報を自分の足で稼がなければならない。ただ箱を用意すればいいということではなく、いざという時の避難経路、近くのセーフハウス、おとり用の箱など、場所を用意するだけでも一苦労だ。それに使う業者が一つだとがさ入れの際に芋づる式に検挙される可能性があるため複数用意が必要だし、オープンの日だってずらさなければならない。決して手を抜いていいわけではないが迅速に行動していかなければ簡単に切られてしまうことだろう。

 時間が敵である以上、他に見方がいなければ勝ち目はない。幸いなことに資金は前金含め潤沢に用意されているため、いざとなれば札束でケツをひっぱたく準備もできている。

 今日のところはそのための情報集めが主だ。そしてそれを叶える場所の目星は幾つかついていた。

 鈴ヶ丘駅から降り立った勇気は周囲に目を向ける。

 平日の昼間ということもあって、駅の周辺は人が少ない。ここが混み始めるのは朝の通勤ラッシュか帰りの帰宅ラッシュの時くらいだ。

 せわしなく働く白ねずみとは違い、黒猫の朝は遅い。ここ何年も満員電車に乗っていない勇気には彼らの勤労精神に頭が下がる思いだった。

 眼前に広がる景色は見覚えがある建物がちらほらとあった。特に駅右手にある古臭い中華屋を見つけると、


「まだあったのか……」


 上京して挫折して、この街に越してきてから初めて入った店がいまだ健在なことに胸の奥が熱くなる。

 安い早い、そして人情味がある。決して美味いわけでもないがこのどぶのような街で唯一心休まる場所であった。

 時間も丁度昼時、行く予定だった店もまだ誰もいないことを考えると、朝だか昼だかわからない腹ごなしをしていってもよいだろう。

 そう結論づけて勇気は視線の先へと足を動かす。

 その時、


「お兄さん」


 鈴の音を聞いた気がした。





「お兄さん」


 それは少女の声だった。

 急に喧騒が遠くへ失せ、その声だけが嫌になるほど耳に残る。

 見えている景色は先程までと何ら変わりないというのに、音が変わるだけで目にくすんだセロファンが張り付いたように焦点が定まらなくなる。

 通常では無い、異常な事態に、勇気はただ懐旧の念を感じていた。

 ……なんでだろうなぁ?

 理由も思い当たる節もない。だとするならば思い出せない記憶の中に答えがあるのかもしれない。

 どちらにせよ、状況としては最悪に近いことを勇気は自覚していた。一方的に優位に立たれている可能性がある以上相手に飲まれるかもしれないからだ。最悪は可能性ではなくそれが事実であることだが。

 勇気は毅然とした態度で振り返る。声のした方へと。

 そこに居たのは小柄な少女だった。声の印象通りの、紺色の学生服に身を包んだ何処にでも居そうな子だ。

 ただその顔は病的なほど白く、少し覗く手は異常に細い。触れれば簡単に折れてしまうのでは無いかと思うほどだ。

 そして顔の半分を覆う包帯が異様に目につく。左目を隠すように巻かれたそれは見えないはずの眼窩から射抜くように見つめているのをはっきりと認識させていた。

 正直いってその少女とは面識はない。それなのに彼女と目が合った瞬間、全身が粟立ちなるべく距離と離そうと足が勝手に動き出そうとする。

 それを並外れた胆力で抑えながら、

 あぁ、会ったことがあるんだな。

 勇気は悠長にそんなことを考えていた。

 だから、


「久しぶりだな」


 勇気の言葉に、少女はくすりと笑うと、


「無理しなくていいよ。覚えてるはずないんだから」


 そう言って一歩距離を詰めてくる。

 後三歩前に歩けばぶつかる距離だ。双方手を伸ばせば届いてしまうが片方ならば空を切る。

 これ以上近寄らせることは危険と脳みそが警告を鳴らす。そのための手段など無いに等しいが、彼女の言葉からわかったことがある。

 それは一方的にこちらの存在を認知しているということだ。悪い方へと転がり始めたな、と危機感ばかりが募っていく。

 もうひとつ、十年以上前に出会っていたとしたならば彼女はまだ小学生にもならない歳だったはずだ。そんな子供を忌避する理由もないはずなのに、足はすくんで後ろにしか動こうとしないことが分からない。

 分からないと言えば周囲の環境も謎だらけだ。まるでセピア色の写真の中にいるように現実味がない。周囲の目も誰一人少女へと向かないし、まるで地蔵が立っているかのように皆二人を避けて進む。だがそこに避けようという意思が感じられないのだ。

 そんな風に現状を見返してから勇気は思いっきり口角を持ち上げる。

 困った困った、八方塞がりだ。対策なんぞ一ミリも思い浮かばず空笑いしかできない。

 それでも決して足を下げることは無い。それが勇気の矜恃であり、自身に課した枷でもあった。

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