最終話 あなたと王子のつきまとい行為
今回で、偽りの婚約破棄物語は最後となります。
あなた達は広場からお城へと戻り、その日は城内に泊まらせてもらった。
なお、あなたが王子にエルフっぽい見た目のことを質問してみたところ、五代ほど前の王族にエルフの血を引く者がいたのでその影響だろう、との回答を得られた。
エルフとの関連を疑いながらも本人に聞けずにいたシグナミアとフォーティックから、あなたは大変ありがたがられた。
翌日、令嬢姉妹はロングスカートの洋服を借りた。本日はエスティール王子の配慮で、姉妹水入らずで首都サン・スウリの散策を楽しむことになっている。
シグナミアとフォーティックは仲良く手をつないで、都市の観光をする。
その様子を、建物の陰から双眼鏡を使って眺める二人組がいた。
侍女のあなたと、黒いサングラスをかけた第三王子エスティールだ。
今日のあなたは黒いロングメイド服ではなく、黒のミニスカート姿だった。見た目は首都で見かける一般の若い娘と変わらない。
芸術を愛する王子は姉妹の愛にもじゅうぶんな理解があり、尊く思いながら、あなたのすぐ横で双眼鏡を覗いていた。王子の顔が近く、あなたはかなり戸惑ってしまう。
そんな中、姉妹に近寄って話しかけてくる二人の若い紳士が現れる。姉妹の足を止めさせて、強引に手を取ろうとした。
どうなることかとあなたが冷や冷やと見守っていたら――。
「ちょっと行って来ますね」
サングラスを外した王子があなたに爽やかな笑顔を見せた後、物陰から飛び出した。
王子は通りに出るなり、威圧感を与えるような、横幅を開いた歩きかたに変えた。
残されたあなたも、しかたなく王子の後を追った。
「おいおいおい、てめえら! オレのツレにちょっかい出してるんじゃねえぞぉ?」
「えっ、王子殿下ッ?」
紳士のうちの一人が声を上げた。若者向けの服を着崩した格好だったが、その美しき顔と金色の長髪で、正体はすぐにバレてしまったようだ。
「ええ、そうです、王子のエスティールです。良かったですねぇ、貴方がた。もし私が本物のチンピラでしたら、今頃ボコボコにされていたかもしれませんよ? 尤も、王子に目をつけられるというのも、あまり勧めはしませんがね」
「「すみませんでした王子!」」
二人は声をぴったりと合わせて逃げて行く。
シグナミアは、あなたと王子を呆れた目で見ていた。
「……アナタ達も来ていたのですね。隠れてついて来られるのも迷惑ですので、今からは合流ということでよろしいですか?」
「おお! 貴女とのご同行をお許し頂けるのですか!」
エスティール王子は大げさなぐらいに喜んだ。
「昨日のお詫びと、お城に泊めて頂いたお礼ですわ」
「ありがとうございます、シグナミア嬢」
その後、フォーティックがシグナミアから手を離した。シグナミアは王子に近寄り、右腕に両手を回す。
「……これはどういうことですか?」
王子はここまでしてもらえるとはまるで思っていなかったようで、疑問を浮かべている。
「私を愛しているのでしたら、嬉しいでしょう?」
シグナミアの感謝の気持ちに偽りはなかった。彼女は嘘よりも本音を採る性格だ。
「はい、最高です。シグナミア嬢」
王子は思いがけない幸福を神様に感謝するような笑顔だった。
シグナミアと王子は、並んで歩き出す。後ろから見るあなたには、二人が恋人同士に見える。
「……せっかくですから、私達も真似ましょう」
そう言ってフォーティックは、あなたの左腕に両手を絡ませてくっついた。あなたは姉シグナミアの侍女なので、妹のフォーティックからこれほど積極的なことをされた記憶はない。
あなたは今後の主人と王子の関係を思案しながらも、麗しき公爵令嬢との急接近に心を躍らせる。これは決して、主人への裏切りではない。主人が愛する妹の好意を受け入れるのは、従者として当然のことなのだ。
みんなの憧れのフォーティックと、デート気分を味わえている。今はお城に残って馬車の整備をしている御者に、後で自慢しよう。そうあなたは思った。
今日も首都サン・スウリに太陽が昇る。
(終わり)
悪役令嬢は雰囲気と多少の要素だけ、処刑は演技で終わり、ざまぁ要素は入れずにハッピーエンド……と、なりました! 今作はいつものような変態要素を完全に省きましたが、いかがだったでしょうか?
最後まで読んで下さり、ありがとうございました。変態的な作品でも良かったら、作者の別作品もぜひ読んでみて下さい。よろしくお願いします。