第五話 愛を実らせるための二つの条件
炎魔法よりも愛がほしいです。
「きゃああああああああああ! ……あれ? 熱くない。……燃えてない?」
幻影の炎はしばらくシグナミアにまとわりついて、やがては無になった。
すぐさま兵士達が駆け寄って来て、はしごを使ったりして、シグナミアをはりつけ台から下ろした。
「どういうことなの?」
シグナミアには状況が掴めない。侍女のあなたも、わけが分からないだろう。
「お姉様」
「フォティ!」
シグナミアは妹を発見し、駆け寄って抱きついた。じっと無言で彼女を抱き続ける。
「申し訳ありませんでした、シグナミア嬢」
王子が丁寧な声で謝罪を始め、シグナミアは驚いた。上位の王族が、公爵令嬢に頭を下げている。先ほどまでとはまるで別人のようだ。城内での王子、処刑時の王子、今の王子、どれが本物なのだろうか?
「エスティール様は悪くありません。悪いのは、お姉様に嘘をつくようお願いした私です」
「フォティ……。説明をしてもらえる?」
「はい、もちろんです、お姉様」
フォーティックからシグナミアは離れ、エスティール王子はあなたと数名の兵士を残し、広場から人払いをした。
あなたは思った。民衆は皆、悪人が処刑される状況だというのに、終始罵詈雑言を飛ばしたりしていなかったので、恐らくは王子側の用意した群衆役だったのだと。
フォーティックは両手を正面で重ね合わせ、緊張した面持ちで語り出す。
「……私は以前から、エスティール様と度々お会いしているのですが、少し前に、エスティール様がお姉様にご好意をお寄せしていることをお聞きしたのです」
「えっ? 私に? 嘘でしょう? この男……ではなく、エスティール様と私は、ほとんど会ったこともないのですよ?」
「――その先は私が話しましょう。確かにシグナミア嬢、貴女と顔を合わせる機会はあまりありませんでしたが、この王都へ出向くフォーティック嬢と必ずご一緒に訪れていることは、前々から知っていました。どんなに会談が長引こうと、ずっと会議場の外でフォーティック嬢を待つ貴女を見て、私は惚れてしまったのです」
王子がシグナミアに対して真摯に語っているのに、シグナミアのほうは、もう騙されないぞと言わんばかりの顔をしていた。
「私は貴女に愛の告白をしたいと、フォーティック嬢に相談をしたところ、フォーティック嬢の特異体質ゆえに、貴女は断るだろうとの返答を頂きました。それでも私が折れないでいると、フォーティック嬢は二つの条件を出しました」
「二つの条件ですか?」
「はい。一つは、フォーティック嬢が貴女からどのくらい離れられるのかを確かめることです。フォーティック嬢はどのくらいなのかを測りたかったそうですが、フォーティック嬢を想う気持ちの強い貴女やご両親が、常に反対をされていたのですね」
「ええ、もちろんです。フォティにそんな危険なことはさせられません!」
断固とした意志でシグナミアは否定した。
「そうでしたら、他人の私であればこそ出来た実験なのでしょう。ちなみに、貴女に申し上げた私の魔力が同質云々というのも、私の作り話でした。この場で謝罪します」
「はぁ……」
フォーティックの命を守れる能力を持つのが自分だけだと再確認出来たのに、シグナミアはあまり実感が湧いていなかった。
「それでは、フォーティック嬢の計測結果をお伝えしましょう。我が王城の城門より、およそ千九百メートルを越えたところで、フォーティック嬢の体調悪化の兆候が出ました」
「その時フォティは大丈夫だったの?」
「はい、お姉様。私の体調が優れなくなって、すぐに引き返して頂きましたので。……残念ながら、私一人で王都まで来られる距離はありませんでしたが、私に王都での用があったとしても、今後はずっとお姉様をお待たせしていないで済みます」
「私は別に待っていても構わないのですけれど……。フォティが苦労している時に自分だけ王都で楽しんでいるほうが苦痛となります」
妹想いなシグナミアの本音だった。
「それでフォーティック嬢から出されたもう一つの条件が、私が演技をして、シグナミア嬢、貴女に嫌われることだったのです」
「えっ? フォティの大丈夫な距離の限界を調べるのは分かるのですが、それはどうしてなのですか?」
シグナミアがエスティール王子に聞くと、彼ではなくフォーティックが答えようとした。
「それは……私がただ、お姉様をとられたくないと思ったからです」
「まぁ、フォティ……っ!」
歓喜して頬を染めたシグナミアは、思わずフォーティックに抱きついた。
「他にも『誘拐案」がありましたが、シグナミア嬢がこちらにお越しとのことで、『反逆罪からの処刑案』を採用しました。演技力に関しては、フォーティック嬢から合格点を頂いております」
エスティールの説明後、シグナミアはフォーティックを解放し、彼へと不審な目を向ける。
「……エスティール様。本当に演技だったのですか? 私には、本物の最低な人間のように思えたのですが」
「そう思って頂けたのであれば、私の趣味の演劇活動も無意味ではなかったということですね。……確かに演技ではありましたが、貴女に暴言を吐き続けた点に関して言えば、私は最低な人間です」
「お姉様。私とエスティール様との婚約は嘘でしたが、エスティール様のお姉様への愛は本物です。それだけは信じて下さい」
「フォティが言うのでしたら、信じます。ですが、――私は貴方のことが嫌いです。例え演技であっても、貴方は私の妹を侮辱し、手を上げました」
「それは私が――」
擁護を申し出ようとしたフォーティックに対し、王子は右手で言葉を遮った。そして、シグナミアのほうを向く。
「貴女のお怒りはご尤もです。私とて、一日や二日で誤解が解けるとは思っておりません。今後ともよろしくお願いします、シグナミア嬢」
再び王子は頭を下げた。
「……私は貴方のことが嫌いですが、私には出来なかったことを代わりにして下さったことには感謝しています。……平手打ちをしたことも、謝罪いたします。すみませんでした」
シグナミアは王子よりも丁重に頭を下げた。
「いいえ、あれは私が全面的に悪いのです。あれだけ挑発して叩かれなければ、どうしようかと思っていました。愚かな私を殴って下さり、ありがとうございました」
「それと、もうひとつだけ。貴方に対して、汚い言葉を使ったことも謝罪します」
「覚悟しときなさいこのクソ王子、ですか?」
「……はい」
本人に言い当てられて、シグナミアは恥ずかしく思ったようだ。
「貴女にだけは、私のことをクソ王子と呼ぶ権利があるでしょう。――貴女以外の誰にもそう呼ばれたくはありませんし、そう呼ばせたりはしません」
「エスティール様は王子なのですから、そう呼ばれぬよう、ご注意下さいませ。私も今後、そうお呼びすることはございません。そんな権利は、放棄させて頂きますわ」
「貴女が権利を放棄しようとしなかろうと、私は内に秘めた想いを放棄したりはしませんよ?」
「どうぞご勝手に」
冷たく返した。
「冷ややかなお顔も、美しいですね」
エスティールの褒め言葉に、シグナミアは緑の瞳の視線を逸らす。あなたには、彼女が照れているように見えた。
「あまり見ないで下さいっ」
あなたはシグナミアに注意された。
確かに主人の顔の赤さは、夕日の影響だけではないのは間違いない。美しく、そしてかわいらしくもあった。
王子がクズでないと思って頂けましたら幸いです。
最後まで読んで下さり、ありがとうございます。